カテゴリ:思い出の曲( 11 )   

なぜか泣ける曲 「なごり雪」   

昨晩寝る前にテレビをつけたら、また「SONGS」に出会い、チャンネル変えられなくなった。私はこういうのが多い。計画を立てて目指す番組を観るというより、たまたま出会うのでいいや、と思っているところがある。B型だからなかなあ~。 昨日出会ったのはイルカの特集だった。大好きな曲「なごり雪」を聞くと、いつもなぜか泣けてくる。

 汽車を待つ君の横でぼくは時計を気にしてる~♪
 動き始めた汽車の窓に顔をつけて君は何か言おうとしてる~♪
この部分が特に好き。 「きしゃ」という響きがいい。

昔、学生の頃、付き合っていた彼が、長い休暇で実家に帰る時、さびしくてこの歌を思い出していた。休暇ったって冬休みか春休みで2週間もすれば戻ってくるのに、何かそのときは、永遠の別れのように思えてセンチメンタルになっていた。若かったなあ。そんなときもあったなあ。

でも、そんな私の個人的な思い出を抜きにしても、この曲には心動かされる何かがある。やはり昔、友達に「イルカの『なごり雪』っていいねえ」と言うと、「私は伊勢正三のほうが好き」と言われ、へ~と思ったこともある。もちろん、オリジナルは伊勢正三で、作詞作曲も伊勢正三なんだけれど、そしてこの曲は男性目線で書かれているのだけれども、私はやはりイルカの歌声が好きだな。

この曲をイルカに歌わせようと思いついたのが、イルカの亡き夫である神部和夫さんだったということを、今回この番組で始めて知りました。イルカが所属していた美大のフォークソングサークルにギターの指導をしに来ていたのが、早稲田のフォークソングクラブのメンバーだった神部さんで、神部さんはイルカを自分のバンド、シュリークスに引き入れたそうです。その後、イルカの才能にほれこんだ神部さんはプレイヤーとしては引退し、イルカのプロデューサーに徹することにしたとか。そして、伊勢正三の「なごり雪」を聞いて、是非この曲を、イルカの温かみのある声に歌わせたい思うようになったそう。

イルカの才能を発掘し、それに賭けた神部さんはすばらしいと思った。人は誰も隠れた才能を持っているけれど、自分ではなかなか気づかない。それに気づいてくれる人がいて、ほめてくれる人がいて、伸ばしてくれる人がいてはじめて、自分で考える以上の輝きを放ち始めることができるんだな、と思う。残念ながら神部さんはパーキンソン病にかかり、20年に及ぶ、闘病生活の末59歳で亡くなったそうだ。闘病中も、イルカはコンサートを続け、コンサート会場での様子を神部さんに報告すると、いつもうれしそうに聞いてくれたそう。素敵なかっぷるですね。この写真大好き。イルカの着ているTシャツ、懐かしい~。昔こんなの流行ってましたよね。
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by oakpark | 2013-03-23 16:45 | 思い出の曲 | Comments(2)

引越し一周年を祝う会 「花」   

我が家の次女は面白い子で、昨晩、こんなのを私に渡しに来ました。
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「引越し一周年を祝う会」への招待状です。 しかも女子限定。 つまり、私と長女のみ参加を許される会なのです。 「で、なにやるの?」と聞くと、「出し物とか、ゲームとか、飴のつかみ取りとか」と次女。 そういうお楽しみ会の類が大好きなんだそうな。 へ~。 いつもだったら適当に無視するのだけれど、12歳、中学1年生にもなって、そういうことを言う次女がなんだかいじらしく思えて、今回は乗ることにした。

で、私からの提案は、飴のつかみ取りはやめて、お母さんが資金を出すのでケーキを買ってくる。 100円ショップで買い物をしてプレゼント交換をする、というもの。 私が乗ってきたのがうれしかったみたいで、次女は張り切って100円ショップに出かけていきました。  長女もそういうのが大好きで、「うちもジュース買って来るわ!」と別々に出かけていきました。 


そして2時半頃からスタート。 始まりの言葉は長女。「今から引越し一周年記念の会を開催します」と宣言すると、次女と私がクラッカーを鳴らす。長女は知らされていなくてびっくり。でも、テンション上がってきたぞ。

プログラム一番は出し物。 まず、私がリコーダーで「春が来た」を演奏。次に、長女と次女がピアノで「春に」を演奏。長女が伴奏で次女がメロディーラインを弾くというスタイル。本当なら次女がソプラノを歌い、長男にアルトを歌ってほしかったけれど、まだ一度も家族の前で歌っていない息子の返事は予想通り「ノー」。いつになったら歌ってくれるのかな。音楽部の合唱ではあんなに楽しそうだったのに。 ま、いいでしょ。

