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いつまでも暑い夏   

今年の夏は暑い。いつまでも暑い。そろそろ疲れてきた。早く涼しくなって欲しい。

そう、30分ほど過ぎてしまったけれど、8月23日はリヴァー・フェニックスの誕生日でした。生きていれば40歳! ふと今思い出して書きたくなりました。そういえば、このブログを始めて一度もリヴァーの誕生日に日記を書いていないことに気づきました。不義理をしてしまった。

8月は原爆投下の日があり、終戦の日があり、お盆があり、エルヴィスの命日があり、リヴァーの誕生日がある。いろいろ考えさせられる季節です。暑ければ暑いほど、せつない気分になったりもします。

リヴァー・フェニックスのファンになったのは、映画をよく見るようになった7~8年前。「旅立ちのとき」という映画を見たときだった。その後たくさんの映画を見たけれど、そのときのリヴァーほど惹きつけられる俳優さんにはまだ出会ったことがない。それほど「旅立ちのとき」でのリヴァーは私の中に鮮烈な印象を残した。今ではあまりリヴァーの事を思い出さなくなったけれど、時々映画を見ていて、リヴァーに似た俳優さんを見つけると「あ、すこし似てるかな?」と思ったりもする。逆に言うと、そんなときは必ずリヴァーを思い出す。それほど今でも大きな存在なんだな、リヴァーは。

「愛と呼ばれるもの」という生前最後の映画で歌声を披露したリヴァー。ちょっとハスキーで頼りない歌い方。そこが魅力だったりもするけれど、歌手として成功するにはもう一歩だったのかもしれないな。歌より、演技や存在感が際立っていたアーティストだったと思う。

by oakpark | 2010-08-24 00:31 | RIVER PHOENIX | Comments(2)

' ELVIS My Best Man ' George Klein   

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久々にエルヴィス関連の本を読みました。エルヴィスのヒュームズ高校時代のクラスメートで、地元メンフィスで長年ディスクジョッキーを務めてきたジョージ・クラインがエルヴィスについての思い出を語った本です。2010年刊行の本ということで、今だにエルヴィスの思い出を語って儲けようとしている人がいることにまず驚きです。そしてそれを買って読もうとする人もいる(私だ!)ことにも驚きですが。ともあれ、エルヴィスが亡くなって33回目の命日(8月16日)前後に読み終えました。

内容は、知っていることも多かったですが、若い頃からエルヴィスのそばにいる人にしか知りえないこともいくつか知ることが出来て興味深かったです。危険で突拍子もないことを好む反面、繊細で傷つきやすく、年上の人に逆らえない弱い部分も併せ持ち、気前が良くて鷹揚であるかと思うと、些細なことに腹を立てたり、嫉妬したりする子どもじみた部分もあるという、私が思い描くエルヴィス像とそれほど違わないエルヴィスがこの本の中にもありました。キャリアの初期の頃に同じレコード会社に所属したジェリー・リー・ルイスと60年代になって、メンフィスの自宅でセッションをしたとき、エルヴィスは一緒にいたジョージ・クラインやその他の取り巻きに、「あいつはすごい。あんなふうにピアノを弾いて歌うやつは他にいない」とべた褒めだったそう。それを受けてジョージたちも「ほんとにすごい。あんなピアノは聞いたことがない」と一緒に褒めまくっていると、だんだんエルヴィスの表情が変わり、「そんなにジェリーがいいのだったら、やつのところで働けばいいじゃないか」と言ったとか。慌てたジョージは、「いやいや、エルヴィス、君と一緒のセッションだからよく聞こえたんだ。彼一人の演奏だとそれほどでも。。。。」と必死にフォローしたとか。子どもっぽいけど、そんなことってあるよなあ、なんてほほえましく思いました。それにしてもジョージ・クラインはそんなことをよく覚えていますね。50年近く前のことなのに。純粋なユダヤ人のジョージが、エルヴィスの兵役時のドイツ赴任の際に一緒に行くことを誘われたけれど、ヒトラーの時代の名残があるかもしれないドイツには行けないと断ったというくだりでは時代を感じました。

