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2008年夏休みの思い出 ~京都編~   

高校野球の横浜高校対聖光学院の試合を最後まで見たいと言い張る長女を何とか説得し(ちょうどいい具合に雨が降ってきてくれた)、その後二人で電車で京都に向かいました。ほかのメンバーは一足先に車で京都に向かっていました。 

久しぶりに乗る阪急京都線です。 昔、関西に住んでいたころ、京都へは時々遊びにも行ったし、あと、今から思っても無謀ですが、週に一度京都のブリティッシュ・カウンセルというところに英会話を習いに行っていた時期がありました。職場から約1時間半かけてですよ~。何を考えていたのでしょうね~。当時はイギリスにとっても憧れていて、京都にしかないブリティッシュ・カウンセルに行きたくて仕方がなかったんだと思われます。久しぶりに乗る阪急京都線ですが、ちょっと様変わりしていました。『特急』がたくさん止まるのです。昔は『特急』といえば、梅田を出発したら、一度十三(じゅうそう)で止まり、その後は四条烏丸(しじょうからすま)まで止まらなかったような気がするんだけれどなあ。そしてシートも対面式で、ゆったりと高級感があったのに。今では、『特急』が昔の『急行』のようになっている。20年も経てば、いろいろ変わるんですね~。

さて、京都に何をしに行ったかというと、『五山送り火』を見るためでした。ハワイのお礼というわけでもないでしょうが、京都出身の義理母が私たちにどうしても大文字を見せたいと言ってくれて、旅館の手配などをしてくれたのです。

泊まったのは平安会館というところ。ここがとってもよかったのです。ちょうど京都御所の目の前にあり、閑静な京都の街の一角になじんだ上品な建物で、すばらしい庭園もあります。お料理もとてもおいしく上品で、お部屋も広くて品がありました。とっても気に入ってしまいました。さすがお義母さんです。良いものをよく知ってらっしゃる。

このホテルの宿泊客だけが屋上に上がるためのチケットをもらうことができます。屋上から五山送り火を見るわけですが、私は当初それほど期待していませんでした。まあ、以前にも見たことあるし、見えたとしてもせいぜい一つ、二つくらいでしょ、と。 そう、大文字といえば関西に住む若者のほとんどがデートで行っていませんか? 私は違ったけれど。

でも、予想に反してとてもきれいにたくさん見えたのですよ。8時から点火ということで7時半過ぎに屋上に上がりました。最初はまばらにしか人がいませんでしたが、8時が近づくとどんどん人が増え、ぎゅうぎゅう詰めの感じになってきました。ほとんどが家族連れかな。カップルはあまりいなかった。カップルにはもっと別のスポットがあるんでしょうなあ。

最初に右大文字が点火。最近写真に目覚めた長男ががんばって撮りました。
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「船」
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「左大文字」
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あと、「左大文字」と、「妙法」の『法」の字が見えました。「とりい」と「妙」は建物に隠れて見えませんでした。 昔は京都の街のどこからでも全部が見えたそうですね。きれいだったでしょうね。今では京都にも高い建物が建ってしまい、一度に全部をに見ることがきる場所はないのだとか。 

久々の京都、なかなかよかったです。

by oakpark | 2008-08-30 23:12 | 雑感 | Comments(2)

2008年夏休みの思い出 ~甲子園編~   

今年の夏は、念願かなって、家族で甲子園に高校野球を見に行きました!

以前にも日記に書きましたが、私は3歳から22歳まで甲子園に住んでいたので、高校野球には特別な思い入れがあるのです。父親に連れられてよく球場にも行ったし、家の近くにあった旅館がどこかの県の代表校の常宿だったということもあり、街角で高校球児を日常的に見かけたので、高校野球、高校球児といえば当時の我が家の夏の風物詩でした。友人が御三家(郷、西条、野口ね。まさか橋、舟木、西郷じゃないからね~)に夢中になっているころ、私は本気で高校野球の選手のほうがかっこいい、と思っていました。

しかし大人になるにつれ、高校野球を語る機会は減りました。結婚し、子供ができ、子供がある程度成長しても、家族の誰もそれほど高校野球に興味を持ってくれませんでした。しかし、今年、長女が高校生になり、野球部の子達と親しくなったということもあって、彼らの聖地である「甲子園」に興味を持ち始めたのです。2年前のハンカチ王子の活躍にも刺激を受けたようです。これはチャンス、とばかり、「今年の夏甲子園に行ってみない?」と誘ってみると、案の定、新しいもの好きでおちょうしもんの 長女はすぐ乗ってくれました。家族の他のメンバーもそれほど気乗りがしないながら付き合ってくれることになりました。

