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みんなちがってみんないい 映画「ヘアスプレイ」   

話題のミュージカル映画、「ヘアスプレイ」を観てきました。

いや~~楽しかった!かわいかった!
久々に、もう一度観たい、と思う映画でした。

60年代ファッション、華やかなダンス、はじける若々しさに人種差別、体型差別、年齢差別、といった要素を盛りだくさんに織り込んで、楽しく、かつ、考えさせられる映画に仕上がっています。

オーディションで選ばれた主役の女の子、ニッキ・ブロンスキの笑顔がかわいい。

ミッシェル・ファイファーのコミカルな悪役ぶりには笑わされました~~。ミッシェル・ファイファーは昔からわりと好きな女優さんです。

クイーン・ラティファの堂々とした歌いっぷりに感動。どこかで見たことがあると思ったら「シカゴ」に出ていた人でした。

トラボルタの特殊メイクすごい。女性的な動きもすごく研究している。
「男の気持ちもわかるのよ」のせりふ、効いていました~。できれば、もっと踊って欲しかったな。
クリストファー・ウォーケンとのキスシーンがなくて、ほっ。

そして、そして、「ハイスクール・ミュージカル」を観て期待していたザック・エフロンくんですが。う~~~~~~~ん。。。 黒髪は似合わないなあ~。あの髪型も~~~。エルヴィスっぽい動きは良かったけどね。意外に首短いのね。 ちょっと演技がしつこいなあ。。。。 というわけで、次回作に期待♪ でもかわいい顔していますね~~。

それよか、司会の人がスマートでかっこよかった。ジェームズ・マースデンという人みたいです。
60年代の雰囲気がよく出ていてよかったわ。

そのほか、いつもキャンディーをなめている女の子も、その女の子に恋する黒人の男の子も、みんなよかった。 舞台版も観てみたいです。

この映画、もともとはジョン・ウォーターズが監督した1988年の映画のリメイクなのですよね。ジョン・ウォーターズはボルティモア出身で、不良に憧れるさえない少年だったそうです。
以前に日記に書いた、トレイシー・ローズを起用した映画「クライ・ベイビー」(主演はジョニー・デップ)の監督さんでもあります。

ジョン・ウォーターズもこの2007年版「ヘア・スプレイ」にカメオ出演しているみたいです。Flasher という役。え~~どのシーンだろ。やはり、もう一度観にいかなくちゃ。

《追記》
辞書を引きました。flasher =(俗)露出狂
最初のほうのあのシーンですね♪
某ブログで教えていただきました。ありがとうございました♪

by oakpark | 2007-10-31 17:36 | 映画 | Comments(7)

リヴァーの命日   

きょう、10月31日は、1993年に23歳で亡くなった、リヴァー・フェニックスの14回目の命日です。

リヴァーは、ハロウィンの朝1時ごろ、ロサンジェルスのサンセット通り沿いにある、ヴァイパー・ルームというクラブから出たところの歩道に倒れ、そのまま亡くなりました。死因は薬物過剰摂取。当時ヴァイパー・ルームの共同経営者のひとりが、ジョニー・デップで、ジョニーもその日お店にいたとかいないとか、その辺は定かではありません。一緒にいた、妹のレインが必死に蘇生を試み、弟の、当時19歳のホアキンは悲愴な声で救急車を呼びました。仲良しだった、レッド・ホット・チリ・ペッパーのフリーは、救急車に一緒に乗り、病院までついていったそうです。

死因が「薬物過剰摂取」だったということで、リヴァーのことを薬物依存症だったと思っている人もいるようですが、本当はそうでないのです。常習的に使っている時期もあったかもしれませんが(「愛と呼ばれるもの」撮影時はかなりおかしかったらしい)、亡くなった時は、長らく、薬物を絶っていて、久しぶりの摂取だったのです。それが却って心臓に悪かったという説もあります。

