ミュージカル映画熱   

前回紹介したミュージカル映画「雨に唄えば」ですが、長女と次女と私は、すっかりこの映画のファンになってしまいました。洋画、洋楽嫌いの長女が、単純なストーリーと楽しいダンスが気に入ったのか、何度も見たがります。次女はこの映画でコミカルなダンスを披露したドナルド・オコナーファンになったようで、コズモ(オコナーの役名)のまねをしてはわたしに「どのシーンかわかる?」ときいてきたりします。私はといえば、笑顔のチャーミングなジーン・ケリーのファンになってしまいました。

ミュージカル通の人に言わせれば、きっと正確で優雅なダンスのフレッド・アステアが一番ということになるのでしょうが、私はジーン・ケリーのダンスに強く惹かれます。いかにも運動神経抜群といった様子で、バレエの動きも取り入れていて、ダイナミックでエネルギッシュで、ちょっとひょうきんで、見ていると、血湧き肉踊りというのかな、とにかく楽しくなります。

そんなこんなですっかりミュージカル映画にはまってしまいました。
最近の映画に見慣れていると、安っぽいセット、単純すぎるストーリーに飽き足らないという人もいるでしょうが、慣れてみるとこれはこれでいいものです。

最近見たミュージカル映画は次の通り。

「踊る大紐育」・・・・本屋で500円で売っていたので買いました。フランク・シナトラが若い。シナトラのことはエルヴィスファンになってからよく知るようになりました。ジーン・ケリーも出演していますが、この時点ではまだファンになっていません。

「ザッツ・エンターテインメント 1,2,3」・・・以前にテレビで放映していたのを録画してあったのですが、まだちゃんと見たことがありませんでした。ハリウッド映画、MGM映画の全盛期の頃のさまざまなシーンが紹介されていて、今まで知らなかった俳優もたくさん出てきて、とても勉強になりました。 この時点でもまだジーン・ケリーはone of them というかんじです。

「雨に唄えば」・・・ミュージカル映画を借りようと思い、レンタルショップで手に取ったのがこれ。有名な映画なのにまだ見ていなかったので。この映画を見て、ジーン・ケリーのファンになりました。ちょっと肩をすくめるような仕草がキュート。少し調べてみると、ジーンは、踊りに関しては素人だった18歳のデビー・レイノルズをしごき、泣かせてしまったとか。泣いているデビーを慰めたのがたまたまその場を通りがかったアステアだとか。実生活ではアステアのほうがいいやつなのかも。でも、ジーンのダンス、かっこいい!!

「イースター・バレード」・・・アステアと、名前だけはよく知っていたジュディー・ガーランド共演の映画です。この映画、最初はジーン・ケリーにキャスティングされていたそうですが、ジーンはバレーボールをして遊んでいたときに足首を怪我してしまい、アステアに役が回ってきたそうです。アステアの自伝によると、アステアがジーンに電話をし「本当にだめなのか?」と尋ねると、ジーンは「だめだ。たのむ」と言ったとか。

「巴里のアメリカ人」・・・ジーンの映画をもっと観たいと思いレンタルしました。ジーンが発掘したというレスリー・キャロンがかわいい!バレエの動きが優雅で、ちょっとファニーフェイスだけれど、成熟したボディで、ジーンよりレスリーに目が釘付けでした。

「碇をあげて」・・・・アカデミー賞をとったという「巴里のアメリカ人」より、私はこちらのほうが好みでした。シナトラとジーンの組み合わせが秀逸。気の弱いシナトラ、頼りになる兄貴分のジーン。二人の演技がとてもよかったです。映画でのシナトラはこういう役が多いです。エルヴィスとの関係で言うとボスというイメージでしたが。ジーンはコミカルな演技も上手い。お茶目な感じで、誰が思いついたのか、子供との共演が多いというのもわかる気がします。実生活ではどうであれ、スクリーンのジーンはわたし好みだわ~~~。
(つぶやき)笑顔の横顔がちょっとエルヴィスに似ている感じがするのです。目のたれた感じがね。

# by oakpark | 2007-06-11 16:25 | 映画 | Comments(8)

伝記つながりで.. 映画「雨に唄えば」 フレッド・アステアの自伝   

アン・マーグレットの自伝を読むと、わたしもダンスをしたいな~と思うようになり、近所のスポーツクラブの初級ジャズダンスのクラスに出ることにしました。最近流行のヒップホップとかフラダンスとかではなく、昔ながらの正統派ジャズダンスがしたい!

