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映画「いつも心に太陽を」「暴力教室」   

見たい映画を求めて、電車で30分の渋谷のTSUTAYAまで行ってきました!受講中の映画講座の次回の課題である「地球の静止する日」を探すついでに、今まで気になっていたけれど近所のレンタルショップにない映画を数本借りました。自分でも、そこまでするか~?と思ったけれど、やみつきになりそう。渋谷のTSUTAYA♪ なんでもあるのですもの!

さて、まずこの二本。
「いつも心に太陽を」(To Sir, with Love 1967年)・・・監督 ジェームズ・クラベル キャスト シドニー・ポアチエ、クリスチャン・ロバーツ、ジュディ・ギーソン、ルル
「暴力教室」(Blackboard Jungle 1955年)・・・監督 リチャード・ブルックス キャスト グレン・フォード、アン・フランシス、ヴィク・モロー、シドニー・ポアチエ
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どちらも、ひとりの教師が、真っ向勝負で荒れた学校を立て直していく物語。手もつけられないような不良とどのようにぶつかりあい、どのように心を通わせていくのかが見所です。私、むか~し、少しだけ教員をしていたこともあって、やはりこの手のお話は気になるというか、好きなんです。特に良質な作品は。自分には絶対むりだな~~って思いながらも、どうやって先生が問題を解決していくのか、興味津々で見てしまいます。「いつも心に太陽を」のほうは、「二十四の瞳」を思い出しました。子供たちはみんな良い子なのだけれど、家庭の事情などからふてくされて荒れてしまっている状況だったので。「二十四の~」も大好きな映画。高峰秀子版(1954)がよかったです。これは涙なくしては見れない映画ですよね。ほかにも、先生と生徒の交流を描いた映画では、「陽のあたる教室」「チップス先生、さようなら」が印象に残っています。どの映画にも共通していることですが、苦労に苦労を重ねながら、ついに生徒と心が通じ合った瞬間にいつも感動に打ち震えてしまうのです。

ただ、この2本続けてみたので、ちょっと奇妙な感じがしました。だって、「いつも心に太陽を」では、教師役のシドニー・ポアチエが「暴力教室」では不良生徒役なんですもの。混乱してしまいます(笑) 日本のドラマにも学園ものがたくさんありますが、共感できるものって少ないです。現場を少しでも知っているので、すぐ、ありえない~~って思いますから。「ごくせん」は子供たちは喜んで見ていますが、私はヤンクミの言葉遣いが悪すぎだと思っています。ヤンクミには「いつも心に太陽を」を見てほしいです。 最近のドラマでは「フルスイング」がよかったかな。

これらの映画、どちらもテーマ音楽が印象的です。とくに「暴力教室」のほうは、初めてロックが映画に使われたことで有名らしいです。皆さんご存知の、この曲
「いつも心に太陽を」のほうは、ルルという人が歌うこの曲がテーマソング。映画のクレジットに introducing Lulu とあったので、有名な歌手なのでしょうか。私は全然知らない人でした。 この曲

シドニー・ポアチエは、背が高く、堂々としていて、鋭い視線で笑顔はかわいく、人気があったのもわかる気がしました。
「暴力教室」で一番のワルを迫力のある演技で演じていたヴィク・モローという俳優さん、調べてみるとエルヴィスの映画「闇に響く声」(1958)のワル役の人でした。その後TVシリーズ「コンバット」でサンダース軍曹を演じた人です。映画の撮影中にヘリコプターが頭上に落下してきて亡くなったそうです。

by oakpark | 2008-04-28 22:54 | 映画 | Comments(26)

本「ほんまにオレはアホやろか」 水木しげる    

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いや~、楽しい本でした!
楽しくて面白くて一日で読んでしまいました。
人生もまた楽しからずや。。。って思えて幸せになれる本。お奨めです!!

著者の水木しげるさんは、ご存知、かの大人気アニメ、「ゲゲゲの鬼太郎」の生みの親であります。私の子供のころは個性的で面白いアニメがたくさんありましたが(どうも最近のは似たようなのばっかり)、「ゲゲゲノ鬼太郎」は特に印象に残っています。毎週のテレビ放送を楽しみにしていました。キャラクターも個性的でした。目玉オヤジとか、ねずみ男とか、一反木綿とか、ねこ娘いましたね~。怖がりの私は、若干怖いときもありましたが。。