プログラム2番はゲーム大会。次女は王様ゲームとかいうのをやりたかったらしいけれど、今回は私にもわかるウノにしました。そして、3回やって成績の良い順にプレゼント交換のくじを引くことができることにしました。 一回戦、勝ったのは長女、次に次女、私。2回戦、またまた長女、次女、私の順。 最後は、長女、私、次女になったものの、トータルの成績は長女、次女、私の順になりました。やはり普段しなれていないとどうやったら勝てるのかわからん。 次女が選んで袋詰めをしていたプレゼント、をいっせいのうせい!であけました。 私のはこんなの。
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なかなかかわいい筆箱が当たりました~。

プレゼント交換の次はケーキ。近所に新しく出来たケーキ屋さんのケーキ、おいしかった!最後に次女からの指名で、私が閉会宣言をして、「引越し一周年を祝う会」は終了しました。

いや、ほんとに次女は面白い。
時々、こっちが予想もしなかったようなことを言い出すのですよね。。。

そういえば、数年前にこういうのをくれたときもあったな。
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「保険証」といいながら、上に5時30分から開店」と書いてあるように診察券のようなもので、これをもっていくとマッサージがしてもらえるという代物でした。いつもほとんど閉店状態でしたが。

次はどんなことを言い出してくれるやら。


さて、唱歌で「春」を歌った歌ってたくさんありますね。「春が来た」「春の小川」「春よ来い」「早春賦」など、など。 ほかにもあるかな。皆さんはどの歌が好きですか? 私は「花」が好きなのです。なぜかな、母が好きと言っていたからかな。ずっと関西に住んでいたから「すみだがわ」ってどこかな~とずっと思っていました。

by oakpark | 2011-04-17 22:51 | 思い出の曲 | Comments(8)

ビリー・ジョエル   

先日、車のラジオからビリー・ジョエルが流れてきて、懐かしいな~と思った。
ビリー・ジョエルをこの季節に聞くと、懐かしさでせつなくなる。
大学に入学する年の春に、ビリー・ジョエルがよく流れていたから。
今思うに、大学入学は私にとって大きな節目だった。
女子校から共学へ。男の子っぽい女の子から普通の女の子へ。
自分の中で、生きる姿勢も変化したように思う。
いろんな「縛り」から逃れたい、解放されたいともがいていた。
だから、印象に残っているのかな、この年は。

車で流れていたのは「オネスティ」。ほんと、この曲を聴くと、大学1年生の気分が蘇える。「素顔のままで」も大好き。これは何歳のときの映像かな。昔と変わらない澄んだ歌声がすばらしい。


歌詞もいいですね~。変わろうとしなくていいんだよ、ありのままの君が好きだからという歌。
Don't go trying some new fashion,
Don't change the color of your hair
当事は、そんなに簡単に髪の色を変えれるかい!と思ったけれど、欧米の人にとっては当たり前のことだったのですね。ブロンドからブルネットへ、ブルネットから赤毛へと。今では日本の女の子も自在に髪の色を変えていますね。でも、男の子に好かれようとして髪の色を変えている子は少ないかもね。

「変化」ということでいうと、昔母が大好きだった曲、太田ひろみの「木綿のハンカチーフ」を思い出します。この曲が流れるたびに「おかあさん、この曲、好きやわ~」と言っていました。

「いいえ、あなた~♪ 」の部分でいつも胸が熱くなってしまいます。

「母が好きだった曲」ということでいうと、この曲もあるな。古いな~、懐かしいな~。


というわけで、支離滅裂になりましたが、この季節に聞くと懐かしさがこみ上げてくる曲たちでした~。

by oakpark | 2010-03-18 23:49 | 思い出の曲 | Comments(15)

冬季オリンピック 「虹と雪のバラード」   

バンクーバーオリンピックもいよいよ後半に入りました。
我が家でも連日話題になっております。小5の次女のクラスでは男子が「高橋!」と言いながらジャンプをしていたらしいし、長女の高校では休み時間にワンセグでカーリングを見ている生徒が多かったらしい。もしかしたら子どもたち(長女と次女だけだが)が大人になっても覚えている最初の冬季オリンピックがバンクーバーオリンピックになるかもしれないな、とふと思いました。受験を終えた長男はオリンピックには見向きもせずにひたすらゲームをやっとりますが。

明日からは、いよいよハイライトの女子フィギュア。日本の女子フィギュアは本当に強くなりましたねえ。私が子どもの頃の女子フィギュア選手は、必ずと言っていいほどこけていました。フィギュアはこけるもん、と思っていたほどです。伊藤みどり選手が登場したときには、日本人でもこんなに力強く滑れるんだと感動しました。今テレビで、知的で落ち着いたすばらしい解説をしておられる、「ジュンジュン」こと八木沼純子さんは、かわいかったですね~。でも、え?ほんとに飛んでるの?というくらい、ジャンプが低かったですね~。でもかわいかった!

