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映画「P,S, アイ・ラブ・ユー」(2007)   

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リチャード・ラブラヴェネーズ監督 ヒラリー・スワンク ジェラルド・バトラー

映画好き主婦仲間二人と一緒に映画館で観て来ました。
そのうちの一人とは以前に「オペラ座の怪人」を一緒に観にいき、彼女があごの割れた男が好み♪と、怪人役のジェラルド・バトラーのことをいたく気に入っていた様子だったので、今回誘ってみました。見終わったあとに、あごの割れが薄くなっていた、、とちょっとがっかりしていた様子。

さて、映画のほうですが、まあ、程よく気持ちよい映画でしたよ。私の印象としては、大人の女性が映画で見たいと思う要素をふんだんにちりばめて、美しく体裁を整えた映画、というかんじです(決してけなしているわけではありません)。 純愛、新しい恋、楽しい友人、母との愛情、確執、ファッション、すばらしい景色、いい男、そして、いい音楽。そんなのありえない~、と思いつつも、くすっと笑ったり、じんわりしたり、涙を流したりできる映画です。日常生活から離れ、美しい映像の世界に浸り、程よく感情を揺さぶられ、心地よい疲れを感じさせてくれる映画です。 でも、1週間後には忘れているかも?

私としては、ヒロイン役がヒラリー・スワンクというのが、ちょっと意外というか、新しい感覚でした。少し前に観た「ミリオン・ダラー・ベイビー」での痛々しい女ボクサーや、「ブラック・ダリア」での悪女の印象が強かったので、可憐な恋する乙女という役どころに意表をつかれました。でも、これを、若くて可愛らしい人が演じると逆に陳腐になってしまうのかもしれませんね。そして、なんといっても、次々出てくるファッションがとっても素敵でした。ヒラリー・スワンクは細くてスタイルがよい。それにグラマーでもある。胸を強調したお洋服も多かったなあ。似合うってうらやましい~。

ヒラリー・スワンクの夫役に、あごの割れたジェラルド・バトラー。歌好きのアイルランド男、という設定だからか、劇中素敵な音楽がたくさん流れました。特にですね~、私としてはですね~、映画が始まっての一曲目、バトラーがふざけてストリップまがいのことをするシーンでですね~、エルヴィスの曲が使われていたのがうれしかったですね~~~。歌っていたのはエルヴィスではなかったけれど、かっこいい曲なので、今までにもいろんな人がカバーしているみたい♪ いや、ほんまかっこいい♪ 曲名は「トラブル」、これですよ~。で、話がちょこっとそれますが、この曲の最初の部分、「たたーたたん」のリズムの繰り返しですが、これにとっても似ていると思いませんか?ボー・ディドリーの「I'm a Man」  この渋い曲をなぜ私が知ったかというと、リヴァー・フェニックス主演の映画「ジミー」のオープニングに使われていたからなのです~。で、エルヴィスのファンになってから、ボー・ディドリーという人が歌っていると知り、さらにこのボー・ディドリーという人が、ロック史上とても重要な黒人歌手であることも知りました。好きな人からいろんな知識が広がっておもしろいです。

それから、この映画の監督は、「マジソン郡の橋」や「モンタナの風に吹かれて」などの脚本を書いた人なのですね。甘い恋愛映画がお得意な人なのでしょうね~。

また、ヒラリー・スワンクに思いを寄せる男性役で、ハリー・コニック・Jr という人が出ていいましたが、この人はピアニストであり、歌手なのですね。私の大好きな映画「恋人たちの予感」では、何曲か曲も書いているみたいです。こんな曲もあったのかな。昔に観た映画なので忘れていますが。「It Had to be You」甘い素敵な声です。調べてみると、フランク・シナトラの歌い方に似ているといわれているらしい。

物語のあらすじは、公開中の映画につき、今回は省きますね~。
もちろん、「心温まる愛」の映画です。手紙が重要な要素として出てきます。そうですね~、私は、一昔前の「ゴースト」を思い出しました。天に召された人が、地上に生きている愛する人を守り、励まし、成長の手助けをする、というところなんてね。

アイルランドの雄大な景色のすばらしさは劇場ならでは、でした!

by oakpark | 2008-10-30 01:28 | 映画 | Comments(10)

映画「質屋」(Pawnbroker , 1964)   

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シドニー・ルメット監督 ロッド・スタイガー、ジェラルディン・フィッツジェラルド

渋谷のTSUTAYAでレンタルしてきてみました。ビデオテープでした。
なぜ、この映画を選んだかというと、例によって、エルヴィス関連です。エルヴィスの側近だったジェリー・シリングが書いた本、'Me And A Guy Named Elvis 'のなかに、エルヴィスのお気に入りの映画として紹介されていたからです。そのことは以前にも書きました。こちら。これで、「アラビアのロレンス」「アラバマ物語」「博士の異常な愛情」とあわせて、ジェリーの本に紹介されていたエルヴィスお気に入りの映画をすべて観たことになります。やったあ!まあ、「アラビア~」は35年ほど前、中学生の頃に見たきりですが。。。。

それにしても、この「質屋」という映画、暗くて重くて地味な映画でしたわ~。最近昼間が忙しく、夜、しかも家族が寝てからしか映画を見ることができないのですが、なんと三晩に分けてみました。。気づくと意識がなくなっているのですもの~。こんな映画の見方、邪道中の邪道ですよね、きっと。

アメリカの治安の悪そうな地域で質屋を営む初老の男性(ロッド・スタイガー)がいる。彼のところには、金に困った人たちがさまざまな質草を手にやってくる。少しでも多くの金を借りるため、涙ながらに自分の窮状を訴えたり、見栄を張ったり、いろいろ手を尽くそうとする客たち。しかし、無表情で無愛想なこの店主は、事務的な応対しかしようとしない。何か、人間らしい心を失ってしまっているようだ。徐々に明らかにされる店主の過去。どうやら、アウシュビッツの収容所経験者で、そこで妻と息子を失っているようだ。このあたり、過去の出来事をフラッシュバックの手法で、視聴者に見せます。白黒映画でこういう手法を使っている映画を初めて見ました。フラッシュバックという手法は、回数が多すぎるといらいらしますが、これによって、独特の緊張感を画面にかもし出していく効果があります。店には、母親思いで、純粋で、一途に店主を崇拝し、仕事を覚えようとしている店員が一人います。一生懸命その熱意を示そうとするのですが、それに対しても店主は無反応。店主に心惹かれる女性も現れますが、それにも無反応。そんなとき、病に伏していた店主の義理の父が亡くなります。電話で知らせてきた義理の妹に対しては冷たい応対をする店主ですが、これを機会に少しずつ彼の心境が変わっていくのです。しかし、この変化を不審に思った店員が店主を問い詰めますがやはり無反応。どうやっても自分の存在を店主にアピールできないと感じた店員は、ついに街のワルの手を借りてある行動に出ようとします。。。。。

と、あらすじを書きましたが、実は私、よくわかりませんでした、この映画。アカデミー賞もとっている有名な映画のようなのですが、エンディングもわかりにくい。人の「死」は人を変える、ということを感じました。「死」によって気づかされることがある。それほど人の命は重い。もっと深い意味があるのでしょうが、あまり良くわかりませんでした。。。それにしても、昔はこういう映画見に、劇場に足を運ぶ人がたくさんいたというのが驚きです。そういう人たちは、この映画を観てどう感じたのかなあ。そしてエルヴィスも。

