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大三島に行ってきた   

末っ子の次女の大学受験も終わり、一息ついたので、愛媛県大三島に住む83歳の両親に会いに行ってきた。本当は次女も連れて行きたかったが、新生活でお疲れの様子。今回は私ひとりの旅だった。

大三島に行くとやることはいつも同じ。母の手料理をいただき、一緒にテレビを見たりしながら近況報告をし、お墓詣りをして、余裕のあるときは大山祇神社にお参りし、食事をしてお土産物を買う。島にはコンビニは2件しかなくて、スーパーは人員不足で日曜は休みだ。両親が幼い頃は子供達がわんさかいたそうだが、今は子供を見ることはほとんどない島。その代わり、しまなみ海道のおかげで、ツーリングをしにやってくる観光客で街の中心部は割と賑わっている。

両親は現在83歳で、肥海村というところに住んでいる。50人いた同級生も今や2〜3人しか残ってないらしい。お墓詣りをしながら、この人とは子供の頃よく遊んだ、いいやつだった、とかそういう話を聞くのが私は結構好きだ。今は髪も真っ白で頼りない感じになってしまった父だが、昔はこの野山を駆け回っていたんだなと思うと楽しくなる。お墓までの坂道はとても急で母はもう上がることができない。祖父母も最後まで墓まいりを続けていたのは祖父の方だったな。

その祖父(母方の。 父は定年後養子に入った)が、ずっと記録していた日記のようなものを今回母に見せてもらった。何年に何を買ったとか、何年に子どもが学校に入学したとか色々書いていたが、母がここは悲しくて読めないと行っていた箇所が、長女の母より14歳下の末っ子の長男が(4人姉妹の後に生まれた)、小学校に上がる直前に、多分腸捻転で亡くなった箇所。それまで淡々と事実だけを綴っていた祖父が、2ページに渡り詳しく事の顛末を記録している。一晩の出来事で、都会で最新の医療を受けたのなら助かったであろう悲劇。「おかあちゃん シンドイ」という言葉を最後に昇天したとある。ひと晩母は亡き子を抱きしめ続けたとある。あのちょっと強面だったおばあちゃんにそんな悲しみがあったとは。幼くして亡くなった叔父さんが存在したということを知ったのは、私が成人してからだった。何度も大三島に行き、何度も叔母さんや祖父母と話もしていたのに、記憶している限り、一度も話に出たことはなかった。それだけ、話すのも辛い出来事だったのだと思う。

そういったことや、村の野山、全ての土地が区画されて持ち主が決まっているという話が興味深かったな。また両親に会いに大三島に行き、いろいろ話をしたい。
お墓からの景色。
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by oakpark | 2017-04-16 17:35 | Comments(0)

映画「ラ・ラ・ランド」収録地に行ってきた!   

急なことだったのですが、長女が映画「ラ・ラ・ランド」を観て感激し、まだ取っていなかった夏休みの分の休みに、ロサンジェルスに行って「ラ・ラ・ランド」の収録現場を回りたい!と言い出した。しかも、レンタカーで回るつもりだという。危ないなあ、大丈夫かしら、と心配になった、母私が急きょ同行することに。ロサンジェルスには以前(と言っても20年以上前)に住んでいたことがあり、長女よりは土地勘があるかもしれないし。。。でも、運転好きの(と言っても、日本での運転歴はほとんどなし)の長女が運転を担当するという。では私はナビゲーションを頑張りましょう。

ということで、急きょ、航空券を手配し、ホテルを予約し、レンタカーを予約し、ついでに、何か舞台を見ようと調べたらハリウッドでミュージカル「パリのアメリカ人」(An American in Paris)の公演があるようなので、一番安いのから2番目の値段の席を予約した。ふ~~~。

