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映画「ブルックリン」   

いや~~、すごくよかったんです。
同時期にアカデミー賞候補になっていた、「キャロル」や「リリーのすべて」を先に観て、こちらが一番最後になってしまったのですが、私は一番感動したし、一番ハラハラしたし、心を揺り動かされました。まだ、余韻に浸っています。
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「ブルックリン BLOOKLYN (2015)」 監督:ジョン・クローリー 出演:シアーシャ・ローナン、 エモリー・コーエン、ドーナル・グリーソン

本当にもう 久々に感動の恋愛映画でした! って、一般的には、「恋愛映画」としては売り出されていないかも。allcinemaのサイトにも〈愛が見えない街で、私は未来を探していた〉とありますもの。 はいはい、そういう映画なんです、もちろん。 いろんなサイトを見ても、そのように書いてありますし、私も、この映画は一人のアイルランド出身の女の子の成長物語がテーマになっていると認めます。主演のシアーシャ・ローナンがよかった、というのも、まあそうかな、ともおもいます。「つぐない」や「ラブリーボーン」では、儚げでいて、意志の強そうな美少女でしたが、すっかり、がっしりと大きくなりましたね。

でも、でも、言わせてください。
私は、なんといっても、トニーを演じた、エモリー・コーエン君が素晴らしかったと思うのです。シアーシャ演じるエイリッシュちゃんが、アイルランドからニューヨークのブルックリンに移住し、そこのダンスパーティで、声をかけてきたイタリア系のあんちゃんです。ほんと、「あんちゃん」というのが似合いそうな、なんというか、けだるい感じのしまりのない感じの,優柔不断な感じの優男で、うまく自分の気持ちを伝えられなくて、ときどきエイリッシュちゃんに「言いたいことを早く言ってよ」なんて言われるんだけれど、そこがいいんです! エイリッシュちゃんのことが大好きで大好きなんだけれど、なかなかズバッとストレートにアタックできないの。毎日、エイリッシュちゃんの仕事帰りを待って、家まで歩いて送って行ったり、なんかね、純粋でかわいいんです。 携帯や電話や車さえもなく。彼女に近づいて眼を見て話すのが愛の表現。背が高くなくて華奢で、田舎娘だけれど、たくましい感じのエイリッシュちゃんと並ぶと、大丈夫なのかなあ、、、、と思えるようなそんな存在感。それもまたリアルでよかった。職業は、配管工。町山智浩さん解説によると、移民の人たちの職業として配管工はとても多かったそう。そうそう、トニーくんはイタリア系の移民なんです。

ネタバレをあまりせずにこの映画の魅力を語るのは難しいけれど、ある日トニー君は、やっとの思いでエイリッシュちゃんを、自分の家の食事に招待するのです。一番下の弟が、変なこと言うかもしれないけれど、気にしないでね、と言って。追い出そうとしたんだけれどうまくいかなくて。なんてセリフもかわいくてリアル。 このシーンは、この映画が好きな人のほとんどが好きなシーンだと思うけれど、とってもいいシーン。弟君がいい味出してます。

でも嬉しさに舞い上がってしまったトニー君は、つい、調子に乗って口が滑って変なことを口走ってしまいます。そのことでエイリッシュちゃんは気を悪くしたのか、家まで送っていく道すがら、なんとなく乗りが悪く冷たい感じ。トニー君は、なんでかなあ、嫌われちゃったのかなあと、気にしているの(たぶんね)。 で、あくる日のエイリッシュちゃんの勤め帰り、いつもいるはずのトニーがいない。あれ、どうしちゃったのかな、私が違和感を感じたことを察してトニーは身を引いたのかしら、なんて、思い始めた時、息を切らしてトニーが走ってくる。このあたりのシーンが大,大,大好きです。 恋愛って、こんな感じですよね。すれ違いそうで、すんでのところでつながる、みたいな。。。

恋愛映画ってたくさんあるけれど、本当にリアルに,「好き」という感情を出せる役者さんは少ないと思う。今回、トニーを演じたエモリー・コーエンくんは、ほんとよかった。調べると生粋のニューヨーク育ちのユダヤ系みたいです。普段のしゃべり方も、あんな感じで、単語がつながる感じのしまりのないしゃべり方。知的には見えないけれど、「良い人」が前面に出てる。笑った時のくしゃっと眉毛が下がる感じがとってもかわいらしいです。今後の活躍に期待したいです。

