カテゴリ:本( 78 )   

本『映画と本の意外な関係!』 町山智浩   

映画評論家の町山智浩さんは、映画に関することやアメリカの歴史や、現在の政治や文化についてなど、いろいろなことを書いて本にしているが、こういうことも書くのですね、という新鮮な驚きがありました。映画と本都の関係や、映画の中のせりふの元ネタになった詩についてなど、とっても知的レベルの高い内容になっています。こういう本もどんどん書いていただきたいです。
e0123392_15532191.jpg
'いろいろと興味深い内容がありましたが、なかでも、私の大好きな恋愛映画「恋人までの距離 (Before Sunrise '95)」とその続編映画(でも私は最初のが一番好き)にかなりのページを割いてくれていてうれしかったです。この映画は、アメリカ人大学生のジェシー(イーサン ホーク)が、ヨーロッパ旅行中に偶然出会ったかわいい女の子、セリーヌ(ジュリー デルビー)一晩、語り合いながら街を歩く、というただそれだけの映画。ほとんどがとめどなくあふれてくる会話で構成されています。ここまでしゃべり続けるのもすごいなあ、と思うし、それだけ、一偶然の出会いでうまがあったんだろうな、とほほえましくなります。そして、ジェシーの飛行機の時間が来て、電話番号も聞かず別れてしまいます。

町山さんの解説を読みながら、今までの自分の人生を振り返り、たまたまた出会い、自分に好意を持ってくれたのに邪険に扱ってしまったなあと、思う事例が2件あるなあ、と思い出していました。どちらも女の子なんですけどね。

一つ目は、小学校の一年生の時。名前も顔も忘れてしまいました。覚えているのは雰囲気だけ。賢そうな女の子でした。正確には覚えていないし、実は本当にそんなことがあったかどうかも最近では自信がないのですが、ある時その女の子に、「今日、うちに遊びに来て」と誘われたのです。当時私は団地に住んでいて、女の子の家は同じ団地内だけれど、自分の家からは少し遠いと感じる場所にあったと思います。そのときのかんじ、え?なんで私を誘うのかな。特に友達ってわけでもないのにな、と思ったことをかすかに覚えています。少し前の算数の時間にこんなことがありました。先生が算数セットの中にある棒で「11」を作ってください、と言いました。私は、単純に棒を2本出して、それを並べて「11」にしました。すると、先生が、はい、そこと、そこの子、前に出てきてみんなに見せてください、といいました。なぜか私が指名され、もう一人指名されたのが、その女の子でした。私は、何の疑問も持たず、2本の棒を高らかに掲げたのですが、なんとその女の子は10本の束と1本の棒を頭上に掲げいていたのでした先生が言いました。「さあみなさん、どちらが正しいでしょう?」そのあとはもうお分かりですね。私は50年後も忘れない大恥をかいたのでした。そんなことがあったせいか、私は約束を破ってその子の家に行かなかったのです。もしかしたら、その利発な女子は、私のことをかわいそうだと思ってくれたのかな、でも友達になりたいと思ってくれたのかな、といろいろ思ってしまうのですが、答えは永久にわからないまま。なぜなら、その女の子、あくる日に引っ越してしまったのです。なんであの時、意地を張らずに遊びに行かなかったんだろうと、その後時々思い出します。

もう一つは、24歳の時に、イギリスのカレッジのサマースクールに参加した時のこと。いろんな国から、いろんな年齢の外国人が参加していました。スペイン人が多かったかな。日本人も数人いました。韓国人もフランス人もいました。ヨーロッパの人たちは、日本人にはあまり興味がなさそうでした。そんな中、ひとりの東ドイツの女の子が私によく話しかけてくれました。お互いつたない英語で、少し会話を交わしました。でも、当時の私は東西に分断されているドイツのことにも、英語のつたないヨーロッパの人にもあまり興味がなかった。英語を学びたくて、英語ネイティブの人としゃべりたいと思っていた。あまり友好的な態度を示さず、連絡先も交換せずに別れてしまった。その5年後にベルリンの壁が崩壊したとき、あの時の彼女はどうしたかなあ、と思い出した。そういえば、西に住んでいる親戚とは会えない、というようなことも言っていたな、親戚とは会えたかな。ちゃんと連絡先を交換していたら、律儀そうな彼女とその後も交流を続け、興味深い話もたくさん聞けただろうに。

