エルヴィス特集! HNと写真のなぞ?   

10月1日が「私がエルヴィスファンになった記念日」だと、先日の日記に書きましたが、3周年を迎えて、3回連続で「エルヴィス特集!」日記を書きたいと思います♪ まさに'Juneのひとりごと' つまらないのでとばしてね~。

さて、私の日記のトップにある夕日の写真ですが、これはどこで撮られたものかわかりますか?撮影者はわたしでございますよ~。大きな川の向こうに夕日が沈もうとしている写真。きれいに撮れたので気に入っています。この川は多摩川でも武庫川でも淀川でもございません。さて何川でしょう~?ヒントは「み」で始まりますよ~。 答えはこの日記の最後に。

そして、私の'June'というHNをどこからとったかも、ここで告白しようと思います。このブログの最初の日記に6月に始めたので、というようなことを書きましたが、それだけではないのです。実はこの名前エルヴィスの1956年夏の恋人、June Juanico (ジューン・ファニコ)さんからとらせていただきました。かの三島由紀夫も「もし生まれ変わったらエルヴィス・プレスリーになりたい」と言ったそうですが、だれもがうらやむほど成功し、女性にも(男性にも?)もてたエルヴィスには、結婚したプリシラを含め、付き合った女性は数え切れないほどいました。ほんとよくもそれだけ!と呆れるほどなのですよ。私のような凡人のとっては理解の範囲を超えています。その女性たちがエルヴィスの思い出を語ったDVDも売り出されているのですが、みんながみんな良い思い出を語っているところもこれまたすごいです。で、みんな美人よ~。

そんな、多くのガールフレンドの中で、もし私が、どれか一人だけを選んでその人になるというのが可能であるとすれば、私は、Juneさんを選びますね~。ジュニア・プロム(中学卒業パーティー)のパートナーををエルヴィスに務めてもらった、エルヴィス高校時代のガールフレンドのディキシー・ローズもいいし、エルヴィスブレイク後にステディになったアニタ・ウッドもいいけれど、やはり私はジューン・ファニコだなあ~。付き合った期間は短いけれどね。エルヴィスがちょうどブレイクしはじめているときで、でもまだ自由もあって、二人だけのデートも可能だった時期。ほんと、楽しそうなのですよ、この本を読むと。
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' Elvis in the twilight of memory’(「うす明かりの思い出の中でのエルヴィス」くらいかな)と題されたこの本はジューンさんが1997年に書いたものです。実録本というより、ジューンさんの40年前の思い出を素材にした恋愛小説といった風情です。なかなかうまく書けていると思います。会話が半分近くを占め、読みやすいといえば読みやすいのですが、本当にエルヴィスそんなこと言ったんかい!と突っ込みたくなる箇所が多々あるのですよね~。ジューンさん、あなたの創作でしょ、あるいは、妄想でしょ、40年前の会話をそんなに細かく覚えているんですか?なんてね。でも、もちろんとってもリアルな部分も多く、あ~こういうふうに二人は過ごしたのね~とほのぼのとした気分にさせてくれる、私のお気に入りの本でもあります。

では、二人はどんな風に出会い、そして別れたのでしょうか。かなり以前に読んだ本なのですが、もう一度ざっと読み直してみました。

二人がはじめて出会ったのは1955年の6月。ニューオーリンズから車で2時間ほど東に行っ海沿いの街、ビロクシに住む18歳のジューンがある日仕事から帰ってくると友達のグレンダが電話をかけてきて、今からエルヴィス・プレスリーとかいう超ホットな歌手のショーに行くから一緒に行こうと言います。ジューンは仕事で疲れていたけれど、友達の誘いなので仕方なく白いドレスと白いサンダルに着替えお迎えを待っていると、ラジオから今まさに名前を聞いたばかりの歌手、エルヴィス・プレスリーの「Blue Moon Of Kentucky」が流れてきた。バイブレーションをきかせた歌い方で年寄りみたい。どこがホットなのだろう、「エルヴィス・プレスリー」というのもへんな名前、とジューンは思う。会場に着き、ショーが始まり、エルヴィスが最初に歌ったのが「That's All Right」。ライブで聴く歌声はかっこいい。当時のエルヴィスは持ち歌が少なかったので、7~8曲歌って休憩し、ステージの横で休んでいた。友達のグレンダはエルヴィスとしゃべりたがっていたけれど、ジューンは興味なし。トイレに行って自分の席に戻ろうとしたときにふいに、エルヴィスに腕をつかまれる。「君、どこに行くの?まだ帰らないよね」「いいえ、席に戻るだけよ」「あと1時間くらいだから、このショーが終わったら、君に、ビロクシの街を案内してほしいんだけれど」