この映画,ところどころに、ユーモアもちりばめられていて、クスッと笑えるセリフも多くありました。イタリア系のボーイフレンドができたことを知って、エイリッシュの女友達が「その人、ママのことや野球の話をする? え、しないの? じゃあ、キープよ」とか。水着の着替え方がニューヨークとアイルランドでは違うとか。

1952年が舞台で、トニーとエイリッシュが一緒に見に行った映画が「雨に唄えば」。このころの若者はとにかく、結婚することが一大イベントだったようです。独身の年頃の女性は毎週のようにダンスパーティに行って、「良い人」を探すのですね。この当時の世相がよく表現されています。そしてお洋服の色がきれい。アイルランド出身の女性の物語ということで緑がたくさん使われています。黄色も印象的でした。私が初めて、緑がアイルランドの色だと知ったのは大学生の時、ホームステイ先の家族がセント・パトリックDay(3月17日)に、全員緑のお洋服を着ていて、何だろうなあ、と思ったものです。今思えば,アイルランド系の家族だったのかもしれません。

後半、故郷のアイルランドを訪れたエイリッシュに思ってもいなかった人生の展開が待っています。このあたりから、観客はドキドキものですよね。いったいどうなるんだ、と。街の人たちもみんなそっち方向に期待しているみたいだしね。友人の結婚式に出席したときに、近寄ってきてエイリッシュを冷やかすおばあさんがおかしかった。ニューヨークの女子寮の寮長にしても、わきを固めるべたランの演技は映画に奥行きを与えますね。

最後のシーンでは、2回観て2回とも泣いてしまった。
私の大好きな映画、「恋のドッグファイト」に似てるんです。どちらも、待ってるほうが、近づいて抱擁するのですね。この時のエイリッシュのお洋服もかわいいです。


あー、ネタバレせずに説明するのが難しいです。

本来は、田舎から都会に出てきた女性の、成長と自立を描いた映画,ということになるのでしょうが、私にとっては、学はないけれど新天地のニューヨークに住む素朴で優しいトニー君と、大好きな故郷アイルランドに住んでいる,育ちの良い落ち着きのあるジム君の間で揺れ動く、賢いエイリッシュちゃんの話と観ました。

最後のほうで、I'd forgotten.といって、故郷の海の美しさと、故郷の人々の意地悪さを再認識するあたりは、田舎から都会に出てきた女性ならみんな一度は感じたことがある,エピソードなのではないでしょうか。

ただ、もちろんそれだけではなく、最初に私が涙ぐんでしまったのは、エイリッシュがアイルランド出身の年配の人たちを教会主催のクリスマス食事会のお手伝いをしたときに、お礼にと言って年配の男性が歌うシーンです。古いアイルランド語なのか、意味は全然わからないのだけれど、心に染み入る郷愁を誘う歌で、音楽って万国共通だなあと思いました。私の大好きな「ダニーボーイ」もアイルランドの曲だし。アイルランドの音楽、なんか好きかも。

それと、脚本がニック・ホーンビーで、これまた私の大好きな「17歳の肖像」の脚本家でもあるのですよね。ニック・ホーンビー,好みかも。

「ブルックリン」,お勧めします。

by oakpark | 2016-12-21 21:44 | 映画 | Comments(0)

本「さよなら コロンバス」   

用事で大阪に来ていて、1人でホテルに宿泊している。1人でホテルなんて何年ぶりだろう。開放感ありすぎて眠れなくなりそう。今はスマホという、おもちゃもあるしね。

もちろん、うちでも1人になれるけど、開放感が全然違う。家の中だと、家事や宅配や周りの生活音が気になるし、外に出てカフェなどで時間を過ごすときも、夕食の時間や子供の帰宅時間が気になる。すぐ現実に引き戻されてしまう。

だから、旅行に出た時こそ私は雰囲気が大事な小説を読むようにしている。今回選んだ、フィリップ ロスの「さよなら コロンバス」はまさにそんな感じの小説だ。劇的な何かが起こるわけではない。ただ、若い男女の出会いと恋愛、そしてその終焉を、ユダヤ人家族のコミカルさや身分違い(経済力違い?)から生じる歪みを絡ませながら描いた小説だ。

