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映画 『最後のマイウェイ』   

エルヴィスファンのお友達に誘われて、『最後のマイウェイ』を観てきました。関東では渋谷のル・シネマでしか上映していないマイナーな映画。観客も年配の方々ばかり。149分の長い映画でしかもフランス語なので、もしかしたら眠ってしまうかも~?なんて思いながら観にいきましたが、なんのなんの、最初のシーンからとても惹き付けられ、最後で飽きることなく観る事ができました。


しかも途中から主役のクロード・フランソワがエルヴィスのように見えてきて、お友達が誘ってきた意味がわかりました。お葬式のシーンでは、エルヴィスのお葬式とかぶり、泣けてきました。お隣のお友達(私より数倍熱心なエルヴィスファン)はさめざめと泣いていました。完全にエルヴィスと同化していたようです。それ位、描かれていた時代の雰囲気、スターの生活、苦悩、が私たちの知っているエルヴィスのそれにソックリだったのです。でも、こんな見方をするのはちょっと特殊かも。普通の人はこの映画にどんな感想を持つのかな。
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『最後のMy Way』(CLO CLO My Way,2013) 監督:フローラン・エミリオ・シリ  出演:ジェレミー・レニエ、ブノア・マジメル他

フランク・シナトラの歌唱で有名で、エルヴィスほかたくさんの歌手たちにカバーされている名曲「マイ・ウェイ」は、もともとはクロード・フランソワの曲。タイトルはComme d'habitude(いつものように) メロディーは同じだけれど、歌詞がぜんぜん違います。別れた元彼女のことを未練たっぷりに歌った歌(フランス語全然わからないけど~)。 この曲をたまたま聞いた「ダイアナ」のポール・アンカが引退しそうなフランク・シナトラを引き止めるためにドラマティックな英語歌詞をつけて名曲「マイ・ウェイ」が出来たそうです。


以下、ネタばれありますので、これから見る予定のある方はお気をつけください。

クロード・フランソワはエジプト生まれ。フランス出身の父とイタリア人の母の間に生まれました。厳格な父はスエズ運河で働いていて、フランソワは幼い頃からスエズ運河を行き来する船を眺め大きな世界に憧れながら、バイオリンやドラムなどの演奏を学びました。1956年にスエズ運河が国有化され、一家は移住を余儀なくされただけでなく、父親の体調悪化のため経済的苦境に陥ります。フランソワは、ドラマーの仕事などで家族を支えようとするのだけれど、厳格な父はお堅い仕事しか認めようとしない。父の死に際でさえ認めてもらえなかったつらさが、その後のフランソワの生き方に影響を及ぼしているのかもしれないと思いました。

とにかく、彼の成功への渇望感、必死さは並大抵ではない。せりふの中にもあったけれど、「ちびで、がにまたで、変な声」を乗り越えるため、ありとあらゆる手段と発想の奇抜さで、表舞台に立とうとする。時代的にはちょっとちがうかも?と思ったが、ロカビリー→ソウル→ディスコミュージックと、そのときどきの流行をさぐり、滑稽に思えるくらい、流行に乗せようとする。まさに「自分のやりたい音楽」ではなく、「受ける音楽」を模索しつづけた音楽人生だったよう。自己プロデュース力がすごい。そこはエルヴィスと違うなあ。エルヴィスはプロデュースは他人に任せることが多かったから。でも、全体を通じてエルヴィスを真似たのかな?と思えるシーンや、エルヴィスみたいと思えるところもたくさんあって、興味深かった。時代が同じだからというのもあるけれど、エルヴィスもこんなことをしていたんだろうなあと思いながら観ていた。たとえば、コンサート会場や事務所で出待ち、入り待ちをするファンに一人ひとり声をかけたり握手したりなどのサービスをする姿や、女の子にモテモテなのに独占欲も強く、彼女に去られるたびにひどく落ち込んでしまうところなど。自信とコンプレックスが入り混じっているのですよね。彼女の成功にまで嫉妬したりして。

次々出てくる、クロードの彼女たちがみんなかわいくて、ファッションもかわいくて、そのあたりも見所の一つですね。一時期クロードとお付き合いしていたアイドル歌手のフランス・ガルについてはちょっと調べてみました。本物とソックリの女優さんが演じていましたねえ。ちょっとびっくりしたのですが、このフランス・ガルさん、すごくかわいいのですが、驚くほどへたなんですよ。このあと上手になるんでしょうか。それともこのとき調子が悪かっただけなのかな?「夢見るシャンソン人形」


