エルヴィスの写真集   

写真家アルフレッド・ワートハイマーによるエルヴィスの新しい写真集「エルヴィス・プレスリー21歳の肖像」を買いました。〈私が買ったのは洋書のほう)

エルヴィスの写真の中でも、このワートハイマーによる写真が私は一番好きです。1981年に出版された「エルヴィス・21歳~私はひとりの若者を撮った」はエルヴィス関連本のなかでも一番のお気に入り。写真と共に、当時のエルヴィスの様子をワートハイマー自らが語った文章が添えられています。今回出版された写真集は、さらに写真の数が増え、写真もよりクリアで鮮明になっています。50年も前の写真とは思えないくらいです。

この写真集の何がすごいって、ワートハイマーのセンスがすごい。瞬発力がすごい。フットワークがすごい。執念がすごい。よくぞ、ここまで撮ってくれた!という写真の量なのです。まるでビデオを回して1シーン、1シーンを切り取ったみたいな連続写真もあります。ワートハイマーは1956年の3月のある日、「最近出てきた面白い歌手がいるので、密着して写真を撮って欲しい」と仕事を依頼されます。そして3月17日のテレビ出演と、6月29日から7月4日のニューヨークでのリハーサル、リッチモンドでのショー、そしてメンフィスへの帰郷の7日間エルヴィスに同行し、写真を撮りまくります。ワートハイマーは、それまでエルヴィスの事を聞いたことも見たこともなかったそうですが、何が彼を突き動かしこれだけの写真を撮るにいたったのでしょうか。そこのところが私はずっと不思議でしかたがありませんでした。レコード会社の宣伝用にしては行き過ぎているとしか思えないショットもたくさんありますから。まさに神の天啓としかいいようがありません。でも、この7日間の集中したお仕事のおかげで、ワートハイマーは一生儲け続けるのですから人間タイミングが大切だなあと思います。ここぞというときに力を出し切るタイミングの見極めが大切なのかも。エルヴィスの5歳年上のワートハイマー氏は今も健在です。


エルヴィスはごく自然に写真に撮られています。ワートハイマーによると、これだけ密着していながら、二人の間で会話はほとんどなく、「撮ってもいいか」と尋ねると、ただ肩をすくめて「いいよ」というだけだったそうです。 この頃のエルヴィスは、初めての人とはあまりしゃべらない無口でシャイな青年だったようです。 それと、どんなショットを撮ろうとしてもいやがらなかったそう。ワートハイマーは言います。「彼の特別さはその近づきやすさだった」と。「来るものは拒まず」の精神がエルヴィスにはあったと思われます。

ホテルの部屋でファンレターを読みながらうたた寝するエルヴィス、トイレでひげをそり髪を整えるエルヴィス、リッチモンドのショーの楽屋で女の子といちゃつくエルヴィス、故郷に戻る電車の中でぬいぐるみを抱いてふざけるエルヴィス、録音したてのレコードを真剣に聞き入るエルヴィス。自宅のプールで親戚とはしゃぐエルヴィス。自慢のダックテールの髪もぐちゃぐちゃ。

この頃は丁度「骨盤エルヴィス」といわれ世間の非難が集中していた頃です。6月4日にミルトン・バール・ショーに出演し、激しい腰振りで「ハウンド・ドッグ」を歌い、保守的な大人たちから「けがらわしい」とみなされ、意地悪なインタビューばかりされていた頃。そういったストレスをプールで発散していたのでしょう。そこには格好付けのエルヴィスではなく、田舎のちょっとダサい青年がいます。 そういった姿もまた愛おしい。。。。

この写真集を見ていると、1956年のアメリカの空気までも感じることが出来、じ~っと見入っていると自分がここにいるのではないかという錯覚に陥りそうです。それほど自然でリアルな写真。光と影が織りなすやわらかな立体感が想像力と郷愁をかきたてるモノクロ写真が私は大好き。

写真は
上:数少ないカメラ目線の写真が表紙。鋭い目つき。何を考えているのでしょう。
中:ニューヨークから10数時間の電車の旅ののち、メンフィスの自宅近くの駅で降りる直前、身支度を整え水にぬれた手をぱっぱっとするの図。タオルを持っていなかったのですね。母の元に帰る期待感からすでに心は少年に戻っているのかあどけない表情が可愛いです。
下:有名な、リッチモンドの彼女と戯れる写真の中の一枚。CD「Elvis,Love」のジャケ写真にもなっている。写真用にポーズをとっているのではなく、たまたま二人がいるところをワートハイマーが通りがかりカメラに収めたそう。途中でエルヴィスは撮られている事に気づいたが意に介さなかったそうです。大物だなあ。とろんと、幸せそうな目元をしていて、これも大好きな写真。