というわけで映画「ウエストサイド・ストーリー」でも見ようかしら、とレンタルショップの『ミュージカル』コーナーに出向くと、「雨に唄えば」が目に留まり、まだ見たことなかったな~と思い、借りることにしました。

これが楽しかった! ドナルド・オコナーのコミカルなパフォーマンスがすばらしい 、Make them laugh~~♪ という歌もよかったし、かわいいデビー・レイノルズが good morning,good morning~~♪ と歌うシーンもよかった。そして今まであまり意識したことなかったですが、ジーン・ケリーの筋肉質なダンスも良かったな。Singing in the rain ~~♪ のシーン大好き!

すると、フレッド・アステアの自伝を前に購入していたことを思い出し(ずっと読まずにほったらかしていた)、読み始めました。う~~ん。内容的には、読み物としてはそれほど面白くなかったかな。情報を得るという点では、こういう経歴の人なんだ、とよくわかりましたが。アン・マーグレットの時と同じで、これも自伝なので、「良いこと」ばかりを書いているんですよ。共演者を褒め、作品を褒め、監督を褒め、姉を褒め、みたいなかんじで、ちょっと最後のほうは食傷気味になりました。あなたの人生、すばらしすぎるじゃん、てなかんじで。 奥さんが亡くなったときのことも、意外にさらっと書いています。とても仲がよかったようですが(本によると)。

フレッド・アステアの作品も観てみたいです。

で、その後、またレンタルショップでDVDを物色していると『フレッド・アステアと数々の映画で共演したジンジャー・ロジャースが演技のみで、アカデミー賞を獲得した作品』という解説の書かれた「恋愛手帖」という映画が気になったので、レンタルして観ました。女性の新しい生き方を描いた、なかなか当時としては問題作だったのではないでしょうか。

私は、映画を観るとと、IMDb(Internet Movie Database)というサイトで、気になった俳優さんの経歴などを調べるのですが、ジンジャー・ロジャースの語った言葉の欄にこういうのがあり、賢そうな人だな~~と思って興味をそそられました。

When two people love each other, they don't look at each other, they look in the same direction.

The most important thing in anyone's life is to be giving something. The quality I can give is fun,joy and happiness. This is my gift.


ジンジャー・ロジャースの伝記本も読んでみようかしら~。

と、ころころ興味が移っていきます。
ついこの前まではアメリカ南部の歴史関係の本を読みあさっていたのに。

# by oakpark | 2007-06-08 00:20 | 映画&本 | Comments(2)

アン・マーグレット自伝   

アン・マーグレットという女優さんのことは、エルヴィスのファンになって初めて知りました。
エルヴィスの15作目の映画「ラスベガス万歳」で共演した女優さん。どうやら二人は一時期恋愛関係にあったらしい。エルヴィスは亡くなるまでずっとアン・マーグレットの舞台の初日に花を贈り続けたらしい。エルヴィス関連本を読むと、すぐにそういったことがわかってきました。さらにはこんな記述も。「この映画でエルヴィスはアン・マーグレットに食われたと言われ、エルヴィスのマネージャーのトム・パーカーはそれ以降一切エルヴィスを大物女優と組ませなかった」

アン・マーグレットって大物女優だったんだ、というのがそのときの私の感想。
映画が好きで結構映画は観てきたつもりだったのですが、アン・マーグレットには出会ったことがありませんでした。エルヴィスが21,2歳のころ少しだけ付き合いのあったナタリー・ウッドのことはもちろん知っているし、「燃える平原児」で共演したバーバラ・イーデンのことも知っていました(「かわいい魔女ジニー」の大ファンなので)。でもアン・マーグレットのことは知らなかった。

エルヴィス関連本をさらに読み進むとこんなことも書かれていました。「エルヴィスとアン・マーグレットは似ているところも多く、アンは「女エルヴィス」と呼ばれていた」 へ~~。エルヴィスみたいな女の人ってどんなのだろう。エルヴィスみたいにセンセーションを起こしたのかしら。だとしたらおてんばなはず。エルヴィスは女らしい女の子が好きだと思っていたのに。俄然興味がわいてきました。

