最近読んだ本「半落ち」「永遠の0」「放蕩記」など。   

最近読んだ本と、少し前に読んだ本のことを書きます。

その前に、朝井リョウさんが直木賞をとりましたね。やっぱりそうだったんだ、というのがそのときの私の感想。数日後、朝日新聞に朝井リョウさんの幼い頃の国語体験が載り、その内容がとても身近でほほえましく感じました。小学校の先生と交換ノートをしていて、先生のコメントが最初は当たり障りのないものだったのが、だんだん熱を帯びたものに変わっていくのがわかり、自分の書く文章で、人の心を動かすことができることを知った、というような内容でした。これを読み、先生の存在ってやはり大きいんだ、と思いました。先生が人を成長させている、という当たり前の事実に改めて感動し、またそれを素直に新聞紙面に紹介するという、朝井さんの人となりに好感を持ちました。ほら、自分の成功は自分の才能、努力のおかげだよとばかりアピールする人も中にはいるじゃないですか。即、直木賞を受賞した「何者」をアマゾンで注文しました。

私がなぜそんなところに反応したか。一つは私が「先生」という職業にとても興味があるということ。そして二つ目が、朝井さんのデビュー作「桐島、部活やめるってよ」を、私はわりと良いなあと思ったこと。面白かったかといわれると、そうでもなかったのですが、小説としてなかなかの出来なのではないだろうかとひそかに思っていました。

最初、このタイトルを聞いたとき、「なに、これ~、受けそうなタイトルつけてるなあ。え、書いたの大学生?どうせ、たいしたこと書いてないんやろうな」と思ったりしていたのです(えらそーに。現国悪かったのに)。でも、なんだか気になるなあと思っていた本。しばらく放置していましたが、先に長女が購入し読みました。感想を聞くと「うちはこれ嫌い」というのです。どうやら学校内のヒエラルキーといいますか、序列みたいなことを書いた内容の本で、長女はそういうことが大嫌いだったので肌に合わなかったそう。

なので、あまり期待せずに読み始めました。「え?ガチで?」という若者言葉で始まるこの小説、いわゆるそんな感じのノリのお話なのかなあ~と思っていると、ところどころで詩的で美しい表現が出てきます。。今どきの若者言葉との対比に意外性があり、おや?ただものではないのかも、と読者に思わせます。「空を殴るように飛び跳ね」とか「夕日が山に編みこまれていく」とか。小説を読むとき、私は、ストーリーの面白さだけではなく、自分にはできないような表現で物事の状況や人の感情を伝えようとしている文章に惹かれます。でも、へんにあざといのは好きではない。いかにも感動させようとして書いているなと思われる文には逆に気持ちが引きます。あまりがんばっている感じではないくらいに工夫されている表現がいいですね。そういう意味で、朝井リョウさんは、期待大の新人だと思ったのです(えらそーに)。で、直木賞をとったと聞いて、私の見立ては間違ってなかったと、うれしくなりました(ほんと、えらそー)。前回の日記にも書きましたが、高校時代の現国の点が悪く、国語力に全く自信のない私が、ちょっぴり自信を取り戻した瞬間でした。

以下、そんな私が最近読んで、好きだったもの、そうでもなかったものを紹介したいと思います。全くの私の主観なので、これからこれらの本を読もうとされる方は、是非、参考にしないでください。人の好みはさまざまですから。ただ、私はこう思ったよ、ということを紹介したいだけなので。本の感想に正解はないですもんね。

そういえば、先日、新聞を読んでいると、一人芝居で有名なイッセー尾形のこんな言葉が載っていました。「芝居には正解がないし、間違いもない。人生も同じでNGはない。間違いようがないんだから自分の行動に自信を持っていいんだよ」 まさにその通りだと思います。

世間ではベストセラーといわれているのに、あまり面白さがわからなかった本が実はたくさんあります。悲しいかな、むしろ、そちらのほうが多いかも。以前読んだ、万城目学「プリンセス・トヨトミ」、伊坂幸太郎「陽気なギャングが地球を回す」、吉田修一「パレード」は、私はだめでした。村上春樹「IQ84」も意味不明でした。これらは私の頭脳が小説の高度さについていけていないのだと思われます。

