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私と「華麗なるギャツビー」①   

「ギャツビー」の話に戻したいと思います。

ところで、普通、日本人のどのくらいの人が「華麗なるギャツビー」のお話しを知っているのでしょうね。というのも、私も大学生になるまで知らなかったし、理系の私の夫は(結構物知りなんですけれどね)、ほぼ全く知らないようなのです。「ギャツビー」も「フィッツジェラルド」も。もちろん、私も、大学で「アメリカ文学」の授業を取ったから知ったわけで、そうでなければ今なお知らなかったでしょう。つまり、アメリカではとっても有名でも、日本ではそうでもないのではないかという疑惑があるのですよ。どうでしょうかね。そういうのってほかにもあって、いつだったか、アメリカ人の友人に、アメリカの学生が必ず読む小説は?と尋ねると'Catch 22'といわれ、は~~? 聞いたことない~となったことがあります。 そういえば、エルヴィスもそうだしな。。。。

というわけで、私がはじめて「華麗なるギャツビー」〈小説〉を意識したのは、大学の「アメリカ文学」の授業でのこと。先生の名前も忘れてしまったけれど、覚えているのは、先生が毎回授業のはじめに、黒板に円を三つ書いていたこと〈横に三つね、真ん中を高くして全体に三角形のようにね〉。本当に、毎回、毎回、なのですよね。私は心の中で「先生、もう、それわかったから。うちらそんなにアホちゃうで~」と思っていました。その円の意味がですね、確か、「現実」「理想」「回帰」的な感じだったのですよ〈そこ覚えとけって〉。つまり、アメリカ文学というのは、現実の世界から、理想を求めて旅に出て、あれやこれやして、傷ついたりして、成長もしたりして、また現実にもどってくる、というようなテーマが多い、ってことだったと思うのです。そして、アメリカ文学の代表選手が、「ハックルベリーの冒険」と「華麗なるギャツビー」とおっしゃったように思います。メルヴィルの「白鯨」も入ってたかな?

「ハックルベリー~」は、ああ、あの子供向けの冒険モノの小説ね、と思い、まあそれはわかるかも、と思ったのですが、「華麗なるギャツビー」がなぜ、現実→理想→回帰の図式に当てはまるのかがわからなかったし、そもそも小説も読んだことなかった。ただ、タイトルだけは知っていて、男前のロバート・レッドフォードが出ている映画があるというのも当事知っていたような気がする。1974年の映画だから、私が中学生のころの映画ということになるけれど、どこかで宣伝されているのを見聞きしたんだろうな。「ギャッツビー」という名前が面白いなあとも思っていたかも。まさか「ギャートルズ」みたい〈知ってますか?〉とは思ってなかっただろうけれど。そして、その後、映画をレンタルして観てみた。いや、小説読んだほうが先だったかな。だって、映画を観たときに、ギャツビーがずっと恋焦がれていた絶世の美女(のはず)が、ミア・ファローで、当事、ミア・ファローの芸暦や魅力も全く知らなかったので、なんか奥目の人だ、なんて思った〈ような気がする〉。小説読んで、映画も観たけれど、もうひとつ良さがわからず、なぜこれがアメリカ文学史上最高傑作の部類に入る小説なのだろうか、と思っていたりもした。

数年前、村上春樹が「最も好きな小説家」と「最も好きな小説」として、スコット・フィッツジェラルドとその著書「華麗なるギャツビー」を挙げているのを知り、ますます興味がわいてきた。そして今度は、英語版の ‘The Great Gatsby’を読んでみた。村上春樹が「最高の文章」と表現している文章なんだけれど、私の英語力では、最高なのかどうなのか、さっぱりわからなかった。まあ、日本語で読んだときも、いまひとつ、何を言わんとしているのか、もわからなかったから、英語で読んでわかるわけないって。ただ、むずかしいなあ。これぞ、文学作品なんだろうなあ、と思った記憶はある。それまで読んでいた英語の本は、先が知りたくなるミステリーが多かったもんで。

そして、最近になり、もう一度1974年の映画を観てみた。すると、なんだろうな、ようやく、この歳になり、この物語の味わい方がわかってきたような気がした。

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『華麗なるギャツビー』(1974) 監督:ジャック・クレイトン 脚本:フランシス・フォード・コッポラ  出演:ロバート・レッドフォード ミア・ファロー

この話し、まだ続きます~。

by oakpark | 2013-06-22 23:32 | 映画&本 | Comments(4)