本書は、その水木しげるさんの自伝的小説です。1929年に鳥取県生まれの水木しげるさんは、学校時代は、生き物が大好きで、ガキ大将で、でもマイペースで、朝に弱くいつも遅刻。お兄さんと弟さんは優秀だったようで、兄弟の中で一人特別扱いだったそうです。個性的な水木さんを温かく見守ったご両親は立派だと思います。お父様はかなり社会的な地位の高かった方のようです。将来何になろうかと模索していたときに戦争が勃発。のんびり屋の水木さんは、最前線のラバウルに出征することになります。そこでの悲惨な経験がひょうひょうとした筆致で語られていて、感動さえ覚えました。マラリアにかかり病院に収容されているときに爆撃にあい、左腕をなくします。悲惨な状況の中でも、原住民(水木さんは『土人』と書いておられますが)と仲良くなるほどの自然体の持ち主の水木さんは、それなりに南国暮らしを楽しんだ様子なのです。信じられません! そして終戦。日本に帰ってきて水木さん、今度は何とか生きていく手立てを考えなければなりません。紙芝居画家、貸本マンガ屋、アパートの管理人など、さまざまな職業を経験し、マンガで成功する、40歳過ぎまで食うや食わずの生活だったなんて!!

それにしても、語り口が軽妙で、ユーモアに富んでいておかしくておかしくて。何度も大声で笑ってしまいました。たとえば、アパートの管理人をしていたとき、ストリップのおばさんが店子にいて、自分のショーを見に来いとただ券をくれたそうです。そこのくだり。

「好意を無にしても、世間づきあい上よくないから、紙芝居の創作をほうって見に行くのだが、はだかのおばさんが手ぬぐいで背中をこする「行水(ぎょうずい)ショー」とかで、色気もなにもあったものではない。」

ショーの様子を思い描いてもおかしいけれど、何より、水木さんの文体にリズムがあって、なんともはやおかしいのです。水木さんのお父様も大物です。左腕をなくして日本に戻ってきた息子に
「しげるは前から横着もので、両手でつかうところでも片手でやってきたのだから、今さら片手になってもこまらんじゃろう」
といったとか~。

水木さんは最後にこのように書いておられます。
「(ラバウルの原住民と比べ) 日本人の方は、競争して働いていると、なにかドエライものにありつけるような気持ちがして、なんとなく馬車馬みたいに働いていたわけだが(その実は何にもなかった)。
 彼らは、ゆっくり働く。自然の法をこえないをモットーにしているらしい。だから、朝、畑に行って、穴をほってペケペケ(糞)をして、うめて、その日の食料をもってかえるだけだ・
    〈中略〉
子どもでも、こんなに笑っていいのかなあ、と心配になるぐらい、のびやかに笑う。なるほど、この笑いこそ、人類が長年もとめた、幸福ってやつじゃないのかなァと、思われるくらいだ。鳥とか虫とかの声とまざって、自然に調和しているのだ。たしかに、われわれは、物質には恵まれているかもしれないけれど、何かを落としてしまったのだ」

あとがきではこんなこともおっしゃっています。
「虫の中にいろいろ種類があるように、われわれ人間にも、いろいろ種類があるのだ。
トンボにカマキリになれとか、南京虫にみみずになれといわれても困る。
人間は、それぞれ違うのだから、それぞれ変わった生き方をしたっていい」

あまりにも自然体すぎて、回りからはみ出ていて「こいつアホちゃうか」と言われ続けたという水木しげるさんならではの言葉で、なんだかじ~~~んとしました。

息子にも読ませようと思っています。男の子に特にお奨め!

by oakpark | 2008-04-26 21:50 | | Comments(0)

映画「ボディ・スナッチャーズ」   

さ~て、きょうから始まりました!ジェフ先生の映画講座。今回のお題はSF映画。私の苦手な分野です~。 しかし、未熟な私にはへんてこな映画だな~と思えるものも、ジェフ先生にかかれば、とても意味深で、高尚な映画になったりするので、期待大でございます。こんな機会でもなければ自発的には見ないであろうSFものを勉強するつもりで頑張りまっす。

一回目の講座で取り上げられたのが「SF ボディー・スナッチャー」(1978年 フィリップ・カウフマン監督)です。
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ジェフ先生は本当は1956年のドン・シーゲル監督によるオリジナル、「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」にしたかったそうですが、レンタルショップにないかもしれないということで、1978年版になりました。1956年版はこれ。
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ところが、うちの近所のレンタルショップには1978年版さえも置いていない。5~6件電話しました。当てにしていた古いレンタルショップはいつの間にかつぶれているし。。。仕方がないので、同一原作ということで、1993年の作品「ボディ・スナッチャーズ」というのを借りて観てみました。
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驚くことに、これらの映画、すべて、ジャック・フィニイのSF『盗まれた街』という本が原作で、上記の3作以外にも、ニコール・キッドマン主演の「インベージョン」という映画が製作されているというそうです。SFの古典名作といえるのかもしれません。

ストーリーは単純で、異星人の侵略者がある街にやってきて、街をのっとるという話です。人間は眠っている間に殺され魂を抜かれ、姿かたちは全くその人間と同じ「別物」へと変えられてしまいます。昨日まで夫だった人物が朝起きると別人に変わってしまっている。 この映画で怖いのは、本物か別物か区別がつかないということです。どこからこの人は別人に変わってしまったのか、この人物はまだ人間なのか、と観ているものは考えさせられます。主人公(1993年版ではガブリエル・アンウォー)、そんな呪われた街から恋人と一緒に何とか脱出を試みるのですが。。。