ありえますか~、こんなの! っていうか、エルヴィス積極的すぎ! 当然のことながら、あの子かわいいなあと、ステージの上から目をつけていたわけですよね。エルヴィス好みの小顔で美人のジューンを。そして二人はその晩、夜のデートを楽しみます。ジューンが家に帰ったのは明け方。エルヴィスはそのまま、仲間と一緒に次の公演地に向かいます。この頃のエルヴィスは年間200回近いライブ・コンサートをしていて、車で各地を忙しく回っていました。。あまり知られていませんが、エルヴィスにも下積み時代があったのです。

次に二人が会ったのは、約1年後の1956年5月です。ジューンの友達のマリーが休暇が取れたのでみんなでメンフィスまで行こうと誘ってきます。マリーはエルヴィスのファンで、もしかしたらエルヴィスに会えるかもしれないと思っていました。ジューンはフロリダに行きたかったけれど、車を出すのはマリーだし、仕方がないなと思います。総勢5人で、マリーが買った新車、フォード・フェアレインで出かけることになります。女の子でフォードなんてすごいね。こんなかんじ?
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ビール・ストリートのある店で、マリーはエルヴィスの住所を聞き出します。「教えてやってもいいけれど、エルヴィスはツアー中だよ」といわれますが、行ってみると、ちょうどエルヴィスがピンクのキャデラックを運転して両親とともに帰ってきたところでした。いとこの一人が急死し、お葬式に出席するために急遽戻ってきたのでした。ピンク・キャデラック、こんなかんじ?
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そして、ここから、エルヴィスとジューンの怒涛のような楽しいデートの日々が始まるのです。二人でバイクでミシシッピ川近くまで行ったり、遊園地に行ったり、エルヴィスの家でくつろいだり。そして、なんと、一緒に飛行機でヒューストンまで飛び、エルヴィスが買ったばかりの車、白のキャデラック・エルドラドをピックアップしに行ったりするのですよ~。もちろん、お泊りつきで。ひえ~~!会って2度目なのに、そこまで~~!!この一連のデートのときに、エルヴィスが歌う「Ole man river~」の力強い歌声を聴いて、ジューンが「オーソレミオ」みたいなオペラ風の歌をを歌ってみたら、と勧めたそうです(ほんとか!)実際エルヴィスはその約5年後に「オーソレミオ」を原曲にした「It's Now or Never」を歌っていますがね。また、「今夜はひとりかい」を歌ってみたらと勧めたのもこのジューンだとか(ほんとか!!)

6月に入りエルヴィスはTV番組「ミルトン・バーツ・ショー」収録のためロサンジェルスに行きます。私がファンになるきっかけとなった「ハウンド・ドッグ」のパフォーマンスをしたあの番組です。このあと、世間ではエルヴィス批判で騒然となるのです。きっと、エルヴィスはそのことにも心を痛め、疲れてしまったのでしょう。何日か後に突然ビロクシのジューンのうちにやってきます。そろそろ世間も二人は怪しいと騒ぎ始めるのですが、いい隠れ家を見つけ、出たり入ったりしながらも1ヵ月半ほどビロクシでの休日を楽しみます。ジューンのお母さんのボーイフレンドが所有していたヨットで釣りをしたり、水上スキーを楽しんだり、射撃をしたり、メンフィスから両親を呼び寄せたり。きっと、この頃が一番楽しかった頃ではないかなあと思うのですよね。有名になりつつあるけれど、まだ普通のデートもできるわけですから。そしてお金のことは心配しなくていいくらいリッチになっていますしね。ジューンいわく、このときにエルヴィスにプロポーズされたそうです。「君以外の女性は考えられない。でもマネージャーの方針で3年間は結婚できないんだ」(ほんとかあ~~)