当時、リヴァーは「ダーク・ブラッド」という映画をアリゾナの砂漠地帯で撮影中で、薬物とは関係のない生活をしていました。しかし、この撮影は23歳のリヴァーにはとてもつらいものだったそうです。人里離れた僻地での撮影、同年齢の話し相手になる役者はおらず、さらに、監督と主演のひとり、ジュディ・デイビスがとても仲が悪く、撮影現場の雰囲気は最悪だったとか。リヴァーにしてみれば、大好きな映画「未来世紀ブラジル」の俳優、ジョナサン・プライスと共演でき、喜こんでしかるべきなのに、実際は、楽しい撮影ではなかったようです。ジュディ・デイビスがリヴァーをいじめた、という話も残っています(なので私は、その後ジュディ・デイビスが嫌いになりました)。リヴァーは、寂しさを紛らせ、テンションをあげるため、「愛と呼ばれるもの」で共演した恋人のサマンサ・マシスや、母親に撮影現場に来てもらったりしていました。もちろん、どちらも来ることができないときもあったそうです。

思うに、エルヴィスにしても、映画撮影時はいつも大勢の仲間を連れていたそうで、役者にとって、特に、人付き合いの苦手なスター役者にとっては、撮影所はこの上なく孤独な場所なのでしょうね。

そんな、リヴァーにとってつらい撮影でしたが、室内のシーンを撮るために、ロスに移動し、2~3日の休みをとることができました。久しぶりの都会。久しぶりの仲間。リヴァーはちょっとは羽目をはずしたかったのでしょうね。10月30日土曜日の晩、リヴァーは滞在していたホテル(確か日本人街にあった、ニッコーホテルだったと思う)の部屋で仲間を集めてパーティをしました。その時に何かのクスリを摂取したのでしょう。その後、数人でヴァイパールームに移動。そこでも、知り合いか誰かに薬を渡され、深く考えずに飲んでしまったのではないでしょうか。「よお、リヴァー、久しぶり!いいブツが手に入ってんだぜ。ちょっと試してみないか」てなことを言われて。。。

そして、その飲み合わせが悪かったようです。クリーンな体に衝撃が強すぎた。気分悪くなったリヴァーは仲間に体を支えられながら店の外にでて、そのまま倒れてしまうのです。

なんという、不運な、悲愴な最期なのでしょう。

もっと、慎重に行動すればよかったのに。
もっと、自分の体をいたわればよかったのに。
そう思わずにはいられません。

しかし、なんでも極端に走ってしまう、破滅型の人生を歩んできた、心優しいリヴァーにとってあれが精一杯の人生だったのかな、と思ったりもします。
10歳の頃から路上で歌い、大家族を支えてきたリヴァー。きっと、今頃は天国で大好きな歌を歌いながら、ストレスやプレッシャーから解き放たれて楽しく暮らしているかな。

「スタンド・バイ・ミー」をはじめ、映画に残した彼のピュアな演技、美しい姿は、いつまでの映画史に残ると思います。

さて、このリヴァーが亡くなった、1993年の10月31日ですが、私は、なんと、ロスに住んでいたのです。で、思い出しますと、昼ごろに、1歳半の長女にアラブの女の子のような衣装を着せ(当時、ディズニーの「アリ」が流行っていました)、一番近いショッピングモールの「サンタ・モニカ・プレイス」に繰り出していたのです。ほんの数キロ離れたところで、そんな悲劇が起こっていたなんて。。。

当時私はリヴァーの名前は知っていましたが、ファンではありませんでした。その数日後、買い物に出かけたスーパーのレジあたりに置いてあった雑誌の表紙で微笑むリヴァーに、なぜか強烈なインスピレーションを受け、すぐにかごに入れたことを覚えています。写真の「People」誌です。発行日は11月15日です。その数年後、たまたまレンタルした「旅立ちのとき」その他でリヴァーのファンになり、この雑誌は私の宝物になりました。なぜあの時、興味もなかったリヴァーの表紙の雑誌を買おうと思ったのかなぞですが。彼の目つき、その笑顔、ひきつけられずに入られない何かがありました。

同じ時期やはりたまたま購入し、日本に持って帰った「People」誌3冊です。
「People」誌は、日本で言うと写真週刊誌のようなもの。芸能人ネタが多いです。
雅子さんの「Reluctant Princess (気の進まないプリンセス)」というタイトルが面白いと思いました。発行日は5月24日です。

あれから14年なのですねえ~。
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by oakpark | 2007-10-31 01:33 | RIVER PHOENIX | Comments(0)