長女のお目当ては地元横浜高校の試合。 私は関西出身なのでどちらかというと関西の高校を応援していて、関東の高校にはそれほど思い入れがないのですが、娘に合わせて、横浜高校対聖光学院の試合に間に合うように球場に行くことにしました。

阪神甲子園駅に着き、甲子園球場に向かって歩いていくと、懐かしさがこみ上げてきました。阪神高速道路の高架下をくぐると球場の正面へ。 しかし、球場そのものは昔と様変わりしていました。うわさには聞いていましたが、改修工事のために甲子園のシンボルだった蔦の葉がすべて撤去されて、蔦の葉の模様がついたカバーのようなもので球場の周りが覆われているのです。ちょっとがっかりしました。 あのうっそうとした蔦の葉っぱは子供のころは不気味に感じたけれど、それがあるからこそ「甲子園」を特別なものに見せているような気がしていました。だから、ほかの球場、たとえば阪急球場などに行くと、殺風景だなあと思ったものです。あの、不気味で堂々として特別な甲子園球場を子供たちに見せてやりたかった。
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外野から中に入ると、前の試合の智弁和歌山対常葉菊川戦の終盤で、智弁和歌山がヒットを連発し追い上げているところで、球場全体大盛り上がりでした。地響きのような歓声、球場全体を包み込むような嬌声と応援の楽器の音。あの球場の形状がそうさせるのか、ほんとうに、音がぐわ~~っと広がって包み込まれるような感覚です。ロックコンサートの興奮とはまた違った興奮が味わえます。あ~、来てよかった、と思いました。隣の長女を見ると、彼女も満足そうです。夫と下のこ二人は15分ほど見て先に帰りましたが、長女のほうは試合全部を見たがって困りました(あとに予定がはいっていたので)。 私は暑さで限界ぎりぎりでしたが久々に見る甲子園のグランドは美しかった。
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興奮したアナウンサーの実況も何もないけれど、目の前のプレーそのものだけでこんなに楽しめるなんて。近くにボールが飛んでくるとさらに興奮します。この日、2本のホームランを目撃しました。 応援合戦もすごい。この日見た4校のうち、特に智弁和歌山の応援が美しくまとまりがありました。
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前から思っていましたが、高校野球の応援ソングって、昔の曲が多いですよね。アントニオ猪木のテーマ、ピンクレディの「サウスポー」、山本リンダの「狙い撃ち」、横浜高校なんて「鉄腕アトム」でしたから~。 応援にもそれぞれの学校のカラーが出ていておもしろいです。

ところで、甲子園球場で私が一番好きな場所って何だと思いますか? テレビでこれを見ると「甲子園だな~。気品があるな~。球場のキングだな~」と思います。こんなこと感じるの私だけかな?

はい。それは掲示板です。これ。
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今でこそ電光掲示板になりましたが昔はこれ手書きだったのですよ。点が入ると、人がボードを入れ替えているのが見えました。そして雨が降ってくると文字がだんだん消えていきましたもの。懐かしいな~。

そうそう、球場外の歴代の優勝校の校旗が展示されている場所で、長女の学校の旗を見つけました。大昔に一度優勝したことがあるようです。みんなで記念撮影をしました。

長女は来年も行きたいと言っていました。最後にグッズ・ショップでお土産を買いましたが、こういうお店って昔からあったのかなあ。。。なかった気がするな~。
それにしても、長女はだれにお土産を買ったのだろう???

by oakpark | 2008-08-29 00:58 | 雑感 | Comments(2)

2008年夏休みの思い出 ~大三島編~   

8月ももうすぐ終わりですね。
東京地方は雨の日が続き、季節はずれの肌寒さで、夏休みがすでに遠い過去のものになってしまったような感さえありますが、私の今年の夏休みについて報告しておこうと思います。

今年は行事が盛りだくさんで、充実した良い夏休みを過ごしました。少し前に「夏休みは映画が見れん!」とぼやきましたが、やはり、夏休みでないとできないことってありますね。ありがたや~、夏休みよ。