「恋人までの距離」の続編の「ビフォア サンセット」で、ジェシーが「なんで僕たち、あの時電話番号を交換しなかったんだろう」というと、セリーヌが「若いうちは一つ一つの出会いを大事にしないからよ」と言うのだけれど、まさにその通り。もっと大事にしておけばよかった。

「恋人たちの距離」の最後で、ジェシーがセリーヌとの別れを惜しんで詩を暗唱するシーンがある(らしい by町山さん)。それは、W.H.オーデンという詩人のこういう詩らしい。 心にしみる。

年月がウサギのように
逃げ去っても
僕はこの腕に
永遠の花を抱く
世界最初の愛のように

しかし街中の時計が
鐘を鳴らし始めた
時はごまかせないよ
時は征服でいないよと

by oakpark | 2017-02-25 16:41 | | Comments(0)

「沈黙」遠藤周作 を読んだ   

このところ、腰を据えてパソコンに向かえず、じっくり考えて文章を書くこともままならない日々。
でも、メモ程度には、読んだ本、観た映画、 考えてこと、などを残していこうと思う。

遠藤周作の「沈黙」を読んだ。有名な本なのに、読んだことがなかった。 マーティン スコセッシ監督の「サイレンス」が公開され、町山智浩さんの解説が素晴らしいと、ツイッターで多くの人が書いているので、これは映画を観なければ、そして原作の本も読まなくては、そして町山さんの解説を聞かなければ、と思った。

順序として、本来は、本→映画→解説 なのかもしれないが、まず本を買い、読み始め、そして我慢できなくなり、有料だけれど解説を先に聴いてしまった。そして読了。映画は映画館で観る勇気がないので、レンタルで観ることになりそう(しかもとばしながら・・・?)

いろいろ考えた。
町山さんのいう、スコセッシの抱く劣等感が、遠藤周作の劣等感と共鳴し、「サイレンス」構想へ。スコセッシのメンター的存在であったエリア カザンへの想いも、込められている、とは。

ひるがえって、現実社会。
ただいま、受験の真っ盛り。 教え子も、そしてわが子(末っ子)も。
なかなか思い通りにはいかない。

「沈黙」で、踏み絵を踏んだ人と、踏まなかった人との違いは?と考えた時、とっても卑近な例、ではあるが、同じくらいの努力あるいは、それ以上の努力をしたのに、大学に受かる人と、受からない人の違いは? を思ってしまう。

もしかしたら、受からなかった人のほうが得たものは大きいのかもしれないのだ。

by oakpark | 2017-02-22 12:33 | | Comments(0)

本「さよなら コロンバス」   

用事で大阪に来ていて、1人でホテルに宿泊している。1人でホテルなんて何年ぶりだろう。開放感ありすぎて眠れなくなりそう。今はスマホという、おもちゃもあるしね。

もちろん、うちでも1人になれるけど、開放感が全然違う。家の中だと、家事や宅配や周りの生活音が気になるし、外に出てカフェなどで時間を過ごすときも、夕食の時間や子供の帰宅時間が気になる。すぐ現実に引き戻されてしまう。

だから、旅行に出た時こそ私は雰囲気が大事な小説を読むようにしている。今回選んだ、フィリップ ロスの「さよなら コロンバス」はまさにそんな感じの小説だ。劇的な何かが起こるわけではない。ただ、若い男女の出会いと恋愛、そしてその終焉を、ユダヤ人家族のコミカルさや身分違い(経済力違い?)から生じる歪みを絡ませながら描いた小説だ。