Aさんとの思い出   

「ギャツビー」関連記事を書く前にAさんとの思い出を書いておこうと思いました。

先日、Aさんが亡くなったという知らせを受け、とても悲しい気持ちになった。2~3回しかお会いしたことはないので、もしかしたらAさんは私のことを覚えてらっしゃらないかもしれないけれど、私はAさんのことをとてもよく覚えているのだ。というのも、はじめて会ったときから新米エルヴィスファンの私を快く受け入れてくださった方だから。

あれは、2006年1月のエルヴィスファンイベントでのこと。2005年10月にエルヴィスファンになったばかりの私は、思い切ってイベントに出かけて行ったはいいけれど、なんとなく落ち着かないそわそわした気分だった。エルヴィスファンの方はそれぞれ自分なりの「ファン歴」をもってらして、新参者は「この人だいじょうぶかしら?」というような目で見られることが多い。実際、会っていきなり「あなた、ファンになって何年?」と聞く人もいて、「え、6ヶ月です。。。」なんて言おうものなら、あ、そう、てなかんじで話しがとまってしまうこともあり、偉大な歌手には偉大なファンがついていて、一般人とは偉大な壁があるなあ~と感じたこともあった。

そんな中、こんな私でも温かく受け入れてくださったグループがあって、Aさんはその中のお一人だった。

その最初のイベントのときに、私は、編み上げたばかりの「監獄ロックセーター」を着ていった。これです。
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なぜ、これが「監獄ロックセーター」かというと、これを見たらわかりますよ。私の大好きな曲'Baby I don't Care' このときのエルヴィス、かわいい~。映画「監獄ロック」の1シーンです。



はじめてのイベントで、ちょっとドキドキしながらこのセーターを着ていくと、Aさんがとっても明るく私に話しかけてくれたのです。「あら~いいわねえ~。私も今日着ているのよ!」と言ってご自分のセーターを見せてくださった。私のよりさらに本物に近い感じで、とっても素敵に「監獄ロックセーター」を着こなしてらした。そのときの、仲間に腕を回して笑顔の背の高いAさんの写真はパソコンからプリントアウトしてアルバムに入れてあります。

その後も数回イベントでお会いし、一番最後にお会いしたときは、すでに病気をわずらってらして、以前よりやせてらして、でも、私は若くなられたなあとかんじた。背の高いスタイルの良い方なんだなあと思った。

そして先日届いた訃報。もう一度お会いして、あのときはうれしかったんです、とお伝えしたかったなあ。そして、あのころまだ小学生だった息子が、Aさんの息子さんと同じ大学にこの春入りましたよと伝えたかった。そういえば、「監獄ロックセーター」を編み上げた直後、無理やり息子に着せてみたんだっけ。そのころは、ぽっちゃりで、ちょびっと、若きエルヴィスに似てるんじゃないだろうか、思っていた。。。。が、いまは全く違うわ。
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Aさん、安らかにお眠りください。あちらでエルヴィスと会えますように。Aさんにこの曲を捧げます。

by oakpark | 2013-06-21 10:30 | ELVIS | Comments(2)

映画「グレート・ギャツビー」   

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監督:バズ・ラーマン   出演:レオナルド・ディカプリオ  トビー・マグワイア  キャリー・マリガン
前から楽しみにしていた「グレート・ギャツビー」を観て来ました。どうしても1974年のロバート・レッドフォード版と比べてしまうけれど、ひと言で言うと、今回のほうが視覚的に派手で物語はわかりやすくなっていた。フィッツジェラルドの小説の一番印象的なエッセンスを抽出して映画にした感じでした。ミュージカルではないけれど、ミュージカルのように、まさに、華麗な演出を施して観客に見せるための作りだと感じました。「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督ですから当然か。

パーティーシーンが3Dになっていて〈私は2Dで観ましたが〉、その部分、つまり1920年代の狂乱の時代のはではでしさと、ギャツビーの純愛(と悲劇)部分がことさら強調されていて、わかりやすいんだけれど、あの、アメリカ文学を代表する名作と評価の高い、スコット・フィッツジェラルドの小説を愛する人たちはどう感じたかしら。もしかしたら物足りないと思ったかも。もう少し地味でいいから深く作って欲しいと思ったかも。