というわけで、アン・マーグレットの自伝「My Story」をe-bayで手に入れました。

以前、ドリュー・バリモアの自伝を原書で読もうとして(ほんと、伝記物が好きですね)挫折した経験があるのですが、この本は読みやすかったです。短い章に分かれているし、字が大きく、比較的平易な英語で書かれています。エルヴィスの名前がいつ出てくるかなあという期待感もあって、さくさく読めました。

もちろんエルヴィスのことだけでなく、アンの人生にも興味が持てました。この先どうなるのだろう。どうやってハリウッドに進出し、どうやって成功して行ったのだろうと、どんどん先が知りたくなりました。スゥエーデンで生まれ、6歳の時に、先にアメリカはシカゴに住み着き家族を迎える準備をしていた父親に合流する形でアメリカに渡ります。特に専門的なレッスンを受けたわけではないのに、小さい頃から歌と踊りに才能を見せ始め、学芸会などで卓越したパフォーマンスを見せ、大学を中退してついにチームを組んでプロとしての道を歩み始めます。いくつかのラッキーな出会いから、とんとん拍子に成功していき、映画にも進出。エルヴィスに出会います。二人は意気投合し、しばらく良い関係が続きますが、エルヴィスには「果たさなければならない義務」があったので、二人は別々の道を歩み、アンはロジャー・スミスと結婚。幸せな結婚生活を送ります。しかし、仕事の行き詰まりやアルコール中毒、ショーの途中で舞台から落下するなど不幸にも見舞われます。ロジャーの連れ子3人と一緒に住み、良い関係を築きますがついに自分の子供は授かりませんでした。しかしロジャーというよき伴侶を得て、幸せに暮らしているという内容です。

読み終わって、術にはまってしまったのかもしれませんが、「アン・マーグレットっていい人だな」と思いました。でも、冷静に考えてみると、前回の日記に書いたように、これは自伝なので自分の悪い点や醜い部分なんて書きませんよね。他人の悪口も書いていません。いつもいい人ばかりに囲まれて、ラッキーな芸能生活だったように書かれています。夫のロジャー・スミスのこともべた褒め。「彼のいいところは、私とエルヴィスの関係に嫉妬しないこと」なんて書かれていて、ほんとかな~~~と思ってしまう箇所もありました。連れ子ともいつもいつもうまく行っていたというわけでもないだろうな、と思うし。

でも、エルヴィスがずっと花を贈り続けたほど気に入っていたのが少し判るような気がしました。活発で明るく、才能豊か。両親に愛されて育った一人っ子で、甘えん坊で、やさしい。運動神経も抜群でバイクが大好き(撮影所にバイクで通っていたらしい)。普段はシャイだけれど内には熱いものを秘めていて、危険なことも好き。やはり、エルヴィスに似ているのかも。恋人というより、兄弟みたいなそんな感じがします。

エルヴィスの死にまつわる記述はやはり泣けてきました。
1977年の8月15日にアンのショーの初日があったのですが、その日は初めてエルヴィスからの花のプレゼントが届かなかったそうです。そして16日に電話が鳴りロジャーが受けたのですが、その表情を見て、アンはエルヴィスのことだとすぐわかったとか。エルヴィスの側近に来ないようにいわれたにもかかわらず、もし逆の立場だったら、彼は絶対来てくれるはずと思ったアンは、ショーを中断してグレースランドに駆けつけます。でも、棺の中のエルヴィスはちらとしか見ることはできなかった。ちゃんとさよならなんて言えなかった。
この章の最後はこんな言葉でくくられていました。
It's rare to have such a friend as Elvis, rare to have such a soul mate.

ここまで読むと、あとは惰性で、ざっと流し読み。
結局エルヴィスが目的だったのかい、と自分で突っ込みたくなりましたが、いや、なかなか面白い伝記本でした。 エルヴィスのファンになっていなかったら絶対読むことはなかっただろうと思われますが、よい勉強になりました。

最後にもうひとつ。アン・マーグレットはケネディ大統領のバースディに招待され、大統領の前で歌ったそうです。あの、マリリン・モンローのパフォーマンスの翌年です。やはり、アン・マーグレットは大物女優だったのですね!