あと、ロッド・スタイガーの演技がすごかったです。無愛想で冷たそうにしていたシーンが長かったので、顔をくしゃ~っとして泣くシーンでは驚きました。まったく別人のように見えてしまったので。そういえば、この俳優さん、シドニー・ポアティエ主演の「夜の大走査線」で、プライドの高いがうだつのあがらない、南部の田舎町の警官の役をやっていた俳優さんでした。これまた別人に見えます。きっと、力のある俳優さんなんだろうな。

ほかには、この映画の字幕で「質草」(pawn)なんて言葉を知ったぞ~。
普段の私の行動範囲内では、pawnbroker は見かけませんね。今でもあるんでしょうね。
それから、シドニー・ルメット監督は、リヴァー・フェニックスの中期代表作「旅立ちのとき」の監督です。(ちなみに初期は「スダンド・バイ・ミー」、後期は「マイ・プライベート・アイダホ」かな)

by oakpark | 2008-10-29 01:09 | 映画 | Comments(4)

本「容疑者Xの献身」   

ひさびさに東野圭吾作品を読みました。ひさびさによかったあ~。
前回読んだ東野作品は「百夜行」、その前は「手紙」。 世間的にはかなり話題になっていたけれど、私としては、ちょっと真面目すぎるというか刺激が強すぎるというか、私が好きな東野圭吾からは少しずれていつ感じだったのですよね。

東野圭吾は、最近かなり話題になっていますが、私は、話題になる前から愛読していたぞ、というひそかな自負があるのです~。 (全然たいしたことのない)私とミステリー本との歴史(?)はこちら
10年ほど前、初めて東野作品を手にとった私は、すぐにファンになりました。残念なことに最初に読んだ作品のタイトルを忘れてしまいました。登場人物の魅力もさることながら、関西人特有の軽妙な筆致がわたしのつぼにはまりました~。大阪の大学の理系出身の作者が、どの作品だったか忘れましたが、「理系には真性理系と似非理系があって、自分は似非」と書いていたのがなぜか印象に残っています。たしかにな~。私の出身大学の図書館でも、いつもノートを写させてもらっている人と写させてあげている人がいたような気がするな~。理系の人は毎週の実験とレポートで大変そうだった。ふっと学生時代を思い出し、懐かしく感じたのもあったと思う。

そんなわけで、最近の東野ブームは、やはり、というかんじなのですよ。(軽い自慢?)
でも、私の勝手な好みで言わせてもらうと、最近の気合の入った重い感じの作品より、初期のころの学校などを舞台にした軽い感じのもののほうが好きです。なぜかというと、私の勝手な思い込みですが、そのほうが東野圭吾らしいと思うからです。 でも、軽い学園物だけでは、書くほうとしては物足りないのでしょうね。やはり、歴史に残るような作品を書きたいと思ってらっしゃることでしょう。そういえば、ミステリーというのは文学作品には、絶対なり得ないのでしょうかね。

今回読んだ、「容疑者Xの献身」は、ひさびさに私に合いました(えらそーですが)。登場人物全員に少しずつ感情移入できました。そこがよい。 映画がでは、少しキャストが違うみたいですね。まあ、見ないとは思うけれど、見た人の感想を読んでみたいです。
うちの本棚にあった東野圭吾作品。ほかにもあったような気がするのですが。。。
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by oakpark | 2008-10-24 22:36 | | Comments(0)

映画「ガラスの中の少女」(1960)   

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たまたまテレビをつけたら、ちょうど若き吉永小百合のアップが映っているところで、あまりのかわいらしさにチャンネルを変えることができず、そのまま最後まで見てしまった。前半部分を見られなくて残念。いつか再放送してほしいな。

それにしても、吉永小百合がなんと、かわいいいことよ。
私は目元と口元が好き。あまりパッチリしすぎていなくて、ちょっとつりあがった感じでもあるけれど、やわらかく、ぷっくりとしたかんじで、すごく魅力的。これは、どんな美形の欧米人にも負けない、アジア人の美しさだと思った。また、口元がほんと、愛らしい。きりっと奥に引っ込んでいて、笑ったら口角が上がり、美しい形。前から見ても横から見ても完璧。

ボレロタイプのような制服姿がシンプルでよかった。彼女はセーラー服より、こういうシンプルなほうが、お顔の美しさが引き立つように思う。セーラー服は誰でも似合うもんね。きゅっと小さく結んだポニーテールがかわいい。ラストシーンに着ている、白い大きな襟のついた、チェックのジャンパースカートもかわいかったな。

相手役は浜田光夫。こういう顔の人だったんだ。吉永小百合の相手役ということで名前はよく聞くけれど、見たことはなかったのです。取り立てて男前というわけでもない。しいて言えば、目元がきりっと魅力的かも? でもなぜこの人が何度も吉永小百合の相手役をつとめたのかわからない。きっと、男前過ぎないところがいいんだろうな。 純粋そうな、まっすぐそうな、ところがいいんだろうな。男前過ぎると、なんというか、クールというか冷たいというか、ひねているというか、そんな雰囲気までかもし出してしまうもんな(アラン・ドロンみたいに)。

いや~、なんども「かわいい!」「かわいい!」とつぶやきながら見てしまいましたよ~。
当時の日本の貧乏具合にも驚かされます。1960年(私の生まれた年だ)当時の庶民の生活はこんなんな具合だったのでしょうね。うちもかなり貧しかったらしいから。母がジャガイモをひとつだけ買いに行ったりしてえらかった、と父が言っていたことがある。

前半部分を見ていないのですが、大体のストーリーは、中学が同じだった靖代(吉永小百合)と陽一(浜田光夫)は、何かがきっかけで(ここんとこ見たかったなあ)、再会し、お互い忘れられない存在となる。ところが、靖代の父は厳格な大学教授で、結婚まで純潔を守ることが良家の子女のあるべき姿と靖代に説く。実はこの父は継父で靖代を、形の上で(つまり純潔うんぬん?)立派に育てることが親のつとめだと思っていたのだ。靖代のことをわかっていてくれそうな母親でさえ、「女は一人では生きていけないのよ」と言い、靖代の実父の元上司であった、現在の夫の考えに倣い、体裁を重んじる人だった。一方、陽一の家では飲んだくれで働かない父のせいで苦しい生活を母のわずかな稼ぎで支えていた。陽一も高校に通えなくなり、町工場で辛い労働に終われる毎日。 靖代と陽一は、お互いの環境を考え、結ばれないと知りながら、惹かれあう。親の目、親方の目を盗み逢引をする二人。このときの会話がいいなあ。 なんだか、明るくて、表面的な会話。「陽一君、仕事楽しい?」なんて、わかりきったような質問をする靖代。深刻な状況なのに、二人でいるときは別世界。 当たり障りのない会話が楽しそう。

二人で湖に行き、ボートに乗って沖合いに行き、薬を飲んで心中するシーンも、とっても明るいの。「陽一君、薬飲む?」「僕はいつでも飲むよ」「別々に死んで、一緒に死んでも心中っていうのかしら?」「言わないんじゃないかな」「そうよね、私、勘違いしちゃった、あははははは~」
この小百合の笑顔が屈託なくて、ほんとかわいいの。15歳の吉永小百合、演技力も確かなものですね。