一瞬で恋に落ちる瞬間って、やはり肉体の外見からなんじゃないかと思う。言葉や雰囲気で恋に落ちる場合ももちろんあるけど、肉体の魅力の強烈さにはかなわない。この小説の主人公のニールは、ある夏の日のプールサイドで、女の子に眼鏡を持ってて、と言われた。その女の子、ブレンダが泳いで戻って来て眼鏡を受け取ってくるりと向こうを向き水着のお尻の部分を指でつまんで引き下ろしたとき、ニールは恋に落ちる。行数にしてたったの9行。恋に落ちるのってそんなものかもしれない。

彼女は名門ラドクリフ大学の学生で夏休み休暇で、実家に帰って来ている。実家は成功した金持ちのユダヤ人家庭だ。一方のニールは普通の家庭の出で、今は図書館で働いている。このあたり、「ある愛の詩」を思い出した。やはり主役の女の子はラドクリフ大の学生だが、こちらは男の子がハーバードで、さらに上という格差になっている。貧しい女の子が、大邸宅の男の子の家に招待されるシーンがあったけど、もしかしたら1959年出版の「さよなら コロンバス」が元ネタになっているのかも。逆バージョンということで。

格差、青春の揺らぎ、ユダヤ人のしがらみ、モラトリアム、微妙なズレ、など、アメリカ文学の雰囲気だなあ、と思う。映画「卒業」も思い出してしまう。

作者のフィリップ ロスは、現代アメリカ文学の代表的な小説家の1人、ということで今回作品を選んでみたが、他の作品や、他の代表的アメリカ文学も読んでみたいと思った。
家にいると、なかなか入り込めないタイプの小説です。よかった、読めて。
e0123392_01110884.jpg


by oakpark | 2016-12-18 00:35 | | Comments(0)

本「ある明治人の記録~会津人柴五郎の遺書~」   

かなり前に買っていた本をふと思いついてやっと読みました。
e0123392_13241644.jpg

ブログに書こうと思うくらいなので、お分かりだと思いますが、とっても面白かった! 1971年に初版が刊行され、2008年には45版まで版が重ねられているところをみても、多くの人に支持されているのがわかります。私自身、国語が苦手で、ましてや文語体で書かれた文など普通は読む気にもならないはずで、実際何度か読み始めようとしたのですが、気持ちが乗らず断念と言うことを何度か繰り返してきました。ただ、この本のことは新聞その他の書評なので何度か目にしていて、とても気になる一冊でした。それに最近毎朝楽しみにしているNHK朝ドラの「あさが来た」と同時代のおはなしでもあるし、えいやっと思い切って読み始めると意外や意外、とっても面白かったのです。

会津人柴五郎は戊辰戦争で落城した会津藩の生き残り。当時10歳で、母親、祖母、姉、兄嫁、8歳の妹までもが落城を前に自刃し、自身は親戚の家に預けられていて助かった人。その後乞食同然の極貧生活を強いられるも、最終的には陸軍大将にまでなった人格者です。本書は、1945年に85歳で亡くなった柴五郎が死を前にして遺書代わりに残したメモを、柴が大変世話になり、本の中でも再三感謝の言葉を述べている、熊本藩士 野田豁通の甥の息子である石光真人が、一冊の本としてまとめたものです。柴五郎本人の言葉で書くという形態をそのまま残しているため、明治初期の、生身の生きた日本人の生き様、心情が生き生きと伝わってきて興味深い。 悲しい描写ではほろりときて、コミカルな場面では大笑いし、五郎少年のほほえましい(といってもかなり悲惨な状況なのだが)姿が目に浮かぶようです。文章は幼年学校から陸軍士官学校に進学するあたりで終わっています。

文語調なので、最初はとまどい、最後まで読み切れるかなあと心配しましたが、これがまた意外にもとってもリズムが良くてここちよい。口語体とはまた違った趣で、言葉がずしりずしりと胸に来る感じなのです。文語体っていいなあと、初めて思いました。知らない日本語も多く(流涕とか倉皇とか)、昔の人はえらいなあと思ったりしました。