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# by oakpark | 2007-09-16 00:05 | ELVIS | Comments(4)

映画「ボビー」   

「ボビー」とは、ロバート・フランシス・ケネディのこと。
私は、この人物のことを、ケネディ大統領の実弟であるという事と、1968年に暗殺されたということ。兄と同じように、当時、高まりつつあった、公民権運動を進めようとしていた人であるということくらいしか知らなかったので、この映画を見ると、もっとよくわかるかと思いました。

しかし、その期待は裏切られました。
この映画は、ボビー・ケネディの伝記映画ではなく、ボビーがロサンゼルスのアンバサダーホテルで暗殺された時にその場に居合わせた22人の人物を描くことによって、当時の時代の雰囲気、人々の生活、思想、などをオムニバス形式で映し出した、群像劇的な映画でした。

期待は裏切られましたが、ずっしりと心に残る、見ごたえのある映画でした。

まず驚いたのがキャストの豪華さ。
主役をはれそうな大物俳優が多く出演しています。

監督、脚本は、エミリオ・エステベス。そして劇中で彼の妻役を演じているのがかつての恋人のデミ・ムーア。しかも現在のデミの夫であるアシュトン・キャッチャーも出ている!すごすぎる~。
エミリオのお父さんのチャーリー・シーンも出ています。ボビーの暗殺がテレビで放映されたことを幼かったエミリオは覚えており、しかも、父であるチャーリー・シーンがエミリオをアンバサダーホテルに連れて行ってくれた思い出があるそうです。そのほかにも、アンソニー・ホプキンス、ハリー・ベラフォンテ、シャロン・ストーン、ヘレン・ハント、イライジャ・ウッド、クリスチャン・スレイターなどが出演していて、それぞれ独特の存在感を示しています。

暗殺が行われた時間の16時間前からの22人の行動を見せていくのですが、そこにはさまざまな人間ドラマが展開されています。人種問題、夫婦問題、ベトナム戦争、LSD、老いの問題、などなど。 それぞれを短くいろいろな順序で見せ、視聴者に考えさせながら、事件の瞬間を迎えるという手法です。


ロバート・ケネディを含む、当時の実際の映像と、映画のキャストの映像が上手くつなぎ合わされて、見ているうちにその現場に居合わせているような緊張感を味わいます。

最後に、ロバートが1968年の4月4日に行った'Mindless Menace of Violence’(愚かな暴力の脅威)というスピーチが流れるなか、混乱を極めた現場、嘆き悲しむ人々の映像が流れ、なんともいえない悲しい気分にさせられます。ロバートの声は、若干、軽いというか、明るい声で、語り口は淡々としています。スローモーションで映し出される悲劇的な映像と上手く対比していて、こういう言い方は不謹慎かもしれませんが、上手く作られた映画だと感じました。

正直それまでは、少々退屈な場面もあったのですが、最後の10分を見て、これだけでもこの映画を見てよかったと思いました。

Youtubeでロバートの演説や映像を見てみましたが、理想を熱く語る彼は、かっこよかったです。 「パフォーマンス」と見る向きもあるのかもしれないけれど、黒人のゲットーの中に入り、人々と握手し、言葉を交わし、時には子供の顔をなでている姿に心を打たれました。

理想を声高々に訴えることのできるアメリカの政治家はかっこいいな、と思いました。

# by oakpark | 2007-09-03 20:14 | 映画 | Comments(0)

キャンドルヴィジル、グレースランド、サンスタジオ   

メンフィスへのたびのもう一つの大きな目的はキャンドルヴィジルに参加すること。

キャンドルヴィジルとは8月15日の晩から、エルヴィスの命日である16日にかけて、キャンドルに火をともし故人を偲ぶ行事。列を成してグレースランドの敷地内に入り、エルヴィスのお墓まで行く人々と、ミュージックゲイト〈グレースランドの門)の前あたりで、地面に座り、キャンドルをともしながら静かに時を過ごす人たちがいる。 グレースランド前の道路、「エルヴィス・プレスリー・ブルバード」と名づけられた道路は封鎖されていて車の通行ができないようになっていた。

