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町山智浩×モーリー・ロバートソン アメリカ大統領選挙をしゃべり倒す   

カテゴリに「イベント」を入れました。
最近、映画評論家の町山智浩さんがらみのイベントによく行きます。町山智浩さんはアメリカ在住なので、日本に来た時に固めて仕事をされているようで、イベントに行く私たちも(いつもお友達のMさんと行きます)、連日町山さん詣でになってしまうことがありまして(というか、今回初めてですが)、 昨日、今日、一週間後と、3回連続で イベントに出かけます。そろそろ、町山さんに顔を覚えられ「このおばさんたち、ストーカーみたいで気持ち悪いなあ」と思われないか心配です。でも、町山さんのお話はおもしろくて勉強になり、ときどき過激ですが、笑いもあって、なかなか楽しいので、 できるだけ行こうねと友達とも話しています。

そして、昨日、ちょっとびっくりすることがあったのでこちらに書いておこうと思いました。昨日のイベントは、町山さんがモーリー・ロバートソンさんと、アメリカ大統領戦について対談するというものでした。今回の大統領戦は、私としてはとっても興味があり、テレビ討論会も3回とも全部観るというくらい関心があるので、町山さんがらみということもあり、ぴったりの企画でした。

ただ、モーリー・ロバートソンさんという人はどういう人なのか、全く知りませんでした。フジテレビの遅い時間のニュース番組で、番組を降板したショーンKさんの後釜として出演しているということは知っていましたが、番組もまともに見たことはありませんでした。友達が、トップレベル大学にたくさん合格した頭の良い人らしいよ、と言っていたので、そうかあ~、と思っていた程度でした。

いよいよお二人が登壇し、すぐに大統領戦について語り始めるのかと思いきや、町山さんが、一冊の本を出してきて、「これはだれでしょう。30年前のモーリーさんですよ」と言ったのです。そのとき、私は、あっ!と思わず声を出してしまいました。
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この表紙のモーリーさんに、私、30年前に会ってる!とすぐにわかりました。当時、私はアルク社の「イングリッシュ ジャーナル」という雑誌を毎月購入していました。この雑誌は、毎回話題の人のインタビュー記事と、その音声を録音したカセットが別売りであるのが売りでした。今でこそ、英語はどこででも聞くことができますが、当時は、英語のインタビューの音声なんてとても珍しかったのです。教材用によそ行きの声で録音されたものや、せいぜいニュースの音声くらいでした。普通にしゃべるインタビューの英語はとても珍しく、私は毎回楽しみにしていました。これは今もある雑誌で、現在はCD付きで1512円ですが、当時は、雑誌とカセットが別売りで、確かカセットだけで1700円くらいしたと思います。購入した雑誌のひとつに、モーリーさんが取り上げられていたのです。この「よくひとりぼっちだった」という本が出る前後だったのでしょう。本の内容、つまり、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれ、アメリカでも日本でも居場所がなく、つらい少年時代をすごしたことや、東大とハーバードに同時に合格したことなどをインタビューで語っていたのだと思います。このインタビューが私はなぜかとても印象に残りました。なぜだかはよくわかりませんが、ほかのインタビューは忘れているのに、モーリーさんのことははっきり覚えています。きっと、この人の英語の発音や声が好きだったのだと思います。何度も聞いて、人にも聞かせたような気もする。そのくらい好きな音源でした。結婚して引っ越してもしばらくは持っていたと思うけれど、もう捨ててしまいました。写真でみる若きモーリーさんの憂いのある表情もなんとなく魅力的でした。

それが、それが、今こんな形で再会することになるとは。。。。
昨日のモーリーさんの日本語は、ものすごい早口で、ちょっと甲高く、私が惚れた声ではありませんでした。でも、時々、英語をしゃべったときは、少し当時の面影があったように思います。なんで日本語だと声が高くなるのでしょうか。。。