違った意味で、一番最近では『半落ち』(横山秀夫)が好みではありませんでした。かなり世間を騒がせていたベストセラーだったと記憶しているのですが、私は、書き方がドラマチックにすぎると感じました。会話部分もやたら怒鳴っているかんじ。これがドラマの脚本だといいのかもしれませんが、小説としては好みじゃなかったです。小説の醍醐味、行間を読むというのが全くないかんじ。同じ著者の『出口のない海』は長女に薦められて読み、まあまあだったのですが、「クライマーズ・ハイ」も好みではありませんでした。日航機の事故をこんな風に扱って欲しくないという感想を持ちました。三冊だけで決め付けるのは早いですが、私とこの作家は相性がよくないのかも。

それに比べ、『永遠のゼロ』(百田尚樹)のほうは抵抗なくすんなり物語に入っていけました。ただ、後半あまりにも細かい戦争の描写が続き、ちょっと飽きてきてしまいました。実在の人物にまつわるエピソードや実際にあった史実の中で、架空の人物を動き回らせて物語を展開させていくという手法だと思われます。しかし、彼らの末路を知っているだけに、暗くなってしまう人も多いでしょう。夫は、この本ではありませんが、映画の『山本五十六』のテレビ放映を観ていて「こっから腹たつねん」と言い、途中でスイッチを切っていました。昔、プラモデルの戦艦を作るのが趣味だったそうで戦争に詳しく、その後の展開がわかるだけに観たくなくなったようです。私はほとんど知らないことばかりだったので勉強になりました。戦争作品を描くのもむずかしい。本当は立派な部分もあったであろう人たちをほめ過ぎると、戦争賛美と受け取られかねない。でも、愚かだ、愚かだとけなすだけでは、観る気分、読む気分もうせますものね。

去年の年末に読んだ本ですが、『放蕩記』(村山由佳)はずっしりと胸にこたえる本でした。感動とは違うのですが、あとに残る、という意味で、記録に残したい本です。村山由佳さんの自伝的小説で、一人の女性(この場合村山さん)が子供の頃に経験した母親とのさまざまな軋轢と現在の生活を交互に描き、女の子にとって母親とはどんな存在なのかを問うている小説です。これは他人事とは思えません。私も長女で、少なからず母親の影響を受けているからです。小学生の頃、いつも宿題を見てくれ、時々はあれこれ指示され、洋服も母親好みを押し付けられていました。もっとも当事はどういう服が自分の好みかさえわかっていませんでしたが。少女マンガを読むことを禁じられ、深夜ラジオを聴くといやな顔をされました。村山さんの子供時代に近いものがあります。ただ私は、一度も母親がいやだと思ったことはないです。すべて私のことを思って言ってくれていると思っていました。この本の帯に『どうして私は母を愛せないのだろう』とあるのはかなり衝撃的です。アマゾンのプレビューでも「そんなことを書くなんてひどい」と悪い評価が多いのです。私も、なんでそこまで書くのだろう~。事実にしてもひどすぎないか?と思いながら読んでいたのですが、終盤に出てきた、ある一文ですべてがチャラになった気分がしました。自分でも思いがけず、突然涙が出てきて、「そうなんだよね、そうなんだよね」とすべてが洗い流され、澱のようにたまっていた重たい気分や疑問が解決されたような気になったのです。さすが、小説家、それを狙っていたとしたら(狙っていたのでしょう)うまいです。これまで村山さんの他の作品を読んだことはないのですが、俄然興味がわいてきました。「ダブルファンタジー」を読んでみたいかな。

「天地明察」(沖方丁)は長女に薦められました。「暦を変える話で面白いよ~といわれましたが、私は興味があまりわかなかったです。長女が天文好きとは知らなかったわ。でも、この作家も若いしかっこいいし、注目ですね。

長女は、死体が出てくるミステリーが苦手で、辻村深月さんや有川浩さんの本をどんどん読んでいます。 次女も、友達から借りた携帯小説やら「ビブリア古書堂」シリーズ、「謎解きはディナーのあとで」シリーズなんかをどんどん読んでいるよう。最近は、若者受けする小説が多いですね。あさのあつこさんや宮部みゆきさん、東野圭吾さん、三浦しおんさん、など、など。その分、いわゆる古典、文学作品を子供たちはあまり読んでいないように思いますが。

私も子ども達に負けないようたくさん読もうと思っています。映画もそうですが、たくさんに当たると、たまにびびびっと来る作品に出会える。それがとってもうれしい。得した気分になる。いくつになっても好きなものに出会えるのはうれしいです。今年もたくさん本との「良い出会い」ができますように。がんばるぞ~。
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写真はモデルさんかな。素人さんかな。小説なのに、表紙が写真というところが面白い。

by oakpark | 2013-01-26 21:37 | | Comments(0)

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