さて、フィギュアスケートには少々力が入っていしまう私ですが、実は子どものころに習っていたのです。あれは確か小4の冬だったと思うのです。お友達のヤノさんとソノダさんと一緒に、大阪の淀川沿いにあった「ラサ・スケートリンク」というところに通っていました。どういういきさつでその3人だったのか全然覚えていないのですが、私の父が付き添いで一緒に行っていました。阪神電車で30分ほどのところで、最後に淀川を渡るのですが、電車が淀川を渡る間息を止めていられるかどうかを三人で競争していたことを覚えています。20秒くらいあったと思うのでかなり苦しかった!! ラサ・スケートリンクは今ではなくなってしまいましたが、四角のフィギュア用のスケートリンクの周りにスピードスケート用の周回リンクもある巨大なスケートリンクでした。レッスンは一般のお客さんの入場する前に行われるので、いつもまっさらの氷の上を滑ることができ、とても気持ちよかったことを覚えています。大人になって近所のスケートリンクに行ったときに、あまりにも氷がでこぼこでびっくりしました。あの新しい氷を滑るなんて経験、あのときにしか出来なかったんだなあ、と今になって思います。

レッスンは、最初まっすぐ前に滑ることを習い、次に足を交差させてカーブを曲がる練習。そして次にバックの練習になります。最初に右足と左足に同時に力を入れ、ひょうたんのような模様を描く「ひょうたんバック」を練習し、次に右足と左足に交互に力を入れる「スネークバック」。そのまま足を交差させて「バッククロス」をマスターするとバックでカーブを滑ることができるようになるのですが、私はここでやめてしまったので、未だにバッククロスはできません。順調ならそのあとスピンやジャンプを習うはずだったのだと思われます。こういった滑りと同時に当事のフィギュアスケーターが必ずこなさなければならなかった「規定(コンパルソリー)」の練習もありました。最初にアウトサイドエッジで半円を描く練習。次に円を描く練習。最初のけりが弱くて円になる途中で止まってしまったことを覚えているなあ。そうそうテストもあったのですよ。テストにパスすると次のレベルに進めるシステムでした。アウトサイドサークル〈確かそう呼んでいた)の次はインサイド。インサイドのほうが難しいのです。結構地道な練習で、私はよくサボって外の周回コースに逃げて勝手に滑って遊んでいました。

思い出の中に強烈に残っているのが、貸しスケート靴コーナーの壁に貼られていたジャネット・リンのポスター。確か、赤い衣装だった気がするのですよね。でも、ちょっと不思議なのが、ジャネット・リンがその衣装を着ていたのは1972年の札幌オリンピック。1972年というと私は小5のはずだからどうも計算が合わない。じゃあ、スケートを習いに行っていたのが小5だったのかな。でも、小5の1月から中学受験のための塾に通い始めた(南甲塾という名前だった)からそんなはずはないよな、といろいろ考えると眠れなくなりそう~。

地道なスケートの練習は私の性に合わず、すぐにやめてしまったのですが、付き添っていた父はスケートの魅力にはまりマイシューズまで買ってしまいました。その後も二人でよくスケートに行きましたが、ホッケー用の靴を履いて豪快に滑る男性が多かった中、腰の上で手を組み優雅に滑る(滑ろうとする)父がちょっぴり恥ずかしかった。最近はスケートそのものが廃れてきているのかスケートリンクも少ないし、ホッケー靴を履いて縦横無尽に滑り回る人もいなくなった気がします。

というわけで、大人になった私にとって一番印象に残っている最初の冬季オリンピックは、やはり札幌オリンピックです。ジャンプの「日の丸飛行隊」というのもありましたね。ジャンプなんて競技、そのとき初めてテレビで観た気がします。そして、札幌オリンピックといえばやはりこの曲が懐かしいですね~。北海道出身の夫の知り合いは、この曲を聴くだけで自然と涙が出てくる、と言っていたそうです。
大倉山シャンテと「虹と雪のバラード」  よくこんなとこを滑って飛べるなあ~~。

by oakpark | 2010-02-24 01:00 | 思い出の曲 | Comments(8)