「よくひとりぼっちだった」というタイトルが、少し不自然な日本語で覚えていたのと、モーリー ロバートソンという名前も私の頭のどこかに残っていたような気がします。あまりにも懐かしく、ヤフオクで探してこの本を注文してしまいました。フジの「ユアタイム」も時々は観てみようかなと思います。でも、ほんとびっくりしたわ~~~。

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by oakpark | 2016-10-30 22:32 | イベント | Comments(0)

Fashon is underestimated. ファッションも大切よ。   

「ファッション」の項目に入れるか,「気になる英語」の項目に入れるか迷いましたが、画像もあるので「ファッション」で。

まずタイトルの Fashion is underestimated. なのですが、50代後半に突入した,関西出身の私が周りの人と会話していてよく感じることなのです。~estimate の英語の使い方も、前から面白いなあと思っていたので、タイトルに使いました。

estimateは「評価する、見積もる」なので、overestimateは「過大評価する」、underestimateは「過小評価する」と日本で英語を学んだ私たちは覚えます(よね?)。 ちょっと、硬い感じの単語、と思っていました。 でも、ドラマを見ていて、こんなセリフに出会いました。若い子たちの会話で、「でも、親がさ、、、許してくれないかも、、、」 「だいじょうぶだよ。 Parents are overestimated」 え? 親は過大評価されている???? なんかこの場の会話にそぐわない。 でもすぐに思いました。そうか、親なんて大したことないよ、って意味なのね。一度気づくと、何度もそのフレーズを耳にするというのはよくあることで、この ~is overestimated はその後何度も耳にしました。「~~なんてたいしたことない。気にするな」という文脈で。面白いなあと思いました。英語ってそういう逆の表現が多いです。

そして冒頭の Fashon is underestimated.は 「ファッションも大事だよ」となりますね。これは、おしゃれ好き(でもそんなにおしゃれじゃないが)の私が常日頃思っていること。私たち世代,あるいは上の世代も、おしゃれすること=ぜいたく、罪悪感 という構図になっていることが多いような気がするのですがどうでしょう。確かに、子どもの教育にも日々の生活にもお金がかかる。余裕があるわけではない。 でも、たとえば、健康食品を買ったよ、とか健康器具を買ったよ、という場合はそれほど皆さん卑下していない気がする。健康を保つために、生きていくために必要なものだと胸を張って言えている気がする。でも、私の場合、新しいお化粧品も、高価な健康食品も、少しも心が浮き立たない。それより、前から着てみたいと思っていたお洋服や、自分の気に入るデザインの服を手に入れた時のほうがずっと気持ちが上がる。これって、健康食品以上の効果じゃないかと思うのですよ。 でも、周りの人にはあまり言えない。贅沢だ、無駄遣いだと思われたくないから。

いつだったか、義理の母に久しぶりに会った時に、着ていらしたお洋服をほめたのです。「それ、素敵ですね」すると、間髪入れずに返ってきた言葉が、「古いやつやねん。買ったんとちゃう」 。 まるで、私が悪いことを言ってしまったような気まずさを感じました。純粋に、素敵だと思ったから言っただけなのに。べつに、新しい服を買って贅沢をしたんじゃないですか?と責めているわけではないのに。大阪の人は、そういう反応をしがち。それいいね、というと、いかに安く買ったかの自慢になることもある。高く買うことは罪悪であるかのように。

でも、新しいお洋服を買うことは、もちろん自分の財力に見合った範囲で、だけれど、栄養食品を飲むより、身体にも心にも良いと思うのです。いい気分になって,やる気が出て、楽しくなるもの。
だから、私は、歳をとっても、そして同じようなデザインの古い服を持っていても、新しいお洋服を買っていい気分になりたいなあと思っています。無駄なところにはお金を使わないようにして。

というわけで、今年は、私の大好きなスェード(フェイクも含めて)が流行のようで、すぐさま買ってしまいました。これまた好きな巻きスカート風のデザインになっていたもので、素通りできませんでした。 ただ、フリンジが、ちょっと勇気がいる。。。。でも、フリンジといえば、エルヴィスじゃないですか。エルヴィスをまとっている気分で、楽しく着ようと思っています。