たとえば、母との別れの場面。柴家の男子一人ぐらい生き延びさせようと、母たちが画策し、松茸狩りと称して親せき宅に預けられる場面。

「これ永遠の別離とは露知らず、門前に送り出でたる祖母、母に一礼して、いそいそと立ち去りたり。ああ思わざりき、祖母、母、姉妹、これが今生の別れなりと知りて余を送りしとは。・・・・・・・・・・いかに余が幼かりしとはいえ不敏にして知らず。まことに慚愧に絶えず、想いおこして苦しきことかぎりなし。」

そうかと思えば、こんな爆笑の記述も。
「余の幼時に奇妙なる癖一つありて、家族に迷惑をかけたり。毛のなき頭を見れば恐ろしく、わっと泣き出す奇妙な癖なり。・・・・・・・・・あるとき路上にて武村という禿頭の老人が余のうしろより歩き来るを知り、例のごとく一目散に我が家へと走りたるところ、石につまずきて転倒せるあいだに、余を追いこしていける。見れば意外にも後頭部に小さき丁髷あるを認め、ほっとして泣きやみたることもあり」

読むにつれて、柴五郎という人の人となり、純粋で素直で親兄弟思いで義理堅い風情が伝わってきて、私自身、思いが高まり、家族に『ねえねえ聞いて聞いて』と再三感動個所を読んで聞かせ、「またその話~~?」と嫌がられながら、一気に読み終わりました。

NHK朝ドラの「あさが来た」でもあったエピソードで、当時の男性が髷を切り断髪したものの、どういう髪型にしたらよいのか(罰せられたりしないか)とか気にしている様子も描かれていて、へ~~やっぱり大ごとだったのねえと思いました。

もちろん、ここに書かれていることをすべて是というわけではないけれど、日本人として襟を正したい気持ちになる本でした。

昔の日本人たちが頑張ったから、いま私たちがいるのですね(当たり前だが)。

柴五郎氏。 子供のころからおとなしく、やんちゃなどしたことがないとご本人が書いておられます。なかなかりりしいお顔立ちの方です。
e0123392_15192688.jpg

by oakpark | 2016-02-14 14:58 | | Comments(0)

あけましておめでとうございます   

2016年 あけましておめでとうございます。

ブログを始めて9年です。早いですね~、時がたつの。10年なんてあっという間。10年後の自分の年齢を考えるとぞっとします。 でも、一歩一歩、進んでいくしかないですね。 何かやろうっと、気持ちが充実する日も、何もする気がないなあ、と気持ちが沈む日もありますが、沈んだ日も、どこかで明るい光を見つけるようにして、前に進んでいきたいです。家族、友達、ネット、本、映画、いろんなものに頼りながら、、、、

さて、恒例の、去年読んだ本、観た映画の数の発表です。なぜか去年はぴったりの数字でした。
本・・・・30冊
映画・・・・50本 (DVDを含む)

毎年言っていますが、私の場合は映画はDVDで観ることのほうが多いです。ですから旧作中心です。映画館ではなかなか観ることができないのですよね。。。
去年最後に観た映画が、「インサイド ルーウィン デイビス~名もなき男の物語~」で、最後に読んだ本が、「本日は大安なり」辻村深月です。

今年、最初に読んだ本はこれ。
e0123392_10581031.jpg


みんなが大好きな京都のことをけなすなんて勇気のあること。でも、たしかに関東に住んでいると、みんなが京都のことを良く言っているなあとは思う。関西出身の私にとっては、京都はただの近くの街、という位置づけだった。これって、西宮に住んでいた私が、大阪で働いていた時に、周りのみんなが神戸のことを「あこがれの街』のように言っていたことを、へ~、っと思った感覚にも近いかも。

世間的には意外性がある本だと思うが、内容は、なるほどね~、たしかにね~、ということが多かった。でも、面白い。

by oakpark | 2016-01-03 11:03 | | Comments(0)

本「八百万の死にざま」'The Life-changing Magic of Tidying   

今年の冬は久しぶりに暖かい。きょうは、知り合いが出場しているサッカー皇后杯準決勝を観てきました。応援しているチームは負けてしまったけれど、久しぶりにサッカーを見て、彼女の頑張る姿を見て、元気をもらいました。