ところで、この「別々に死んで~」というのは「肉体的に結ばれないで」ということなのかなあ。
よくわかりませんでした。もしそうなら、当時の15歳ってませていたんだなあ、と思います。

それと、吉永小百合のお母さん役の轟夕紀子という女優さんが、ちょっと気になりました。
目元がかわいいのですよ。若い頃、さぞかしきれいだったのではないかと思ったのです。ネットで調べましたがわかりませんでした。どこで調べたらいいかしら~。

by oakpark | 2008-10-20 19:43 | 映画 | Comments(15)

エルヴィス特集!④ エルヴィスでお勉強 《語彙編》   

このシリーズ、前回が最終回と書きましたが、もう一回いきます~。
今回は語彙編です。エルヴィスファンになって知った言葉のことを書きます。恥をさらすことになるとは思いますが、笑ってやってください~。

まず一つ目・・・これはほんと驚きだったのです。でも多くの人が知っていることなのですよね。とくに大学で英文科だった(専攻は言語学ですが)私は、絶対知っておくべきことだったのです、ハイ。恥ずかしいです、ハイ。でも、書いちゃいます。

「カムバック・スペシャル」と呼ばれている、エルヴィスの1968年のパフォーマンスが収められたDVDのなかに、エルヴィスが黒のレザースーツに身を包み、1956年のヒット曲「冷たくしないで」を歌う前に、ふざけてスタンドマイクを持って観客のほうに投げるふりをしている場面が収められています。そのときにエルヴィスが叫んでいる言葉が「モービー・ディック!」  これを初めて聞いたとき、音の響きから、たとえば当時のテレビ人気テレビ番組のキャラクターの名前か何かと思ってしまったのです。ピンク・パンサーみたいな。 ずっと、なんだろうな~と、思ってはいたのですが、ファンになって一年後くらいに偶然知りました。なんと、なんと、アメリカ文学界の巨匠ハーマン・メルヴィルの代表作「白鯨」の原題だったのです。物語中に出てくる巨大な鯨の名前が「モービー・ディック」(Moby Dick)です。 きっとエルヴィスはスタンドマイクをもりに見立ててエイハブ船長を演じたのでしょうね。メルヴィルの名前も「白鯨」という本があるのも知っていましたが、原題は知らなかったなあ~。本も読んでいないし。大学生のとき、同じ海洋文学の作家、ジョゼフ・コンラッドの授業を受けていた記憶がありますが、内容は全く覚えていない。海が出てきたことくらいしか。。。これを知った後で本屋で「白鯨」を手に取ったのですが難しそうでやめました。グレゴリー・ペック主演の映画のほうをいつか観ようと思っています。 それにしてもショックだったのが、家族にこのことを言うと、私以外の全員が知っていたこと。特に子供たちは「サイボーグクロちゃん」とかいう漫画に出てきたとかで、名前は知っていたのよ。まあ、メルヴィルとか文学作品のこととかは知らないだろうけれど。それから、その後、いろんな方に教えてもらったことは、「白鯨」に出てくる一等航海士が「スターバックス」という名前で、かのコーヒー店はここから名前をもらったとか。また、Moby Dick の Dick は あれをあらわしてもいるんじゃなかろうか、とか。いろいろ深いですね~、メルヴィルの「白鯨」は。 アメリカ人なら誰でも知っている物語なのでしょうね。その存在感は、日本でいうとなににあたるのでしょうね、夏目漱石の「我輩は猫である」とかかなあ。

二つ目・・・これはエルヴィスファンのお友達から教えていただき、へ~、へ~、と思ったこと。でも、これも英文科卒の私は知っておくべきことだったのかも。でも、知るのに遅すぎることはない。人生のこの時点で知ることができたよかった、です。 わたしは、そのCDを持っていないのですが、エルヴィスの1970年のラスベガスでのショーを収めたCDの中にこういうのがあるそうです。ステージで「ワンダー・オブ・ユー」を歌おうとしているエルヴィスが、バンドがまだ準備ができていないのを見て、Let me recite something.(何か、暗唱でもしようか)、そして、こう言いはじめたのです。'Four score・・・・・・・' ここでやめてしまったエルヴィス。バカらしく思えたのか、それとも、そのあとを言う自信がなくなったのか、どちらかでしょうね。さて、これは何かわかりますか? 私は知りませんでした。でも、アメリカ人なら、ちゃんと教育を受けた人なら、知っているはずの有名な演説の冒頭の部分なのです。答えは、アメリカの第16代大統領である、エイブラハム・リンカーンが南北戦争の激戦地だったゲティスバーグで、1963年に行った演説の冒頭の部分なのです。かの有名な「人民の、人民による、人民のための政府」の文言が含まれている演説です。この冒頭の部分はこうです。
'Four score and seven years ago, our fathers brought forth on this continent,a new nation,conceived inLiberty,and dedicated to the proposition that all men are created equal.(87年前、われわれの先祖はこの新しい大陸に、新しい国を創った。それは自由という理念により打ち立てられた国家であり、すべての人間が平等であるという命題に捧げられた国家であった) 
へ~~、です。なぜ、この場面で、エルヴィスがこの言葉を? わかりません。でも、何か言いたいと思ったときにこれが思いついたのでしょうね。日本でいうと「祇園精舎の鐘の声・・」みたいな感じかなあ~。さてわたし、冒頭の four score が気になりましたよ。皆さんも気になったと思います。four score and seven でなぜ87になるのか。辞書を引きましたよ~。score といのは20を意味すると、このとき知りました。そして、この単語は単複同形です。だから、four scores とはならないのです。へ~、でしょ。ただ、なぜ、eighty-seven years と言わずにこんなややこしい言い方をするのかなぞです。どうやら、聖書の中の表現のよう。今度アメリカ人に聞いてみようっと。みなさんもお近くのアメリカ人にこのリンカーンの演説を暗唱できるかどうか聞いてみてはどうでしょう。その人の教養のほどがわかるかも?
そういえば、映画「白鯨」でエイハブ船長を演じたグレゴリー・ペックは1000冊以上の蔵書を持つリンカーンの研究家なんだそうです。

最後に・・・これは勉強になったというわけではないのですが、知らなかったことがわかったのでここに報告します(笑)。 エルヴィスのライブDVDで一番有名なもの、レンタルショップにおいてあるとすればこれだろう、というのが1970年のラスベガスのショーをリハーサルも含めて映画にして劇場公開された「エルヴィス・オン・ステージ」だと思いますが、この中に、あるファンがエルヴィスの似顔絵を描いたものをステージのエルヴィスに私に行くシーンがあります。そのときにエルヴィスがこう言うのです。「僕の絵を描いてきてくれたの? フンパーティングみたいだなあ(笑)」 で、周りの観客もみんな笑っているのです。この「フンパーティング」ってなに?と思いました。またまた、これもアニメのキャラクターか何かと思いましたよ。1960年生まれの私は知りませんでした。これも知っておくべきだったのかもしれませんが。うちの家族は取り立てて音楽好きの家族でもなかったので、子供時代に洋楽なんて聞いていなかったもんな~。ハイ、この方は、エルヴィスと同時代に活躍したイケメンの歌手でございます。写真はこちら。かっこいいですね~。
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いや、エルヴィスは勉強になりますわ(笑)
では、このシリーズはこれにて終了します。次回から映画ブログに戻る予定です♪
リンカーンを暗唱してから歌った「ワンダー・オブ・ユー」を紹介します。「僕がうまくいかないとき、君は僕を励ましてくれる。力を与えてくれる。すばらしい君」と聞きようによっては、見ようによっては、ファンのために感謝をこめて歌っているようにもとれ、ファンの間で人気が高い曲です

by oakpark | 2008-10-18 21:25 | ELVIS | Comments(4)