で、私、お恥ずかしいことに、この映画のエンディングがようわかりませんでした。恋人は人間?それとも別物? 一応、ああだったのではないかな~とは思っているのですが(笑) 誰かおせぇーて♪

授業のほうは1978年版。私は、映画を観ていないので、半分くらいしか参加できませんでしたが、今回もジェフ先生、驚くような事実を示してくださいました。1956年のオリジナル版が公開されたときのことですが、この映画は『共産主義だ」と論議を巻き起こしたそうなのだそうです。映画の中では、人間が別物に入れ替わると、感情をなくしてしまいます。そして人間に向かって「われわれの仲間になれ。みんな同じように行動すれば、憎しみもねたみもなくなり、みんな平和に暮らせるんだ」というのです。これが共産主義の思想だと当時は言われたそうです。アメリカ人の中に共産主義を忌み嫌う風潮のあった時代で、人々はちょっとしたことにもとても敏感だったとか。マッカーシーの反共運動(赤狩り)期間は1950年から1954年だったそうなので、まさにそんな時代だったのでしょう。チャップリンがアメリカを追われたもこのころ、1952年のことです。

この頃のアメリカには、共産主義に対するパラノイア(偏執症、妄想症、あるものに対する強い恐れ)があったと、ジェフ先生はいいます。1970年代はベトナム戦争後遺症によるパラノイア、そして現在9・11以降のアメリカにはテロに対するパラノイアがあるという指摘をするジェフ先生。 え~~、ただのSFだと思っていたのに、そんな話に発展するなんて~、と一同びっくりしたところで授業は終了。まあ、どうかわからんけど、今日も有意義な授業だったぞ。

そういえば、思い出したのですが、うちの次女、最近でこそ言わなくなりましたが、ちょっと前まで、じ~~っと私を見つめ「おかあさん、本物?」とよく言っていたのです。その考え方が怖い!

あとですね、ドン・シーゲル監督ってどっかで聞いた事があるなあ、と思っていたら エルヴィス主演の6本目の映画「燃える平原児」の監督でした。この映画、興業的には失敗したそうですが、私はエルヴィスの演技がかなり良いと思っている映画でもあります。ア、前に紹介した、『かわいい魔女ジニー」のバーバラ・イーデンと共演している映画です。それにしても変なタイトルですよね。平原児って何よ、平原児って。もとは、「Wild in the Country」という映画です~。
こんな名作を撮っている監督だったのですね。こうなったら1956年版の「ボディ・スナッチャー」も見てみたいなあ。

1週間後のジェフ先生の2回目の講義は「地球が静止する日」(1951)。またまたマイナーな映画を選択なさって!。これも近所のレンタルショップのどこにも置いていません。あす、渋谷まで行ってこなくっちゃ。

by oakpark | 2008-04-26 00:48 | 映画 | Comments(2)

映画「草原の輝き」   

前回紹介した本「阪急電車」と以前に紹介した映画「クラッシュ」は登場人物がつながっていきながら物語が進展するという手法が似ていて私は面白く感じましたが、もしかしたら私はこの「つながり」というモチーフが好きなのではないか、と気づきました〈笑)

思えば映画がとても好きになった〈かなり偏りはありますが)のも「つながり」がわかるようになってから。以前はただぼーっと映画を観ていて、面白いか面白くないかのそれだけだったのですが、この映画に出ているこの俳優はあの映画に出ている俳優だったとか、この俳優とこの俳優は親子だったとか、いいなと思ったら前に好きだった映画と同じ監督だった、といったことを発見できるようになり、より映画に興味を持つようになりました。それにはIMDbというサイトを知ったことが大きいです。

というわけで、私の映画ファン人生〈そんな大げさな!)の黎明期に観た映画で印象に残っているものも時々紹介していこうかなと思います。映画に目覚めたばかりの頃は、伏線がわかったとか、些細なことにもとても感激していたように思います。目覚めるの、とっても遅かったです。

さて、今回紹介したいのは,エリア・カザン監督の1961年の作品、「草原の輝き」(The Splendor in the Grass)です。これは梅田の大毎地下に大好きな「ローマの休日」を見に行ったときの二本立ての一本で、「ローマの休日」以上に鮮烈に私の印象に残った作品です。「ローマ~」は以前にも観ていた作品だったので。