さて、最近読んだ本の紹介。

まずはこれ。
「八百万の死にざま」 ローレンス・ブロック 田口俊樹訳
e0123392_21592827.jpg

まさにハードボイルドミステリー小説でした。「ハードボイルド」hardboiled という意味が今ひとつわかっていなかったのですが、この小説はそうだろうなと思いました。私が思うハードボイルド小説とは、酒、うらぶれたバー、きれいな女性、暴力、冷酷さ 、死のにおい、粋なセリフ、垣間見える優しさ などが登場する小説ですかね。タイトルの「八百万の死にざま」というのは、ニューヨークに住む八百万の人々に、それぞれの死に方があるというところからきているようです。翻訳家の田口俊樹さんの傑作という新聞の書評にも惹かれて読んでみました。男の人はこういうの好きだろうな、という感想。

そしてこれ。
'The Life-Changing Magic of Tidying ' Marie Kondo
e0123392_22194734.jpg

「人生がときめく片付けの魔法」近藤麻理恵さんの著書の英訳版です。海外でベストセラーになっていると聞いて、どんなふうに書かれているのかな、という興味から英語版を読んでみました。「ときめき」というのは spark joy と訳していました。 いろいろとはっとさせられる記述があり、すごいなあと思いましたが、私はまだしばらく実践できそうにないな。そこまで割り切れない。たとえば、スマホを買っても入っていた箱はすぐ捨てましょう、とあるのだが、私はしばらく置いてからしか捨てられない。それに、洋服は私にとっては芸術作品的な存在でもある。絶対着ないと分かっていてもおいておきたいものもある。だって、もとは平べったい布があんな風に立体的になるなんてすばらしいなあと思ってしまう。そんなに捨ててばかりいたら、歴史が残らない気もする。最近は断捨離とかミニマム生活とかが大流行だけれど、『ファミリーヒストリー』なんかを見ていると、こんなものが残っていたのね~とうれしくなることがあるのだから、やはり「残す」ことも大切だと思うんだよな。そのときに「ときめき」がなくても別のシーンでとても重要な意味を持ってくるものだってあるんだから。なんて言っている私の部屋は今日も雑然。だからいけないのですよね。。。。

by oakpark | 2015-12-23 22:46 | | Comments(0)

本「職業としての小説家」 村上春樹   

さて、どんどんこまめにブログを書いていきましょう。

話題になっていたのかな、この本を読みました。
e0123392_1645837.jpg


2015年9月17日に第1刷発行で、24日には第2刷発行。すごい勢いで売れたのでしょうか。それとも見込み違いで第1刷の印刷冊数が少なすぎたのかな。

静かに感動を呼ぶ本でした。う~ん納得、う~んさすが、う~ん、、、、というかんじで、村上春樹さんのファンになりました。といっても村上さんの本業のほうである小説のほうは、いままで、それほど、よかった!感動した!という感覚を味わったことはないのです。ただ、気になるなあ、という程度。気になるから、次も読んでみたいなあ、という気持ちになる場合とならない場合がありました。でも、エッセイはいつ読んでも面白かった。安西水丸さんのイラストの雰囲気と、村上さんのカジュアルでユーモアを孕んだ文章がぴったりで、気持ちを緩くしたいなあというときなんかに重宝するかんじ。

今回の「職業としての小説家」は、特に村上春樹さんが苦手と思っている方に読んでほしいなあと思います。せっかく、現代日本の代表的な作家と時代を共にしているのだから、この人の小説家としての生きざまを知っておいても損はないと思うのです。

印象に残った部分はいくつかありますが、高校生のころ、英語の成績はすごく良いというわけではなかったが、原書で本を読んでいた。最初の小説は英語で書いて、それを日本語に訳したものだ。とか、オリジナリティを追求し、自分にしかできないこと、あるいは自分にできることだけをやってきた、とか。だから、『書くことがない』というスランプに陥ったことはない。書くことがある時しか書かなかったから、とか。いちいち、当たり前なんだけれど、なるほどなあ、と目から鱗のことばかり。当たり前のことだけど、みんなが気付かなかったことをやってのけた、というところに村上春樹さんの独自性があるのだと思います。