30年前の今頃だったなあ。。。長渕剛「祈り」   

ブログのデザインを変えてみました。

その第一回の記事としては、ちょっとそぐわないような気もするけれど、30年前の今頃よく聴いていた思い出の曲(アルバム)を一曲紹介します。
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長渕剛の2枚目のアルバム『逆流』は、当事憧れていた同じサークルの先輩が「いいよ」と言ったひと言で買いに走った思い出のアルバム。近所のしょぼいスーパーの中にあるしょぼいレコード店でしたねえ。お豆腐やさんの隣にあったような気もするな。家に帰って、わくわくしながらレコード針が動くのを待ったこともはっきりと覚えています。

聞こえてきたのは、それまで聞いたこともないような、泥臭くて、荒削りで、エネルギーにあふれている、まさに「人間の声」といったサウンドでした。半分くらい聞いたころ、そばにいた母が顔をしかめて「なんだか下品な曲だね」というようなことを言ったことも覚えているなあ。それ以来、母がいないときに聴くようになったんだっけ。 それくらい、当時の私にはキョーレツな印象を残したアルバムでした。

長渕剛といえば、その後「乾杯」や「順子」「巡恋歌」といったヒット曲を出るけれど、私が一番好きな曲は、やはり「乾杯」そして、2番目がこのアルバム『逆流』の中の一曲「祈り」かなあ、と思い出していました。当時、この悲しいメロディー、悲しい歌詞が、妙に心に突き刺さるというか、気になる一曲だったと記憶しています。一般にはあまり知られていなくてラジオから流れてきたりもしなかったけれど、隠れた名曲という印象。youtubeで検索していると、これは長渕剛の実体験に基づいているそう。悲しげに歌っているはずだなあ、と思いました。スタジオバージョンが無くて、ライブバージョン、しかも歌詞が少し違うものしかありませんでしたが、こんな曲。ご存知の方おられるかしら。


このアルバムの曲ではありませんが、この曲も好きだったなあ。るんるん気分になれる曲だった。
俺らの家まで

by oakpark | 2010-01-31 02:08 | 思い出の曲 | Comments(2)

変わらないスタイル~ 「アリス」の場合~   

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音楽ネタが続きます。
先日、武道館でアリスのコンサートを見てきました。今年の7月に「SONGS」という番組を観て感激してブログに昔の思い出を書き、「そうだチケットを買おう!」と急に思い立ったのでした。

今から30年前、突然アリスのファンになり(何かのファンになるときはいつも突然)、大阪フェスティバルホールと神戸の野外会場でアリスのコンサートを観て以来でした。そして驚いたことは、アリスの3人のメンバーは、外見こそは変化したけれど、声の質、笑いのとり方、観客の乗せ方、「~していこうな」というやわらかいしゃべり方、など全く変わっていませんでした。おかしいほど昔のままで、今自分が何歳なのかも忘れてしまいそうな不思議な感覚に襲われてしまいました。

一緒に行ったSちゃんは高3のときのクラスメート。よくアリスのことを語り合った仲です。久しぶりのアリスのコンサートに一緒に行くのはSちゃんしかいないと思っていました。たまたまSちゃんも関東方面に住んでいてよかった。思えば、Sちゃんと私は不思議な縁によって引き寄せられたのかもしれないと思えます。Sゃんはバスケットボール部で私はテニス部で、、同じ運動部同士ということで存在はよく知っていたけれど、高3まで接点はあまりなかったのです。たまたま同じクラスになり、席が隣になって、いろいろおしゃべりするうちにどちらもアリスのファンだったということがわかり、急速に親しくなっていきました。受験期のややこしい時期にあって、Sちゃんは私にとって癒しの存在でした。自分自身も不安定だし、外部の学校受験組と内部進学組の間で、ちょっとぎすぎすした雰囲気が流れていた頃で、Sちゃんとアリスの話をすることが、当事何よりも楽しかったような気がします。もしかしたら、私ったら、きつい現実(受験のプレッシャー)から逃れたいためにアリスにのめりこんで行ったのかも知れないなあ。。

その頃私はチンペイ(谷村新司)のファンで、Sちゃんはベーやん(堀内孝雄)のファンだったけれど、今回のコンサートで、私は堀内孝雄さんがかっこいいな~と思い、Sちゃんは谷村新司さんの後ろ姿にきゅんとしたそうです。ベーやんは、昔はもっと乾いた声と歌い方だったような気がするけれど、年齢を重ねて、奥深い、地の底からわきあがるようないい声になったなあ。私はやはり、低音が好きだ。