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1920年代のアメリカ中西部。高校生のバッド〈ウォーレン・ビーティ)とディーン〈ナタリー・ウッド)は恋人同士で、二人は深く愛し合っていた。しかし、高校生という立場、また保守的な土地柄、時代のせいもあって、デートをしてキスをして帰るだけの関係から先には進めない。悶々とする2人。バッドには奔放な姉がいて親から疎まれている。両親、特に父親は優等生のバッドに大きな期待をかけている。イェール大学に行って、自分と同じように実業家になって金持ちになれという。危なっかしいけれど自由に行動しているように見える姉を心配しつつも羨ましく思うバッド。親からのプレッシャー、進展しない彼女との関係に対する苛立ちから、ついにバッドは欲望を抑えきれなくなり、クラスのちょっと派手なタイプの女の子と関係を持ってしまう。翌日、クラスの友達はディーニーのことを「寝取られたのね」と噂し始める。そして国語の授業、ワーズワースの詩の朗読を女教師から命じられ、その文の意味の解釈を求められたディーニーは、自分なりの解釈を披露しながら、ほとばしる感情を制御できなくなり、教室を飛び出してしまう。  その後、このことが原因で精神に異常をきたしてしまったディーニー、大恐慌で父親の事業が失敗しどん底の生活に落ちたバッドには別々の試練が待ち受けていた。。。。

かなりネタバレのあらすじですみません。 なんといってもこの詩の朗読のシーンがジーンと来ました。私はこの映画で初めてナタリー・ウッドを見たのですが、なんて素敵な人だろう~、なんて強烈な演技だろう~と思いました。この時点で「理由なき反抗」他数々の作品に出演していてすでにスター。「ウエスト・サイド・ストーリー」は同じ年に公開のようですが、どちらが先に撮影されたのでしょう。一方、この映画でデビューのウォーレン・ビーティのことはそれより以前の「ぼ~っと映画鑑賞」時代にロシア革命のことを描いた映画「レッズ」を観ていて、私の好みかも?と思っていたのですが、この映画を観てその思いを確信したしました。 ちょっと奥目ごのみかもです、わたし。
ラストシーンも印象に残りました。2人が再会するシーン。バッドの奥さんの表情がせつなくて。そう! わたし、こういう、美人の若い女性が苦労している風情ってのにも惹かれるのです。たとえば、思い出すのは「ブロークバック・マウンテン」のヒース・レジャーが演じた〈泣)青年の奥さん。くたびれ具合が良かったわア~。
ナタリー・ウッドの衣装にも注目です。 思い余って水に飛び込むシーンの真っ赤なドレスが視覚的に鮮烈でした。再会シーンは白のスーツ。計算しつくした衣装選択と思われます。 一人二役で別の役も演じています。

あと、この映画に関する思い出としてこんなことがありました。
昔勤めていた高校で、ある生徒が授業をサボったとかで担任に呼び出されて叱られている場面に遭遇しました。なぜそんなことをしたの?という担任に対して、その子が「文化祭でやる劇の研究をするために『草原の輝き』を見に行っていました」と言ったのです。私、思わず、その映画いいよね~と口出ししそうになりました。担任の先生は無言でしたが〈笑)。その子があまりにも堂々と「だからいいだろう~」てきな言い方をしていたことと、いかついタイプの子〈野球部かアメフト部)なのに、『草原の輝き』を口に出したのがおかしくてよく覚えています。それにしても、その高校の文化祭の劇の出し物はすごかったな~。今から思うと名作が多かった!

かなりネタバレのレビューでしたが、お奨めの映画です!!

このワーズワースの詩、いつか全部読んでみたいな~と思いつつ、まだ実現していません。いつだったか、本屋でワーズワースの詩集を見つけ衝動買いしましたが、この詩は載っていなかったです。それほど有名な詩ではないのかしら。 こんな詩です。 詩ってのもいいですね~。

Though nothing can bring back the hour
Of splendor in the grass
Of glory in the flower
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind

草原の輝き、花の栄光
再びそれは還らずとも
嘆くなかれ
その奥に秘めたる力を見出すべし

by oakpark | 2008-04-25 11:44 | 映画 | Comments(2)

本「阪急電車」 有川浩   

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新聞の書評欄で気になっていた本を、本屋で立ち読みし、懐かしさのあまり買ってしまいました。 阪急電車今津線を舞台にした物語。 今津線は私が中学、高校時代を通して6年間利用していた線です。住んでいたのは阪神沿線だったので今津で阪急に乗り換えて学校に通っていました。懐かしいなあ~。実は、中学生になるまでは阪神電車しか知らなかったので、電車はすべてツートンカラーだと思っていました。普通電車は青で、急行電車は赤。なので、初めて阪急電車を見たときはびっくり。「きたなっ」「チョコレートみたい」が第一印象。でも今ではレトロな感じでよかったなあって思い出します。