まずは大三島のこと。
大三島には私の両親が住んでいます。もともと二人はこの島の同じ村の出身で、老後は故郷で過ごしたいということで、3年ほど前に兵庫県からこちらに移ってしまいました。 引っ越した当初は、「何でそんな不便な遠いところに行くの??」と思いましたが、かさ高くなった私の子供たちを連れて行くには、かえってよかったかもしれない、と今年は思いました。

大三島は愛媛県今治市と広島県竹原市(竹原市は尾道市の少し西にある)のちょうど中間あたりに位置する、瀬戸内海に浮かぶ島です。住所は愛媛県になりますが、住民のしゃべっている言葉を聞くと、広島弁に近いようです。 島で一番有名なのは、国宝級の鎧兜が収蔵されている大山祇神社です。樹齢2600年のの大楠のある立派な神社です。私は子供のころからほぼ毎年、大三島に行っていましたが、そのたびに必ず大山祇神社にお参りしたものです。

大三島へは、昔は、尾道や三原からフェリーや高速艇で行ったものですが(よく船酔いしました。。。)、今では、橋がかかっていて、本州から四国の今治まで車で行くことができます。尾道市から向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島、そして今治へとつながる道のことを「しまなみ街道」といい、景色が良いことでサイクリング愛好家に人気だそうです。こんな橋。
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両親の住む家は広い敷地(300坪!でもお金に換算すると二束三文だとか)にゆったりと作られた平屋建ての家。庭にはナスやきゅうりやびわや、母の大好きなスイカなどが植えられていました。 ゴーヤもたくさん。これって、種をまいた覚えがないのにいつの間にか生えてきて、ものすごい勢いで増殖したのだとか。生命力の強い植物ですね~。
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初体験。スイカもぎをする息子。
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このスイカ、味はいまいちでした~~。

そのほか、私の両親は卓球台を買ってくれていて、子供たちは暇なときは卓球をして楽しんでいました。卓球って、ものすごく突出して上手な人がいない限りそこそこみんなで楽しめますね。私もやってみましたが、どうもテニスのラケットの長さに慣れているせいか、ピンポン球がラケットの向こう側を通過してしまうんです(いいわけ?)。

さて、今回はそのほか、隣の大島にある「村上水軍博物館」にも行きました。

村上水軍というのは、ご存知の方も多いと思いますが、南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海で活躍した、要するに海賊です。私の母の母の旧姓が「村上」なので、わたしも海賊の末裔ということになるのかな。

この博物館の前が船着場になっていて、そこから船で能島という、能島村上水軍(村上水軍にもいろいろあるらしい)が本拠を構え、あたりの海域を支配していたという、小さな島まで行き、島の周りの複雑な潮流を見てきました。渦巻きのようになったり川の急流のようになったりしていて、昔も今も船の航行の難所といわれるところだそうです。
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写真ではほとんどわかりませんね~~。

それにしてもこの博物館、「大活躍した村上水軍」と大いに宣伝していますが、海賊だろ、泥棒だろ、と突っ込みたくもなってしまった私、はまじめすぎ? ほかにも「ボニー&クライド」も「オーシャンズ11」も泥棒だろ、と思ってしまう私ですが、そんなことをいっていたら面白い映画なんてできないんでしょうね~。

このブログを読まれた方、もし興味があったら、大三島に来てね♪
いまや、観光産業だけが頼りなの~~~。
もちろん、海水浴場もたくさんありますよ~。
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海水浴ではなく、魚とりに没頭した子供たち。
しかし、こんな都会の子供らに捕まるほど間抜けではない、すばしっこい魚たちでした~。

そういえば、大三島はみかん農家が中心の静かな島ですが、お隣の大島は漁業の島のようでした。いたるところに網が干してあって、どこか男っぽい香りのする、ざらつきある島。お隣同士でもぜんぜん雰囲気が違いました。 不思議でした。

by oakpark | 2008-08-27 01:16 | 雑感 | Comments(6)

今日は何の日?   

