2009年 09月 14日 ( 1 )   

おとうと   

e0123392_184693.jpg

朝日新聞紙上で開催中の「百年読書会」の9月の課題図書、幸田文の『おとうと』を読みました。この読書会、4月に始まりましたが、何とかついていっています。4月ー太宰治『斜陽』 5月ー深沢七郎『楢山節考』 6月ー向田邦子『あ・うん』 7月ー夏目漱石『坊ちゃん』 8月ー大岡昇平『俘虜記』 ときました。『俘虜記』あたりでつまづきそうになったけれど(日本語が難しい!)、何とか読みきり、9月の「おとうと」はしんみりと読みました。 この企画、作家の重松清さんがナビゲーターなのですが、先日の朝日新聞で、担当の記者の方が「当初は6ヶ月の予定でしたが、重松清さんと相談して延長することにしました」と書いておられたけれど、6ヶ月といわず、どんどん続けて欲しいです。こうでもしないと、名作を読む機会ってなかなかないですから。私にはありがたい企画です。

さて、今月の「おとうと」ですが、碧郎と同じようになんとなく頼りなくて傷つきやすいタイプの弟がいた私としては、随所で、わかるなあ~、と感じ入りながら読みすすめました。もちろん、我が家は、げんと碧郎の家のように両親が不仲でもなかったし、あれほど貧しくもなかったし、母が後妻というわけではなかったけれど、弟が反抗期の頃の食卓での気まずさとか、弟を遠巻きで見ながら心配している姉の様子とか、同じだなあと感じました。わが弟はもちろん元気でぴんぴんしていますが、まだ結婚していないということもあり、未だに追い越されたという感覚はなく、弟は弟という存在です。いつだったか、大学生の頃だったと思うけれど、一緒に旅行に行った友達がみんな弟のいる長女で、「弟って役に立つよねえ。電気製品とかオーディオとか故障すると修理してもらえたりするし。車で迎えに来てくれたりもするし、便利よね」と話していたとき、私は、え~そうなの!うちの弟、役に立ったためしがないよ。免許もまだ持っていないしさ。そう思った記憶があります。今でもそうだなあ。弟に何かしてもらったという記憶はないし、何かしてもらおうとも思わない存在です。そこにいるだけでいいというか、長い間一つ屋根の下で暮らした同士というか、そんな存在です。

でも、この幸田文の『おとうと』を読み、いろんなことがあったなあと、思い出されてきました。今でこそ、口数の少ない、心根の優しい、静かな弟ですが、荒れた時期がありました。あれは何だったのでしょうね。

私にとっての弟の最初の記憶は、白くてかわいいちっちゃな手、です。手を上げて仰向けに寝ているその、軽く握った手がかわいくて、触りたくて、よく、寝ている弟の手に自分の手を重ねて握り締めては母に叱られていました。三歳半違いなので、あれは、私が4歳くらいだったのかしら。

小学生の頃はよく弟と一緒に遊びました。すもうごっことか、戦い系が多かったように思います。いじめもよくしました。外から帰るときに、団地の階段を1段飛ばしに駆け上がり、弟が泣きながらついてくるのがおもしろかったなあ。

弟が中学生になってもまだ結構一緒に遊んでいたように思います。弟は柔道部だったのですが、同時にプロレスも好きだったので、私によくわざをかけさせてと言って来て、四の字固めとか、かけられていましたね~。私が「いたい、いたい」というと、「ほんと?ほんとに痛かった?」とうれしそうにしてしましたっけ。

弟が変わってきたなと思ったのは中学2,3年頃から。表情から幼さが消え、険しさが増してきたように思いました。ここにきて、中学受験失敗の悪夢が蘇ってきたのかもしれません。私の母は、私のときに成功したので、弟にも同じように受験をさせようと思ったらしく、弟は私よりも早い時期、小4くらいから塾に通っていました。3月生まれで成長がおっとりの弟には、受験は結構きついことだったのではないかしら。 発表の日、私が学校から帰ってくると、コタツに入って、うつむいて泣いている弟がいました。今でもその光景をはっきり覚えています。だめだったんだ、かわいそうに、、と思いました。母親はというと、こんなときこそしゃんとしておくべきだったろうと今なら思いますが、弟以上に泣いていました。知らぬ間にお受験ワールドにどっぷりつかってしまっていた母でした。あの日のあの光景が忘れられないから、私は子供たちに中学受験はさせまいと思った、というもあります。

高校も地元の公立高校に進んだ弟ですが、目に見えて反抗がきつくなってきました。『おとうと』の碧郎のように不良とつるむというこはなかったけれど、先生にたてついたり、テストを白紙で出したり、自習時間に教室を抜け出たり、と、まあ、小さいワルはいろいろしていたみたい。家でも大声を出したり暴れたり。母も弟の言いなりで、叱ったりしないのを私は腹立たしく思い、あるとき弟に向かって、「なにわがままやってるの。世界はあんたを中心に回っているわけじゃないからね」と食らいついていったことがあります。弟は今にも殴りそうな勢いだったけれど、殴らず、何も言わず、自分の部屋に入っていきました。その後何か変化があったとかの記憶はないけれど、姉の私も怒っている、心配している、というアピールにはなったと思う。こんなこと、たった一度でしたが、弟、覚えているかなあ。

大学生になった弟は、一日中寝ていることを除けば、かなり穏やかになり、私と一緒に買い物に行ったり、映画に行ったりもしました。『ローマの休日』と『草原の輝き』に二本立てを見に行ったのは、確か弟とでした。あまり期待せずに見た『草原の輝き』こそが、私に映画のすばらしさを教えてくれた一本でもあります。せつないかんじが、いいなあ~と思い、強烈な印象を残してくれた映画です。

今でも家族の心配のネタの弟。でも、元気で、がんばってくれているのがうれしい。最近ではよく、両親の住む愛媛の家に訪ねていっているそうです。

幸田文の文章は、初めて読んだかんじの、私には新しい感覚の文章でした。少し回りくどいけれど、言葉の響きが美しい。姉と弟の微妙な心の動き、繊細なやりとりが、抑えた筆致で表現されていたと思う。淡々とした表現から、特に後半は、自然と悲しみがにじみ出てくる。大げさな形容詞も派手な比喩もないこんな文章、好みだなあと思った。できれば、もう少し明るい内容を読んでみたかったかも。

弟のいる人は、弟を思い出さずに入られなくなる小説ではないでしょうか。

私と私の弟、共通の話題はほとんどないのですが、唯一音楽の話は結構盛り上がります。弟といえば、矢沢永吉です。家でよく、ギターをかき鳴らしながら歌っていたのがこの曲。こんな歌詞、恥ずかしげもなく歌えるなあと思っていました。その顔で、聞いているほうが恥ずかしいよ、と思っていた。。。。

by oakpark | 2009-09-14 01:06 | 雑感 | Comments(10)