伝記本が好き   

昨晩テレビのニュースを見ていましたら、「ジョー・ディマジオ」という名前が出てきてびっくりしました。というのも先日ジョーディマジオの伝記本を読み終えたばかりだったので。イチローが24試合連続安打の自己新記録を樹立したのですが、大リーグ記録は1941年にジョー・ディマジオが打ち立てた56試合連続安打なんだそうです。1941年の記録がまだ破られていないとは! ジョー・ディマジオってすごい人だったのですね。

伝記を読む前は、ジョー・ディマジオといえば「マリリン・モンローと結婚していた人」ぐらいの知識しかありませんでした。前回の日記に書いたように、たまたまルー・ゲーリックに興味を持ち、当時の大リーグに興味を持ち、手に入りやすかったディマジオの伝記を読むことにしたのです。
私が読んだ本は「ジョー・ディマジオ~モンローを愛し続けたヤンキースのヒーロー」という本で、子供のころからディマジオのファンで、ディマジオの晩年の16年間腹心の友として付き合いのあったモリス・エンゲルバーグが語り、マーヴ・シュナイダーが執筆するという形をとっています。

伝記本というのは読み方が難しいですね。厳然たる事実がいくつかあって、これは変えることは出来ません。でも、これらの事実をどのような順序でどのように語るかによって、読み物としての面白さが全然違ってきますし、そこから受け取るその人物に対する印象も違ったものになります。書き手と書かれている人物との関係も大事です。親友が書くのか、一ジャーナリストが書くのか、文章の得意な小説家が書くのか、によって全く違うものが出来上がる可能性だってあります。本人が書く自伝の場合だと、まあ、自分に都合の悪い事は書かないでしょうね。「わたしはうそつきで女癖が悪い」なんてことは、まあ書かないでしょうからね。なので、伝記本を読むときの注意として、読み終わってある一定の印象をその人物に持ったとしてもそれがすべてではないし、それは一側面に過ぎないと考えておくほうがいいのではないかと思うのです。でも、もちろん伝記に書かれるくらいの人物ですから、すばらしいことはすばらしいとして素直に感動するのも正しい読み方だとは思いますが。

私が読んだディマジオの伝記本は、自伝ではないにしても、彼のことを心底愛していた人物の語った内容なので、やはりいいことしか書いていません。マリリン・モンローについてのエピソードにしても、「彼女のことを本当に愛していた。彼女と再婚する予定もあった」なんて書かれていますが、ほんとかな~~~、なんてひねくれものの私は疑ってしまうのです。
印象に残ったエピソードは、そのマリリンがらみで、ディマジオがケネディ兄弟とフランク・シナトラのことを憎んでいたということ。ケネディ兄弟にマリリンを紹介したのはシナトラだそうで、そうすることでシナトラとしてはケネディ一族に取り入ろうとする魂胆があったと、ディマジオは考えていたようです。 同じイタリア系、シチリア出身で、仲良くしていた時期もあったそうですが、マリリンのことでは大喧嘩をし、マリリンの葬儀にやってきたシナトラをディマジオは追っ払ったとか。

シナトラとマフィアの関係、シナトラとケネディ兄弟との関係など、あまり今まで知らなかったことも気になりました。(この本にはそこらへんはくわしくは書いていませんでしたが)
この本を読んだあとに観た映画「踊る大紐育」で笑顔を振りまくシナトラを見ながら、本当に映画だけを楽しむためにはその人の生き様なんて知らないほうがいいのかも。。。。なんて思ったり。

とかいいながら、やはり伝記本に惹かれてしまう私です。
のぞき見趣味があるのかしら。すごいことを成し遂げた人の人生に興味があるのです。


次回はアン・マーグレットの自伝を紹介するつもりです。

# by oakpark | 2007-06-02 22:23 | | Comments(0)

新しい発見など♪   

今年47歳になる私ですが、まだまだ新しいものを見たい、聞きたい、やりたい気持ちがもりもりです。新しいものに出会ったときの驚きや感動、あるいは戸惑いといった率直な思いもこの日記に書いていきたいです。

さて、今回のテーマは「ルー・ゲーリッグの引退スピーチ」です。

たまたまある雑誌で出会いました。
野球に詳しい人、あるいは年代的に近い人にとっては、「常識」なのかもしれませんが、
私にとっては「ルー・ゲーリック」と言う名前自体、ん?聞いたことあるかもしれないなあ、くらいの印象でした。しかし、このスピーチには胸を打たれ、通り過ぎることが出来ませんでした。なんてすばらしいのだろう、と思い、ネットでいろいろ調べてみました。有名なスピーチだと言うことを知り、そうだろうなあ、と納得しました。