初めて定期を持ったときのことも覚えています。赤の皮の定期入れ。皮のにおいがうれしくて、くんくんかいでいたなあ。そして、電車通学にはいろんなことがありました。沿線の学校は女子校、男子校が多かったので、電車の中でロマンスが生まれることもあって。そう、この本に書かれている物語のように。 だれかがコクっている現場に出くわしたこともあります。もちろん私はなかったですよ~、コクるのも、コクられるのも。素敵な人を見つけてひそかに憧れるのも流行っていた。毎朝、何両目の何番目に乗っているひとかっこよくない?みたいな会話がありましたね~。「白いコートの君」なんてのもいましたね~。だれだよ、それ、って今なら思いますけれど。今津線は古い車両が多く、夏でも冷房車は半分くらい。部活の帰り、へとへとになって電車を待っていて、冷房のない古いタイプの電車が来たらがっかりしたな~。遠めでも上に乗っているのをみればわかるのです。大きい四角いのが乗っていたら冷房車。小さかったら扇風機。あまりにも疲れているときは1台乗り過ごして冷房車を待ったりしました。

当時は今津から宝塚まで一本の線でしたが、今は西宮北口で分断されています。だから、今津から宝塚に行くには、いったん西宮北口で降りなければいけないわけです。不便になったものだ。この本は、西宮北口から宝塚までの8つの駅を舞台にし、さまざまなタイプの人を登場させて、その人の物語を紡いでいくという手法がとられています。一見関係なさそうな人たちが、たまたま席が隣とか車両が同じということでつながっていき、それぞれの人生が交錯していくのです。読みながら、先日観た映画の「クラッシュ」を思い出しました。読んだ人の多くが(特に女性かな)登場人物の誰かに軽く感情移入できそうです。私も、ドキッとするくらい、私が知っている人に似ている人物が登場してびっくりし、しばし、昔に思いをはせてしまいました。

本屋で立ち読みしたときは、甘い恋愛小説に思えて、躊躇しましたが、読んでみるとなかなかおもしろかったです。文体にリズムがあって、心地よく読み進んで行きました。登場人物の会話もリアル感がありました。前半は雑誌に連載されたもので後半はこの本のために書き下ろしたものだそうです。私は前半が特に面白かったです。 後半は甘い恋愛小説で、40半ば過ぎの私にはちときつかった。。。

しかし、この本にも出てくるけれど、関西の電車の高校生の会話っておもしろいですよね~。東京に来て一番思ったのが「電車の中の他人の会話が面白くない」でしたから。今年の夏は関西に行きたくなりました。宝塚ファミリーランドあとにドッグガーデンというのができているらしい。動物好きの次女を連れて行きたいなあ。

by oakpark | 2008-04-23 23:28 | | Comments(8)

本「奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝」   

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久しぶりに本についてのレビューです。 年の初め、年度の初めには「よし、今年はたくさん本を読むぞ!」と思うのですが、なかなか時間がとれず、、とれたとしてもすぐ映画のほうを観てしまい、読書量は増えません。反省。

どうしてこの本を選んだのか忘れましたが(多分新聞の書評かな)、薄い単行本だったので読んでみました。 ヘレン・ケラー23歳のときの処女作、自伝です。 ヘレンといえば、子供のころ伝記本を読み、私が小学生の頃に亡くなったと記憶しています。伝記本で読んだ人が亡くなったというニュースが妙に新鮮だったのです。やはり実存した人だったのね、と思えたので。

いや~、才女ですね。これで目も見えて耳も聞こえてたら、どんなに偉人になったでしょう、と思わずにはいられません。特に文学、語学方面にその才能を発揮したようです。英語だけでなく、フランス語、ドイツ語に堪能で、ラテン語、ギリシャ語までよみこなすなんて。数学は少し苦手だったようですが。まあ凡人のレベルじゃ,計れないでしょうけれど。文章も瑞々しく、本当に目が見えているよう。たとえば、満開のミモザの香りに誘われるシーンはこんなふうです。

「たしかに、ミモザはそこにあった。暖かい日差しの中で、木全体を震わせていた。花をいっぱいに咲かせた枝は、花の重みでしなって、もう少しで背の高い草に届きそうだった」

音のない暗黒の世界で暮らしていると五感が研ぎ澄まされるのでしょうね。すごい、すごいの連続でしたが、読み物としてはそれほど面白くなかったです。以前にアメリカのライス長官の伝記本「プライドと情熱」を読んだときも感じましたが。「へ~、すごいな」で終わってしまうのです。人をひきつけるユーモアに富んだ苦労話などがないと「おもしろみ」に欠けます。その点、これまたずっと前に読んだ「ご冗談でしょう、ファインマンさん」は面白かったです。伝記本もいろいろだなあ。

そういえば、ヘレン・ケラーとサリバン先生の苦闘の日々を描いた映画「奇跡の人」もわりとと最近に観ました。
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サリバン先生役のアン・バンクロフトがあの「卒業」のミセス・ロビンソンだと知ったときも驚きましたが、ヘレン役のパティ・デュークがショーン・アスティンのお母さんだということも驚きました。ショーン・アスティンは一般的には「24」や「ロード・オブ・ザ・リング」のサム役で有名かもしれませんが、わたしは子役時代の「グーニーズ」が印象に残っています。写真を見るとお母さんと似ています。現在のパティ・デューク。
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ショーン・アスティン。似てる~~。
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by oakpark | 2008-04-21 21:26 | | Comments(2)