エルヴィス特集!③ エルヴィスでお勉強?*発音編*   

さて、エルヴィス特集最終回は、私がエルヴィスファンになって「英語のお勉強になったなあ」とおもったことを紹介します♪

突然ですが、私が通った私立の中学校は英語教育にとても力を入れている学校でした。週5日しか授業がなかったのに、英語の授業は週に7時間ありましたし、授業はすべて英語。英語が母国語とする国の子供が自然と英語を習得するように、大量の英語に触れることで、自然と英語を身につけさせるという方針だったと思いますが、これは少々無理がありますよ。日常的には日本語オンパレードなんだから。辞書も文法書も見るなという先生の教えをしっかり守っていた私は、三単現の-s を理解するのに1年くらいかかりましたからね~。だって、日本語で説明してくれないんだもの。英語の例文を大量に読み、そこから規則性を見出せ、なんての無理ですよ~。だから、英語に関しては中学時代は完全に落ちこぼれていました。英語が好きになってきたのは、授業に日本語が入るようになった高校からです。ありがたや、日本語よ。
しかし、今思うとユニークな英語教育でした。中学で初めて英語を学ぶということで張り切っていたのに、中1の最初に教えられたのは発音と発音記号のみでした。1学期の間は普通のスペルは教えてもらえませんでしたね。今でも忘れませんが、夏休みの宿題は50個ほどの単語の発音記号とその単語があらわすものの絵をカードにかくというものでした。絵が苦手な私は苦労しました。LL教室での授業もありました。最初はおもしろかったな。ヘッドホンから聞こえる微妙な音の判別をするのです。たとえば[p]と [b] とか[s] と[z] とか。なかでも私がもっとも印象に残っているのが、[i] と[e]の判別なのです。日本語でいうと、「い」と「え」なので簡単にわかりそうなのに、これが難しいんです。なぜだろ~~とおもいましたもん。たとえば six とsex なんてぼんやりしていると間違えそうです。あとになってわかったことは、日本語と英語はまったく違う言語なので、[i] と[e] と、「い」と「え」は似て非なるものであるということ。つまり、全く違う音なんですよね。[i]という発音記号であらわされる音は日本語の「い」と「え」の間くらいの音ですかね。

で、ここで、やっとエルヴィス登場です。 ミシシッピ州のテュペロという町で生まれ、テネシー州のメンフィスで育ったエルヴィスは生粋の南部人なので、普段のしゃべり方は南部なまり丸出しです。特にまだほんの若い頃のライブの合間のしゃべりなんて、「何もごもごいってんの?」っていうくらい聞き取りにくい南部なまりなんです。でも!! 歌っているときの英語はとってもきれいなのですよ。きっとかなり自分で意識してなまりを矯正しているんじゃないかと思うのですよね、きれいに発音しようと。かなりクリアだし語尾(-t 、-d 、-s など)まできっちり発音していることが多いです。だから私のようにヒアリングが苦手な人も、結構聞き取りやすい英語なんです、歌っているときは。で、気づいたのが、その[i] の発音ですよ。やはり「い」と「え」の間くらいのかんじでやわらかく発音しています。エルヴィスの歌には ' in ' という語がよく出てくるような気がする。代表曲の「好きにならずにいられない」も I Can't Help Falling In Love だし。ちょっとこの曲を聴いてみてください。「アカプルコの海」という映画の挿入歌で、私のお気に入りの曲。 ♪You can't say no in Acapulco~~♪(アカプルコでは君はノーなんて言えないよ) で始まるロマンティックな曲です。'in'のやわらかい発音と、最初の'you' の発音の仕方に注目。 you という語も日本語の「ゆー」と違うんですよね。発音記号で書くと[ju:]なのですが、最初の[j] というのが大げさにいうと「いゆ」みたいなかんじです。それともうひとつ、'no' という語も「のー」ではないです。発音記号は[nou]なので「のう」なのですよね。最後が「う」の口で終わるかんじ。007シリーズの映画に「Dr.No」というのがありますが、日本語表記で「ドクター・ノオ」となっていますが、「ノー」ならまだいいけれど「ノオ」なんてね。ほんとうは「ドクター・ノウ」なんじゃないかと思っているのはわたしだけかなあ。

You Can't Say No In Acapulco


これもすごく好きな曲。こちらの 'in ' はもう少し強いかな。


というわけで、[i]の発音以外にも、エルヴィスの歌を聴いていて、へ~、こんな発音なんだと思ったことがあるのですよ。エルヴィスは勉強になるんです(笑)。

by oakpark | 2008-10-17 23:47 | ELVIS | Comments(6)

エルヴィス特集!② 懐かしいな、これ   

エルヴィス・プレスリーは1935年1月に生まれ1977年8月に亡くなっています。ということは、1960年9月生まれの私は、ちょうど17年間エルヴィスと時間を共有したことになります。1977年、高2の夏は何をしていたかというと、、、全然覚えていません。高1の夏は覚えているし(初めてアメリカに行った)、高3の夏も覚えている(受験勉強してた)のに、高2の夏は覚えていない。何をしていたんだろう~。

というわけで、エルヴィスのことをいろいろ調べていると、懐かしいなあ~と思うようなことが時々あるのです。子供の頃に見たような風景だなあ、とか。こんな人いたよなあ~とか。中でも、一番、お!と思ったのが、DVDにもなっている1970年のラスベガスのショーのリハーサルでエルヴィスが着ていた赤いシャツなんです。 これ。
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こういうちょうちん袖ブラウスってありましたよね!
小学生の頃、お出かけとかピアノの発表会といえば、ちょうちん袖のワンピースでした。半そででしたけれどね。私も大好きだったけれど、母が女性の美しさは首の長さとなで肩にありと信じて疑わない人だったので、いかり肩に見える普通のちょうちん袖はあまり着せてもらえませんでした。洋裁が得意だった母は、肩のギャザーを上ではなく外に張り出すように縫い直したりしていました。母にはよく「あんたは首が短くていかり肩だから・・・」と言われたものですが、今にしてみるとそれほどでもないように思うのです。でも自分では「私は首が短い」と信じていました。子供は母親の言葉を信じるので気をつけなくちゃね。そういえば漫画家の柴門ふみさんはお母様に「かわいい、かわいい」と言って育てられたので、ずっと自分は美人だと思い込んでおられたそうです。私にも娘が二人いますが、こと容姿に関しては良いところを言うようにしています。きれいな指しているね~とか、きれいな髪だね~とか。悪いところは言わないように気をつけています。女の子は自分の容姿のことを気にしていないようで実はとっても気にしていますからね。