私は、8時半ごろ列に加わった。すでにものすごい人出だった。夜になって少し涼しくなっていたとはいえ、昼間は40度近くまで温度が上がる灼熱のメンフィスに10万人近い人が集まっている。いろんな言語が聞こえる。世界中からこの日のためにエルヴィスのファンが集まってきていた。グレースランドの壁に設置されたスピーカーからは大音響でエルヴィスの歌が流れていた。ゴスペル、バラードを中心に、50年代、60年代、70年代の曲がまんべんなく流れている。一晩中流しても同じ曲が出てこないのがエルヴィスのすごさだ。私の大好きな、やさしい、温かい歌声が天から降ってきているようにずっと流れていてなんとも幸せな気分になった。

遅々として進まない列。若い人も多いが、60代、70代とおぼしき人たちもみんな辛抱強く並んでいる。途中で、トイレに行ったり、ジュースを買いに行ったりしながら列に並び続けた。不思議なことに何かを食べながら並んでいる人はひとりもいなかった。どこででも歩きながら飲み食いしちゃうアメリカ人が。やはり、これは、神聖な儀式なのだ。

ミュージックゲイトをくぐると、渡されたろうそくに点火。そこからは誰もが無口になって厳かに進んでいく。やっとエルヴィスのお墓の前に到着。と思うと後ろにいた係りの人が「止まらないで進んでください、後ろに長い列がありますから」という。心のなかで「来ましたよ。ありがとう。やすらかに」とつぶやき前に進み続けた。丁度そのときは、50年代のバラード「どっちみち俺もの」が流れていた。 70年代のバラード「心の痛手」を聴きながら、ミュージックゲイトを出たときは、16日朝の4時半だった。なんと、8時間も並んだことになる。 その後、疲労感と達成感が入り混じった気持ちでタクシー乗り場に行った。


そして、もちろん、今年もグレースランドツアーと、サンスタジオツアーにも参加した。エルヴィスの住んだ家の中を見て、エルヴィスが実際身につけた洋服を見て、やはり、「ありがとう」と心の中でつぶやいていた。大好きな、「明日への願い」を歌ったときに着ていた白いスーツの前ではじっくり時間をかけて見入っていた。 サンスタジオでは、エルヴィスが「ザッツ・オールライト」を歌ったというマイクを今年もなでてきた。エルヴィスが、初めてのサンスタジオでのセッションで、休憩時間にふざけて歌ったこの曲がスタジオオーナーのサム・フィリップスの心をつかみ、レコードになったという。そしてこの曲を足がかりにエルヴィスはスターへの階段を駆け上がっていったのだ。去年も行ったけれど、サンスタジオは大好きな場所。トラック運転手だったエルヴィスが、おどおどと入ってきて「レコードを作りたいのですが」と言っただろうその小さな部屋がそのまま保存されていて、当時の情景が目に浮かびそう。今年は、バリバリ南部なまりの元気なお姉さんが案内役でした。

写真は、ヴィジルの列と、エルヴィスのお墓、お姉さんとマイクです。
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# by oakpark | 2007-08-22 01:14 | ELVIS | Comments(6)

テネシー州、メンフィス   

テネシー州、メンフィスに行ってきました。三泊五日の一人旅でした。

テネシー州は、アメリカ合衆国の中央やや東より、メキシコ湾に面したアラバマ州、ミシシッピ州のすぐ北に位置する横長の州です。そのテネシー州の最南東〈地図で言うと左下)の、ほとんどミシシッピ州との州境あたりにメンフィスはあります。

メンフィスといえば、エルヴィス・プレスリー。エルヴィスが22歳のときに購入し、亡くなるまで住み続けた家、通称「グレースランド」があります。そのほかメンフィスはマーティン・ルサー・キングが暗殺されたモーテルのある場所としても有名。また、航空宅配会社の大手FedExの本社がある町でもあります。

このメンフィスになぜ行ったかというと、お目当ては、ずばり「エルヴィス没後30周年記念コンサート」を観るためでした。

実は去年も家族でメンフィスを訪れ、グレースランドや、エルヴィスの生家のあるミシシッピ州のテュペロ、エルヴィスの卒業した高校であるヒュームズ高校、エルヴィスがロックを生み出した現場であるサンスタジオ、など、ひととおりのエルヴィス関連観光スポットは見学していました。当時は大満足で、もうこれでいいと思っていましたが、一つ心残りは、エルヴィスの命日である8月16日に夜を徹して行われるお祈りの行事、vigil〈ヴィジル)に参加できなかったことです。しかしこれは毎年行われている行事でもあるし、いつか行けたらいいなあくらいに思っていました。が、その後、25周年の時にも世界数箇所で行われた、エルヴィスのオリジナルバンドと、エルヴィスの映像との合体コンサートが、今年の30周年で最後になると聞いて、いてもたってもいられなくなりました。DVDにもなっているこの25周年コンサートは大好きで何度も見ていたというのもありますが、なんといっても、エルヴィスと共に数々のショーを彩ってきた、バンド、コーラスのメンバーにぜひ会いたいと思いました。エルヴィスはもういないけれど、エルヴィスと共に時を過ごし、エルヴィスの音楽を支えてきた彼らの元気な姿を、エルヴィスへ想いをはせながら、目に焼き付けておきたいと思いました。