エルヴィスについての本を書く人たちはみんなそうだけれど、自分はこんなふうにエルヴィスキャリアに貢献しているというエピソードを必ず入れています。この曲を歌ってみれば、と薦めたのは自分だ、とエルヴィスのヒット曲を紹介している場合が多い。ジョージ・クラインの一番の自慢はたぶん1969年のメンフィスのアメリカンスタジオでの録音を薦めたということかな。デビュー時のサン・スタジオ以降、ロサンジェルスやナッシュビルでレコードを録音することが多くなったエルヴィスが久々に故郷のメンフィスに戻って腕のいいスタジオミュージシャンと一緒に録音した音源からは、もちろんいくつかのヒット曲が出ていますが、エルヴィスファンでない一般の人たちにはあまり馴染みのない曲が多いです。もちろん、私もファンになる前は、「サスピシャス・マインド」も「イン・ザ・ゲットー」も知りませんでしたもの。 でも、この頃の円熟味を帯びたエルヴィスを一番買っているファンも多いようです。南部のスワンプ・ミュージックというのですかね。私にはよくわからないけれど。 こんな感じとか?


ジョージ・クラインが自慢したいもう一つのことは、彼がエルヴィスにたくさんの美しい女性を紹介したことではないかしら。メンフィスで「Talent Party」というテレビ番組の司会をしていたジョージは、その番組に出演した美人コンテストの入賞者などの中から、エルヴィスの好みに合いそうな女性を紹介していたりしていたみたい。 たとえば、のちに映画「ラスト・ショー」でデビューするシビル・シェパードなんかもその一人。 エルヴィス最後の恋人であるジンジャーもジョージ紹介の女性の妹だったみたいだし。 そうやってエルヴィスの気を引いていたということだと思うけれど、そういうのって、ジョージが強調する「友情」ってやつなのかなあ、とちょっと疑問。でもまあ、少人数しか出席できなかった、極秘のうちに執り行われたエルヴィスの結婚式にも招待されたみたいだから(これも自慢よね)、他のメンフィス・マフィア(エルヴィスの取り巻き?スタッフ?のこと)とは一線を画しているのかもしれないな。

一体何人の「エルヴィス友人」が本を出しているのだろう。エルヴィスのお父さんの再婚相手まで本を書いているけどこんなのは読む気がしない。私が、もしこの人が書いてくれたら読みたいと思うのが、やはりエルヴィスの高校時代からの友人で、エルヴィスが成功したあとはボディー・ガードになり、歌も何曲か作曲し、映画俳優もしているレッド・ウェスト。最後までエルヴィスに日和った生き方を選んだジョージ・クラインよりも、ある意味真の「友情」を築こうとしていたかもしれないレッドが当事何を考えていたのかを知りたいな。 なぜ、エルヴィスのさまざまな悪癖を暴露するような本を世に出してしまったのか。それにより、エルヴィスの死期を早めてしまったかもしれないことをどう思うのか。でも、それよりも若かりし頃は二人はどんな夢を描き、どんな楽しい毎日を送っていたのかを知りたい。70歳を超えたレッドは今も映画俳優として活躍しているそうですが、きっと本は書かないだろうなあ。

by oakpark | 2010-08-23 00:20 | | Comments(2)

本 「母ーオモニー」  姜 尚中 著   

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リリー・フランキーの『東京タワー』を読んだとき、「おもしろかったけれど、苦手かも、ははもの」と思った私ですが、ついついこの本を購入してしまいました。息子に伊坂幸太郎の「バイバイ・ブラックバード」を買ってきてと頼まれ、近くの本屋に行くと隣に陳列されていたのです。表紙の「母」の丸みを帯びた字体に引かれ、中をぱらぱらとめくると、大変そうな人生が即座に浮き上がってきました。。。強く興味を引かれ、5秒ほど迷った後に「バイバイ~」と一緒にレジに持って行っていました。半分ジャケ買いです。こういうことが起こるから、本の表紙は大切なのですよね~。

さて、感想ですが、姜 尚中さんて、語彙が豊富で、詩情豊かな凝った文章を書かれるなあと、まず思いました。ウィキペディアで調べると肩書きは「政治学者」となっていますが、「小説家」と言ってもいいような文章を書かれます。藤原正彦さんの本を読んだときも、そのように思いましたが、きっとかなりの読書量からこのような美しい日本語の表現力を身につけられたのでしょう。そして普段から、言葉というものをよく考えておられるのだろうなと思いました。