# by oakpark | 2007-06-05 23:47 | | Comments(10)

伝記本が好き   

昨晩テレビのニュースを見ていましたら、「ジョー・ディマジオ」という名前が出てきてびっくりしました。というのも先日ジョーディマジオの伝記本を読み終えたばかりだったので。イチローが24試合連続安打の自己新記録を樹立したのですが、大リーグ記録は1941年にジョー・ディマジオが打ち立てた56試合連続安打なんだそうです。1941年の記録がまだ破られていないとは! ジョー・ディマジオってすごい人だったのですね。

伝記を読む前は、ジョー・ディマジオといえば「マリリン・モンローと結婚していた人」ぐらいの知識しかありませんでした。前回の日記に書いたように、たまたまルー・ゲーリックに興味を持ち、当時の大リーグに興味を持ち、手に入りやすかったディマジオの伝記を読むことにしたのです。
私が読んだ本は「ジョー・ディマジオ~モンローを愛し続けたヤンキースのヒーロー」という本で、子供のころからディマジオのファンで、ディマジオの晩年の16年間腹心の友として付き合いのあったモリス・エンゲルバーグが語り、マーヴ・シュナイダーが執筆するという形をとっています。

伝記本というのは読み方が難しいですね。厳然たる事実がいくつかあって、これは変えることは出来ません。でも、これらの事実をどのような順序でどのように語るかによって、読み物としての面白さが全然違ってきますし、そこから受け取るその人物に対する印象も違ったものになります。書き手と書かれている人物との関係も大事です。親友が書くのか、一ジャーナリストが書くのか、文章の得意な小説家が書くのか、によって全く違うものが出来上がる可能性だってあります。本人が書く自伝の場合だと、まあ、自分に都合の悪い事は書かないでしょうね。「わたしはうそつきで女癖が悪い」なんてことは、まあ書かないでしょうからね。なので、伝記本を読むときの注意として、読み終わってある一定の印象をその人物に持ったとしてもそれがすべてではないし、それは一側面に過ぎないと考えておくほうがいいのではないかと思うのです。でも、もちろん伝記に書かれるくらいの人物ですから、すばらしいことはすばらしいとして素直に感動するのも正しい読み方だとは思いますが。

私が読んだディマジオの伝記本は、自伝ではないにしても、彼のことを心底愛していた人物の語った内容なので、やはりいいことしか書いていません。マリリン・モンローについてのエピソードにしても、「彼女のことを本当に愛していた。彼女と再婚する予定もあった」なんて書かれていますが、ほんとかな~~~、なんてひねくれものの私は疑ってしまうのです。
印象に残ったエピソードは、そのマリリンがらみで、ディマジオがケネディ兄弟とフランク・シナトラのことを憎んでいたということ。ケネディ兄弟にマリリンを紹介したのはシナトラだそうで、そうすることでシナトラとしてはケネディ一族に取り入ろうとする魂胆があったと、ディマジオは考えていたようです。 同じイタリア系、シチリア出身で、仲良くしていた時期もあったそうですが、マリリンのことでは大喧嘩をし、マリリンの葬儀にやってきたシナトラをディマジオは追っ払ったとか。

シナトラとマフィアの関係、シナトラとケネディ兄弟との関係など、あまり今まで知らなかったことも気になりました。(この本にはそこらへんはくわしくは書いていませんでしたが)
この本を読んだあとに観た映画「踊る大紐育」で笑顔を振りまくシナトラを見ながら、本当に映画だけを楽しむためにはその人の生き様なんて知らないほうがいいのかも。。。。なんて思ったり。

とかいいながら、やはり伝記本に惹かれてしまう私です。
のぞき見趣味があるのかしら。すごいことを成し遂げた人の人生に興味があるのです。


次回はアン・マーグレットの自伝を紹介するつもりです。

# by oakpark | 2007-06-02 22:23 | | Comments(0)

新しい発見など♪   

今年47歳になる私ですが、まだまだ新しいものを見たい、聞きたい、やりたい気持ちがもりもりです。新しいものに出会ったときの驚きや感動、あるいは戸惑いといった率直な思いもこの日記に書いていきたいです。

さて、今回のテーマは「ルー・ゲーリッグの引退スピーチ」です。

たまたまある雑誌で出会いました。
野球に詳しい人、あるいは年代的に近い人にとっては、「常識」なのかもしれませんが、
私にとっては「ルー・ゲーリック」と言う名前自体、ん?聞いたことあるかもしれないなあ、くらいの印象でした。しかし、このスピーチには胸を打たれ、通り過ぎることが出来ませんでした。なんてすばらしいのだろう、と思い、ネットでいろいろ調べてみました。有名なスピーチだと言うことを知り、そうだろうなあ、と納得しました。