有名になるために無我夢中で突き進むけれど、いったん有名になると、そのあとが難しい。その地位を保つために、どんどん新しい企画を考えなければいけないし、敵も多くなる。ストレスのせいで家族や、マネージャーや付き人にあたるようになり、信じていた人に去られてしまう。どこかで聞いたような話だ。世間体を気にして、整形をしたり、本当は二人いる子供を一人だと偽ったり。一体、自分は何者だ?と思っていたことでしょう。成功の代償は大きいのですね。 最後、入浴時に、電気の切れかけた電球をさわり、感電死してしまうのだけれど、子供の頃からの癖で、几帳面で後回しにできない性格だったのでしょう。39歳の若さ。まだまだこれからもヒット曲を出し、世界にも打って出ることができたでしょうに。フランス国内では人気歌手だったけれど、国外ではほとんど無名のまま終わってしまったようです。

敏腕マネージャーのポールが何気にかっこいいなあ、と思ってみていると、なんと、ブノア・マジメルだった!おっさんになっていた~。それともわざと太ったのでしょうか。「年下の人」(1999)でジュリエット・ビノシュと共演したころ(その後結婚&離婚)はすごくかっこよかったのに。

主演のジェレミー・レニエは本物のクロード・フランソワにそっくりでした。お友達によると、ダルデンヌ兄弟の作品(私はまだ1本も観てませんが)にたくさん出演している実力派俳優だそうです。

そうそう、エルヴィスの歌った「マイ・ボーイ」も、元はクロードの歌で、英語の詩をつけたものだったのですね。
エルヴィスには娘しかいないのに、なぜこの歌を歌ったのかなあなんて思っていましたが、「愛するわが子」という点では、クロードと同じ気持ちだったのでしょうね。
クロード・フランソワのParce que je t'aime mon enfant
エルヴィスの'My Boy'

最後に、「ザ・ヴォイス」シナトラの'My Way'


私はやっぱり、'My Way'はエルヴィス版より、シナトラ版のほうが好きだな。
エルヴィス版も、その後の唐突に終わった人生を思うと泣けてくるのですが。
一応、エルヴィス版も。(やっぱりね)

by oakpark | 2013-07-28 00:55 | 映画 | Comments(2)

'Just the way you are' 'Marry You ' GLEE バージョン   

もう一つ、海外ドラマ「Glee」のフィン役、コリー・モンティース君関連のことを書きます。

コリー君の死がかなり尾を引いています。キャンディーズのスーちゃんが亡くなったときもそうでしたが、Youtubeでいろんなパフォーマンスを見ています。

その中で特に気に入ったのが、ブルーノ・マーズ原作のこの2曲です。どちらも歌詞がとってもストレートでロマンティックで、劇中でも私生活でも恋人だったリア・ミッシェルとコリー君が画面に登場するだけで目頭が熱くなってしまいます。 あまりにも気に入って、ブルーノのCDをアマゾンで注文してしまいました。ブルーノ・マーズのことはもちろん知っていて、かなり人気があるということも知っていたのですが、曲のよさがリアルに伝わってきたきっかけはコリー君はじめGleeのメンバーのパフォーマンスのおかげということになります。もちろんブルーノの歌唱もとっても素敵です。長女は一声聞いて、「私はこっちのほうがいい」と言ってました。次女はコリー君のほうがいいそうです(二人に聞かせたのは私です)。

どちらも、シーズン2のフィン(コリー君)のママとカートのパパの結婚式のシーンのようです。実は私はシーズン1しか見ていないので、話の流れはわからないのですが、フィンのママとカートのパパが惹かれあっているというシーンはシーズン1からありましたね。そして、ゲイのカートがフィンに惹かれている時期もありました。だから、このパフォーマンスで、フィンがカートに「来いよ」って感じで指差しているのに後ろにいたレイチェル(リア・ミッシェル)がわざとフィンのほうに行くふりをして、笑いながらカートを押し出すシーン(1分10秒あたり)がほほえましく生きてくるんですよね。恥ずかしそうなカートもいいし、大笑いのレイチェルもかわいい。そして何より、フィンが頼もしくてかっこいいなあ~。