映画「群集」   


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1941年の作品。原題は‘Meet John Doe'。レンタルショップで見て、バーバラ・スタンウィックが出ているというだけで選んだ映画です。この女優さんをどうして知ったかというと、例によって(笑)エルヴィスの映画に出ていたからなのです。1964年の「青春カーニバル」という映画で共演しています。この映画の解説に必ずといっていいほど「あの名優バーバラ・スタンウィックと共演!」と書かれているのですが、私は聞いたことのない女優さんだったので、だれそれ?てなかんじでした。

バーバラ・スタンウィックは1907年生まれなので「群集」のときは34歳です。美しいです。びっくり。そして演技がとても上手いです。熱演で迫力があります。さらに知的な雰囲気があります。キャサリン・ヘプバーンあたりと比べても全く遜色がない様に思いますが、なぜ私はキャサリン・ヘプバーンのことは知っていて、バーバラ・スタンウィックのことは知らなかったのかしら。やはり、作品がそれほどメジャーなものがなかったのでしょうね。

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「群集」は「或る夜の出来事」や「スミス都に行く」(私は未見です)、「素晴らしき哉、人生」のフランク・キャプラ監督の作品。白黒の古い映像で、深夜に観たので、何度も寝そうになりながら観ましたが、なかなか深い内容の映画だったように思います。

新聞社に勤める女性記者アン(バーバラ・スタンウィック)は、大量解雇で社を追われることになり、憤慨して最後の記事を書きます。ジョン・ドーなる架空の人物をでっち上げ、彼が新聞社宛に「この社会に嫌悪してクリスマス・イブの夜にビルから飛び降りることにした」という投書があったことにし、新聞に掲載します。ところがこの記事が大センセーションを巻き起こします。職を求めて集まった人々の中から、ひとり選びジョン・ドー(ゲーリー・クーパー)にしたて、アンはこれをネタに記事を書き続けることにし、傾きかけた新聞社の発行部数を増やすことに貢献しようとます。ところがアンは社長に利用されることになり、、ジョン・ドーなる男も自分が利用されていることに気づきます。イブの夜はどうなるのか。。。

この映画を観ていたとき、長女の机の上に「現代社会」の教科書を見つけました(何度も中断しながら観たので)。「大衆」「群集」「公衆」の違いについて勉強し、デイビッド・リースマン著の「孤独な群集」、エルースト・フロム著の「自由からの逃走」を勉強したようです。へ~、わたしも受けたいな、その授業。「現代社会」って私が高校生の頃にはなかった科目。なにげに面白そうです。 そういえば、大学で「社会学」の授業がありましたが、結構好きでした。100分授業なのに、20分遅く来て20分早く終わる先生でした。。。

映画「群集」の中で意味深なせりふがあり、その現代社会の教科書に書かれていることと関連付けて考えてしまいました。ルンペン同様な生活をしていた時代のジョン・ドーの相棒が言うのです。「金も何もないときは、風のように自由だ。でも、ひとたび金を握ると、それをめぐって「亡者」がすりよってくる。そして自由がなくなるんだ」 「なあ、組織には入るなよ、巻き込まれるな。自由でいるんだ」 はっきりとは覚えていませんが、そのようなニュアンスのせりふでした。

金はないけれど、自由気ままに暮らしていたジョン・ドーなる男が、人気者になるに連れ、自分の意志で動けなくなり、自分を失いそうになる。読んでいませんがフロムの「自由からの逃走」は、せっかく自由を獲得した民衆が、その自由の中で自己を確立すること出来ず、何かによりすがりたくなり、ナチズムに傾倒していったからくりが書かれた本だそうです。この本が出版されたのも1941年なので、この本に影響されたわけではないのかもしれませんが、そういうことを考えさせる時代だったのでしょうか。映画「群集」の主題と近いものを感じました。

バーバラ・スタンウィックが大物というわけがよ~~くわかりました。エルヴィスと一緒に写った写真です。すばらしいエルヴィスファンサイト ELVIS WORLD JAPAN から転載させていただきました。
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エルヴィスはめったに大物俳優と共演していませんが(マネージャーの方針だったらしい)、ほかに私が知っている大物俳優は、「闇に響く声」のウォルター・マッソー、「恋のKOパンチ」のチャールズ・ブロンソン(ウ~~ン、マンダム)です♪ チャールズ・ブロンソンは映画の雰囲気にそぐわないシリアスさで、熱演でした!

by oakpark | 2008-04-20 22:59 | 映画 | Comments(8)