コンサートが行われたのは FedeEx Forum 。 エルヴィスが〈実際はエルヴィスに扮した誰か)が、メンフィスマフィア〈エルヴィスの取り巻き)のメンバーだった、現在のジェリー・シリングとジョー・エスポジートにグレースランドから誘導され、ヘリコプターに乗ってFedEx Forumの屋上のヘリポートにやってくる、というお茶目な演出の映像からコンサートが始まっていきました。

もう、ここから、笑いと涙で顔がぐちゃぐちゃになって行きました。73年のハワイでの公演の映像、70年のラスベガスでの公演の映像と共に、インペリアルズが歌い、スィートインスピレーションズ、スタンプスが歌う。ジェームズ・バートンがギターをかき鳴らし、ロニー・タットがドラムを叩く。ベースのジェリー・シェフも元気そう。ピアノのグレン・ハーディンは25周年の時より、かなりやせているけれど、激しいピアノプレイは健在。

DVDでしか見たことのなかったオリジナルメンバーの生の姿を見て胸がいっぱいになりました。皆さん、当たり前だけれど、25周年の時より少し老けている。でも、元気そう。うれしい。
スクリーンではエルヴィスが歌っている。途中でジョーダネアーズが加わり50年代のエルヴィスがスクリーンに映し出される。この時にバックで歌っていた、ジョーダネアーズのゴードン・ストーカーがが今も健在だなんてうれしい限りだ。当時からおじさんに見えたけれど、20代後半だったのかな。21歳のエルヴィスは当時は幼く見えたから。とすると、今80歳くらいかな。ますます元気で歌い続けて欲しい。

50年代のエルヴィスにつづいて、68年のカムバックスペシャルのエルヴィス、映画時代のエルヴィスが次々と映し出される。私の気持ちを計ったかのように、私の好きな映像ばかり。

休憩を挟んで、エルヴィスの元妻プリシラの挨拶、それから娘のリサ・マリーが登場した。そしてなんと、父であるエルヴィスと「イン・ザ・ゲットー」のデュエットがあった。リサは低めのどっしりとした声で「みなさんありがとう」と感極まった様子で挨拶した。赤いドレスを着ていたがもしかしたらおめでたかもしれない。1月に京都で結婚式を挙げたばかりだから。

そして後半はゴスペルコーナー、感動的な歌の連続。
もう、大満足のショーだった。 思い切って行ってよかったです。
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# by oakpark | 2007-08-21 22:45 | ELVIS | Comments(2)

本「読書入門」   

「声に出して読みたい日本語」で有名な斉藤孝さんの書いた本「読書入門」を読みました。

これは、斉藤さんのこれまで読んでこられた膨大な量の(たぶん。。。)本の中から特にお勧めの50冊を選び、紹介している本です。

斉藤さん、などと気安く呼んでしまいますが、お友達でも何でもありません。
ただ、同い年ということで、なんとなく気になる存在なんですよね。お写真で見ても、同い年というのがうれしくなるように若々しい雰囲気ですし。

不思議なもので、芸能人でも文化人でも同い年の人はなんとなく気になります。一つ上、一つ下だと、「ふ~~ん、年齢近いな」って、ただそれだけなのですが。

そして、この本ですが、紹介の仕方が上手いのか、読みたいな~と思わせる本ばかり。
本の種類は多岐に渡っていますが、自伝好きの私は、最初のほうで紹介されている、チャップリンや美輪明宏の自伝に興味津々。戊辰戦争での会津藩の生き残りの人について本も読んでみたいぞ。小説はもちろん、マンガや絵本、神話も取り上げられていて、この人の読書の幅の広さがうかがえます。同い年なのになぜこんなに違うんだろ。。。

あとがきには「高校時代、部活の帰りによく書店に寄った」とあります。
そうか~、部活でくたくたで本を読む気もせずだらだらしていた私とそこが違うんだ。
小学校の時は毎週図書館に通うほど本が好きだったのに、中学、高校時代はあまり読まなかった。あの頃こそ、いろいろ読むべきだったのにな。