さてさて、そんなアリス大ファンの二人ですが、二人ともそろってアンコール曲のタイトルを思い出せませんでした。よく聴いたのに、題名はなんだったけな?帰り道でずっと考えていたけれど思い出せなかった。帰宅後youtube で検索してやっとわかったのよ~。情けない。 
名曲「さらば青春のとき」です。
「振り向かないで、歩いていける、そんな強さを与えて欲しい~♪」なんて、谷村新司って若いことから、妙に老成した詩を書いていたんだなあ。そういえば、「死」を意識しているような詩も多かった気がする。

今回のコンサートで始めて知って驚いたことが「今はもうだれも」というアリスのヒット曲がカバー曲だったということ。佐竹俊郎さんという方の作詞作曲だそうです。ウッディ・ウーというグループで歌っています。こちら

ぼろぼろ泣けてくるかなあと思ったけれど、そうでもなかった。でも、なぜかこの曲のときに泣きそうになった。リアルタイムで知っていたわけではないのに、とても懐かしい気持ちになる曲なんです。
涙の誓い」 

コンサート曲ではないけれど、こんな曲を紹介します。谷村新司の声の良さがわかる曲。歌詞はちょっと恥ずかしいけれどね。エルヴィスの声に惹かれた私の原点がここにあるのかも。
おまえ

もうひとつ。堀内孝雄が紅白で歌った「酒と泪と男と女」。スクリーンに映し出された、河島英吾さんとデュエットしています。こういう面もあるのですね。

by oakpark | 2009-11-16 00:36 | 思い出の曲 | Comments(12)

今でも上手だった!「アリス」   

先ほど、NHKで「SONGS」という番組を観た。今日取り上げられていたアーティストは「アリス」。私が音楽に興味を持つきっかけになったバンド。最初にのめり込んだアーティストだ。なんと、28年ぶりに再結成されるらしい。へ~、と思いながら番組を観ていたら、予想以上に感動してしまった。谷村新司は今でもやはり歌が上手だったんだ!

私がアリスに初めて出会ったのは、今でも決して忘れない、高3の11月だった。深夜ラジオを聴くことを覚えたのもこの頃で、偶然流れてきたアリスの『チャンピオン』という曲にどっき~んとした。この声好きだ!と思った。そう、曲というより、声にほれたんだと思う。すぐにカセットに録音した。そして、今振り返っても滑稽なのだが、友達にこの名曲を聞かせようと思い、翌日、そのカセットを入れたラジカセ(結構大きいやつ)を学校まで持っていった。電車と徒歩で50分はかかる学校まで。ウォークマンなどない時代、友達に曲を聞かせるにはその方法しかなかった。そして友人のKに「ねえ、ねえ、わたし、アリスっていうグループのファンになったよ。特にボーカルの谷村新司の声がいいんだよ。この曲聞いてみて!」と興奮しながら言ったのだった。Kは「ふ~ん」と言った。私よりお姉さん格だったKは、当然、当事すでに世間一般にはある程度の人気があったアリスのことは知っていた。そばにいたHも知っているようだった。へ~、二人とも知っているんだ。私が発見したわけではないんだ、と思った。それもそのはず、当事のアリスは、すでに6枚目のアルバムを出していたベテランで、『今はもう誰も』や、『冬の稲妻』といったヒット曲もある人気バンドだったから。Kは、私に向かって、そんなことも知らなかったのか、というような表情を浮かべながら、「で、顔見たことあるの?」と言った。私は、え?何でそんなこと聞くのだろうと思いながら、「ないよ」と答えた。Kは、冷笑を浮かべながら、「じゃ、明日写真を持ってきてあげる」と言った。Kは野口五郎や沢田研二(つまりイケメン?)のファンだった。 次の日、Kが持ってきてくれた谷村新司の写真を見ながら、なぜKがそんなことを私に聞いたのか、わかった気がした。一瞬ひるみそうになったが思いとどまった。そんなことより、声よ、音楽よ、と思った。音楽に目覚めた瞬間だった。そして、どんどん、アリスにのめりこんでいった。