捨てられない服   

衣替えのシーズンですね~。皆さん、もう済まされましたか?
私は今少しずつやっているところです。毎年、衣替えでゴミ袋1~2個分の衣類を捨てます。
本当は、発展途上の国へ寄付などをしたらいいのでしょうが、どのような手続きを踏んだらいいのかわからないし、正直面倒くさい。。。。毎年、私の厳しい審査を受け、残す服、捨てる服、雑巾になる服、の選別が行われます。もう3~4年くらい着られていない服は容赦なく捨て(または雑巾にし)ます。正確に言うと、夫の服は‘容赦なく’捨てられるのですが、迷っちゃうのが自分の服ですね~(最近は子供の服も‘容赦なく’捨てられる非情な母)。もう着ないんだけれど思い出のつまった服や、似合わないんだけれど好きな服ってのが捨てられません。

さて、写真のこの服は5年ほど前に購入し、ここ1~2年は、ひとシーズン2~3回くらいしか着ないのですが、毎年残されています。今年も残すつもりです。なぜか、というと、この服、私が小学校の高学年か、中学生くらいのときに、西宮の「ニチイ」で買ってもらった服に似ているのです。当時のわが家はそれほど裕福ではなく、服などは百貨店ではなくスーパーで買ってもらうことが多かったですが、その日も母のふところ具体はそれほどよさそうでもありませんでした。でも、私がねだるので仕方なく買ってくれたことを覚えています。そのときの母が優しかったな、という思い出が残っている服なのです。ノスタルジーを感じさせてくれる服です。
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今までに、捨ててしまった何年かあとに、あれがあったらよかったのになあ、と後悔した洋服は2着です。そのうちの、一着はとっても気に入っていたのに似合わなくて、鏡の前で着てはボツにしていた服で、どうせ着ないなら捨てちゃおうと思って捨てたのですが、肌触りとか色とか形とかが好きだった服で、たとえば、絵画を所有するように、ただ所有するだけでもいいから残しておけばよかったなあ、と後悔しました。その後は、これを教訓に、着ないけれど好きな服、使わないけれど好きなもの、も大切に残してておこうと決めました。

さあて、冬服の整理、ことしもGWくらいまでに終わるようににがんばるぞ!

by oakpark | 2008-04-20 13:45 | ファッション | Comments(8)

映画「ブラッド・ダイヤモンド」   

お友達推薦の映画ということで意を決して観てみました(笑)
わたしとしては「ホテル・ルワンダ」につづくアフリカもの、そして、観るのがきつい映画でした。

今回、あらすじを上手く書けそうにないので、こちらを参考にしてください。

この映画を観て、あの美しいダイヤモンドをめぐって、こんな悲惨な現実があるということを、恥ずかしながら、初めて知りました。アフリカの紛争地域でダイヤモンドが産出されると、武器購入の資金に利用され、密輸が横行する。政府軍と反政府軍との対立が激化し、何の罪もない住民が虫けらのごとく殺される。少年は捉えられ、少年兵として殺人マシーンに改造される。なんと悲しいことでしょう。舞台となった、シエラレオネという国がどこにあるのか地図帳で調べてみました。アフリカの西海岸沿いにある小国でした。きっと美しい海の広がる国なのだろうな。そこであれほどまでに悲しい現実があるとは。アフリカの他の地域に目を移してみると、あちこちに「ダイヤモンド」の文字がありました。 世界一高価な宝石が産出される、はたから見るとうらやましい大陸。しかしそれゆえに経済大国が利権を求めて押し寄せてき、平和をかき乱してしまうのですね。

映画を観ると、いろいろ勉強になります。一方的な見方でそれがすべてではないのかもしれないけれど、何かを考えるきっかけを与えてくれます。「紛争ダイヤ」「キンバリー・プロセス」といった言葉も知りました。ローデシアという国が今はジンバブエで、アパルトヘイト政策をとっていた国だということも知りました。苦しかったけれど、この映画を観てよかったです。 ただ、私としては、残酷シーン、戦闘シーンが長かったです。もう少し、ドキュメンタリータッチに掘り下げた静かな映画のほうが好みです。しかし大多数の観客はこういう派手な映画を求めているのでしょうね。ドキュメンタリーの要素が少しある、エンターテインメント映画でした。

シエラレオネの猟師、ソロモン役のジャイモン・フンスー、ローデシア出身のダイヤモンド密売人、ダニー役のレオナルド・ディカプリオともすばらしかったです。ジャイモン・フンスーは、「アミスタッド」という映画では西アフリカから連れてこられた奴隷役を演じていましたが、力強いアフリカ人役がぴったりの人。ディカプリオは、今回悪人役なのでしょうか。ディカプリオだからいつか善人になるはず、と思いながら観ましたが、なかなかすんなりと善人にはならない。そのあたりも、この映画のよかったところです。美人ジャーナリスト(ジェニファー・コネリー)との間に芽生えるほのかな情愛、ソロモンとの間に芽生える一体感といったところを、本当に上手く表現していました。ディカプリオはやはり実力者です。アフリカなまりの英語といい、皮肉っぽい表情といい、今まで私が観たディカプリオ映画で一番よかったと思いました。 これからも、ますます期待できそうです。