実は、私もちょっぴり、そう感じてしまいました。私は特にフィッツジェラルドの愛好家というわけではないけれど、この時代のファンで、もう少しこの時代の空気を感じる映画にして欲しかったかなあと思わないでもない。この時代は、第一次世界大戦後の好景気でみんな浮かれ騒いでいるけれど、どこかで、忍び寄る大恐慌〈1929年〉の影を感じる空気もあったんじゃないか。これでいいのかと思いつつも次に備えようとする気にもならず、今を楽しめばそれでいいというような、けだるい雰囲気。禁酒法時代の密やかな悪の雰囲気。罪悪感をバカ騒ぎでカモフラージュしようとする雰囲気。この映画では、そういう雰囲気があまり感じられず、ただただあっけらかんと騒いでいるだけのように感じられました。ブルーカラーとホワイトカラーの貧富の差の描き方もちょっぴり漫画チックでリアルに伝わってこなかった。74年版は、トムの愛人のだんなさんがいかにも善良そうで、その善良そうな人にもあんな狂気が潜んでいたんだ、と驚愕したけど今回の人は、最初からちょっと怖かった。。。(と思ったのは私だけかな)

もちろん、同タイトルの映画がすでに1974年版が世に出ているわけですから、違ったアプローチをしないと意味がない、という考えもわかります。しかも、この、映画離れ著しい時代に、劇場に足を運んでもらうためには、何か新しい仕掛けも必要でしょう。

と思ってもやはり、なんだろうな、ちょっと物足りなさも感じるのです。ギャツビーの無邪気さ、純粋さ、繊細さ、愚かさなどなどを、一人の俳優が演じるのはむずかしいのかな。ギャツビーを演じる俳優は、新人では無理で、ある程度名を成した役者でなくてはだめで、名を成した役者は何らかの'色’がついているから。

レッドフォード版では、初めて正式にデイジーに会うときのシーンが、う~~ん、ちがうでしょ、と思ってしまった。レッドフォードは当事、人気絶頂で、私生活でもふられたことのないほどのもて男で、一人の女性を前にして少年のようにどぎまぎする演技がどうもうまく行ってない気がした。

ディカプリオは、登場するまでにえらい時間がかかったけれど、その待ちに待った登場シーン(どアップ)で、それほど感銘を受けなかった。レッドフォードの場合は、当事、あまりのかっこよさに、劇場でどよめきが起こったらしい。ディカプリオは、もう見慣れてしまってインパクトが薄い。 けど、後半のデイジーを前にしてどぎまぎするシーンや、デイジーの夫のトム・ブキャナンにいらつくシーンは、もうこれはディカプリオの真骨頂発揮でばっちりはまってましたけれど。

デイジー役のミア・ファロー(1974)とキャリー・マリガン(2013)については、映画を見る前はキャリー・マリガンのほうがいいだろうと思っていたのだけれど、見終わってからはミア・ファローのほうが存在感があったなあと思ってしまった。キャリー・マリガンだと、ひたすら「いい人」に見えてしまって。この、デイジーって女はしたたかな女だと思うから、そのあたりが出てないと思った。

原作に思い入れが強い人ほど、映画を観て、はてな、と思うんじゃないだろうか。でも、全く別物と考えれば(まあ別物ですよね)、全体に観客を飽きさせず、適度なテンションもあって、面白い映画だったのではないかな。

ちなみに私は「グレート・ギャツビー」というより「華麗なるギャツビー」と言うほうが好き。
その、「華麗なるギャツビー」の話、次の日記でも続きます(の予定)。

by oakpark | 2013-06-19 22:32 | 映画 | Comments(0)

Dlife 「グッド・ラック・チャーリー」   

またまたDlife チャンネルの番組の紹介です~。

少し前は「リベンジ」にはまっていた私ですが、だんだんストーリーが複雑になってきて少し食傷気味になってきました。なんでこんなにいつもいつも他人を陥れることばかり考えてるの?誰に対して復讐しようとしているんだっけ。突如登場したエミリーのお母さんは、結局いいもんだったのか。。複雑でわからない~。もっとシンプルに行って欲しい、と思うけれど、そうもいかないのでしょうね。一つ一つのエピソードで完結する番組ではない連続モノはストーリーを面白おかしく伸ばしていくのが大変そう。新しい登場人物も投入されているけれど、ちょっと新鮮さが薄れてきたかな。

というわけで、今一番気に入っているのが、「グッド・ラック・チャーリー」というシットコムもの。アメリカ本国では、ディズニーチャンネルで放送されているようで、いわゆるファミリー向けの一話完結型のコメディーです。
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これは楽しい番組ですよ。愉快で楽しいダンカンファミリーの日常を描いているというただそれだけ。でも登場人物がみんな個性的で、おかしいの。
ママ(エイミー)・・・明るく愉快なママ。舞台でスポットライトにあたるのが大好き。昔ダンスをしていたのかな。今は4児(シーズン4からは5児)の母で病院に勤務。
パパ(ボブ)・・・体が大きくて頼もしいパパ。害虫駆除の仕事をしている。
PJ・・・・ダンカン家の長男。ちょっとおまぬけなところがある。
テディ・・・一応この番組の主役。ダンカン家の長女。美人で学業も優秀。スペンサーという彼氏がいる。
ゲイブ・・・・ダンカン家の次男。結構ずるがしこい。PJより頭良さそう。となりに住むおばさんと犬猿の仲。
チャーリー・・・生まれたばかりから撮影が始まりもう4歳くらい?とってもキュートな女の子。