いろいろな批判は、はいて捨てるほど、山のようにあるでしょう。でも、気にせず(ちょっとは気にされているみたいだが)、日々のルーティーンワークを崩さず、淡々と黙々と小説家として生きてらっしゃる姿勢というものに、感銘を受けないわけにはいきません。もちろん、人間に上下はないけれど、村上さんは、上等な人、という印象を受けました。そして、私たち、この世に生を受けた人間は、‘上等な人'を参考にしつつ、自分の道を生きていくんだなあ、と思います。

この本の中に書かれている小説家としての資質についていえば、私には何一つあてはまるものはないけれど、ひとつだけ、こんなフレーズに心ひかれました。。。
「僕は思うのですが、小説を書くというのは、あまり頭の切れる人に向いた作業ではないようです」


お友達から借りたのにまだ読めていない、「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」を次に読もうと思っています。

by oakpark | 2015-11-07 17:02 | | Comments(0)

本「自殺」 「The Scrap 懐かしの1980年代」   

シルバーウィークに両親の住む愛媛県大三島に行ってきた。片道3時間と少しの新幹線の旅なので 、いつも読書が楽しみだ。本を読み始めるとすぐに眠くなる時も多いのだが、今回はわりに調子がよく、行きと帰りで1冊ずつ読むことができた。

まず行きに読んだのはこれ。
e0123392_2352352.jpg

「自殺」末井昭著。

これを机の上に置いていると、次女に「お母さん、何を読んでるの~~!?」と驚かれた。新聞の書評欄で見つけ、図書館で予約した。 内容は、7歳の時に母親がダイナマイト自殺をしたという経験を持つ末井昭さんが、自分自身の生い立ちを語ったり、いろんな、自殺未遂経験者、両親が自殺経験者といった方にインタビューしながら、人間の生と死を考えるというものです。読んでいて、人間というのはなんと愚かでかわいらしく、複雑で興味深い生き物なんだ、と思いました。何が良くて何が悪いとか、どう生きるべきとか、全然決められないなあと思いました。

帰りの新幹線で読んだのはこれ。
e0123392_001255.jpg

「The Scrap 懐かしの80年代」 村上春樹著

村上春樹さんの小説は、私にはよくわからない部分も多いのですが、エッセイは大好きです。アメリカ好きだし、着眼点も愉快だし、ひょうひょうとした語り口が心地よいです。
今回のこの本は、本屋の「80年代特集コーナー」に置いてあって、今の私の知識でもって80年代を読むとどんなことが見えてくるのかなあ、という興味から購入してみました。80年代のファッションはあまり好きではないけれど、世相は、懐かしいから。

すると、いろいろ発見がありましたよ~~~。当時はわからなかっただろうけれど、今読んだらわかる俳優の名前とかもあるしね。サム・シェパードとジェシカ・ラングとか? 一番驚いたことは、アン・マーグレットがTV版の「欲望という名の電車」に出演していて、その相手役(映画のマーロン・ブランドの役)を TVドラマ「ホワイト・カラー」で、主役のニールのお父さんを演じていた、トリート・ウイリアムズであったことかな。 (多くの人にとってはどうでもいいことですね)
80年代は,エンタメ系がいろいろ面白かった時代ですよね。バック・トゥー・ザ・フューチャーとかもあったし。ET,とか、いろいろ話題作の映画がたくさんありましたね。

私は20代。いろいろと、楽しかったなあ。。。。。


そうそう、今回の大三島は、弟の帰省とたまたまかぶり、何年振りかで旧家族4人で過ごしました。弟がギターを弾きながら、クラプトンの 'Wonderful Tonight'を歌ってくれたり、一緒にカラオケでペトロ&カプリシャスの「別れの朝」を歌ったりして、楽しかったけれど、両親の老いも,そして自分の老いも,しんみり感じた休日でした。