上のパフォーマンスは途中、はしょられているのでフルバージョンはこちらです。いい曲だなあ。Do I look OK? と彼女が聞いて、「君の顔をみるとき、どこも変えると事はないよ。そのままの君がすばらしいんだ」と返すくだりは、エリック・クラプトンの'Wonderful Tonight'を思い出します~。

そういえば、次女の友人の帰国子女の男の子が、ガールフレンド(こちらも次女の友人)へのラブレターに、ソックリそのままこの曲の歌詞を使ったんですって。まだ、中3ですからね~。もらった女の子、amazing とかの単語を辞書で引き、やっとこさ意味を理解したそうな。いや~青春だなあ。

それともう一曲。'Marry You'もいいですね~。これも結婚式のシーンで使われていますが、こちらのバージョンを見てください。今歌っているメンバーの写真が出るのでわかりやすいです。みんな個性的で上手です~。コリー君からはじまります。私、女子ではクインの声が好きかも。三番目に出てきます。


ドラマ「Glee」はNHKで7月23日からシーズン3が放送されます。コリー君を偲ぶため、録画して観ようと思っています。HPはこちら

by oakpark | 2013-07-21 00:42 | 好きな曲 | Comments(0)

ショックです。「Glee」のフィンが。。。。   

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昨日飛び込んできたニュースです。
海外人気ドラマ「Glee」の主役の一人、フィンを演じるコリー・モンティースがカナダのバンクーバーのホテルで死亡しているのが発見された。享年31歳。いくつかのニュースソースからの情報を総合すると、前日友人たちと外出し、13日の明け方にホテルに戻ったが、チェックアウトの12時になっても姿を現さないので、ホテルのスタッフが部屋に入って遺体を見つけたという。

とてもショック。私は特に「Glee」のファンというわけではなかったけれど、登場人物の中ではフィンが一番気になっていた.役柄の上とはいえ、真面目そうで、不器用そうで、洗練されていなくて、でも、根がいい人。歌う声も、ほかのキャストのいかにもブロードウェイ目指してます!って感じではなくて、普通っぽくてそれでいて上手だった。積極的な女の子の前にたじたじとなって、ほおを赤らめている様子もなにげによかった。(あれは地なのか?と思えるほど)

一体何があったのか。 私はふと、20年前のリヴァー・フェニックスの事を思い出してしまった。リヴァーは、1993年の10月31日のハロゥインの晩、ロサンジェルスのナイトクラブの前の路上に倒れ、そのまま息絶えてしまった。原因は、久しぶりの薬物摂取。 実はリヴァーは亡くなる数年前に、薬物をかなり摂取している時期があった。常習だったのか依存症だったのか、そのあたりはよくわからない。しかし、1993年10月当事は、新作の'Dark Blood'という映画の撮影中で、長期にわたる僻地での撮影で、薬物も絶ちクリーンな状態だった。撮影は孤独で、共演者との仲もあまりうまくいかず、つらい日々。そして久しぶりのオフに、ロスに出てきて友人に会う。きっと友人は軽いのりでリヴァーに、こんなのあるんだぜ、というかんじで、薬を渡したのだろう。リヴァーも、これくらいいいだろと思ったのかもしれない。しかしそれはクリーンになっていたリヴァーの身体には刺激が強すぎた。久しぶりの少量の薬が命取りになってしまったのだ。摂取したとたん苦しみだしたリヴァーは、新鮮な空気を吸おうとクラブの外に出たところで倒れたのだった。そして一緒にいた、弟のホアキンや、友人のレッチリのフリー、恋人のサマンサ・マシスらの懸命の看護もむなしく、23歳という若い命を散らしてしまった。

今回のコリーに同じことが起こったとは言わないが、もしかしたら、近いことがあったのではないか。コリーは、10代のころから薬物依存などに悩まされていて(あんなにおぼこく見えるのに!)今年になって、やっと、私生活でも恋人であるリア・ミッチェルの勧めもあって、厚生施設に入り、薬物を絶つことに成功したはずだったのだ。それが4月のこと。その後もきっとクリーンな状態を保っていたことでしょう。でも、もしかしたら今回、久しぶりに故郷の友人たち(コリーはカナダ出身)に会い、気が緩んでしまったとと考えられないこともない。もし、そうなら、なんということでしょう。一瞬の油断が、才能ある若者の命をうばってしまうことになる。

でも、もちろん、そうではないかもしれない。原因不明の突然死ということもありうる。少し前に水泳選手のダーレ・オーエン選手の急死というニュースもありましたし。とにかく、こういうニュースはいつ聞いてもつらいですね。