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by oakpark | 2016-10-26 15:57 | ファッション | Comments(0)

ボブ ディラン と アメリカ   

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。 文学賞がボブ・ディランというのがどのくらい意外なのかは、ボブ・ディランの歌の歌詞を分析したこともないし、もちろん世界の文学を読みつくしたわけでも全然ないので、わからない。 でも、歌手でノーベル賞を受賞したのは初めてという点においてだけでもすごいことでもあるし、意外なことでもあるのかもしれない。名だたる素晴らしい文学者を差し置いての受賞ですから。なぜボブ・ディランなのだろう。

ノーベル賞はダイナマイトの発明者として有名な、アルフレッド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的な賞であるらしい。気になるノーベルの遺言の中身は、というと「人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」とある。「人類のために貢献した」のであれば、歌手は絶対にそれに該当するでしょう。地球上の人々がどれだけ歌に励まされ、癒され、慰められてきたかは計り知れないから。歌がなければ、人生を前に進めなかったという人もいたかもしれない。絶対、人類の繁栄に貢献しているに違いない。 ボブ・ディランは、本国アメリカでは、歌手としてより詩人として評価されていると聞いたことがある。ボブ ディランの書く詩が どのくらい素晴らしいのか私にはわからないが、アメリカ人の、アメリカを代表するこのアーティストがノーベル賞を、このタイミングで受賞したことは、なにか意味があるような気がしてならない。

今回の大統領選、2回のテレビ討論会を終えて、なんだか、泥試合の体をなしてきた。1回目はNHKのライブ映像で、2回目は放送がなかったのでYoutubeで観た。そして思った。いつもテレビ討論会ってこんなに低級なの? まるで子供の喧嘩のようというか、それ以下。ひどい言葉で相手を侮辱、罵倒し(特にT氏) 聞いていてとても不快。もっとアメリカの未来や、世界の未来のことを語ってほしい。どんな国にしていくのか、熱意を見せてほしい。顔をひん曲げて悪口を言うだけではなく。これが、世界をリードする国のリーダーを選出する選挙戦なのか、と思うと、人類は退化しているのかと、少し悲しくなる。 そういえば、「クラウド アトラス」という映画を観た時、人類はどんどん進化して,進化しすぎて、今度は逆に退化し、原始時代のような状況が未来の姿だと描かれていたっけ。

私は、中学校で、初めて英語を習ってから、ずっとアメリカに憧れてきた。何度か、アメリカを訪問し、良かったことも、がっかりしたことも、もちろんある。でも、周りの友人たちがアメリカの悪口を言うたびに(最近特に多い)、でも、こんなにいいところもあるんだよ、と心の中で言ってきた。包容力があるし、親切な人はとても親切だし、友好的な人はとても友好的だよ、と。でも、この大統領選の結果によっては、これ以上アメリカを擁護できなくなるような気がしてきている。ほんとうにそれでいいの?と言いたくなってしまうかもしれない。そういう価値観が、イコールアメリカと思われていいの?と。 建国の精神はどこへいったの?

今、アメリカ国民も、岐路に立たされて悩んでいると思う。そんな折に、ボブ・ディランの受賞。全世界に素晴らしい影響力を与え続けている、アメリカのエンターテインメントの存在感を思い、きっとみなさん、励まされたのではないかな。がんばれ、アメリカ! を体現した今回の受賞のような気がしました。もちろん、日本もがんばれ!なのですが。 とにかく、人間がんばれ! です。

ボブ・ディランは若いころ、エルヴィスに多大な影響を受けた人。エルヴィスの持つエネルギーが、将来のアーティストを鼓舞し、ひいては人類の幸せに貢献したんだな、と思うことにして、うれしくなりもした。単純ですが。

我が家にある、ボブ・ディラン関係の書物とCD. 前にも書きましたが、特に「フリーホイーリン」はジャケ写真が大好きで常に本棚に飾っています。私の大好きな「くよくよするなよ」も入っているし。
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by oakpark | 2016-10-14 20:05 | 雑感 | Comments(0)