いつもの多々羅大橋周辺は、サイクリング客で賑わっていました。

by oakpark | 2015-09-23 23:47 | | Comments(0)

杏のふむふむ   

やっと少しだけ秋の気配がやってきました。
昨日は、朝ちょこっとだけ仕事、昼に乙女座同士でお誕生日会、夜は別のお友達のお子さんのバレエの発表会を観に行き、充実した(疲れた)一日でした。さて、これからの季節も頑張るぞー。

きょうは、読んでほんわかした本をご紹介。 杏さんの初エッセイ本、「杏のふむふむ」です。
e0123392_972481.jpg


杏さんのことは、特にファンというわけではないのですが、なんとなく気になっていたのですよ。
俳優の渡辺謙さんのお嬢さんということは知っていたので、最初メディアに出始めたころは、「親の七光りなのかなあ」なんて思っていました。でも、あれよあれよとメジャーになっていき、しょっちゅう、画面で目にすることになり、どうして、こんなに重用されているのかしら?なんて、不思議に思っていました。

でも、「歴女」という言葉が流行する前からの読書好きということを知ったり、あと、大きかったのは「妖怪人間ベム」でのベラ役ですかね。 この作品は私世代が子供のころにかなり話題をさらっていたアニメの実写版。どんなふうに演じるのかな、と思ったのと同時に、若干,無理じゃないか、なんて失礼ながら思っていたんです。ところが、見てみると(というか夫が熱心に見ていました)、期待以上のすばらしさ。もちろん、アニメと同じような雰囲気は出せないけれど、それは、主役のベムも同じだし、そもそも、漫画を実写にするんだし、と、いろいろ差し引くと、杏さんの演技は、すばらしかった。

次に、お?とおもったのはNHKの朝ドラ「ごちそうさん」の主演ですかね。最初キャストを聞いたとき、え、なんか新鮮さが足りないかも、と思いました。 でも、でも、ここでも杏さんは、ひたむきで純粋な主人公を好演されていたのです。 このころから、この人はただものではないぞ、、、と思い始めました。 そして、東出昌大さんと結婚。 なんか、なるほど~と思ってしまった。

本屋で、この本を見かけたとき、え、あの杏さんが読書家の杏さんがエッセイを書いたんだ。どんなのかなあ、、という好奇心がわくと同時に、やはり、「解説 村上春樹」というのは大きかった。えええ~~、あの、村上春樹さんが解説! そして、私が、この人すごいぞ、と思っていた目は正しかった、なんて変に納得し、満足し、即手に取り、レジに向かったのでした。ほとんど迷わず。

内容的に、最初のほうはふつーかな、と思いましたが、読み進むうちに、杏さんの素晴らしい感性、人との出会いを大切にして、丁寧に生きている姿が目に浮かんできて、私もこんな風に余裕を持っていきたいなあ、ととほっこりしてきたのです。実際の杏さんは、きっと超忙しい生活をされているのでしょうが、同時に、こんな風に心にも栄養を注いでいるんだなあ、なんて感心しました。

ということで、ほっこりしたい人におすすめの本です。

杏さん、第2弾も期待してますよ~。
そして、東出君をよろしくね~。 新婚生活のことも書いてほしいなあ。

by oakpark | 2015-09-14 09:45 | | Comments(0)