ディカプリオといえば、初期の頃は、私が映画好きになるきっかけとなった俳優リヴァー・フェニックスの後継者的な存在だったようです。リヴァーにキャスティングされるはずだった「太陽と月に背いて」のランボー役や、リヴァーが出演を熱望した「バスケットボール・ダイアリーズ」の主役を演じていますし。本人も少しはリヴァーのことを意識していたのでは。でもいまや、そんなこと忘れてしまいそうなほど(私は忘れないが・笑)、立派な俳優になりました。
ディカプリオ出演の映画は、それほどたくさん観たわけではないですが、私のお気に入りは「ギルバート・グレイプ」と「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」です。そして、この「ブラッド・ダイヤモンド」も残酷シーンを抜きにすれば、もう一度観たい映画です。
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by oakpark | 2008-04-16 22:32 | 映画 | Comments(6)

映画「天国と地獄」   

エルヴィスの「It's Now or Never」がらみもあって、黒澤明監督、三船敏郎主演の「天国と地獄」を観ました。

邦画をほとんど観ない私は、実は、今回黒澤明監督の映画をはじめて観ました。小津安二郎監督の映画はいくつか見たことがあるのですが。三船敏郎もじっくり観たのは今回が初めてです。

前回の「夜の捜査線」」を観たときと同じような感想を持ちました。派手なアクションがあるわけではない、銃撃戦も流血もないのに、非常にドキドキし、手に汗握る緊迫感のある映画でした。2時間23分という大作ですが、それほど長さは感じませんでした。1963年の映画で、この時代の邦画をあまり観ていないせいもあって、最初のほうこそ、俳優のせりふ回しに違和感がありましたが、慣れてくるとどんどん引き込まれていきました。

靴会社の重役である権藤(三船敏郎)が、持ち株を増やして会社をのっとるため金を工面し、今まさに行動に移そうとしていた時に、自分の子供(江木俊夫、フォーリーブス♪マグマ大使♪)と間違えられてお抱え運転手の子供が誘拐されてしまいます。犯人は今すぐ3000万円の金を用意しろという。会社か子供の命か苦悩する権藤。次第に明らかになる犯人像。犯人は、自分の貧しい小さなアパートから、丘の上の権藤の屋敷を毎日眺めている男だった。子供は助かるのか。犯人はどういう男なのか。。。。。

初めて見た三船敏郎は、最初せりふが一本調子に感じました。いつも怒っているようというか。でも、演技がとても迫力があってリアル。身代金を投げるシーンや、子供と出会うシーンはすごかった。三船敏郎だけでなく、他の俳優もみんなとてもリアルで迫真の演技でした。誘拐された子供の父親役の俳優さんの演技にも泣きました。真夏と言う設定で、じわ~~っと暑さが画面から伝わってきます。経過報告を発表している刑事が(見たことのある俳優さん、だれだったかな~)、シャツの中の汗を拭きながらしゃべるところなんてとってもリアルだった。ウィキペディアで調べると、実は真冬に撮影されたとか。黒澤監督は「夏だと気がゆるむ。冬に夏の演技をさせると、みんな一生懸命暑そうにするだろう」と言ったとか。すごい監督ですね。 犯人は山崎努。調べるまでわかりませんでした。いや~~、すごい演技でした。

ネットでいくつか感想を読むと、前半の心理描写はいいが、後半少しだれるというのがいくつかありましたが、私は、後半の犯人を泳がせるシーンがよかったです。山崎努が怖い。何かしそう~と、どきどきしました。 問題の「オー・ソレ・ミオ」ですが、犯人が捕まるクライマックスに流れました。歌が入っていないので「オー・ソレ・ミオ」ということになっているそうですが、前奏、メロディー等、完全にエルヴィスの「イッツ・ナオ・オア・ネバー」でした。エルヴィスの声入りで観てみたかった!

前に、ケビン・コスナー主演の「スコーピオン」という映画を観たとき、クライマックスの銃撃戦のシーンでエルヴィスの「マイ・ウェイ」が使われていました。画面の残酷さとエルヴィスの温かい歌声が対照的で妙に切ない気分になったことを覚えています。

この、かわいそうな犯人が悲愴な表情で捕まるシーンでこの上なくロマンティックな「It's Now or Never」が流れることによって、犯人の悲劇性がさらに際立ったように感じます。黒澤監督は卓越した音楽センスの持ち主でもあるそうですが、よくこの組み合わせを思いついたな~と思います。他の黒沢監督作品も徐々に観ていきたいです。そうそう、仲代達也がさわやかな男前でした♪

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by oakpark | 2008-04-14 00:58 | 映画 | Comments(27)