ただ、その詩情豊かな、いかにも小説らしい表現に少々違和感を覚えたのは、これは姜 尚中さんの家族の話、つまり実話であるということがあまりにも自明だからでしょうか。姜
さん自身は「私」として登場するし、登場人物は姜 さんの「母」であり、「父」であり、「兄」であり、「叔父」なわけです。それなのに、あまりにも小説的に、つまり作り上げられた世界のようにしつらえすぎているような気がしました。姜 さんが生まれるずっと前のことである出来事、たとえば「母」が16歳で韓国の地を離れる場面では「春ののどかな陽光が娘を優しく包んでいるようだった」だし、お兄さんが生まれる直前に親しかった友人が韓国に帰っていく場面では「首筋を秋の風がなでるように通り過ぎていった」となっている。 見たんかい? と突っ込みたくなるような気もしました。もちろん、一人称の「私」が使われている小説はよくあるので、こういう書き方も自然なのかもしれませんが、あまりにも「私」=姜 尚中さんとわかっているだけに、どうも小説の世界にひたりきれず、ノンフィクションのように読んでしまう。そして、ノンフィクションのわりには表現があまりにも詩的、という、ちょっとちぐはぐな感じを、私は持ちました。
他の人はどんなふうに感じたのかなあ。

それと、「母」というタイトルをつけているわりには、息子から見た「母」とか、「母」と息子の絡みは少なく、「母」の物語というよりは、ある一人の朝鮮人女性の苦労の人生の物語という印象を受けました。「母」を押し付けられなくて良かったと思う反面、タイトルと合っていないんじゃないかな、と思ったり。でも、この「母」の字は、いいな~と思ったり。

それにしても、あんなに冷静で知的な雰囲気の姜 尚中さんが、こんなにも悲惨で苦労の多い人生とつながっていたとは。在日の人が苦労したと理屈ではわかっていても、なかなか実態を知ることは難しいので、今回この本に出会えてよかったと思いました。それにあの姜さんが「マリちゃんと結婚させてください」と言ったなんて、なんだかほのぼのします。

子どもを大きくするために母はがんばるのですね。
そういえば、藤原てい(藤原正彦の母)の「流れる星は生きている」も読んだので、苦手といいながら、気になる存在であることは確か。当事者であるだけに「となり(じゃないけど)の芝生が気になる」感覚か。。。 いろんな母がいるものですね。

by oakpark | 2010-08-19 22:52 | | Comments(0)

私には絶対ムリ、でも試してみたい最近の流行りもの。   

さて今日は、私が最近気になる流行ものについて書きます。
去年のブログを見ると、やはり8月に「この夏の流行りもの」というタイトルで日記を書いているので、夏は「流行りもの」が気になる季節なのかしら~。

★ サロペットパンツ

たとえばこんなかんじ。
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この夏、若い人の間で流行していますね~。要するに胸当てのついたパンツなのですが、今年流行中なのは、薄手の生地で、胸当ての部分が大きく、ウエストを軽く絞って、ゆるゆるっと着るかんじのサロペットパンツ。へたするとパジャマ?部屋着?のように見えてしまうので、おしゃれに着こなすのは結構難しそう。でも、かわいくて、私があと20歳若かったら挑戦してみたいアイテムです。実は昔から胸当てのついた服は結構好きで、高2のときにお友達とおそろいでオーバーオールを買ったときはほんとうれしかった。学校が私服だったので、これを着て冬の遠足(耐寒遠足っていったかな)に出かけたときの写真が残っています。そういえば、生まれてはじめてパーマをかけたのもこのころでした。 今年は、サロペットパンツだけでなく、サマードレスのような服の下にTシャツを着るという着こなしも流行していますね。この着こなし、まさに私が中学生の頃に流行っていたものです。歴史は繰り返すってほんとね。

★ ホットパンツ

これは、私があと30歳若かったら挑戦したい(でも近所を歩くときだけかも)今年の流行アイテム。「歴史は繰り返す」のとおり、私が小学生の頃にもはやっていた気がします。当事はもちろんミニスカートも流行っていましたが、私はミニスカートよりもホットパンツが好きで、何枚か持っていました。まあ、小学生のころのことですが。ホットパンツを着こなす、つまり、足をば=んと出すには、足はあまり太すぎても、細すぎてもいけない気がします。程よい太さの健康的な足がよろしい。そして大またで勢いよく歩くとかっこいい。いやらしく見せない所がポイント。たとえば、私だったら、こんな感じがいいな。 ボタンがアクセントになり、マリンっぽい雰囲気の白のホットパンツがいいな~。(だから、むりだって!)
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★ 小さい車