でもまあ、「何かを始めるのに遅すぎるということはない」の言葉にならって、私も読書を頑張ってみよう。あの頃の感性はないけれど。

「読書入門」で紹介されている本の中からとりあえずまず、『新潮文庫の100冊』にも選ばれている、藤原正彦著 「若き数学者のアメリカ」を読み始めています。 この藤原正彦さんという方、斉藤さんもそういっておられますが、とても文章がお上手です。始まりの文がこれですもの。

   夜の天井は星屑であり、下には不動の暗黒があった。この暗黒が本当に太平洋であるかどうかは見極められなかった。

1972年の夏に、生まれて初めてやってきたハワイの上空での描写です。アメリカのミシガン大学に研究員として招かれた藤原氏は、ハワイのあと、ラスベガスを経由してミシガン大学へ。そこで見聞きしたアメリカの印象を、若々しい感性で生き生きとした文章で綴っています。ところどころ、くすっと笑える箇所もあって、当時のアメリカの様子も垣間見られ、とても面白そうです〈まだ途中ですが)。

ラスベガスのカジノでお金を予想以上にすってしまい、前から見たいと思っていたエルヴィス・プレスリーのショーを見ることはできなかった、というくだりでは、「借金してでも見ておくべきだったでしょう~」と心の中で叫びました。だって、日本人でエルヴィスのショーを見た人って1000人くらいしかいないそうですから~~~。あとで自慢できたのに~。というか、そういう状況にあったことがうらやましい~。

これからも読書を楽しみたいです。

# by oakpark | 2007-08-10 16:35 | | Comments(0)

エルヴィスな一日   

きょうは新橋のヤクルトホールで行われた「エルヴィス映画祭」と銀座のライブハウスで行われた、エルヴィス・インパーソネーターのドニー・エドワーズ・ショーを見てきました。

私がエルヴィス・プレスリーのファンになったのは約2年前ですが、それ以来、この、ファンクラブ主催の映画祭に、ほぼ毎回参加しています。年に3回あるので、すでに5,6回行っていることになります。毎回エルヴィスの映画を3本上映し、最後は必ず「エルヴィス・オンステージ」で締めくくる、という構成になっているのですが、今日の出し物は「フロリダ万才」「バギー万才」「エルヴィス・オンステージ(旧版)」でした。「フロリダ万才」は今回初めて見ましたが、とても面白い映画でした。エルヴィスのコメディセンスが発揮されていて、相手役のシェリー・フェブレイがかわいくて説得力のある演技で、エルヴィスファンの人以外が見ても楽しめる作品だと思いました。「バギー万才」は字幕なしでは見たことがありましたが、字幕ありは今回が初めて。でも、字幕があってもやはりよおわからんかった。というか、こちらはエルヴィス映画の中で「並」かな。これでエルヴィス映画31本のうちまで、私が見ていないのは「いかすぜ、この恋」だけになりました。なんだかさびしい。。。。。

きょうの「オンステージ」は現在市販されているスペシャル・エディションではなく、古いほうのバージョンです。エルヴィスのパフォーマンスの合間にファンの人の証言が挟まれているのですが、それがじゃまっちゃあ、じゃまだし。「当時のエルヴィスの人気ってすごかったんだな~」と感激するっちゃあする、というかんじです。曲目のほうもスペシャル・エディションには入っていなかった「明日に架ける橋」や「スイート・キャロライン」「去りし君へのバラード」が収録されている代わりに、スペシャル・エディションで感動的だった「ジャスト・プリテンド」や「ワンダー・オブ・ユー」が旧版には収録されていません。いずれにしてもこの「オン・ステージ」は6回のライブを編集して作成したものだそうですが、いつの日か、6回全部を見せて欲しいものです。本当にすばらしいライブ・ショーです。

さて、映画終了後、感動冷めやらぬ新橋のヤクルト・ホールをあとにし、次に向かったのが、日本のエルヴィス・インパーソネータの方々もよくライブをするお店、「銀座タクト」です。インパーソネーター(impersonator)は「そっくりさん」と訳されますが、実際は姿かたちが似ているというのではなく〈似ている人は皆無に等しい)、エルヴィスが大好きな人で〈ここが大事!)、エルヴィスが歌った歌を、エルヴィスへの思いをこめて歌う、そういう人のことをいいます。少なくとも私はそう解釈しています。