当事はまだ、レコードレンタルショップなんてなかったと思う。いや、あったのかもしれないけれど、私の家の近所にはなかった。自分のお小遣いでアルバム「ALICE V」と「ALICE VI」は買ったけれど、それより前のアルバムは、持っている人を探して貸してもらおうと思った。クラスのめぼしい友人に声をかけて集めた。音楽に詳しい人たちを友人に持っていたHが「〇〇ちゃんが持っているらしいよ」と教えてくれたこともあったと思う。私は音楽に詳しい人たちとはあまり親しくなかったので、友人のつてや、友人のつてのつて、なんかを使って恥も外聞も捨て、アリスのアルバムをかき集めた。結局、IからVIまで、全部そろえることができたと思う。デビュー曲は「帰っておいで恋人よ」。初々しい歌い方だった。もっと昔からアリスを知っていればよかったと思った。その数年前に、高校と同じ敷地内にある系列大学の大学祭にアリスが来たということを知って地団太踏んで悔しがったりもした。とにかく、その日から大学受験まで、友人のアルバムをかき集めて作ったアリスのカセットを毎日毎日、擦り切れるほど聴いた。谷村新司がパーソナリティをつとめるラジオ番組も全部聴いた。リクエスト葉書も出した。谷村新司が「誰かのことを嫌い、なんて言っちゃだめ。どちらかというと好きじゃないという言い方をしなさい」とラジオで言えば、その通りに実践しようと決意した。アリスは、谷村新司は、当事私の憧れの人で、先生で、彼の言うことは何でも信じた。『美しき絆』ハンド・イン・ハンドと言われたら、そうだ、そうだ、と思ったし。いや~、若かったなあ。アリスと聞けば、受験勉強の日々を思い出すなあ。

私は谷村新司ファンだったけれど、堀内孝雄ファンの友人と歌詞について語り合ったりもしましたね。アリスにはボーカルが二人いて、その二人が対等であるというスタンスを貫いていたことが個性的だったと思う。基本的に作曲者が主にボーカルをとっていたので、アルバムを聞きながら声を聞き分け、この曲はチンペイさん(谷村新司)が作曲したんだな、この曲はベーやんだな(堀内孝雄)と確認しながら聞くのも楽しみのひとつだった。対等な二人の競い合うように重なり合う力強いボーカル、ハーモニーが好きだったな。ドラムのきんちゃん(矢沢透)は、そのつなぎ役、癒し系でしたね。きんちゃんがいなかったらけんかしそうな勢いの二人だった。それ位対等にぶつかり合うボーカルだったな。私はそういうアリスが好きだった。きんちゃんもアルバムの中で一曲くらい歌っていましたっけ。

だから、谷村新司がソロになって、大ヒットを飛ばした「昴」という曲は、実は私はあまり好きではない。私の母はこの曲が好きで、いい曲だね~と言ってくれ、そのときはファンとして誇らしくは思ったけれど、私自身は、私の好きな谷村新司の歌い方じゃないなと思っていた。妙に落ち着いて説教くさい善人の歌、というかんじで、アリスというバンドでの谷村新司が好きだった私には違和感があった。ソロアルバムのほかの曲も似たり寄ったりのバラードが多かった。もう、昔みたいな躍動的な歌い方はできないのかな、とさえ思った。

ところが!先ほどテレビで60歳の谷村新司の歌を聴いて驚いた。昔とほぼ同じように歌っている。力をセーブするような、変に大人びた歌い方ではなくて、全力を出す歌い方に近い。声を伸ばし、最後のほうを微妙に上げたり下げたりするところも昔に近い。このテレビ収録のために特別にボーカルトレーニングも積んだのかもしれない。何年か前にテレビで聞いたときよりうまくなっている気がした。やっぱりいい声。やっぱり上手。ちょっとうれしかった。60歳のアリス、何をいまさらと思う人もいるかもしれないけれど、私は、彼らから力をもらえると思った。再結成ライブ、行ってみようかな。。。。

再結成のきっかけになったらしい、初期の曲「明日への讃歌」を聴いてみてください。私もこれ、大好きだった。昔の谷村新司は不機嫌そう。

私がアリスのファンになるきっかけの曲は「チャンピオン」。この曲も谷村と堀内のボーカルが交互にきます。どこで入れ替わってかわかりますか?

初期のヒット曲では「冬の稲妻」も良いけれど、私は、ポップでいて切ないメロディのこの曲、「涙の誓い」が好きです。今日の番組のラストは「帰らざる日々」でした。

つけたし。。。
アリスといえばやはりこの曲もはずせない。私にとっても思い出深い曲です。この曲を聴いて、エレキギターってかっこいい、とはじめて思ったと思う。ベーやん作曲、ベーやんボーカルの「遠くで汽笛を聴きながら
年輪を重ねた「遠くで汽笛を聴きながら」。昔では絶対ありえなかったけれど谷村新司も歌っています。名曲にはその年齢ごとの味わいがある。

by oakpark | 2009-07-09 00:50 | 思い出の曲 | Comments(7)