最後はファッションではないですが、最近気になるのが小さい車。ここのところ街でたくさん走っていませんか??一番よく見かけるのはBMWのローバー・ミニかしら。でも、それに似せた日本車もたくさんある気がする。「ミニ」って元はといえばイギリス車? その辺のことよくわからない。丸っこくてとってもかわいい。私がもしお金持ちだったら、自分専用にこんな車が欲しいな。そして好きな音楽をかけながら一人でドライブしたいなあ。実は私の父が少し前にグリーンの中古のミニ・クーパーを購入したことがありました。長年の夢だったらしく、田舎に引っ込んだのを幸いに思い切って手に入れたらしい。ところがこの車、大きいもの好きの母の気に入らなかったのです。母は、車でもみかんでも、なんでも、大きいものが大好き。あろうことか、伝統あるこの名車を「こんなこやくだらん(つまらない、くだらない)車買って・・・」などと言い、父をせめたのでした。父の買った車は色は違うけれどこんな感じだったかなあ。
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見かけはかわいいけれど、パワステではなく、パワーウインドウでもなく、もちろんマニュアル車で、クーラーはあるけれどあまりきかない、という原始的(?)な車で、その後何年かして、父は母の冷たい視線に耐えられなくなったのか、実用的な別の車に買い換えてしまいました。 当事は私も母と一緒で「どうしてこんな実用的でない車を買ったのだろう~」(人がたくさん乗れない)と思っていたのですが、流行とはおそろしい。街で似たような車を見かける機会が増えると、父が持っていたあの車がとってもいとおしく感じるのです。今はどこにいるのかな。もう、スクラップになっていたりして。飾っておきたいほどかわいい車でした。 今までで、自分のお金で購入した自分の車を持ったのは一度だけ。赤のシビックでした。今度、そのような機会があれば、絶対ローバー・ミニにしたいな。やはり、カエルの子はカエルか。。。 血液型は母と同じだけれど顔や性格は父のほうに似ているので~。

by oakpark | 2010-08-13 23:46 | ファッション | Comments(4)

本 「東京タワー」 「コットンが好き」   

最近読んだ本2冊を紹介します。
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少し前にベストセラーになり映画化もされたこの本のことはずっと気になっていました。個性派文化人のリリー・フランキーさんが、病気で亡くなったお母さんのことを書いている感動の物語らしい。リリーさんのお母さんがどんなお母さんで、リリーさんとどんな関係を築いていたのだろうと、興味を持っていました。なかなか手に入れる機会に恵まれず、文庫本になったということでやっと読むことが出来ました。波乱万丈のリリーさんの人生は興味深く、あんなきわどいエッセイを書くリリーさんのかわいらしい少年時代の描写もほほえましく感じました。そして、いつも息子のこと、息子のご飯のことを気にかけ、自分の幸せを犠牲にしながら息子に寄り添って生きたリリーさんのお母さんは「グレート・マザー」そのもので、何度も涙を流しながら読み終えました。

ただ、正直なところ、なんとなく、ちくりと負の感情も湧いてきたのですよ。罪悪感といおうか、嫉妬心といおうか、反抗心というか、なんか、自分の中のいやな部分が出てきそうな、でもそれを抑えようとする自分もいて、、、というような複雑な読後感。素直になれない自分。いやですね~、女も半世紀も生きてくると。つまりそれは、私も母だからなのですよね、きっと。私はこの本を読みながら、自分の母のことも少しは思いながら読みましたが、多くは母である自分と比較しながら、あ~、絶対ムリだわ私には、と思いながら読むことのほうが多かったです。息子の朝食に出すぬか漬けを、朝食時にちょうど食べごろになるように、息子が起きてくる時間から逆算してぬか床に野菜を入れるリリーさんのお母さん。息子の起きる時間に起きられず(だって、学校ある日もない日も5時半に起きるのよ~)、セルフサービス状態になっている我が家とはえらい違い。冬にはいつも布団乾燥機でお布団をふっかふかにしておいてくれるリリーさんのお母さん。リリーさんのお母さんはすばらしいお母さんだ。でも、すべての母親にこれを求められても困るな~、なんて思ったり。母はこうあるべきで、こうでないのは悪い母という概念が世間一般に広まっても困るなとか。ひねくれ者の私はいろいろ思ってしまったわけです。他の人はどうだったのかしら。皆さん何を思いながらこの本を読んだのかなあ。男の人は当然自分の母親のことなんかも思い出しながら読んだのでしょうね。では、女性はどうだったのかなあ。他の人にも聞いてみたいです。というわけで、今日時点でアマゾンのコメント数、なんと444件、それだけ話題になった本なのですが、まあ、これまでにも似たような『母もの』の本もあっただろうに、この本だけがそこまで人気が出た理由というのはいまひとつわからなかったような気もしました。