このようなエルヴィス・インパーソネーターは、日本にも、そして世界中をあわせると、それこそ星の数ほどいるのですが、きょうのドニー・エドワーズ君は間違いなくトップ10に入る存在ではないでしょうか。まず顔が奇跡的にエルヴィスに似ている、それに若い、愛嬌もある、サービス精神も旺盛、つまり、とてもかんじのいい青年なのです。 実はきょう、ショーの最後に握手をしてもらおうと前に出ましたが、他の人の腕がたくさん伸びていて、ちょっと遠慮して私は手を引っ込めてしまったのです。前のほうの席だったので、それまでにも何度か握手をしてもらっていて、他の人にも譲ろう、という思いもありました。でも、ドニー君は、そんな私に気づいて最後に私のほうへまた手を出してくれました。 きっと、エルヴィスもこういう人だったのだろうな、と思い感動しました。

エルヴィスは1977年の8月16日に亡くなりましたから、今年は没後30周年ということになります。いろんなイベントが目白押しで、新しいCDやらDVDやらがたくさん発売になります。財布と相談しつつ、「エルヴィスな夏」を楽しみたいと思っています。
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# by oakpark | 2007-08-06 01:31 | ELVIS | Comments(4)

映画「怒りの葡萄」   

今日は、初めて朝日カルチャーセンターの講座に参加しました。
講座名は「Readings in English Language Films」です。全5回で、講師の先生が選んだ映画についてみんなで語り合うという講座です。当然事前にその映画を見ておかなければなりません。講師の先生はイギリス人のジェフ先生。一回目の今日の課題はジョン・スタインベック原作の「怒りの葡萄」でした。

私は、実は、この映画をつい、2~3ヶ月前に見たばかりで、正直見るのがきつかったです。名作で、感動的なシーンも多くありましたが、見ていてハッピーになる映画ではありませんでした。1930年代、大不況のアメリカで、オクラホマ出身の家族が土地を追われ、新天地を求めてカリフォルニアに移り住みます。カリフォルニアでも期待したような生活は望めず、また次の土地に移動しようとするところで映画は終わります。貧しい家族は、権力者たちに虫けらのように扱われますが、川の流れのように力強く行き続ける民衆の代表として描かれています。主役のトム・ジョード〈ヘンリー・フォンダ)が苦しい旅を続けながら成長していく姿をしっかりと描いていますし、印象的な名せりふも多くあって、確かに名作だと思います。

でも、またこれを見なければならないんだと思うとちょっと気持ちが沈みました。。しかも英語の授業なので、英語のせりふを知っておく必要があると思い、字幕を英語にしたので何度も居眠りをして中断してしまいました。3日くらいに分けてやっとこさ昨日全部見終わりました。

で、本日の授業ですが、とてもおもしろかったです。苦労したけれどちゃんと見てから行ってよかった。映画を見ていないと先生のおっしゃることが全然わからないところでした。知らなかったことも教えていただきました。たとえば、この小説は1939年に出版されたのですが、当時は「共産主義のプロパガンダ映画だ」と、とても批判的な意見もあったそうです。たしかに民衆に焦点を当て、せりふのなかにも「自分たちは大きな塊の一部」というような共産主義を匂わせるような部分がないことはないですが、共産主義の思想にとても敏感だった、アメリカの当時の時代の風潮がそういう論争を引き起こしたのでしょうね。翌年の1940年に公開された映画のほうは、だから、そういった部分はかなりマイルドになっているとのことでした。

先生のしゃべる英語もわかりやすく、それになにより、久々の授業、しかも英語の授業というのが新鮮でとてもよかった。学生のころはいやというほど授業を受けましたが、主婦になった今は授業なんてないですもの。離れてみると恋しくなるものです。。。。と子供に言っても理解できないだろうな~。

# by oakpark | 2007-08-04 23:50 | 映画 | Comments(10)

夏休みの宿題   

8月になりました。スキンも変えました。

さて、今日は夏休みの宿題の話。
子供の夏休みの宿題は、親にとっても大変です。特に子供が小学生時代必ずあった『自由研究』。題材選びから製作まで親の手伝いなしに仕上げることが出来ません〈うちの場合)。あれ、なくしてほしい。。。 末っ子は小3なので、まだあと4回もある~。

上の子二人が中学生になり、もう「自由研究」がなくなったと思ったら、今度は宿題の量がとっても多い。理科の実験、感想文、美術館レポート、作曲、、、、etc  これまた親の手伝いが必要になってくるわけです。。。。 私が子供のころもそうだったのかしら。親に宿題を手伝ってもらった記憶などあまりないのですが。

さて、長女の夏休みの宿題に、作曲家を調べるというのがありまして、長女は音楽の教科書をぱらぱらめくり、「聞いたことないし、誰も取り上げなさそうだから」という安易な理由で、レナード・バーンスタインを選びました。図書館で、小学生向けの伝記本を借りてきて読み、その中に「ウエストサイド物語」の作曲家ということが書かれていたので、私に映画のDVDを借りて来て欲しいと頼みました。彼女はレンタルショップでCDは借りたことはありますが、映画はないので、どう探していいのかわからないということ。

