大三島は実家?   

3月に入り、日差しが春めいてきましたね。また別れと出会いの季節があり、新しい年度が始まっていきますね。 私の場合、仕事柄というのもあるけれど、どうしても学校の年度で物事を区切りたくなる傾向にあるようです。新しい年が明けて、さあ!という人もあると思いますが、私は、「でも、まだ寒いし、、、、」という感じで、いろいろ(部屋の片付けとか、、、)が始められない。気分も晴れない。暖かくなり始めてやっと気分が上向きになりますね~~。そろそろあたらしいお洋服も欲しいかも。

さて、前回布施明のショーに行ってきた話を書きましたが、その直前に、両親が住む愛媛県大三島に行ってきました。大三島については過去に何度か 書いています。しかし、ここが『実家』といえるのかどうか思い悩むところなのですよね。大三島は両親の出身地。二人とも同じ村で生まれ小学校時代を過ごし、その後母は広島の女学校へ、父は今治の高校へ進学しました。卒業後父は西宮で就職し夜間大学に通い、母は(本人曰く)狭き門を突破して広島にある繊維会社に就職。そういえばそのころ、繊維会社って花形企業だったかもしれません。そして劇的な再会を遂げて結婚。と言いたいところですが、父のほうの親族が「あんた、そろそろ結婚せんとあかんのちゃう?だれにする?そういえば、○○家の長女、まだ結婚してないからあれはどお?」てなかんじで縁組されたそうです。もっと詳しく言うと、その親族は次女はどお?と言ったそうですが、父のほうで「いや、長女がいい」と言ったそうで、そこのところに若干ながら本人の意志があるように思いますが、母のほうはどう思っていたのかな? そういえば、聞いたことがない。今度聞いてみよう。そして両親は兵庫県西宮で結婚生活を送りました。当然、私も西宮で育ったわけで、もちろん西宮には愛着があります。けれど大三島は、夏休みや冬休みに出かけに行くところであって、楽しかったけれどそんなに思いいれがあるというわけではない。『実家』というと〈思いいれ〉のある場所であるはずと思うのですが。。。今、広辞苑で調べてみますと 『実家』=自分の生まれた家。父母の家。とあります。なんと。ってことは、まさしく大三島のあの家は私の『実家』ではありませんか。現在父母の家であるだけではなく、その家で私は生まれたのですから。産婆さんの手で。。。 でも、やっぱり『実家』というには抵抗があるなあ。。。。どっちかというと「おばあちゃんのいえ」ですもの。 こんなのです。
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A型で几帳面な父(玄関にたたずむ)が手入れをしている庭。右手奥のほうに梅が咲いています。

実家かどうかわからない大三島ですが、できれば、半年に一回くらいは行きたいと思っています。前回の大三島行きが去年の9月だったので、今回もほぼ半年後でした。今回の旅の目的としては ① 80歳を超えた両親にできるだけ会っておきたい。 ② 母方の祖母の13回忌の法要に出席。 そして、③としてこれ。
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なんだこれ?とお思いでしょう。これは、私が結婚するときに、実家(ほんものの)近くの商店で買ってもらった、人生初の「マイ包丁」です。鉄の刃をステンレスが包んでいる構造で、研ぐのがむずかしい。これをA型で包丁とぎが得意な父にやってもらおうと考えたわけです。 ステンレスのものとか鉄のものとかいろんな包丁を使ってみましたが、やはりこれが適度な重さもあり、また『西宮』と彫ってあるところも渋く、一番いいなあと思い至ったからなんです。 81歳の父、丁寧にといでくれました。ありがとね~、おとうさん。また半年後!

by oakpark | 2015-03-07 14:00 | 日常生活 | Comments(0)

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