久しぶりの日記になりました。今年はゆっくりと1週間帰省していました。充実した良い夏休みでした。このことについてはまたあらためて日記に書きたいと思います。

さて、「今日は何の日?」です。
きょう、8月23日は、リヴァー・フェニックスの誕生日です! そして、私が好きだった海外TVドラマ「かわいい魔女ジニー」の主演女優、バーラ・イーデンの誕生日でもあります。 そんでもって、ベラ・マイルズという往年の女優さんの誕生日であるということが先ほど判明いたしました!
すごい。なんか偶然でびっくり~~。

私がベラ・マイルズという女優さんの名前を聞いたのは、リヴァー最後の作品「愛と呼ばれるもの」(The Thing Called Love)という映画の中でした。リヴァーが好きになった女の子を映画(ドライブ・イン・シアター)に連れて行くシーン。中には入らず遠くからスクリーンを見ながら映画のストーリーを女の子に話す。「ジョン・ウェインとジェームズ・スチュアートがベラ・マイルズを取り合うんだ。。。」って。二人が見ている映画が何なのかもずっと気になっていたのですが、最近になって、これが「リバティーバランスを撃った男」だということが分かりました。リヴァーが映画の劇中で名前を口にする、実在の女優さんと誕生日が同じだなんて。なんだか不思議です。

不思議といえば、この映画、「愛と呼ばれるもの」のほうですが、エルヴィスとも関係が深いのです。リヴァー演じるジェームズは、カントリー歌手を目指して、テネシー州ナッシュビルで行われているコンテストに参加します。そして、そこで出会った女の子、ミランダ・プレスリーと恋に落ちるのですが、実はミランダのお父さんはエルヴィス・プレスリーの大ファンで、幼いミランダにいつかグレースランドに連れて行ってやると約束していたのです。しかしお父さんはその約束を果たす前にこの世を去ってしまっていました。この話を聞いたジェームズがミランダと二人でグレースランドに行こうとするわけ。 エルヴィスの写真も出てくるし、エルヴィスの曲も2曲流れるのです。この映画を見た当時は、エルヴィスファンではなかったので、エルヴィスが出てくるシーンはほとんど気に留めていませんでした。今改めてみてみると、いや~出てくる、出てくる、エルヴィス関連事項が。 意識しているかどうかでこうも映画の見方が変わってくるのですね~。
ちなみに同じくコンテストを受けに来たメンツのなかには、 ブレイク前のサンドラ・ブロックもいます。歌声も聞かせていますよ~。 サンドラファンにも必見の映画!
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この映画の中で、リヴァーもたくさん歌声を聞かせてくれているのです。というか、もともと歌手希望だったリヴァーは、自分で歌えるということで、自らこの映画に出たいと申し出たそうです。当時売れっ子だったリヴァーがこの地味な脚本に興味を示したことを、ピーター・ボクダノヴィッチ監督(「ラスト・ショー」を撮った名匠♪)はとても驚いたそうです。ミランダを演じたサマンサ・マシスもリヴァーが出演するということで、出演を決心したとか。この映画の後、二人は実生活でも恋人同士になります。 リヴァーが歌う歌の中で、 私が一番好きなのは「Until Now」という曲。リヴァーのハスキーボイスがなかなかよいのですよ。これです。

このとき22歳。
翌年、23歳の10月31日、ハリウッドのサンセット・ブルバードにあるクラブ前の路上に倒れて亡くなってしまいます。
8月23日生まれのリヴァーは23歳になるのを恐れていた、とどこかの記事で読んだことがあります。自分の死期を感じていたのでしょうか。。。 
歌手を目指していながら、両親と4人の弟妹を養うために役者の道に進み、学校にも行かず一家の大黒柱として常に緊張を強いられていたリヴァーは、普通の人が経験するような子供から大人へのゆっくりとした成長の過程を踏めなかったのかもしれません。
子供のまま23歳になった一方で、23歳にしては老成しすぎていたのかも。


ともあれ、残りの8月23日生まれは、バーバラ・イーデン74歳、ベラ・マイルズ79歳とか。
いつまでもお元気で!

そして、リヴァー、Happy Birthday! 生きていれば38歳ですね。
あなたのやり残したことはしっかりホアキンが受け継いでいますよ~。
最新作「帰らない日々」もおもしろそう。DVDになったら見ますね!


*追記
こんなの見つけました。リヴァーのすんごいレアな映像が入っています。はじめて見ました。
youtubeはすごい。曲もぐ~~、ね。 これです。

by oakpark | 2008-08-23 02:03 | RIVER PHOENIX | Comments(14)

お盆休みを前に。。。   


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来週一週間帰省します。私の両親の住む愛媛県と夫の母が住む大阪へ大移動です。去年メンフィスで迎えたエルヴィスの命日を今年は京都で迎えます(大文字を見に行きます)。なので、帰省前最後の記事はエルヴィスネタ。