コリーのニュースを次女に話すと次女もショックを受けていた。「結構気に入っていたのに」と。「おかあさもそうだったのよ」と即座に意気投合してしまった私たち。もしかしたら男性の好みが似ているのかも?と一瞬思ったがやはりちがうか。次女は、マットもエルヴィスも全く興味ないし。フレディなどなにをやいわんや。 彼女の好みは、サッカーの香川真司選手らしい。あと、向井理とかね。う~ん、おかあさんはびみょうだ。


コリーさんの冥福をお祈りしたいと思います。やはりこの曲で。

あとこの曲も。確か、この曲をシャワールームで歌っているときにGleeクラブ顧問のシュースター先生にスカウトされたのですよね。素直な歌いっぷりがいいなあ。

by oakpark | 2013-07-15 23:11 | 海外テレビドラマ | Comments(2)

'Sweet Caroline'   

今朝、新聞を読んでいると、故ケネディ大統領の長女の、キャロライン・ケネディ氏が、次期駐日大使に内定したというニュースが載っていた。へ~、と読んでいると、それに関して、なぬ?という情報も載っていた。なんと、私の大好きな曲、エルヴィスが1970年のラスベガス公演で歌った、'Sweet Caroline'は、作者のニール・ダイアモンドが、キャロライン・ケネディさんをモデルにした作った曲だというのだ。へ~、そうなんだ。

さっそく、ウィキで'Sweet Caroline'を調べてみた。ニール・ダイアモンドが作り、演奏したこの曲が公式にリリースされたのは1969年の9月16日。この秋にニール・ダイアモンドはテレビで何度か歌っている。1971年にイギリスのチャートで8位まで上がった。そして2007年のインタビューではじめてニールはこの曲がキャロラインさんにインスパイヤーされて作った曲だと明かしたそう。曲を作った当事のキャロラインさんは11歳だったけれど、インスピレーションを受けた写真は、キャロラインさんが馬に乗って両親と一緒に写っている雑誌の表紙写真だったそうだから、キャロラインさんが5歳より下の幼いころの写真ということになる。ケネディ大統領が暗殺された1963年当事、キャロラインさんは5歳だったはずだから。曲を作ったとき、 ニールはどういう思いだったのでしょうね。 きっと、ふと何かの記事かニュースで、11歳に美しく成長したキャロラインさんを見て思い出したのでしょう。両親と幸せそうに馬に乗る幼いキャロラインさんを。不憫に思っただろうし、もしかしたら恋心のようなものもあったかも?まあ、11歳だけれど、これからなっていくだろう美しさに恋したかも?だって、キャロラインさん、ケネディ大統領とジャクリーヌさんをうまい具合に混ぜ合わせたような美しさなんだもの。
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若きニール・ダイアモンドさんも、なかなかの男前ですね~。
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70年代っぽいです~。

で、ですね。ふと思ったのです。'Sweet Caroline'がリリースされたのが1969年で、イギリスチャートで8位まであがったのが1971年だとすると、もしかしたら、エルヴィスが1970年に歌ったからじゃないのかしら、なんて。 エルヴィスは作詞、作曲こそしなかったけれど、良い曲を選ぶ、良い曲の良さをわかる才には長けていたんじゃないかと思うんですよね。もっとも、周りにいた人たちが曲は持ってきたのでしょう。でも、たくさんの中からこれを歌うと選ぶのはエルヴィスだったはずだから、何かこの曲、'Sweet Caroline'にはぴんと来るものがあったのでしょうね。確かにとっても楽しそうに歌っているのですよ。だから好きなんです、この曲。

エルヴィスは1977年にこの世を去っているから、2007年のインタビューは知らないし、この曲を歌っていたとき、'Caroline'が'Caroline Kennedy'のことだなんて全く知らなかったんでしょうね。でも、もしかしてニールさん、そのことを近親者には漏らしていただろうな。親しい友人にももしかしたら。でも、エルヴィスはニールさんと会ったことあったんだったっけな、どうだったっけ。 

と、この記事を読んでいろいろ思いをめぐらしてしまいました。新聞の論調としては、駐日大使として、キャロライン氏がふさわしいかどうか、というようなことだったんですけどね。