で、私は、ご丁寧にサントラCDもあわせてレンタルしてきました。〈いい母だなあ~・笑)

先日映画のほうを二人で見ました。私は昔に見ていたので2回目ですが、娘は初めて。ミュージカルということで通常の映画とは違うつくりなので、この独特の世界に入って行けるかと心配しましたが、とても楽しんだようです。最後トニーがマリアの腕の中で息絶えるシーンでは泣いていました。よかった、よかった。

バーンスタインといえば指揮者としても有名です。クラシック好きの兄の影響で、少しはクラシックの知識のある夫は、バーンスタインの伝記本があるということに驚いていました。夫にすればバーンスタインより、カラヤンやそのほかの指揮者〈名前を言っていましたが忘れた)のほうがずっと偉大なんだそうです。長女が借りてきた二冊のバーンスタインの本〈小学生向け)を読むと、バーンスタインは指揮者としてだけでなく、作曲家、教育家としても大きな功績を残した人のようです。加えて、映画スター並みの美貌と、陽気さ、派手さ、人懐っこさがあり、どこにいてもオーラを発していた人だったとか。 内にこもる芸術家とは全く違うタイプの人だったようです。女性関係、男性関係も、いろいろあったようですが、確かに世界の音楽史に名を残した人ですね。両親はロシアからの移民で、バーンスタインはユダヤ系のアメリカ人です。やはり、アメリカで成功した人ってユダヤ系が多いのかしら。

ちなみに、長女が借りてきた小学生向けの「世界の作曲家シリーズ」に取り上げられている作曲家は、ビバルディ、バッハ、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ショパン、チャイコフスキー、ドビュッシー、ドボルザーク、グリーグ、バーンスタイン、ジョン・レノン、ボブ・マーリー、エルトン・ジョン、スティング でした。
私はこの中で グリーグという人は名前も聞いたことがありませんでした。

さて、娘はどんなふうに宿題を仕上げるかな。
母も勉強させてもらいました!

# by oakpark | 2007-08-02 22:41 | 雑感 | Comments(4)

スポーツ観戦好き   

この日記には、主に映画や本の感想を書こうと思っているのですが、今日は別の話。

昔から結構スポーツ観戦が好きです。
甲子園に住んでいたこともあり、中学生の頃は高校野球のファンでした。父に連れられて、甲子園までよく見に行きましたっけ。外野は無料だったので、いつも外野でしたが。ピッチャーが好きでしたね~。定岡選手とか、江川選手とか。同じ甲子園球場で、甲子園ボウルを見に行ったこともあります。

アメリカンフットボールといえば、先日、私の住んでいる市でアメフトの世界大会が行われました。見に行きたいなあと思いつつも見に行けず、決勝戦はテレビで観戦しました。 アメリカに、もう一歩というところで及びませんでした。

また、高校野球に話を戻して、今日はテレビで、地方大会を見ました。公立高校で唯一ベスト8に残っていたチームを応援しましたが、健闘むなしく、松坂選手の出身校に負けてしまいました。全国に名をとどろかせている強豪校と普通の公立高校では選手の体格が違います。でもよく頑張ったと思います。

公立校といえば、上の子二人が通っている地元の公立中学校のサッカー部の試合を3試合見に行きました。会場が近かったというのもありますが、長女のクラスメートが二人スタメンで出ていたし、この学校のサッカー部の試合を一度見てみたかったので。1試合見ると、次も、次も、と見たくなり、結局3試合も見てしまいました。なんと、市で優勝です!噂によると スター選手はいないけれど、チームワークのいい、とてもいいチームなんだそうです。

長女は小学校の4年から6年までサッカーをしていて、中学生になり、あるクラブチームに入りましたが、チーム内の友人関係などに悩み半年でやめてしまいました。でも、今年の6月の修学旅行で自分で作った清水焼のコップに「I ラブ〈ハートマーク) 蹴球」と書いていました。いつかまたサッカーが出来る日が来るといいなと思います。


陸上を見るのも好きで、16年前に東京で行われた世界陸上も夫と会場まで行きました。一流選手が間近でアップしている姿を見て感動しました。大阪で行われる世界陸上も見に行きたいですが、調べてみると、チケットが結構高い。新幹線代もあるし、塾代もかさむし、今年は無理かな。