8月はエルヴィスはフロリダでのツアー。ジューンも同行します。そして、8月16日にエルヴィスはハリウッドに行き、初めての映画「ラブ・ミー・テンダー」の撮影に入ります。ジューンは同行しませんが、3~4日おきに電話が入ります。「うん、調子いいよ。やっとデボラ・パジェットに会えたよ。彼女はすごい美人だよ」「あら、じゃあ電話切るわ」「切らないで。君のほうが目も大きいし、笑顔も素敵だ」なんてね~~~。この映画でエルヴィスは、劇中で歌わなくてもいいこと、俳優として勝負できることを喜んでいましたが、途中から何曲か歌うことになりとてもがっかりしたそうです。「ラブ・ミー・テンダーは、いい曲なんだけれど、ほかの曲がくそみたいなんだ」とジューンに愚痴をこぼしていたとか。

そして、その後、徐々に、エルヴィスとジューンの間に亀裂が入り始めます。
9月9日に、ロスで「エド・サリバン・ショー」の収録。当時権威のあったこのショーにエルヴィスは3回出演することになるのですが、この日が1回目です。このときエルヴィスはナタリー・ウッドに会っています。9月26日、生まれ故郷のチュペロでの凱旋公演。このときは、写真にも残っていますが、高校時代の恋人、バーバラ・ハーンに会っています。この人も映画俳優かと思うほど美人。10月19日、待ちくたびれたジューンがメンフィスにやってきます。10月28日ニューヨークにて2回目の「エド・サリバン・ショー」収録。ジューンは同行しません。メンフィスに戻ったあと、10月31日にナタリー・ウッドがメンフィスに遊びに来ます。ナタリーをハーレー・ダビッドソンの後ろに乗っけて公園まで行ったりします。なぜこんなにこと細かに日付までわかるかというと、こんな本があるからなんですよ~。エルヴィスのたどった足取りを克明に記録した本、'Elvis Day by Day' 日付などJuneさんの本と若干食い違っている箇所もあります。
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12月4日にはデビューしたスタジオである、サン・スタジオにラス・ベガスで知り合ったショーガールを連れて立ち寄ります。クリスマスは別のショー・ガールと過ごします。本当はこのときクリスマスを一緒に過ごそうと、ジューンを誘ったのですが断られたのです。で、代わりにショーガールを呼んだのでしょうね。まあ、エルヴィスは、片時も女性がそばにいてくれないと落ち着かないたちなのでしょうな~~(いやほんま)。

そして、決定的な別れが。
もう、これ以上待つことはできないと決断したジューンは、新しい男性とデートを初め、ついに結婚を決意します。お~い、エルヴィスに3年待ってといわれたんじゃなかったの~?それにまだ19歳なのに、なにをそんなにあせるの~~?(私のつぶやき) そんな時エルヴィスから連絡が来ます。「ハリウッドからメンフィスに戻るのにニューオーリンズで、電車の乗換えをするので、ニューオーリンズまで来て。君にプレゼントしたいものがあるんだ」
ジューンは車で2時間の道のりをニューオーリンズまで行き、婚約していることをエルヴィスに告げます。エルヴィスは信じられないという顔をして、電車に乗り込みます。手を振るエルヴィスがどんどん小さくなる。それを涙ながらに見つめるジューン。あ~。