話がそれましたが、で、ちょうちんブラウス。長袖バージョンをはじめて見たのは中学生の頃。友達のKが白の長袖ちょうちんブラスを学校に着てきたのです。しかも、ちょうちんが二つあるやつ。びっくりしました~。こんなデザインがあるんだ~と思いました。あ、私の学校は私服だったので、みんないろんな格好をしていたのですよ。で、そのKですが、国語の独身のI先生のことが好きだったのです。寒い頃で、Kは白のちょうちんブラウスの上から確かピンク(ベージュだったかも?)のカーディガンを着ていましたが、そのI先生の授業のときだけカーディガンを脱いで、自慢の(たぶん高かったのだろう)白のちょうちんブラウス一枚になるのですよ。先生に注目してもらおうと思って。私、彼女の斜め後ろのほうの席だったのですが、おかしくておかしくて。。。今でもそのときの授業風景が頭に浮かんできます。女子高だったので、独身の男性の先生は全員もてましたね~。古きよき時代だ。

エルヴィスのこの赤のブラウスを見たとき、あのKのブラウスだ!と思いましたよ。Kがちょうちんブラウスを着ていたのは1972年か1973年ごろですね。エルヴィスのは1970年。この頃はこういうデザインが流行っていたのでしょうかね~。エルヴィスは、ほんとうにおしゃれで、いつも凝った服装をしているので、見ていて楽しいのですよ。似合っている似合っていないは別にしてね(笑)。最近、テレビに出てくる歌手で、普段着みたいに汚い格好でニットの帽子をかぶったりしている人たちもいますが、私は、テレビに出てお客様に見てもらうからには、お金をかけてきれいな服を着てほしい!と思っている派です。

でね、エルヴィスはどうやら、こういうちょうちん袖とか、ギャザーものが好きだったようですね。
1956年9月のテュペロ凱旋公演での衣装。お母さんの手作りのベルベットのシャツです。ギャザーたっぷりですね。
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これもギャザーが入っているみたい。
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ちょうちん袖(0r ギャザーの入った袖)のお洋服ってここしばらく見かけなかったけれど、この1~2年、また出てきていますよね。ギャザー袖のトレンチコートとか、去年の冬に見ましたよ。こっそり試着してみたけれど似合わなかった。隣で試着していたおばさんも似合っていなかったなあ~。でも、買いそうな勢いだった。買ったのかな。 やはり、ちょうちん袖はおばさんには似合わないですね。

懐かしいもの、それは、ちょうちん袖ブラウスでした!

by oakpark | 2008-10-16 23:38 | ELVIS | Comments(14)

エルヴィス特集! HNと写真のなぞ?   

10月1日が「私がエルヴィスファンになった記念日」だと、先日の日記に書きましたが、3周年を迎えて、3回連続で「エルヴィス特集!」日記を書きたいと思います♪ まさに'Juneのひとりごと' つまらないのでとばしてね~。

さて、私の日記のトップにある夕日の写真ですが、これはどこで撮られたものかわかりますか?撮影者はわたしでございますよ~。大きな川の向こうに夕日が沈もうとしている写真。きれいに撮れたので気に入っています。この川は多摩川でも武庫川でも淀川でもございません。さて何川でしょう~?ヒントは「み」で始まりますよ~。 答えはこの日記の最後に。

そして、私の'June'というHNをどこからとったかも、ここで告白しようと思います。このブログの最初の日記に6月に始めたので、というようなことを書きましたが、それだけではないのです。実はこの名前エルヴィスの1956年夏の恋人、June Juanico (ジューン・ファニコ)さんからとらせていただきました。かの三島由紀夫も「もし生まれ変わったらエルヴィス・プレスリーになりたい」と言ったそうですが、だれもがうらやむほど成功し、女性にも(男性にも?)もてたエルヴィスには、結婚したプリシラを含め、付き合った女性は数え切れないほどいました。ほんとよくもそれだけ!と呆れるほどなのですよ。私のような凡人のとっては理解の範囲を超えています。その女性たちがエルヴィスの思い出を語ったDVDも売り出されているのですが、みんながみんな良い思い出を語っているところもこれまたすごいです。で、みんな美人よ~。

そんな、多くのガールフレンドの中で、もし私が、どれか一人だけを選んでその人になるというのが可能であるとすれば、私は、Juneさんを選びますね~。ジュニア・プロム(中学卒業パーティー)のパートナーををエルヴィスに務めてもらった、エルヴィス高校時代のガールフレンドのディキシー・ローズもいいし、エルヴィスブレイク後にステディになったアニタ・ウッドもいいけれど、やはり私はジューン・ファニコだなあ~。付き合った期間は短いけれどね。エルヴィスがちょうどブレイクしはじめているときで、でもまだ自由もあって、二人だけのデートも可能だった時期。ほんと、楽しそうなのですよ、この本を読むと。
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' Elvis in the twilight of memory’(「うす明かりの思い出の中でのエルヴィス」くらいかな)と題されたこの本はジューンさんが1997年に書いたものです。実録本というより、ジューンさんの40年前の思い出を素材にした恋愛小説といった風情です。なかなかうまく書けていると思います。会話が半分近くを占め、読みやすいといえば読みやすいのですが、本当にエルヴィスそんなこと言ったんかい!と突っ込みたくなる箇所が多々あるのですよね~。ジューンさん、あなたの創作でしょ、あるいは、妄想でしょ、40年前の会話をそんなに細かく覚えているんですか?なんてね。でも、もちろんとってもリアルな部分も多く、あ~こういうふうに二人は過ごしたのね~とほのぼのとした気分にさせてくれる、私のお気に入りの本でもあります。

では、二人はどんな風に出会い、そして別れたのでしょうか。かなり以前に読んだ本なのですが、もう一度ざっと読み直してみました。

二人がはじめて出会ったのは1955年の6月。ニューオーリンズから車で2時間ほど東に行っ海沿いの街、ビロクシに住む18歳のジューンがある日仕事から帰ってくると友達のグレンダが電話をかけてきて、今からエルヴィス・プレスリーとかいう超ホットな歌手のショーに行くから一緒に行こうと言います。ジューンは仕事で疲れていたけれど、友達の誘いなので仕方なく白いドレスと白いサンダルに着替えお迎えを待っていると、ラジオから今まさに名前を聞いたばかりの歌手、エルヴィス・プレスリーの「Blue Moon Of Kentucky」が流れてきた。バイブレーションをきかせた歌い方で年寄りみたい。どこがホットなのだろう、「エルヴィス・プレスリー」というのもへんな名前、とジューンは思う。会場に着き、ショーが始まり、エルヴィスが最初に歌ったのが「That's All Right」。ライブで聴く歌声はかっこいい。当時のエルヴィスは持ち歌が少なかったので、7~8曲歌って休憩し、ステージの横で休んでいた。友達のグレンダはエルヴィスとしゃべりたがっていたけれど、ジューンは興味なし。トイレに行って自分の席に戻ろうとしたときにふいに、エルヴィスに腕をつかまれる。「君、どこに行くの?まだ帰らないよね」「いいえ、席に戻るだけよ」「あと1時間くらいだから、このショーが終わったら、君に、ビロクシの街を案内してほしいんだけれど」