テディ役のブリジット・メンドラーの コメディエンヌぶりもすごいし、ママ役のレイ・エリン・ベーケーのはじけっぷりもすばらしい。アメリカには芸達者な俳優さんがたくさんいるなあと感心します。特にコメディーの分野が日本と全然違う。日本だとコメディーはお笑い芸人がやるもののようで、普通の俳優でコメディが得意な人は少ないですよね。笑わせる演技って案外むずかしいと思う。間とか表情とかリズム感とか、いろいろ。

このドラマの登場人物みんな好きだけれど、一番のお気に入りは次男のゲイブくん。ブラッドリー・スティーブンス・ペリーという男の子が演じているけれど、将来有望かも。ただ、声変わりが始まり、以前のようなキュートさが薄れてきたのは仕方ないか。しかもいい声になってきてるのよ。最新のインタビューを聞くと。さて、どんな青年に成長するか。頼むから太らないでね。タレ眉がかわいい♪
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あと、テディの親友のアイビーも好きだわ。

もちろん、チャーリーもすっごくかわいい。あんなにかわいい孫がほしいなあ。。。

このドラマを観て笑うといやなこともふっとんじゃいますよ~。Dlifeチャンネルで土、日に放送されています。ぜびぜび週末はDlifeで『グッドラック・チャーリー』を!(だから~、Dlifeのまわしものじゃないってば)
テディ役のブリジッド・メンドラーが歌う主題歌'Hang in There,baby'

by oakpark | 2013-06-17 00:36 | 海外テレビドラマ | Comments(0)

内村航平くんを見てきた!   

本日、ふと思いついて、体操の第52回NHK杯を観戦して来ました。

新聞を読んでいて、きょう、あすと渋谷の代々木第一体育館でNHK杯があると知り、渋谷?近いし、行けるやん、と思いました。陸上の日本選手権が行われている味の素スタジオより近いぞ。100mで日本人が10秒をきる瞬間を見たいという気持ちもちょっとはあったけれど、今日は屋内の気分。体操の気分。というわけで、夫に言ってみると、ええで~ってなことで決定。午後2時過ぎからの男子の部を観にいくことにしました。


現在の日本の体操選手のレベルは世界トップレベル。中でも、内村航平くんは、現在世界一の体操選手。生でその演技を見てみたい。そんな思いで、代々木第一体育館へ行ってきましたよ~。
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前回ここに来たのが2009年の4月、フィギュアスケートの国別対抗戦のエキシビションマッチで、お目当てはもちろん、浅田真央選手。どんだけミーハーやねん、わたし。ここに書いておりました。写真も同じだあ。

生で見る内村選手はやはりすばらしかった。すべての動きにめりはりがあるし、回転がはやい。着地がぴたっとしている。ほんと、小柄なんだけれどどこにいるのかすぐわかる感じでしたね~。

それにしても、体操競技はじめて見たのですが、どこを見ていたらいいのかわからん。6つの種目を6グループに分かれて演じるのですが、同時にはじまるので、目移りしちゃう。陸上も、トラックとフィールドを同時にするので、どこを見たらいいのかわからない状態になるときがあるけれど、それ以上ですね。大抵は、第1グループ(内村航平 加藤凌平 田中祐典 野々村笙吾 小林研也 中島立貴)の演技を見るのだけれど、第1グループが、たとえば、あん馬とかをしているときは、ついつい鉄棒を見てしまう。 座った席の目の前が鉄棒だったこともありますが、鉄棒はやはり豪快で華やかだもの。しかし、何度か選手が落下するのを見ましたが、冷や汗が出ますね~。一人の選手など、お腹からマットにぶつける感じで落下したのですが、みなさん、慣れている感じで、すっくと立ち上がって、しばらく間を置いてからまた演技をはじめます。決して痛がったりしていませんね。すごいなあ。

第1グループはたぶん、一番有利な順番で演技をすることを許されているのでしょう。ゆか→あん馬→つり輪→跳馬→平行棒→鉄棒で、しかも、鉄棒の最後の演技者が持ち点1位の内村選手になるように順番が組まれていました。なるほどね~。