ルー・ゲーリッグは、現在松井秀喜、井川慶の所属する、名門ニューヨーク・ヤンキースの内野手として活躍した選手で、1925年から1939年までの14年間にわたって、2130試合連続出場という記録を打ち立てました(その後1995年にリプケン選手に記録を破られる)。終身打率は三割四分。かの有名なベーブ・ルースが3番、ゲーリッグが4番という打順だった時代もあるそうです。それほど名選手だったゲーリッグの連続出場記録が途切れたのは「筋萎縮性側索硬化症」という病気のため。1939年のシーズン途中で引退を決意し、7月4日のヤンキースタジアムでの引退セレモニーで、このスピーチを行いました。

「引退スピーチ」といえば、日本では長島茂雄のスピーチが有名ですね。英語では farewell speech と言うようで、この言葉にもぐっときました。farewellは「さようなら」だと覚えていたので。「さよならスピーチ」「お別れスピーチ」という印象。私の琴線に触れました。

そしてスピーチの内容のすばらしさ。声に出して読もうとしましたが、泣けて泣けて仕方がありませんでした。ベースボールプレイヤーとして最高潮の時に不治の病にかかり、野球界から去ることを余儀なくされているという状況なのに、「自分はこの世で一番幸せな男である」と言い、周りの人たちに感謝の気持ちを述べるだけの短いスピーチ。自分のことや野球での業績については一切触れず。なんという潔さ。そしてなんという悲劇。
ネットで調べると、笑顔の素敵な選手です。

一番有名なスピーチの冒頭部分はこうです。

Fans, for the past two weeks you have been reading about a bad break I got.
Yet today I consider myself the luckiest man on the face of the earth.

もしかしたら、以前に読んだ、パーキンソン病に冒されているマイケル・J・フォックスの自伝のタイトル「ラッキーマン」もこれをヒントにしたのではないか、なんて思ったりしました。

ルー・ゲーリッグのことをもっと知りたくなって、伝記本を探しましたが見当たらず、代わりにと言っては何ですが、同じヤンキースで活躍したジョー・ディマジオの伝記本を買ってしまいました。

それについてはまた今度。

# by oakpark | 2007-06-01 20:11 | 雑感 | Comments(2)

はじめまして   

今日、6月1日からこちらでブログを始めることにしました、June と申します。
6月なのでJune というわけでもありませんが、「ジューン」という音の響きも好きで、
HNにしています。最初の子供が生まれた、最高にうれしい日も6月でした。
独身のころは職業柄あまり好きではない6月でしたが、今では大好きになりました。

ブログの名前、「樫の木公園」(Oak Park)は、16歳で初めてアメリカの地を踏み、
ドキドキの中、ホームステイした家があった、シカゴ近郊の町の名前です。これぞテレビで見たアメリカ!というすばらしく美しいところでした。町の中にあった高校がホテルのように大きかった。あとで知ったのですが、ここ、Oak Park には、文豪ヘミングウェイの生家があるそうです。
いつか、もう一度行ってみたい町です。

この16歳の夏の私が今の私につながっているように思います。
アメリカに憧れ、英語に憧れ、将来のことを考え始めた頃。
その頃目指した自分に今なお到底及びませんが、まだまだ遅くはないかも。
「こうありたい」という姿を目指して前に進みたいと思っています。

というわけで、今好きなものは、アメリカ、英語(下手の横好き)、映画、そしてエルヴィス・プレスリー!! エルヴィスのファンになって、まだ2年弱ですが、今やエルヴィスは私の生活の一部のようになっています。 声を聞いたり、写真を見たり、映像を観たりすると、とっても気持ちが安らぐのです。ほかのものを見聞きしても必ずエルヴィスに戻ります。 エルヴィスを母港にして、あちこち旅に出なくては。まだまだあまり遠くには行けませんが。

それと、最近ジャズダンスを始めました。「ウエスト・サイド・ストーリー」のように踊りたい!
「ラスベガス万歳」のアン・マーグレットに負けないように踊りたい!と思っています。
しかし、体が硬すぎて、足が上がらない。。。。 気分だけでもがんばります!

このブログには、そこいらのことを書いていく予定です。

# by oakpark | 2007-06-01 00:45 | Comments(3)