ありえますか~、こんなの! っていうか、エルヴィス積極的すぎ! 当然のことながら、あの子かわいいなあと、ステージの上から目をつけていたわけですよね。エルヴィス好みの小顔で美人のジューンを。そして二人はその晩、夜のデートを楽しみます。ジューンが家に帰ったのは明け方。エルヴィスはそのまま、仲間と一緒に次の公演地に向かいます。この頃のエルヴィスは年間200回近いライブ・コンサートをしていて、車で各地を忙しく回っていました。。あまり知られていませんが、エルヴィスにも下積み時代があったのです。

次に二人が会ったのは、約1年後の1956年5月です。ジューンの友達のマリーが休暇が取れたのでみんなでメンフィスまで行こうと誘ってきます。マリーはエルヴィスのファンで、もしかしたらエルヴィスに会えるかもしれないと思っていました。ジューンはフロリダに行きたかったけれど、車を出すのはマリーだし、仕方がないなと思います。総勢5人で、マリーが買った新車、フォード・フェアレインで出かけることになります。女の子でフォードなんてすごいね。こんなかんじ?
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ビール・ストリートのある店で、マリーはエルヴィスの住所を聞き出します。「教えてやってもいいけれど、エルヴィスはツアー中だよ」といわれますが、行ってみると、ちょうどエルヴィスがピンクのキャデラックを運転して両親とともに帰ってきたところでした。いとこの一人が急死し、お葬式に出席するために急遽戻ってきたのでした。ピンク・キャデラック、こんなかんじ?
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そして、ここから、エルヴィスとジューンの怒涛のような楽しいデートの日々が始まるのです。二人でバイクでミシシッピ川近くまで行ったり、遊園地に行ったり、エルヴィスの家でくつろいだり。そして、なんと、一緒に飛行機でヒューストンまで飛び、エルヴィスが買ったばかりの車、白のキャデラック・エルドラドをピックアップしに行ったりするのですよ~。もちろん、お泊りつきで。ひえ~~!会って2度目なのに、そこまで~~!!この一連のデートのときに、エルヴィスが歌う「Ole man river~」の力強い歌声を聴いて、ジューンが「オーソレミオ」みたいなオペラ風の歌をを歌ってみたら、と勧めたそうです(ほんとか!)実際エルヴィスはその約5年後に「オーソレミオ」を原曲にした「It's Now or Never」を歌っていますがね。また、「今夜はひとりかい」を歌ってみたらと勧めたのもこのジューンだとか(ほんとか!!)

6月に入りエルヴィスはTV番組「ミルトン・バーツ・ショー」収録のためロサンジェルスに行きます。私がファンになるきっかけとなった「ハウンド・ドッグ」のパフォーマンスをしたあの番組です。このあと、世間ではエルヴィス批判で騒然となるのです。きっと、エルヴィスはそのことにも心を痛め、疲れてしまったのでしょう。何日か後に突然ビロクシのジューンのうちにやってきます。そろそろ世間も二人は怪しいと騒ぎ始めるのですが、いい隠れ家を見つけ、出たり入ったりしながらも1ヵ月半ほどビロクシでの休日を楽しみます。ジューンのお母さんのボーイフレンドが所有していたヨットで釣りをしたり、水上スキーを楽しんだり、射撃をしたり、メンフィスから両親を呼び寄せたり。きっと、この頃が一番楽しかった頃ではないかなあと思うのですよね。有名になりつつあるけれど、まだ普通のデートもできるわけですから。そしてお金のことは心配しなくていいくらいリッチになっていますしね。ジューンいわく、このときにエルヴィスにプロポーズされたそうです。「君以外の女性は考えられない。でもマネージャーの方針で3年間は結婚できないんだ」(ほんとかあ~~)

8月はエルヴィスはフロリダでのツアー。ジューンも同行します。そして、8月16日にエルヴィスはハリウッドに行き、初めての映画「ラブ・ミー・テンダー」の撮影に入ります。ジューンは同行しませんが、3~4日おきに電話が入ります。「うん、調子いいよ。やっとデボラ・パジェットに会えたよ。彼女はすごい美人だよ」「あら、じゃあ電話切るわ」「切らないで。君のほうが目も大きいし、笑顔も素敵だ」なんてね~~~。この映画でエルヴィスは、劇中で歌わなくてもいいこと、俳優として勝負できることを喜んでいましたが、途中から何曲か歌うことになりとてもがっかりしたそうです。「ラブ・ミー・テンダーは、いい曲なんだけれど、ほかの曲がくそみたいなんだ」とジューンに愚痴をこぼしていたとか。

そして、その後、徐々に、エルヴィスとジューンの間に亀裂が入り始めます。
9月9日に、ロスで「エド・サリバン・ショー」の収録。当時権威のあったこのショーにエルヴィスは3回出演することになるのですが、この日が1回目です。このときエルヴィスはナタリー・ウッドに会っています。9月26日、生まれ故郷のチュペロでの凱旋公演。このときは、写真にも残っていますが、高校時代の恋人、バーバラ・ハーンに会っています。この人も映画俳優かと思うほど美人。10月19日、待ちくたびれたジューンがメンフィスにやってきます。10月28日ニューヨークにて2回目の「エド・サリバン・ショー」収録。ジューンは同行しません。メンフィスに戻ったあと、10月31日にナタリー・ウッドがメンフィスに遊びに来ます。ナタリーをハーレー・ダビッドソンの後ろに乗っけて公園まで行ったりします。なぜこんなにこと細かに日付までわかるかというと、こんな本があるからなんですよ~。エルヴィスのたどった足取りを克明に記録した本、'Elvis Day by Day' 日付などJuneさんの本と若干食い違っている箇所もあります。
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12月4日にはデビューしたスタジオである、サン・スタジオにラス・ベガスで知り合ったショーガールを連れて立ち寄ります。クリスマスは別のショー・ガールと過ごします。本当はこのときクリスマスを一緒に過ごそうと、ジューンを誘ったのですが断られたのです。で、代わりにショーガールを呼んだのでしょうね。まあ、エルヴィスは、片時も女性がそばにいてくれないと落ち着かないたちなのでしょうな~~(いやほんま)。

そして、決定的な別れが。
もう、これ以上待つことはできないと決断したジューンは、新しい男性とデートを初め、ついに結婚を決意します。お~い、エルヴィスに3年待ってといわれたんじゃなかったの~?それにまだ19歳なのに、なにをそんなにあせるの~~?(私のつぶやき) そんな時エルヴィスから連絡が来ます。「ハリウッドからメンフィスに戻るのにニューオーリンズで、電車の乗換えをするので、ニューオーリンズまで来て。君にプレゼントしたいものがあるんだ」
ジューンは車で2時間の道のりをニューオーリンズまで行き、婚約していることをエルヴィスに告げます。エルヴィスは信じられないという顔をして、電車に乗り込みます。手を振るエルヴィスがどんどん小さくなる。それを涙ながらに見つめるジューン。あ~。