遠い昔の思い出 ~トム・ウエィツ 'Foreign Affairs'~   

今日はいつも楽しみにしているカルチャーセンター映画講座の日でした。今期のテーマは「映画に見るハリウッドとブロードウェイ」です。一見華やかで美しく見えるハリウッドやブロードウェイのバックステージで、実際はどんなことが起こっているか皮肉を交えて描き出している映画を順番に観ていっています。一回目が「サンセット大通り」、二回目が「イヴのすべて」、三回目の今日が「プロデューサーズ」でした。「プロデューサーズ」という映画は、この講座ではめずらしく、コメディでした。それも思いっきり、風刺の効いた、ブラックユーモア満載のきわどいコメディ。最初はちょっと、え???と思い、ひいてしまいそうでしたが、徐々にこの独特のコメディの世界に引き込まれ、大笑いしながら観てしまいました。ユダヤ人っぽく、ゲイっぽく、ヒトラーっぽい映画でしたよ~(なんのこっちゃ)。今回観たのはは2005年版でしたが、オリジナルの1968年版も見てみたいです。

さて、でも今回は映画のお話ではなく、昔の思い出のお話し(笑)。
今日の講座に新メンバーの方が加入されたのですが、その方のご主人は、なんとイギリス人!授業のあとに、お茶をしながらその方からお話を伺い、ふと、昔の遠い出来事に思いをはせた私でした(笑)

24歳のときに、私はかねてから憧れていたイギリスに一人旅をしました。三週間のサマースクールに参加するためでした。 イギリス旅行を決意したきっかけは、その前年に職場に来ていたイギリス青年でしたね~。 そのイギリス青年は、私がはじめて言葉を交わしたイギリス人でもありました。それまで習ってきた英語は全部アメリカ英語。行ったことのある外国もアメリカだけでした。初めて本物のイギリス人のしゃべる英語を聞いて、「なんて美しい言語なのだろう~~」と感動したのです。品があって、メリハリがあって、美しい音楽のように聞こえました。 またそのイギリス人青年が、金髪、碧眼の美しい方で(ここもポイントね)、ちょっとハスキーな声も魅力的でしたね~。私は、堂々とした男らしい声より、ちょっと隙のあるような、弱みがありそうな声(どんなん?)が好きなのですよ。だから、そのときに朗読を吹き込んでもらったカセットは何度かの引越しも生き残り、今でも大切に手元に持っていますの。

その憧れのイギリス旅行で、すでにイギリスに帰国していた青年と再会し、青年の実家を訪ねたりもしました。確か、ケントという場所で、お父さんはBBCの俳優さんで、弟さんもシェークスピア劇の俳優の卵という演劇一家でした。ウインザー城とか、グリニッジ天文台とかに一緒に行きました。でも、写真をあまり撮らなかったので(そのころは写真は撮るのも撮られるのも苦手)、詳しいことはあまり覚えていないのが残念です。

そんな中、はっきりと覚えているのは、その青年Nが当時、何度も何度も聞いていた曲のこと。地味だけれど、しっとりと心に染み入るような物悲しくも美しいメロディーが私も忘れられず、日本に帰ってから、どうしてもレコードを手に入れたいと思ったのです。そして、これは私の今までの人生でもベスト5に入るくらい印象深い出来事なのですが、題名も歌手の名前も何も知らなかったにもかかわらず、しかも音痴でシャイなくせに、そんでもって普段レコードなんてほとんど買いもしないのに、勇敢にも勤め帰りに見つけたレコード店に押し入り、なんと、うろ覚えのメロディーを、店員の前でハミングで歌ってしまったのです!!そのときの状況は今でもはっきりと映像で思い出せます。梅田の阪急百貨店の向かいのビルにあるレコード屋でした。店員さんは、私の下手なハミングを聞いたあと、ちょっと うん?というような表情を、ものの1秒ほどしたあと、すぐに一枚のレコードを取り出し、その場でかけてくれました。すると、ピンポン! まさに私が探していた曲だったのです。なんてすごい店員さん! と感激しました。店員さんって何でも知っているんだなあとも思いました。あとからわかったことには、有名な歌手ではあったようです。でも曲は、LPレコードにひっそりと入っている隠れた名曲。あの店員さん、ほんと、よくわかったなあ~。
youtubeにあったので紹介します。 トム・ウェイツの「Foreign Affairs」。タイトルも、そのときの私の状況にぴったりでしょ(笑) 

そうそう、トム・ウェイツも出ている、ジム・ジャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」も観なきゃ。

その青年とは、その後一度だけ日本で会いました。仕事で日本に来ていたので。その後どうしているのかな~。イギリスに帰国するときに、「僕のお気に入りの本だよ」といってプレゼントしてくれたのが、「不思議の国のアリス」。表紙の裏のページにメッセージ入り。私の宝物のひとつです。
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でも、「不思議の国のアリス」が好きな男性って、どうなんだろう~、とちょっと気になっています。。。

by oakpark | 2009-02-14 00:09 | 思い出の曲 | Comments(14)