ルー・ゲーリッグは、現在松井秀喜、井川慶の所属する、名門ニューヨーク・ヤンキースの内野手として活躍した選手で、1925年から1939年までの14年間にわたって、2130試合連続出場という記録を打ち立てました(その後1995年にリプケン選手に記録を破られる)。終身打率は三割四分。かの有名なベーブ・ルースが3番、ゲーリッグが4番という打順だった時代もあるそうです。それほど名選手だったゲーリッグの連続出場記録が途切れたのは「筋萎縮性側索硬化症」という病気のため。1939年のシーズン途中で引退を決意し、7月4日のヤンキースタジアムでの引退セレモニーで、このスピーチを行いました。

「引退スピーチ」といえば、日本では長島茂雄のスピーチが有名ですね。英語では farewell speech と言うようで、この言葉にもぐっときました。farewellは「さようなら」だと覚えていたので。「さよならスピーチ」「お別れスピーチ」という印象。私の琴線に触れました。

そしてスピーチの内容のすばらしさ。声に出して読もうとしましたが、泣けて泣けて仕方がありませんでした。ベースボールプレイヤーとして最高潮の時に不治の病にかかり、野球界から去ることを余儀なくされているという状況なのに、「自分はこの世で一番幸せな男である」と言い、周りの人たちに感謝の気持ちを述べるだけの短いスピーチ。自分のことや野球での業績については一切触れず。なんという潔さ。そしてなんという悲劇。
ネットで調べると、笑顔の素敵な選手です。

一番有名なスピーチの冒頭部分はこうです。

Fans, for the past two weeks you have been reading about a bad break I got.
Yet today I consider myself the luckiest man on the face of the earth.

もしかしたら、以前に読んだ、パーキンソン病に冒されているマイケル・J・フォックスの自伝のタイトル「ラッキーマン」もこれをヒントにしたのではないか、なんて思ったりしました。

ルー・ゲーリッグのことをもっと知りたくなって、伝記本を探しましたが見当たらず、代わりにと言っては何ですが、同じヤンキースで活躍したジョー・ディマジオの伝記本を買ってしまいました。

それについてはまた今度。

# by oakpark | 2007-06-01 20:11 | 雑感 | Comments(2)

はじめまして   

今日、6月1日からこちらでブログを始めることにしました、June と申します。
6月なのでJune というわけでもありませんが、「ジューン」という音の響きも好きで、
HNにしています。最初の子供が生まれた、最高にうれしい日も6月でした。
独身のころは職業柄あまり好きではない6月でしたが、今では大好きになりました。

ブログの名前、「樫の木公園」(Oak Park)は、16歳で初めてアメリカの地を踏み、
ドキドキの中、ホームステイした家があった、シカゴ近郊の町の名前です。これぞテレビで見たアメリカ!というすばらしく美しいところでした。町の中にあった高校がホテルのように大きかった。あとで知ったのですが、ここ、Oak Park には、文豪ヘミングウェイの生家があるそうです。
いつか、もう一度行ってみたい町です。

この16歳の夏の私が今の私につながっているように思います。
アメリカに憧れ、英語に憧れ、将来のことを考え始めた頃。
その頃目指した自分に今なお到底及びませんが、まだまだ遅くはないかも。
「こうありたい」という姿を目指して前に進みたいと思っています。

というわけで、今好きなものは、アメリカ、英語(下手の横好き)、映画、そしてエルヴィス・プレスリー!! エルヴィスのファンになって、まだ2年弱ですが、今やエルヴィスは私の生活の一部のようになっています。 声を聞いたり、写真を見たり、映像を観たりすると、とっても気持ちが安らぐのです。ほかのものを見聞きしても必ずエルヴィスに戻ります。 エルヴィスを母港にして、あちこち旅に出なくては。まだまだあまり遠くには行けませんが。

それと、最近ジャズダンスを始めました。「ウエスト・サイド・ストーリー」のように踊りたい!
「ラスベガス万歳」のアン・マーグレットに負けないように踊りたい!と思っています。
しかし、体が硬すぎて、足が上がらない。。。。 気分だけでもがんばります!

このブログには、そこいらのことを書いていく予定です。

# by oakpark | 2007-06-01 00:45 | Comments(3)