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高峰秀子さんといえば、私は「二十四の瞳」しか見ていないですが、チャーミングで優しそうで魅力的な新米先生を、とても自然体で演じてらしていたと感じ、好感を持っていたところ、優れたエッセイストでもあるということをどこかで読み、さっそくタイトルに惹かれたこの本を読んでみました。高峰さんの私物を写真で掲載しながら、高峰さんが日頃感じていることを書き綴っているエッセイ本ですが、少し読んですぐに「この本あたり!」と思いました。高峰さんの持ち物のセンスがよく、文章にも勢いがあってとても気持ちが良い。性格もとてもさばけているようで、言いたいことはちゃんというタイプのよう。小さい頃から銀幕の世界に入り、幼いながら親族郎党を経済的に支えていた苦労の半生だったようですが、その頃の環境が、こういった、良いものと悪いもの、好きなものと嫌いなものをばっさり見極める審美眼を育てたのでしょうか。すっかり、高峰秀子さんのファンになってしまいました。<日本エッセイスト・クラブ賞>を受賞したという「わたしの渡世日記」も読んでみたいな。そして映画も機会があれば見てみたいです。本書でも「決して役者という仕事は好きではなかった」と何度か書かれていますが、飯の種であった『役者』という仕事を、年を重ねるにつれて、彼女の中でどのように昇華させていったのか、そしてそれはスクリーン上にどのように映し出されているのか、興味があります。私の予想では、好きではない仕事だったからこそ、なにくそ、という思いで自然に役になりきれる女優さんだったのではないかと思うのです。思い入れがない分、力が抜けていい感じになっていた、というか。年代ごとにあと2~3作品は見てみたいです。 それと、本の中盤で、親友の越路吹雪さんとの思い出を語っている箇所があって、そのように意図されて書かれた部分ではないと思うけれど、なんだか泣けてきました。もしかしたら「東京タワー」での涙より清清しかったかも。越路さんは多くの人から好かれた立派な方だったのですね。そういえば、中学時代に私が尊敬していたテニス部の先輩が、越路吹雪さんののファンだと言っていて、だれそれ?と思った記憶があります。な~んもしらんかったな、わたしって。

高峰さんは86歳でご健在のよう。長生きを祈っています。

by oakpark | 2010-08-09 23:40 | | Comments(2)

新たな試み   

カテゴリに「テニス!」を追加しました。
で、今日はテニスの話。

この夏、新たな試みに挑戦することにしました! それは、必殺「両手フォアハンド」だ~。
テニスのショットにはいろいろありますね。一番最初に習得するのがフォアハンド、そしてバックハンド、ボレー、スマッシュ、サーブなどなど。その中で私が一番苦手なのがフォアハンド。この場合の「苦手」とは、つまり、下手ということでもあるけれど、それ以上に楽しくないということです。打ちたいところに行かないし、試合になるとアウトするのが怖くて思い切って強く打てない。だから楽しくない。テニスの何が好きかって、ラケットにボールが当たるときの感触が好きなのに、フォアハンドのときはそれが実感できる瞬間が少ない。ダブルスの試合しかしないということもあるけれど、私の場合フォアハンドでエースなんてとれない。バックハンドもサーブもボレーも決して上手ではないけれど、時々はびしっと決まることもあって、それがうれしい。冷静な(?)私も、思わずガッツポーズが出てしまいそうになることもある。本当に、意識せずに自然に出てくるのですよね、不思議です。テレビでスポーツ観戦をしていて、派手なガッツポーズをする選手はあまり好きではないと思っていたけれど、「決めた」時は思わず出てくるものですね。フォアハンドでもそういう瞬間を経験したい。でもいつも「うまくいくかなあ、どうかなあ」と心配しながらラケットを振っていて、思いっきれないのです。当然速い球は打てない。スクールのコーチは、速い球は必要がない、コースが大事、というけれど、やはり、速い球を打ってなんぼでしょ。自分の気持ちが違うでしょ、と私は思う。ゴルフでもスコアは悪くても飛距離のあるプレイヤーはそれなりに賞賛されるように、テニスでも強い球、速い球を打てると自信にもつながる。

私は中1のときに硬式テニスを始めたのですが、ちゃんとしたコーチについたわけでもなく、先輩たちのアドバイスを自分なりに解釈して、腕力に任せて(結構腕力があるのです)打ってきたので、変なフォーム、変なくせが身についてしまい、その後ずっと苦しんできました。最近になって、フォアハンドが苦手なんです~、というと、「フォアハンドのほうがバックハンドよりいろいろ振れる分、難しいんです」と慰めてくれる方もいるけれど、私のレベルはそんなモンじゃない。ほんと、初心者以下にへたくそ。話にならない。何度新しい右手が欲しいと思ったことか。悪い癖を一掃し、新しい右手に新しい打ち方を教えたい!