ニール・ダイアモンドバージョンは、もっともっとゆっくりです。歌詞を読んでみてもいまひとつ抽象的で何を言っているのかよくわからない。けど、ラブソングには間違いなさそうです。ニールさんは、キャロライン・ケネディさんの50歳の誕生日イベントで本人を前にしてこの曲を歌ったそうです。


この曲、スポーツイベントでも人気らしくて、ボストン・レッドソックスは1997年からこの曲を採用していて、2002年からは毎試合、8回の途中で流すことになっているそうです。気分が上がるいい曲ですもんね~。

今回の「キャロライン氏駐日大使に」のニュースで「スウィート・キャロライン」が注目され、それをかっこよく歌ったエルヴィスが注目される~なんてことあるかも??????             ないだろな。

by oakpark | 2013-07-14 13:32 | 好きな曲 | Comments(0)

私と『華麗なるギャツビー』②   

前々回の日記の続きです。

そういうわけで、ロバート・レッドフォード版『華麗なるギャツビー』を2度目に観た時に、やっといろいろ感じることができました。夢を追う男の執念と無念、世の中のいかんともしがたい格差、普遍的なものと流動的なもの、明日への希望、などなど。うまくはまとまらないけれど、いろんな要素が含まれているお話しだと感じました。

小説の最後の部分が印象的。
 So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.
 こうしてぼくたちは、絶えず過去へ過去へと運びされれながらも、流れに逆らう船のように、力の限りこぎ進んでいく(野崎孝訳)
  だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へ通し戻されながらも。(村上春樹訳)

う~ん、興味深い。 野崎孝訳のほうが、逆流を必死に前に進んでいる感じ。過去へ戻される力のほうが強い(「過去へ、過去へ」と繰り返しているから)。村上春樹訳のほうが、前への推進力が強い感じです。

過去は美しいけれど、人は未来に向かう。あるいは、つらい過去を切り捨てたいがために未来に向かう。過去と未来で、どう折り合いを付けていくかって、普遍的なテーマですよね。

有名な映画のエンディングが思い出されます。
「明日には明日の風が吹く」 Tomorrow is another day. と力強く自分を鼓舞しようとした、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ。 過去の美しい思い出を封印し、愛しい人のために未来を用意してあげた『カサブランカ』のボギー。

過去に引きずられずに未来に向くのってそう簡単なことじゃない。 スカーレットやボギーに比べて、ギャツビーは過去にとらわれすぎてしまったのでしょうか。


ギャツビーのことが気になり始め、作者のフィッツジェラルドのことが気になり始めたときに、村上春樹著「ザ・スコット・フィッツジェレルド・ブック」という本を見つけたので、即購入しました。本の帯にはこうあります。「それは『グレート・ギャツビー』翻訳への長い旅の始まりでもあった」

なるほど、読んでみると、村上春樹さんのスコット・フィッツジェラルドへの執着、愛がにじみ出ている内容の本です。スコットが幼い頃を過ごしたニューヨークの当事の姿を現している古地図を眺めたり、スコットが妻のゼルダに出会った街、アラバマ州モントゴメリを訪ねたり(とっても田舎らしい)、スコットの実家のあるミネソタ州セント・ポールを訪ねたり、メリーランド州ロックヴィルにある二人のお墓を訪ねたりしています。

スコット・フィッツジェラルドがゼルダに始めて会ったのは、1918年のこと。スコットがモントゴメリにある陸軍将校の訓練学校での訓練期間中のことで、スコットは22歳、ゼルダは18歳だった。土曜の夜のダンスパーティで始めてゼルダを見たスコットはその美しさに感嘆したという。「アラバマ、ジョージア二州にわたって並ぶものなき美女」と語ったとか。最高級の賛辞ですね。

その後二人は何度かデートを重ね、お互い離れられない存在となっていく。そしてスコットは1920年に『楽園のこちら側』でベストセラー作家となり、二人の華やかな生活が始まることになる。

この本によると、1920年代は、アメリカ合衆国にとっては燃え上がる青春とでも言うべき、疑いを知らない幸福な時代だったそう。アメリカの経済力は飛躍的に増大し、株価はどんどん上昇、建国以来常に英国の風下に置かれてきたアメリカの文化はようやくその独自のスタイルと価値観を身につけようとしていた時代。いわゆる「ジャズエイジ」といわれた、狂騒の時代。女性はコルセットで身体を締め付けることをやめ、自由で開放的な洋服を身につけ、髪を短く切り、新しい女性像を作り出した。「フラッパー」と言われるスタイルをまさに体現していた美しいゼルダはハンサムなスコットと共に時代の人気者になった。
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しかし、その後、1929年の大恐慌もあり、二人の生活もすさんでいくわけですが、普通の人にはなかなかできない奔放な二人の生き方は人々の関心を引いてやまないですね。10歳ほど年下ですが、映画『俺たちに明日はない』で描かれた、ボニー&クライドも同じように奔放さにおいて人々の関心を引く存在です。