その後二人は二度会話をします。1度目は1963年のこと。ジューンがママさんボーリングの選手になり、大会に出場するためメンフィスを訪れたときに、ちょうどメンフィスに滞在中のエルヴィスに会いに行きます。映画館で女性と二人で座っているエルヴィスに後ろから近づき、肩をたたく。振り向いたエルヴィスは驚いて、「やあ、ジューンじゃないか。どうしてここにいるの?子どもは何人できたの?」と尋ねるのです。エルヴィスの肩をたたくなんて付き合ったことのある人しかできないかもね。もう一度は、1969年のこと、ジューンはラスベガスまでエルヴィスのショーを見に行き、その後、電話でエルヴィスとしゃべります。このときのショーの一曲めは「CC.Rider 」。1969年のショーを見たなんてうらやましいぞ。そして1977年8月、エルヴィスに出会った頃の自分にそっくりに成長した娘を連れて9月にビロクシで行われるエルヴィスのショーを見に行こうと楽しみに思っていたときに、エルヴィスの訃報とラジオから流れるエルヴィス最後の熱唱「Unchained Melody」を聞きます。 この曲は二人がデートをしていたころにエルヴィスがジューンに歌って聞かせてくれた曲。ジューンにとってはエルヴィスがレコードを出すたびにこの曲が入っていないかと確かめたほどお気に入りの曲をこんな形で聞くことになるとは、なんと哀しいことでしょうか。

エルヴィスの代表作ともいえる曲を自分が見出していたと主張するあたりは眉唾ものですが、エルヴィスとジューンではなく、一人の21歳の若者と18歳の少女の恋物語として読んでもとても楽しく、そして哀しい本なのではないかと思います。21歳と、18歳かあ。恋をしていましたか?そのころ。

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エルヴィスがジューンにプロポーズしたとき(ほんとうか?)に歌ってくれたという 「Is It So Strange」はこちらです。

で、最初の質問、写真の川ですが、もう皆さんわかりましたね。ミシシッピ川ですよ~。
地図で見てもわかるように、メンフィスはミシシッピ川の東側にある町なので、川を挟んで西のほうにきれいな夕日を見ることができます。私ができたら代わってみたかった(と言っても親も変わらないと無理。うちは厳しかったからな~)ジューンさんと、エルヴィスが二人で眺めたのではないかと思い、トップの写真に選びましたが、調べてみるとどうやら夕刻には川べりには行っていないみたい。夜か昼間ですね。まあ、きっと、エルヴィスは別の彼女とこの夕日を見たことでしょう。

それと、わたし、このジューンさんに偶然会ったのです。エルヴィスウイークのゲストとして来られていたところをたまたま通りがかりました。もちろん、サインをいただきました。18歳のジューンさんは日焼けして健康的で楽しい娘さんだったようですが、70歳近いジューンさんも笑顔のとても素敵な美しい方でした。 DVDに出演時の映像です。
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by oakpark | 2008-10-15 23:48 | ELVIS | Comments(6)

映画「チャイナ・タウン」「ミリオン・ダラー・ベイビー」   

●「チャイナ・タウン」 (Chinatown,1974)
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ロマン・ポランスキー監督  ジャック・ニコルソン  フェイ・ダナウェイ  ジョン・ヒューストン

せっせと映画DVDをを観ています。
近所のレンタルショップが半額の時には必ず出かけ、新旧とり混ぜて5本くらい借りてきます。選ぶ基準はさまざまです。以前にどこかで映画評を読んで気になっていたもの。お友達から薦められたもの。タイトルに惹かれたもの。ジャケット写真に惹かれたもの、などなど。

さて今回の「チャイナタウン」は、かな~~り昔、私が20代だった頃に話題になっていたような気がして、気になっていました(でも1974年ということで10代だった)。ただ、主演が苦手なジャック・ニコルソンということもあって、今まで何度もパスしていました。いえね、ジャック・ニコルソンは嫌いじゃないんですよ。実際、彼が出演の映画も結構観ていますしね。でも、なんだか、彼出演の映画は「怖い」「重い」様な気がしてね。気乗りがしない日が多かったのですよ。最近の作品では「最高の人生の見つけ方」や「恋愛適齢期」などを観ていますが、いまひとつ感情移入できないのですよね~。なぜだろ。隙がなさ過ぎるような気がするのかな。彼はむしろ脇役のほうがいいような気もするのですよ。怖い上官とか、ぴったりですよね。『ア・フュー・グッドメン』はよかったです。

というような、複雑な(?)思いで選んだ映画だったのですが、ここでのジャック・ニコルソンは思いのほかかっこよかったんです。暗い過去を引きずっている私立探偵の役。過去の失敗を忘れようと、冷徹に仕事に没頭しようとするのだけれど、妖艶な雰囲気を持つ、依頼者である人妻に心が揺れる。そのあたりの感情の動きが、ニコルソンの抑えた演技からにじみ出てきて、いい雰囲気でしたわ~。 ニコルソンは、ゆったりしゃべりますよね。タバコをくわえながら、ゆったりと、意味深に。この頃(37歳くらいかな)も怖い顔は怖い顔なんですが、ふとした表情が、少年っぽくもあり、こんな魅力もあったのね~、と思いましたよ。 だって、こんな時代もあったのですから。「チャイナ・タウン」の写真じゃないけれど。
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特に依頼者の人妻(フェイ・ダナウェイ)ベッドをともにしたあとの表情なんて、なかなか魅力的でした。あろうことか、リヴァー・フェニックスに似ているかも、と思ってしまったのですよ。じゃあ、リヴァーは生きていたら、ジャック・ニコルソンみたいになったのか~、と思ってしまい、え==!と心の中でひとり突っ込みをして、(ショックを受けて)いました。フェイ・ダナウェイは『俺たちに明日はない』のときとはまた雰囲気が違って、妖しい雰囲気をかもし出していましたね。なんといっても、あの頬骨が妖しい。
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わたし、30年代ファッションを見るの好きなんですよね~。自分ではまねしようとは思わないけれど、あの不思議感がいいです。あんな不思議なファッション、あとにも先にもないですよね。頭を帽子などで小さく見せ、ドレスはぴたっと体にフィットしたストンとしたシルエット。ジャラジャラと長いネックレスをぶら下げて、細い眉に濃いお化粧でくわえタバコなんてね~。退廃的な雰囲気ですよね。30年代ファッションといえば『華麗なるギャツビー』を思い出します。J・ニコルソンとフェイ・ダナウェイにツーショット。男性の帽子姿もかっこいい。
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映画の内容ですが、私立探偵であるJ・ニコルソンのもとに、女性がやってきて夫の不倫相手を突き止めてほしいと依頼します。ダム建設技師である夫が女性と一緒にいる写真を撮ったニコルソンですが、その写真が撮った本人の知らぬ間に翌日の新聞に載ってしまいます。その記事を見たダム建設技師の妻(フェイ・ダナウェイ)がニコルソンのところにやってくるのですが、その人物は不倫調査を頼みに来た女性とは別人だった。それからしばらくしてダム技師は何者かによって殺されてしまいます。その死によって、ロサンジェルスの砂漠地帯でのダムを建設をめぐって、賛成派と反対派の攻防が次第に明らかになり、それと同時に人妻と替え玉、人妻と父親との秘めた関係、ニコルソンの「チャイナタウン」での警官時代の過去、そして、ニコルソンと人妻との関係がサスペンス色を強めていくのです。タイトルの「チャイナタウン」はニコルソンの前任地であり、物語の終焉の地でもあります。 苦い思いのにじむ街。もっと深い意味がありそうですが、私はそこまで読み取れませんでした。 フェイ・ダナウェイの父親役でジョン・ヒューストンが出ていますが、この人、監督だけではなく俳優もできるのですね。『チャイナ・タウン』はジョン・ヒューストン監督の『マルタの鷹』を参考にしているとのことなので、こちらの映画も観てみたくなりました。