「寒い朝」♪   

朝のジョギング、まだ続いていますよ~。 年末からお正月にかけては、私もお友達のNさんもいろいろと忙しく、お休みしていましたが、子供の学校が始まり再開しました。

以前は、朝、目が覚めるとまず「お弁当作らなきゃ、でも眠い。。」とまず思っていたのが、今では「走らなきゃ、でも眠い。。。」となりました。特に寒い朝は、眠いなあ~、今日は無理かも~、と気持ちがなえそうになりますが、起き上がって少し動くと、やる気が沸いてきます。この調子でがんばります!

それにしても、昔は、朝がもっと寒かったように思うのですよね。家の窓枠は木でできていて、すきま風が寒かった。幼い頃、冬の朝が寒くて、顔を洗うのがいやでした。まだ湯沸かし器がない頃、母がお湯を沸かしてくれ、水を張った洗面器にお湯を混ぜてくれたことを思い出しました。その後、我が家にも湯沸かし器が来て、便利になったなあと思ったものですが、それでも、台所で汲んだお湯を洗面所まで運ばなければなりませんでした。今ではいつでもどこでも簡単にお湯を出すことができるので、本当に便利になったものです。

寒い朝ということで、吉永小百合の「寒い朝」を思い出しました。この曲は「いつでも夢を」と並んで、私の記憶に残る最初の歌謡曲。S37年の曲らしいので、まだ私は幼稚園にも行っていない頃。弟も生まれていなかった。両親の愛情を独占し、ぬくぬくとした幸せに浸っていた頃だったように思うのです。だからなかなあ~、このメロディを聞くと、なんともいえない懐かしいような物悲しいような気分になる。あと「パルナス」というお菓子のCMソングとか。
映画の中の曲だったのですね。この映画、{たぶん「キューポラのある街」も観てみたいです。

by oakpark | 2009-01-14 23:29 | 思い出の曲 | Comments(5)

思い出の曲 ~レコード大賞~ 「喝采」   

今日は、レコード大賞の発表の日なのですね。以前は大晦日に、紅白歌合戦の前にあったのに、いつからこうなったのかしら。全然気づかなかった。レコード大賞そのものにも興味がなくなってしまった。いつごろからなかなあ~。

私の今までの人生で、一番印象に残っているレコード大賞受賞曲は
1位・・・「喝采」  ちあきなおみ
2位・・・「また会う日まで」   尾崎紀世彦
3位・・・むずかしいけれど、「おふくろさん」  森進一 にしておこう。

1位の「喝采」は、直前まで小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」が最有力候補だったのに、31日直前に急浮上し、受賞したように記憶しているのです。確か私は小学校の6年生。おぼろげながらですが、ちあきなおみを応援していて、受賞してよかったなあ、と思った記憶があるのです。

2位の「また会う日まで」はとにかく、大好きな曲でした。これは確か小学5年生のときだったと思う。冬休みに、両親の実家のある愛媛県大三島に車で帰る道すがら、ずっとカセットでこの曲を流していたように思うのです。レコードプレイヤーは持っていたけれど、録音機能を内蔵したものではなかったので、レコードのそばに録音機を置いて録音した粗雑な音質のカセットだったと思う。そしてレコード大賞発表は、大三島で見たんだろうな。ほんと好きだったなあ、この曲。そして小5の私、尾崎紀世彦のこともちょっぴり好きだったんだと思う(笑)。

3位以下は混沌としているのですが、あえて、明日の大晦日に久しぶりに聞くことができるであろう「おふくろさん」にしました。この曲を歌う森進一はすごかったなあ~と、思い出されます。これぞ、歌手という入魂のスタイルで、若い頃の森進一は鮮烈な印象があります。いまだに物まねされるのもわかりますよね。「襟裳岬」も好きでした。


ちあきなおみ 「喝采」


尾崎紀世彦 「また会う日まで」


受賞シーンの映像もありました。おかあさんにちゅっとするのがとっても自然でかっこよかったですね~。
http://jp.youtube.com/watch?v=QEFyqw75mJ4&feature=related

さてさて、皆さん、今年はお世話になりました。2008年は皆さんにとってどんな年だったのでしょう。私はまあまあ平穏な年でした。来年も平穏な年になりますように。
今年観た映画は96本、読んだ本は36冊でした。
来年はもっと本を読みたいです。映画はもっと映画館で観たいです。仕事もがんばりたいです。

では、よいお年を!

by oakpark | 2008-12-30 22:24 | 思い出の曲 | Comments(11)