父と娘♪   

今日は長女の話。

現在15歳、中学3年生の長女は、赤ちゃんの時から激しい性格でやりにくい子でした。
生後1か月で末期がんのおじいちゃんを見舞うため大阪まで飛行機で往復し、生後4ヶ月でアメリカにわたり、両親に付き合って、あっちこっち旅行に連れまわされ(含ヨーロッパ旅行2回)、兄弟の中ではダントツで移動距離の長い子です。

1歳9月で日本に戻り、初めてお父さんと一緒に外出した日のことを私は忘れません。
二人で、東京タワーに行きました。
最初に長女が「ただいま~~~!!まず(なまずのことらしい)がいたよ!」と元気良く玄関に飛び込んで来て、そのあと顔をのぞかせた夫の疲れきった表情。思わず笑ってしまいました。どうだ、この子と二人の外出は疲れるだろ、と勝ち誇ったような感覚を味わったのを覚えています。

以来、やれ幼稚園だ小学校だ、なんだ、かんだと、いろんな行事にお父さんも積極的に参加し、どの家庭もそうでしょうが、それはそれはかわいがって育ててきました。長男も次女ももちろんかわいいけれど、最初の子にかけたエネルギーはやはりほかとは比べられないくらい大きいものでした。

その長女も思春期に入り、ふてくされた表情をしていることが多くなりました。
そして今年の5月の連休、ついに、お父さんと長女が大喧嘩をしました。原因はもう忘れました。携帯の使い方だったか、長女のふてくされた態度に夫が切れたか。。。とにかく、もう激しいけんかをしました。肉弾戦です。お酒が入っていた夫は歯止めがきかず、相手が女でしかも子供(といっても身長164センチ)であることも忘れて掴み合いのけんかをしました。今まで家族の誰にも暴力をふるったこともなく、ふるいそうなそぶりさえもなかった、あの穏やかな夫をあそこまで怒らせるのですから、長女もたいしたものです。

とはいえ、私は悲しかったのです。ついに平和な親子関係が終わった、と思いました。そばで次女は泣き叫び、いつも冷静な長男は「おとうさん、やめなよ」と言っていました。。。私はひたすら長女が傷つけられないようにかばっていました。

まさに修羅場という状態でしたが、忘れっぽい二人はほどなくその「事件」のことも忘れたように普通の会話を始めました。一見平和に収まったようですが、きっとわだかまりはまだあったはず。

そしてこの秋、受験生の長女の数学の成績があまりにも悪い、ということに気づいた夫は、ついに立ち上がりました。 長女の塾のない日や、休みの日などに、大好きなお酒を我慢して、つききりで数学の勉強に付き合ってくれるようになったのです。 長女が解けなかった問題を通勤電車の中で解き、夜帰宅してから解説しています。えらい、おとうさん!二人で顔を突き合わせて問題に取り組む姿を見て私はちょっと感動してしまいました。

私には「あの日」の罪滅ぼしを夫がしているようにも思えます。もしかしたらあの「修羅場」がなければ、こういう微笑ましい光景もなかったかもしれないと思うと、「あの日」も意味があったのかなと思える今日この頃です。

コーヒーを出したり、ズボンにアイロンをかけたりする私を見て、「最近サービスがよくなったな」と夫が言います。そりゃそうでしょ。
たとえ、長女の数学の成績が上がらなくても、いい思い出が出来たということでよしとしなければならないのかな。。。 でも、がんばれ~、すうがく!

by oakpark | 2007-10-15 13:18 | 雑感 | Comments(6)

憧れの白いシャツ   

なんてことない普通の木綿の白い長袖シャツが好きです。

これには思い出があるのです。
まだ独身で実家に住んでいたころ、仕事を終えて駅から自宅に向かって自転車で帰る時によくすれ違う素敵な女性がいました。その人は確か近所の国道2号線沿いにあったスポーツクラブの受付の方。年のころは40代から50代くらい。いつも白いシャツを着てらっしゃいました。4割くらい白髪になった髪をきりりとアップにし、白シャツの襟をかっこよく立て、タイトスカートにハイヒールで颯爽と歩いてらした。目を引きましたね。いつも白いシャツというのがとてもかっこよかった。20代の頃から白髪があった私は、自分もきっとあんなふうな髪になるだろうから、あんなふうに白シャツをきりりと着こなしたいなあ、と憧れていました。ファッションでも考え方でもぶれない人というのはいつも憧れの対象です。周りに影響されまくりの私としては。。。
今ではかなり白髪が増えてしまった私ですが、かの女性の境地のようにはいかず、髪を染め白以外の服ばかり着てしまっています。