私ととしては「雰囲気」を楽しめる映画でした。

●「ミリオン・ダラー・ベイビー」(Million Dollar Baby, 2004年)
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クリント・イーストウッド監督  クリント・イーストウッド、ヒラリー・スワンク・モーガン・フリーマン

アカデミー賞をたくさんとった作品で気になっていました。 確かに最初から最後までひきつけられる展開で、おもしろかった。クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマンは軽妙にして重厚。存在感があります。女ボクサーヒラリー・スワンクもさまになっている。女がボクシングというテーマの意外性があって興味深い。でも、そんなにたくさんのアカデミー賞をとるほどなのか?と正直思ってしまった。家庭の愛に恵まれない女が唯一の活路をボクシングに見出し、老コーチの元に通いつめ、ついに弟子にしてもらう。老コーチにも心を通わすことのできない娘がいるようだ。二人は努力を重ね成功を収めていく。老コーチの良き友人でもある黒人トレーナー(モーガン・フリーマン)の力も借りて。ところが成功の先には大きな落とし穴があった。ボクサーとコーチという関係が崩れる。しかしもやは二人は切り離せないほどの絆で結ばれていたのだ。人の命の重さとは、も問う重い内容。でもね、私はヒラリーちゃんがなぜそこまで家族に嫌われるのかがよくわからなかったし、イーストウッドに娘がいるという設定も安易な気がしたのですよね。 私の見方がまずいのかもしれませんが。 よい映画だとは思いますが、あとに感動が残るかというと、そうでもないし、心地よい余韻があるかというとそうでもない。新しい発見というのも特になかった、というかんじの映画でした。きっと私の見方が浅いのでしょうね~。
あ、犬の使い方はなかなかよかったです。ただし、これも、私がとても評価している映画『二十日鼠と人間」にもあったしな、というところです。。。『二十日鼠と人間』についてはいつか絶対書きたいです。

by oakpark | 2008-10-12 23:29 | 映画 | Comments(0)

ディア、アルマ・マーター! (母校 バンザイ!)   

先週の週末、大学時代に所属していたテニス同好会のOBテニス大会に泊りがけで行ってきました。この同好会、今年で創立40周年なんだそうです。そして5年に一度浜名湖近くのテニスコートで開催されているOB会は今年が4回目です。私は第1回以来2度目の参加でした。歴史を感じさせる今回の参加者の最年長者は58歳、最年少者が23歳でした。ここ数年テニスは全くしていなかった私はかなり不安でしたが、これが予想外にとっても楽しかったのです。もしかしたら、こんなにテニスが楽しいと思えたのは初めてかもしれない。誘ってくれた友人に感謝です。

一日目は、幹事役の社会人2~3年目の後輩が適当にダブルスの試合を組んでくれました。私は4試合しましたが、すべて負けてしまいました。すべて私の責任です(笑)。 そのうちの1試合は、私以外の3人は20代のバリバリテニス現役選手。すっごく上手で、私は10分ほどでこてんぱんにやっつけられました。でも、なんだか、快感だったのです。不思議~。へんに遠慮されるより、びしっと決められるほうが気持ちいい♪二日目は参加者を6チームに分けて団体戦を行いました。団体戦なので、当然同じチームの人は応援しますよね。これがまた久しぶりで感動しましたよ。学生時代に戻ったようでした。こういうのは大人数集まらないとできないので、貴重な体験をしました。この日は2試合して、2試合とも勝ちました。ペアの人が上手で助けていただきました。チームも準優勝でした。

テニスが楽しかっただけでなく、後輩たちがみんな紳士的でいい人たちばかりでうれしかったです。へっぽこな私を馬鹿にするでもなく、いろいろ声をかけてくれ応援してくれました。一度など、私がショットを決めると、ペアを組んでいた25歳くらいの(でも、もっと若く見える)、私の息子くらいの若者が手を出してくるのですよ。握手かなと思ったらハイタッチでした。私は、その手の意味がしばらくわからず、気まずい空気が漂ってしまいました。ごめんよ~、Hくん。

宴会もすばらしく盛り上がりました。今の時代の子達はすごいですね~。
パソコンを持ってきて、スクリーンにクイズを映し出すのですが、効果音まで入っていて、すばらしかった。それを作ってきた子が、会場がざわざわしているので、「すみません、効果音も聞いていただきたいので静かにしてください~」と叫んでいるのがかわいかったです。何の音だったのかな、「北斗の拳」かも。「お前はもうあたっている。。。」という文言と北斗の拳の絵が最初の画面だったから。私はようわからん。

それにしても、同じ学校に通い、同じサークルの所属していたというだけで、初めて会った人にも親近感を持てるって不思議ですね~。「共通体験」というのは、人と人とをつなぐ「絆」になるのですね。宿で同室になった独身の二人の女の子も良い子達でした。「先輩はご主人にどこで出会われましたか?」なんて、久しくされたことのない質問までされてしまいました。この学校に入学し、このサークルに入ってよかったなと思いました。

私が大学に入学した当時、テニスは人気スポーツで、サークルは数え切れないほどたくさんありました。もちろん、体育会系クラブはひとつだけですが。大学に向かって上がる坂道の両脇に、サークルの名前を書いた宣伝用のポスターがたくさん貼ってありましたっけ。「ラブ」とか「オレンジ」とかかわいらしい名前がついたテニスサークルもたくさんあったけれど、一番硬派そうな、大学名に「硬式テニス同好会」とついただけのシンプルな名前のサークルを選び入部しました。本当は、中学からしていた硬式テニスは、性格的に合わないと思い、限界を感じていていたので、ほかのサークルにしようと思い、いろいろ見学に行っていたのですが、これといったのが見つからず、仕方なくテニスにしたというのが当時の状況でした。だから、サークルでもっとテニスを上達させようなんて気はなくて、適当に楽しもう位にしか思っていませんでした。今にしてみたらもったいないな。せっかく硬派なサークルに入っていたのに。 練習は高校の部活のように厳しかったのですよ。その気になればもっと練習してうまくなれたのにな。私の気の持ち方がまずかった。実際、大学からテニスを始めて、ものすごく上手になっている男子も何人かいましたから。

一度は「どうでもいいや~」と思っていたテニスですが、今回のOB会があまりにも楽しく、5年後もぜひ参加したいので、もう一度新たな気持ちで練習を再開してみようかな、と思います。苦手なフォアハンドを両手打ちに変えたので、もう少し試してみたい気もします。 この年になってもまだ前に進めるかも。がんばろ~。

帰りは天竜浜名湖鉄道の「つづき」という駅から電車に乗りました。すっごく小さなかわいい駅だったのですが、写真を撮ろうとすると電車が来てしまった。車内から撮った写真。当然単線です。
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家族へのお土産は、当然、「うなぎパイ」♪
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タイトルですが、Alma Mater =母校 というのはエルヴィスの映画で知りました(またかよ!)その後気をつけて聞いていると、映画で何度かこの単語を耳にしました。

エルヴィス映画『闇に響く声』より「さらばハイスクール」

by oakpark | 2008-10-10 15:10 | 雑感 | Comments(6)