ホテルは、夫が出張時に定宿にしているHoliday Inn Express、 ではなくHoliday Inn のほうを予約した。ホテルのランクとしてはHoliday Inn のほうが上なのかもしれないが、Expressのほうが高かったしなにより部屋の空きがなかった。Expressのほうが人気があるのだろう。コンプリメンタリー ブレックファースト付きだし、駐車場代も無料。一方、普通のHoliday Innのほうは、朝食はなく、駐車場代が一日20ドル+2ドル(市税)かかる。お部屋のほうはダブルベッドがふたつ入っていて広々していたが、不満な点は冷蔵庫がなかったこと。あと、コーヒーメーカーはあったが、湯沸かしポットがなかったこと。コーヒーメーカーから白湯を出すこともできたのだが使いにくい。せっかくインスタントお味噌汁の素をたくさん持って行っていたのに。でも、一度スーパーのカリフォルニアロールを買って帰り、インスタント味噌汁で夕食にしたこと日もあったが、それもなかなか良かった。朝食もやはりホテルについているほうが便利は便利。前の日のうちにスーパーでパンを買っておいて、朝食にしたり、隣のマクドナルドに買いに行ったりした。

事前に、ネットで調べて、訪れたい撮影スポットをいくつか選んでこの旅に臨んだのだが、今回私にとっての一番の挑戦は、一足先にロスに行って友人宅に滞在している娘との待ち合わせ場所に、一人でたどり着くことができるかということ。ロサンジェルス空港に到着後、一人でレンタカー屋に行き、レンタカーを借り、左ハンドル右側通行で、待ち合わせ場所まで行かなければならない。しかも、時差でボケてるかも知らないのに。56歳にして初めての挑戦だった。

空港からレンタカー屋に行くのは、空港から各レンタカー会社までを巡回しているシャトルバスに乗ればいいということは、今までの家族旅行などで知っていた。今回はAlamoで予約していたので、青色のシャトルバスを待とうと思っていたら、すぐに来た。今は、AlamoとNationalが一緒になり、青と緑のツートンカラーになっている。そのシャトルバスに乗り込むと陽気な運転手さんがスーツケースを運んでくれ、行き先を聞いてくれた。そしていよいよ、Alamoのカウンターへ。並ぶかなと思っていたが意外にすいていた。カウンターでは、事前に夫からガソリンを満タンにして返すか、空にして返すか聞かれると聞いていたので、なんとかそこは切り抜けた。が、何やらinsuranace(保険)がどうちゃら、といっている、え?保険は含まれてるんじゃないの?と確認したが、そうなんだけれど、これもimportantだと言われ、13ドルだからいいかと思って、OKといった。あれは何の保険だったのだろうか。そして、そのカウンターのおじさんに、「空港はどっちの方向ですか?」と尋ねると、「空港に行くの?」と言われたので、「いえ、ホテルが空港の近くなのです」というと、「どこのホテル?」と聞かれたので名前を言うと、簡単な地図をくれそこに行き方を書き込んでくれた。やった、全部右折だ。慣れないうちは左折怖いものね。ちなみにアメリカでは、信号が赤でも右折できます。よほどの都市部で歩行者が多いところは、右折禁止の表示がありますが。

そして無事に長女と友人と合流できた!一人でレンタカー借りて運転して見知らぬ街で目的地まで行けた自分に感動! これで、旅の不安の半分は解消。あとはずっと長女と二人行動なのでまあ、なんとかなるっしょ。

そのあと、友人と3人でマンハッタンビーチの近くの日本食レストラン(友達が行きたかったから)で食事をし、そのあとホテルにチェックインして仮眠し、夕方はサンタモニカに行った。サンタモニカは、24年前に住んでいたころによく行った場所。でもかなり変わったように思った。きれいになったのかな。長女が1歳のころ、ハロウィーンの日に、「アラジン」の衣装を着せて 「3rd プロムナード」を歩いたことを話しながら、二人でぶらぶらし、その「3rd プロムナード」にあるハンバーガ屋で夕食を食べた。〈つづく〉

久しぶりに窓際の席で、思わず写真を撮ってしまった。飛行機初心者のように、、、でも、今でも新幹線から見える富士山の写真を撮りたくなるのは私だけ?
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by oakpark | 2017-04-01 15:42 | 日常生活 | Comments(0)