本『キャプテン・アメリカはなぜ死んだか』 『淋しいアメリカ人』   

昔も今もアメリカ(合衆国)に興味があります。 戦勝国で大国で世界への影響力が甚大で、歴史は浅いけれど華やかなハリウッドやブロードウェイやさまざまなエンターテインメントがあってにぎやかそうな国。最初にアメリカを私が意識したのは、ちょっと遅めで中学生のころ。小学生の頃も、大好きなドラマ「かわいい魔女ジニー」などを通じて、アメリカの存在は知っていたけれど、そのころは遠くて未知な外国だった。なんとなく漠然と、「いつか行ってみたい」と現実的な憧れを持つようになったのが中学生のころ。英語に力を入れる私立中学に入学したから。アメリカ人の先生もいて、よりアメリカが身近に感じられるようになった。そしてはじめてアメリカの地を踏んだのそれから4年後の高校1年のころだったから、わりとはやく夢が実現したことになる。でも、ここで終わってしまったのが間違いだったなあ。ちゃんと1年留学をすべきだった、とちょっぴり後悔もある。私が行ったのは、通っていた私立女学校からの希望者を募っての2週間の旅行だったから。ただただ楽しく、それで満足してしまっていた。 そして、アメリカはやっぱり大きくてすごい国だなあと思った。

その後、いろいろな媒体でアメリカのことを見聞きするようになり、私が思う「理想の憧れの国」とは全然違う顔を持つことも知った。 多くの日本人がアメリカの悪口を言うのを聞いた。 日本人だけではないな。1年間アメリカに住んでいたときに知り合ったイギリス人も悪口を言っていた。 アメリカに住む多くの外国人が、楽しそうにアメリカの悪口を言う。 悪口を言うというのは、やはり興味があるからだと思う。それどころか、どこかで、「好き」と言う気持ちもあるのかな。

映画評論家の町山智浩さんも、実に楽しそうにアメリカの暗部を書く人だ。今まで何冊か、この人の著作を読んだが、今回読んだのはこれ。
e0123392_22421039.jpg

本当にこんな人いるの~~?と言うくらい、不思議なアメリカ人のことがたくさん書かれていたけれど、私が一番印象驚いたのは、「ブッシュ大統領は『エデンの東』」という文章。 父に愛されたくても愛されなかったブッシュ大統領が、父親を見返すためにしたことがイラク攻撃だったとは。ほんとかなあ。。。。もしそうだとするとひどすぎる。軽薄すぎる。 でも、母と娘と同じように、父と息子もむずかしいのですね。

アメリカつながりで、以前に購入していたこの本も読んだ。
e0123392_22515251.png


エッセイストの桐島洋子が1975年に出した本。今は廃刊になっているようで、古本でゲットしました。桐島さんは当事めずらしかった「シングルマザー」ということでかなり話題になったそうだけれど、本当にかなり個性的な方ですねえ。自分に自信があるんだろうなあということが文面からひしひしと伝わってきます。うらやましい限りです。私なんて自信なんてほとんどもってないです。思春期のころからさまざまなコンプレックスを抱いてきましたから。だから、男性はもちろん、同性の友人対してもあまり積極的にはなれませんでした。

桐島洋子さんはこんな広告を新聞に出したそう。原文は英語ですが、ご自身で訳されている日本語板を書き出してみます。「私はおよそ独占欲など持ち合わせないが、安定した男友達と、相互の自由トプライヴァシーを尊重しあって共同生活を試みてみたい。彼は40代の半ば以下で、頭脳優秀で、冒険心に富み、しかも責任感の強い、経済的にしっかりした、人生を愉しむ能力と意志を持つ男性であること。私は32歳、小柄でほっそりした東洋女性。アーティスティックで教養に富み、よく旅をしている。過程的なタイプではないが、快適な家庭を趣味よく運営する充分な知性と感受性の持ち主である。美しい小さな子ども達を持ち、良い本とおいしい食べ物、面白い人間達、そして海が私の必需品である」

桐島さんはこれに対して56通の手紙を受け取ったそう。この中から、これはという人を選んで面接したというから、すごいわ~。結局誰とも一緒に住まなかったそうですが、いやはや。自分に自信がないとできないことです。 桐島さんがこの本で言いたかったことは、多くのアメリカ人(男性)は淋しがっている、ぬくもりを求めているってことなのでしょうか。お金があっても淋しい人って、たくさんいるんでしょうねえ。

どちらの本にも、いろんな変なアメリカが書かれていますが、私は今後もアメリカ関連の本を見つけて読んでいくと思います。へんだけど、やっぱり好きだな、アメリカ。

by oakpark | 2015-04-01 23:09 | | Comments(0)