エルヴィスのファンになりたてのころ、エルヴィスの誕生日が1月8日命日が8月16日だと知り、どちらも日本に関係の深い時期だなあと思いました。日本で家族が集まる最大の行事といえばお正月とお盆。その時期にエルヴィスはこの世に生を受け、この世に別れを告げたのです。もしかしたら前世は日本、特に関西あたりの人だったんじゃないかな~なんてひそかに思っているわたしです。だって、ライブで連発していた自虐ギャグは関西っぽいもの~。

私がエルヴィスに出会ったのは、2005年の8月下旬。もうすぐ3年になります。こんなに長い間ファンであり続けるなんて、私にとってはとてもめずらしいことなんです。きっと相性がよかったんだろうな。

で、ファンになりたての頃を思い出してみました。

最初の出会いの場は、ロックバンドQUEENのミュージカル「We Will Rock You」でした。そこでほんの1,2秒映し出されたエルヴィスの映像が妙に印象に残ったんです。え、エルヴィス・プレスリーってこんなに若い頃があったんだ(あたりまえだけど)。なぜ、軍服を着ているの? けっこうかわいいじゃん。。。。 と、まあ、こんな印象でした。で、CDを購入し、DVDを購入し、どんどん深みにはまっていったのです。そしてその後いろんな時代のエルヴィスの映像を見たり歌声を聞きましたが、今でもやはり最初に出会ったときのエルヴィスが大好きです。ルックスも声も。50年代の若さあふれる激しいパフォーマンスも刺激的で大好きだけれど、除隊後の1960年ごろの、少し大人になった、少し余裕のある、エルヴィスの歌声が大好き。2年間の兵役時代の鬱憤を晴らすように歌うエルヴィス。歌うことが楽しくて楽しくて仕方がないというふうなエルヴィスがいいな~、と思います。70年代後半の、歌うのがつらそうなエルヴィスはこちらもつらくなっちゃう。

というわけで、ファンになりたての頃、きゅん!と好きになった思い出深い曲を紹介します。

まずは、除隊後最初の仕事だった、フランク・シナトラのテレビ番組に出演したときに歌った曲
「恋に命を」(Fame and Fortune
これは、テレビ出演の映像にスタジオ録音の音声がかぶせてあるものです。この余裕のある歌いっぷりがすごく好きです。

除隊後最初の映画「G.I ブルース」内で歌った歌
いかす買い物」(Shoppin' Around)
これは、ちょっとふざけた感じの雰囲気の歌い方が好きです。リズムの刻み方、絶妙な間のとり方が楽しい。

やはり「G.I.ブルース」で歌った美しいバラード
ベストは尽くしたが」(Doin' the Best I Can
うっとりしてしまいます。


この3曲は、エルヴィスのインパソさん(そっくりさん)もあまり歌ってくれません。たまに歌ってくれても「あ~~全然違う!」といつもがっかりしてしまいます。エルヴィスの独特の雰囲気は誰も出せないな~と思ってしまうのです。私はインパソさんのライブも嫌いではなく、他の曲なら、楽しい、と思えることも多いのですが、この3曲はだめですねえ。 私の思い入れが強すぎるのかなあ。

今年のメンフィスも熱く盛り上がることでしょう。
病人、けが人がでませんように。ほんとに暑いところだから。

by oakpark | 2008-08-09 23:35 | ELVIS | Comments(8)

夏休みは映画が見れん!   

夏休みは、大好きな映画をなかなか見ることができません。
子供たちのスケジュールがまちまちで、ゆっくり時間が取れないから。
上の子が午前中部活の日は、真ん中が午後からだったり、下の子がお友達の家にお泊りに行く日に、上の子が合宿から帰ってきたり(あすなんですけれどね)。みんな一緒にいない、という時間帯がない。イライライラ~~。 いつもずばっとものを言う(KYともいう)下の子に、今日言われてしまった。「おかあさんは、うちらがいないほうがいいの?」と。ついついこちらもずばっと「ウン、学校に行っていてくれるほうがいい」と言ってしまった。 ここで、「ウウン、○○ちゃんと一緒にいれてうれしいよ」と言うのが、良い母なんだろうな~。

とはいっても、ずいぶん子育ても楽になりました。
夏休みといえば、小さい子供を連れた若いお母さん方を街でよく見かけますが、なかなか大変そうなシーンも目にしますよね。地団太踏んで泣き叫んでいる子を置いて、すたすた先を歩いているお母さんとか、ひどくきつい言葉で叱り飛ばしているお母さんとかを見ると、「そこまで言わなくてもいいんじゃないか?」という気持ちと「わかるな~」という気持ちが交錯します。