そして思い立ったのが、この右手のままで(当たり前ですね)両手フォアに挑戦するということ。で、これまでにも何度か試してみたけれど、片手フォアよりもフットワークがきつくなるということもあって、片手にしたり両手にしたりと中途半端にしか取り入れることが出来なかった。コーチには「両手にするなら全部のショットを両手にしなければ」と言われ、なんとなく両手は邪道なんだと思い、後ろめたい気持ちになったこともある。本当は片手にしたいのだけれどうまく出来ないから両手にしている、という、後ろ向きな気持ちもあったかな。

でも、あるとき、ゴルフ中継を見ていて思った。ゴルフだって両手じゃん。両手のほうが安定するに決まっているじゃん。両手のほうが強く打てるに決まっているじゃん、と。 そしてプロテニスプレイヤーの森田あゆみさんの動画を何度も何度も見て決心した。これからは絶対フォアハンドは両手にするぞ。 両手でどこまでいけるかがんばってみるぞ。ブログにも書いて決心を硬くするぞ、と。


そして、先日はじめて両手フォアを練習してみた。まだまだフォームが安定せず、何度か思いっきりネットに引っ掛けたけれど、少しは「攻めのテニス」が出来るようになって、久しぶりにちょっぴり試合が楽しく感じた。今までいやでいやで仕方のなかった試合だけれど、両手フォアでもう少しは楽しめるかも。がんばるぞ。ただ、予想通りフットワークがきつく、この暑さもあって途中倒れそうになりました。それに、グリップは森田さんの真似(右手が上で左手が下)はできず、したがって両手だからといってそんなに強くは打てないのかも。私の場合、バックハンドにすぐ移行できるように、右手が下で左手が上になるグリップです。でも、面がすぐ上に向いてしまう悪い癖は少しは改善されたかな。この歳だから、あとどのくらい上達できるかはわからないけれど、現状を楽しむだけではなく、もうしばらくの間、上を向いてテニスをがんばってみたいなあと思う。


さて、最近読んだ本。これは以前読んで大好きで、たまたま本箱で見つけて、また読んでしまった。他にも読まなきゃいけない本がたくさんあるのにね~。
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この本は思い出の本でもあるなあ。結婚後子育て中は全く本を読まず、久々に読書を再開したときに出会った作家が宮部みゆきと東野圭吾。そして、自分には関西の血が流れていると強く思い出させてくれたのがこの本なのですから。はじめて読んだときは、もうひたすら、受けた受けた~。あった、あった、こんなこと~、と懐かしく思い出すことばかりで、何度か笑いのつぼにはまってしまった。2歳違うだけなので、私がおぼろげにしか覚えていないことを、東野さんははっきりと覚えていて、男の子の目でしっかり体験しているのでした。ウルトラQに始まるウルトラシリーズのすばらしさ。映画館で観たゴジラ映画。大学時代のインベーダーゲーム、毎週実験&レポートに苦しめられていた、理系の同級生たち。関西で過ごした青春時代は愉快だったなあ、と思う。当時は自分が関西人だとか、関西には面白い人が多いとか意識したことがなかった。自分の周りの世界がすべてだったし、みんなこんな言葉(関西弁)をしゃべっていると思っていたし、子どものころは電車はすべて青かオレンジのツートンカラー(阪神電車)だと思っていた。東京に来て10年ほどたってからこの本を読んだからこそ感動が大きかったのだと思う。まだこの本を読んだことのない、関西出身で東野さんと同年代だと思われる方は是非読んでみてくださいね。

この本で思い出したのだけれど、子どものころ、10を数えるのに「ぼんさんがへをこいだ」と言っていましたよね。よくもこんな下品な言葉を口に出していたもんだ。。。我が家の子どもたちに小さい頃10を数えるのになんて言っていた?と聞いたら、何もないとのこと。関東の子どもは小さいころから「いち、に、さん、し・・・・・」だったのでしょうか。

youtubeあった! 怖くて怖くて、でも見たくて見たくてしょうがなかったウルトラQオープニング。巨大な怪獣に対して人間が戦うのが怖かった~。

by oakpark | 2010-08-05 14:59 | テニス! | Comments(0)