今週末は長男と長女の陸上の大会があります。こっそり見に行こうかなと思っています。

# by oakpark | 2007-07-25 23:01 | スポーツいろいろ | Comments(2)

本 「一瞬の風になれ」   

この本のことは新聞の書評欄で見てから気になっていました。
今年の春ごろのことで、丁度長男が小2からはじめたサッカーをやめ、中学では陸上をやると宣言した頃。わたしは、「それもいいかも?」と思いつつも、私があれやこれや文句をいいすぎたためにサッカーを嫌いにになってしまったのかなあ、もう息子がボールを蹴る姿を見れないのはさびしいなあ、と少しセンチになっていたころでした。

この小説の主人公は中学校までサッカー選手で、高校から陸上に転向した「新二」。新二には天才的サッカー選手の兄「健ちゃん」がいて、いつも「健ちゃんの弟」という目で世間から見られている。でも新二も健ちゃんのことが大好きだから、仕方がないと思うし、むしろうれしいとさえ思う。 新二には幼馴染で、スプリンターとしての天才的な才能を持つ「蓮」という親友がいる。蓮は中学の陸上部ででいい成績を残すものの、何かの事情で途中退部していた。新二はその蓮を何とか再び陸上の世界に誘い込む。二人は一緒に神奈川県の県立高校である「春高」に入学し、陸上部で、短距離の選手としてしのぎを削るようになる。こんなお話です。


佐藤多佳子という人が書いた小説ですが、きっとこの作家はもともと陸上のことは知らず、入念な取材を元にこの小説を書いたと思われます。私も陸上のことは全く知りませんが、かなり忠実に陸上選手の生活を再現しているのではないでしょうか。どのような大会があって、選手はどのように調整していくか、選手同士の駆け引き、選手の心理状態、性格分析などなど。おお~~!と思えるような緻密で、とても現実感のある描写でした。

私は文学のことなどわからないし、どれほどの出来の小説なのかもよくわかりませんが、人物描写はすごいと思いました。現代小説を読んでいると、ときどき、「こんな人いるか!」と思えるような人物が登場してくる小説もありますが、この小説に関してはすべて「ありそうだな~~」と思えるものばかりでした。

それと、陸上選手になったことがないのでわかりませんが、選手の心理状態をものすごく的確に表していると思いました。スタートラインについて、号砲と共に走る、というこれだけの行為をここまで劇的に、感動的に表現するのは、かなり難しいと思いますが、選手の気持ちの流れを、新二の言葉で読んでいるうちに、自分が新二になったような、その場にいるような臨場感さえ味わうことが出来ました。

そう、この小説は新二の一人語りという形式を用いています。いまどきの高校生が使っているような言葉がそのまま出てくるのですが、まさにうちの長女(中3)が使っている言葉ばかり。しかも神奈川県が舞台なので、実際にうちの子供たちが使っている競技場の名前も出てきて、とても親近感を覚えました。


そういえば長女もサッカーから陸上への転向組で、現在は息子と同じ地元公立中学の陸上部に所属しています。小学校時代も二人は同じサッカーチームにいました。体格が良くてガッツのある長女のほうは、女子のサッカー人口が少ないこともあって、サッカーの技術は全くないのにもかかわらず、市や県の選抜に選ばれたりして、それなりに目立つ存在でした。だから息子のほうは小学校時代からよく「~~~のおとうと」という目で見られていたのです。なのに、またよりにもよって同じ部活に入るとは。もちろん息子は「はやくおねえちゃん引退してくれないかなあ」と言っていますが。

うちの長女と長男の関係も、どことなくこの小説の「健ちゃん」と「新二」の関係のように思えて(あんなにすごくないけれどね~~~) ひとごととは思えませんでした。

これはきっと映画になるでしょうね。映画になってほしいです。ただ、小説の感動は選手の心理の流れに負うところが大きかったので、この辺をどのように表現するかが難しいですね。また、陸上選手らしい、いい筋肉のついた俳優を選ばなければならないし。 本物の陸上選手にも出演してもらいたいですね。

そういえば、今年の夏は世界陸上が大阪の長居競技場で行われます。長居競技場と言えば昔、高校生のアメリカンフットボールの試合を見に行ったなあと思い出します。そして、世界陸上と言えば、16年前に東京で行われた世界陸上が見たくて、夫と国立競技場まで行って選手がアップする様子を眺めていたことを思い出します。一流選手を間近で見て感激したものです。

今年は陸上が熱いかも?

うちの子たちもこれからどのように陸上と付き合っていくのか、楽しみです。
今度は、私も、サッカーの時の失敗を踏まえて、楽しくスポーツが出来るように良い励ましをしたいと思います。

# by oakpark | 2007-07-11 23:15 | | Comments(2)