あと、メグ・ライアンの白いシャツとジーンズの着こなしにも憧れましたねえ。たしか「フレンチ・キス」という映画でした。あんなふうなシンプルな着こなしができるといいなあ、と。

毎シーズン、長袖シャツの季節になると白いシャツを出してアイロンをかけます。でも、なかなか着ることができない。しみがつくとイヤだからとか、あまり洗ってよれよれになるとイヤだからとか、いろいろ考えて。

今、手持ちの白シャツの中で一番のお気に入りは5~6年前にマーガレット・ハウエルで購入したもの。肩のラインとか、身頃の幅とか、アームホールの大きさとか、もう全く理想的で、着るだけでメグ・ライアンのようになる優れものなんです(いいすぎ?) でも、それだけ思い入れが深いので、今までで、まだ10回くらいしか着ていない。洗ってよれよれになるのがイヤだから。

先日今シーズンのハウエルの白シャツはどんなのがあるかなと、お買い物ついでにお店をのぞくと、あるにはあったのですが、2万円以上するのです。お店の人に尋ねると、細い糸で織った木綿なので高いとか。

ア~、こんなことなら、あのお気に入りのシャツをもう1,2枚買っておけばよかったな。値段は15000円くらいだったし、昔のロゴだから。そう!ハウエルのロゴがモダンなものに変わってしまっている! 昔のほうがよかったな~~~。 人間二人が腕を組んで大またで歩いているような模様の上に、Margaret Hawell と筆記体で斜めに書かれているあのロゴが大好きだったのに。


先日も久々にまとめて白シャツのアイロンがけをしました。こういう時は楽しいです。いろいろな思いをめぐらせながら丁寧にアイロンがけをしていきます。 夫のYシャツのアイロンがけはだいっきらいだけれど、、、というか最近してないわ。

by oakpark | 2007-10-03 11:57 | ファッション | Comments(4)

カルチャーセンターの映画講座   

8月からカルチャーセンターの映画講座に参加しています。
これがすっごく楽しいのです。
先生はイギリス人、生徒は私以外に3人いて、多分全員私より年上の方。皆さんそこそこ英語がお上手で映画を愛する方々です。一人の方などわたしの母と同い年なのにすごいなあ。

先生の説明や分析のしかたがすばらしく、とてもわかりやすいです。今まで何気なく見ていた映画にこういう解釈もあったのか、と深く知ることが出来て、発見が多く、1時間半があっという間に感じるくらい楽しいです。生徒の英語のスピーキング力も同じくらいで、「えっと、なんだっけな」と誰かが言うと、だれかが「○○じゃない?」とお互い助け舟を出し合います。先生も実は日本語がお上手で、私が以前の授業で「悟り」に当たる英語がわからず、「さとり、、、」ともごもごいっていると先生が「オー、サトリ(トにアクセント)」とわかってくださり、英語では enlightenment という語を当てることが多いと教えてくださりました。

今期のテーマは「ロード・ムーヴィー」で、とりあげられた映画は「怒りの葡萄」「イージーライダー」「眺めのいい部屋」「デッド・マン」そして最後が私の好きな、というか、かなり衝撃を受けDVDを買ってしまった「テルマ&ルイーズ」でした。 ロード・ムーヴイーというのは 旅を通して登場人物が成長していくという過程を描いている場合が多いですが、「テルマ~」でのテルマの変化を housewife → party girl → victim → outlaw というふうに identity が変わっていっている と説明してくださいました。

さて来期のテーマは「アイルランド映画」です。一回目がケン・ローチ監督による「麦の穂をゆらす風」。 見たことはないのですが良い映画と聞いています。重いテーマだそうですが。先生がどんな風に料理してくれるかが楽しみです。

長女に「あなたたちはね~、毎日の授業をうっとおしいと思っているかもしれないけれどね~~、大人になるとお金を払っても授業を受けたくなるのよ。勉強できる身分であることをありがたく思わないと」というと、「だってお母さんは、好きなことだけでしょ」ですって。ごもっとも~~~。

by oakpark | 2007-10-01 23:24 | 映画 | Comments(6)