というわけで、私の『華麗なるギャツビー』とのふれあいはこんな順序で行われてきたのです。
①本「華麗なるギャツビー」(野崎孝訳)→ ②映画「華麗なるギャツビー」(1974) →③本〈英語版〉’The Great Gatsby → ④映画「華麗なるギャツビー」(1974)再び、→⑤本「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」村上春樹著訳→ ⑥映画「グレート・ギャツビー」(2013) 
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このあと、村上春樹訳の『グレート・ギャツビー』を読んで、できれば英語版ももう一度読めたらなあと思っていますが、実現できるかどうか。今度は、翻訳という観点から考察したいなあと思っているんですよ。野崎孝さんの訳はすばらしいですが、村上春樹さんの訳は現代的で読みやすいのです。    つづく。。。

by oakpark | 2013-07-13 00:12 | 映画&本 | Comments(0)

お勧めのラジオ講座   

『華麗なるギャツビー』に関する日記の続編を書こうと思っているのですが、なかなかまとまらず。今日は、ちょっと違う話。とはいっても、少し関連する部分もあるのですが。

私の趣味の一つに、英語の勉強、があります。これがなかなか進歩しなくてねえ。でもまあ英語に触れているだけで楽しいのでいいのです。

さて、現在受講している(?)ラジオ英語講座は3つあります。これらです。
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リアルタイムで聞いているのではなく、インターネットのストリーミングを利用しています。この中で、ラジオ英会話はほとんど聞けていないので、テキストを読むだけのことが多い。でも、「英語で読む村上春樹」と「攻略英語リスニング」は、一応、4月から一度も欠かすことなく聞いています。

「英語で読む村上春樹」を見つけたときは、面白そう~、と思い、とてもうれしかった。まさにこういう番組を聞きたかった。『象の消滅』という短編小説を、英語版と日本語版で、どのように表現が違うかを比較し、英語と日本語の構造の違いや、その後ろにある文化の違いなどを考察します。英語に翻訳することで村上春樹作品の特徴が薄れてしまうことや、もともと村上春樹の文体は英語的なので、他の日本文学より翻訳しやすいのではないかとか、そういう話などが、東京大学の沼野充義先生の穏やかな語り口で聞くことができます。毎月最後のレッスンではゲストを呼ぶのですが、どのゲストの方もとても熱心な村上春樹ファンで、話もうまく、知識も深く、聞いているだけで豊かで知的な時間を過ごすことができるような気がします。5月のゲストは外国人の村上ファンの方、6月のゲストは作家の綿谷りささんです。

「攻略英語リスニング」は去年から聞いていて、今年が2年目なのですが、こちらも講師の柴原智幸さんがとっても素敵。ファンになってしまいました。声が穏やかで、やさしそうで、少し愉快なことも言ってくれて、英語はクイーンズ・イングリッシュ。いえ、今の私はどちらかというとアメリカンイングリッシュのほうが好きなんですけれどね、でもやはり、ブリティッシュイングリッシュも美しくてよいですね~(どっちやねん)。それと何より、取り上げられるテーマがすばらしく良い。歴史上の有名人だったり、宇宙の話だったり、考古学の話だったり、多岐にわたっていて、飽きさせない。知らないことも多くて興味深い内容なので、番組のあとで調べたくなる。英語を通じて知識を広げることができる番組。リスナーの嗜好にあうように(?)工夫もされていて、映画「グレート・ギャツビー」の公開に合わせたのか、6月22日放送の番組は「スコット・フィッツジェラルド」について、そして一週間後の6月30日は、『禁酒法時代(Prohibision)』ですからね~。やるな~、柴原先生。しかも、あの、村上春樹さんと仲の良い、翻訳家の柴田元幸さんと名前も似ていて、いい感じ(関係ないか)。興味のある方はこちらをどうぞ~。

by oakpark | 2013-07-06 22:26 | 日常生活 | Comments(0)