今日の順位は、内村選手、加藤選手、野々村選手でした。加藤選手、野々村選手も安定感がすばらしかったです。さすが、内村選手が自分の後継者に指名しただけある。二人とも順天堂大学なんですね。卒業後はコナミかな? きょうも会場は赤と白のコナミのユニフォームだらけでした。

体操も面白い! 

by oakpark | 2013-06-09 00:25 | スポーツいろいろ | Comments(0)

本 「横道世乃介」(吉田修一)、その他   

今日から6月。関東地方はすでに入梅しているけれど、今日はさわやかな一日だった。我が家は、中3の次女が京都奈良方面へ2泊3日で修学旅行に出かけ、夫が京都に出張。久しぶりの、というか次女が生まれてからはじめて(たぶん)、長女、長男、私の3人の夜だった。これはいい機会、ということで、焼肉屋で外食した。久しぶりに聞く、二人のスムーズな会話。ああ、よかったよかった。この二人は、ここ3年ほど、どちらかが受験生で、なんとなくギクシャクした感じになっていたのだ。長女は自分が受験生のときは、それだけでいらいらしていたし、長男が受験生のときは、極端に無口で無愛想になっている弟に対してなぜかいらいらしていた。小さい頃はあんなに仲良く一緒に遊んでいたのに~と、私は心を痛めていたのでした。2学年違いで二人ともAB型。だから個性が強いのかなあと納得しようとしたり。世の兄弟たちはどうやって受験期を乗り越えているんだろう~と思ったり。っでも、今日の二人は、バイトの話やら、長男の彼女の話やらで自然にもりあがっていた。二人とも大人になったなあ~。やはり兄弟は仲良しでいて欲しいものです。

さて、最近読んだ本を紹介します。


★「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」   太田直子

かなり前に購入したいたものをやっと読みました。それにしてもまどろっこしいタイトル。「世界の中心で愛を叫ぶ」が流行していたことに発行されたものなのかなと思い、調べると、’セカチュー’は2001年、映画化されたのが2004年、そしてこの太田さんの本は2007年なので、’セカチュー’の流行はかなり長く続いたってことですよね。今年の「じぇじぇ」と「今でしょ!」はいつまで流行り続けるのかなあ。と本の中身と関係ないことを書いてしまいましたが、面白かったです! 以前に読んだ、同じ字幕翻訳家の戸田奈津子さんより、ずっとユーモアのセンスがあります。余り生真面目すぎない、脱力感のある文章が私は好きでした。おすすめ。


★「ビブリア古書堂の事件手帖」④         三上延

このシリーズの大ファンの長女が、これはひときわ面白かったと薦めてくるので、借りて読みました。なるほど、なかなかの力作です。江戸川乱歩のファンの方なら絶対楽しめるでしょう。江戸川乱歩といえば、私が小学生のころ、学級文庫に必ず「少年探偵団」シリーズ、「怪人二十面相」シリーズがおいてありましたね。なんとなく怖くておそるおそる、それほど怖そうでなさそうなのを選んで読んでいた記憶があります。子供に、「小学生のころ学級文庫に江戸川乱歩あった?」と尋ねると「ない」というのです。江戸川乱歩のない学級文庫なんて想像できない! 今はどんな本をおいているのでしょうか。。。


★「横道世乃介」      吉田修一

今回はこの本がいち押しです。吉田修一は以前に「パレード」」を読んでいて、それほど感じ入りはしなかったので、自分より若い作家の今風な作品はだめなんだろうか、と思っていましたが、これはおもしろかった!時代設定が自分の学生のころで、自分が大学生のころに思いを馳せながら読めた点も良かったのかもしれないけれど、時間軸が前後する書き方が、この場合は成功していると思いました。この書き方、ときとして、あざといというか、不自然に感じられることもありますが、今回はそうやって、今見ている若者の、将来の姿を見せられることで、全体のテーマとつながっていくというか、「そうだよね、そりゃそうだよ」と納得させられるというか、ただのエピソードが意味を持ってくるようなかんじがしました。もちろん、この小説のテーマは何なのか、という難しい問題についてはよくわからないけれど、ただ言えることは、「世の中ってこういうものよね」と人生のコラージュを見せられているような気分になったということ。確かに「ちょっと楽しくて悲しい」、そんな小説でした。人生もそういうものですよね。つまり、人生を正しく表している小説といえるのではないでしょうか。新しい感覚の小説だと思いました。おすすめします~。そういえば、映画はどんなできばえなのだろうか。最近はベストセラーがすぐ映画になりますね。とりあえず、高良健吾の顔をあまり思い浮かべないようにして読んでみました~。

by oakpark | 2013-06-01 23:10 | | Comments(0)