一瞬で恋に落ちる瞬間って、やはり肉体の外見からなんじゃないかと思う。言葉や雰囲気で恋に落ちる場合ももちろんあるけど、肉体の魅力の強烈さにはかなわない。この小説の主人公のニールは、ある夏の日のプールサイドで、女の子に眼鏡を持ってて、と言われた。その女の子、ブレンダが泳いで戻って来て眼鏡を受け取ってくるりと向こうを向き水着のお尻の部分を指でつまんで引き下ろしたとき、ニールは恋に落ちる。行数にしてたったの9行。恋に落ちるのってそんなものかもしれない。

彼女は名門ラドクリフ大学の学生で夏休み休暇で、実家に帰って来ている。実家は成功した金持ちのユダヤ人家庭だ。一方のニールは普通の家庭の出で、今は図書館で働いている。このあたり、「ある愛の詩」を思い出した。やはり主役の女の子はラドクリフ大の学生だが、こちらは男の子がハーバードで、さらに上という格差になっている。貧しい女の子が、大邸宅の男の子の家に招待されるシーンがあったけど、もしかしたら1959年出版の「さよなら コロンバス」が元ネタになっているのかも。逆バージョンということで。

格差、青春の揺らぎ、ユダヤ人のしがらみ、モラトリアム、微妙なズレ、など、アメリカ文学の雰囲気だなあ、と思う。映画「卒業」も思い出してしまう。

作者のフィリップ ロスは、現代アメリカ文学の代表的な小説家の1人、ということで今回作品を選んでみたが、他の作品や、他の代表的アメリカ文学も読んでみたいと思った。
家にいると、なかなか入り込めないタイプの小説です。よかった、読めて。
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by oakpark | 2016-12-18 00:35 | | Comments(0)

美容院のこと   

カテゴリに、「ちょっと思ったこと」を追加した。

生まれて初めて自分で選んだ美容院に1人で行ったのは小学校6年生の頃。友達の内山さんと同じような流行のオオカミカットにしたくて、勇気を出して内山さんにそのお店のことを聞き、少し遠かったけど自転車で1人で行ったことをよく覚えている。
それ以来、何軒の美容院、何人の美容師さん(最近はスタイリストといいますよね)に髪を整えてもらっただろうか。
若い頃は、結構高い美容院に行き、結構高いシャンプーを買ったりしていたこともあった(社会人一年目長女が今まさにその状態)が、今はしてもらいたいことは自分でわかってるし、自分に期待もしていないので、かなりリーズナブルなお店に通っている。

しかしひとつこだわっていることが、絶対女性にやってもらうこと。10年ほど前に嫌な思いをしたことがあるから。それ以来、いつも女性を指名するのだが、数年サイクルで皆さんやめてしまったり、お店を移ったりする。みんな若く、そしてみんな綺麗な手をしている。

そこで気になることがある。ここからが本題だ。

私はいつもヘアダイではなく(地肌に刺激が強いので)ヘアマニキュアをしてもらうのだが、これはすごく指に色がつきやすい。美容師さんはみんな、最後に私の髪を洗い乾かしお会計をする頃には指が黒ずんでしまっている。

同い歳くらいの娘を持つ私は最近急にそう思うようになったのだが、なぜ手袋をしないのだろう。今まで美容師さんが手袋をしているのは見たことがない。ただださえも水を使うし、ときには強いお薬持つから。手が荒れやすい仕事だと思う。

と言いつつ、実は私も7〜8年前までは反手袋派だった。私の母が使っていなかったし、ゴム手袋して洗い物をすると泡が落ちてるかどうか分かりにくいと思ってた。でも毎年10月くらいから手が荒れるようになり、ハンドクリームをつけても手荒れが改善しないようになり、ついにゴム手袋をつけるようになった。するとこれが快適で。全く手荒れをしないようになったのです。泡切れのタイミングなんて、今までの家事経験からこれくらい流せば取れてるはずってわかるし、心配無用だった。ゴム手袋もいろいろ試し、今では100均で見つけたお気に入りのをいつも使っている。すごく便利。すごく快適。

だから美容師さんも、例えば手術で使うような薄い手袋を使えばいいのにな、せめて冬場は、と思うのです。

会計の時、いつも、申し訳ないなあ、と思いながら美容師さんの手を見てしまう私です。

歳とると、いろいろ世の中のことの見え方も変わってきますね。
そう行ったことも含めて、「ちょっと思ったこと」に書いていこうと思います。「雑感」とどう違うのか、という話もありますが。

by oakpark | 2016-12-10 12:09 | ちょっと思ったこと | Comments(0)