今日も歯医者で目撃しましたよ。かわいい双子ちゃんで、片方が診察を受けなければいけないみたいなのですが、なかなか診察室に入らない。怖がって泣きべそをかいている。お母さんは、「ほらほら、おみずがちゅーっとでるんだよ。おもしろいよ。おいで~」と誘っている。でも、面白いはずがないと感じているその子(あとから看護婦さんに聞くと3歳らしい)、なかなか入ろうとしない。 10分後、お医者さんとお母さんと看護婦さんで、やっとこさ中に誘導したたけれど、今度は診察台に座ろうとしない。あれやこれやとお母さんが語りかけていたけれど、結局だめだったらしい。 次回も、午前の最後の時間帯に予約されていたようだ。今度こそ上手く行きますように。

で、思い出しました。
悪夢の3歳児検診を。3人とも苦労したんです。

今でも覚えているけれど、私の住む町の保健所の3歳児検診は、まず最初に歯科検診があり、次に別室に移って服を全部脱いで、身長、体重を量り、次に服を着て、お医者様の問診を受けるという、だんどりだったんです。

まず、長女のとき。
私は全く警戒していませんでした。6ヶ月検診や、1歳半検診のときと同じように、3歳児検診も楽勝だと思っていました。 ところが、最初の歯科検診からつまづきました。口をあけて虫歯がないかどうかを見てもらうだけの簡単な検査(大人にとってはね)。ところがうちの長女、怖がって怖がって、決して口をあけようとしない。保健所に来ているお医者様は「ハイ、いい子だね~、おくちをあけてね~」なんて、優しい言葉をかけてくれなくて、どんどんあとから来た人に先を越され、結局最後のほうになってしまった。それでも、やっと歯科検診を終えて別室にうつると、今度は頑として服を脱ごうとしない。もう、なだめたり怒鳴ったり、いろいろしながら、やっとこさすべての行程を終えたときには、どっと疲れてしまいました。その場に残っていたのはみんな似たような経過をたどった親子だけでした。

なので、長男の時には、今度こそ早く終えてやると思い、3歳児検診の日は、まず朝早く車で保健所まで行って整理券をとり、いったん家に帰り、余裕を持ってのぞむという作戦で行くことにしました。今でも覚えています。整理券番号は5番でした。 しか~~~~し、長男もだめだったの。歯科検診が全然だめ。どうして他の子は、あんなふうに素直に口を開け、しゃっしゃとできるのだろう~、と恨めしく思いましたよ。またもや、どんどん順番を抜かされて行きました。気分を変えようと外に出たりなんかもして、再度挑戦するのですが、上手く行かず、当然次の洋服脱ぎも上手く行かず、結局またまた最後のほうになってしまいました。

万全の準備をしてのぞんだ三歳児検診だっただけに、長女のときよりショックが大きく、必要以上に長男を叱りながら帰ったことをおぼています。かわいそうにね~。

なんで子供って、日常と違うことを怖がるのでしょうね。知らない場所で口をあけたり、初めての場所で洋服を脱ぐのが怖いのでしょうかね。 そういえば、この長男、小さい頃は風でカーテンがふわ~っとなるのも怖がって逃げていましましたっけ。それが今では、首がちょん切れて飛んでいくような残酷シーンも平気で見れる中2となりました。。。

そうそう、それでね、3歳児検診。最後の次女のときは、もうあきらめてゆっくり行ったのですよ。予想通り、この子も歯科検診も洋服脱ぎもだめでした。でも、そのときの係員の方は「洋服着たままでもいいですよ~」と言ってくださったの。で、最後にはなりませんでした。最初からそうしてくれればいいのに。気合が入っていなかった分、「やはりね~」と思っただけでストレスはありませんでした。


今日、このことを思い出し、家にいた長男に「あの時お母さんね、もう、それはそれはひどい叱りかたしたのよ。帰り道、ずっと泣かせながら帰ったからね。覚えている?」と聞くと、
「ううん、おぼえていない」ですって! そんなものなのですね。
「じゃあ、それ以外でお母さんにひどく叱られたことって覚えていない?」と聞くと、しばらく考えて、「何も覚えていない」ですって。
ほっ。 ってことは、牛乳をこぼしただけでびんたを食らわしたことも忘れているんだあ~~。よかった!

子育て中のお母さんは、夏の暑さに要注意ですね!

by oakpark | 2008-08-07 01:15 | 雑感 | Comments(12)