その後二人は二度会話をします。1度目は1963年のこと。ジューンがママさんボーリングの選手になり、大会に出場するためメンフィスを訪れたときに、ちょうどメンフィスに滞在中のエルヴィスに会いに行きます。映画館で女性と二人で座っているエルヴィスに後ろから近づき、肩をたたく。振り向いたエルヴィスは驚いて、「やあ、ジューンじゃないか。どうしてここにいるの?子どもは何人できたの?」と尋ねるのです。エルヴィスの肩をたたくなんて付き合ったことのある人しかできないかもね。もう一度は、1969年のこと、ジューンはラスベガスまでエルヴィスのショーを見に行き、その後、電話でエルヴィスとしゃべります。このときのショーの一曲めは「CC.Rider 」。1969年のショーを見たなんてうらやましいぞ。そして1977年8月、エルヴィスに出会った頃の自分にそっくりに成長した娘を連れて9月にビロクシで行われるエルヴィスのショーを見に行こうと楽しみに思っていたときに、エルヴィスの訃報とラジオから流れるエルヴィス最後の熱唱「Unchained Melody」を聞きます。 この曲は二人がデートをしていたころにエルヴィスがジューンに歌って聞かせてくれた曲。ジューンにとってはエルヴィスがレコードを出すたびにこの曲が入っていないかと確かめたほどお気に入りの曲をこんな形で聞くことになるとは、なんと哀しいことでしょうか。

エルヴィスの代表作ともいえる曲を自分が見出していたと主張するあたりは眉唾ものですが、エルヴィスとジューンではなく、一人の21歳の若者と18歳の少女の恋物語として読んでもとても楽しく、そして哀しい本なのではないかと思います。21歳と、18歳かあ。恋をしていましたか?そのころ。

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エルヴィスがジューンにプロポーズしたとき(ほんとうか?)に歌ってくれたという 「Is It So Strange」はこちらです。

で、最初の質問、写真の川ですが、もう皆さんわかりましたね。ミシシッピ川ですよ~。
地図で見てもわかるように、メンフィスはミシシッピ川の東側にある町なので、川を挟んで西のほうにきれいな夕日を見ることができます。私ができたら代わってみたかった(と言っても親も変わらないと無理。うちは厳しかったからな~)ジューンさんと、エルヴィスが二人で眺めたのではないかと思い、トップの写真に選びましたが、調べてみるとどうやら夕刻には川べりには行っていないみたい。夜か昼間ですね。まあ、きっと、エルヴィスは別の彼女とこの夕日を見たことでしょう。

それと、わたし、このジューンさんに偶然会ったのです。エルヴィスウイークのゲストとして来られていたところをたまたま通りがかりました。もちろん、サインをいただきました。18歳のジューンさんは日焼けして健康的で楽しい娘さんだったようですが、70歳近いジューンさんも笑顔のとても素敵な美しい方でした。 DVDに出演時の映像です。
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by oakpark | 2008-10-15 23:48 | ELVIS | Comments(6)

Commented by nandakanda46 at 2008-10-16 10:11 x
june juanicoさん、おっとー、こんにちは。
とばしていいどころか面白く読ませてもらいましたよ。直接は関係ないけど「a very old friend came by? today・・」で始まる「マリーは恋人」の歌詞はきっと事実だった気がしますね。最後はflameだから燃える炎のように。
大型車オンパレードでアメリカが一番輝いていた時代、崩壊寸前の今とは大違い。
私も40年前程度なら誰が何言ったか覚えているタイプです、ご注意!(笑)。
Commented by June at 2008-10-16 12:55 x
★ nandakanda 46さん

こんにちは!こんな独善的な日記を読んでくださってありがとうございます!「マリーは恋人」は、おもしろい歌詞ですが、大好きな曲です。恋人を友達に奪われた歌でしたっけ? 奪ったり、奪われたり、愛は移ろいやすいものですね~。いくら永遠の愛を誓ってもほっとおいてはだめですね~。でも、エルヴィス相手の場合は、多くの女性が一瞬でも一緒にいれたことで満足しているみたい。June Juanicoさんは、エルヴィスの恋人だったというだけでウィキペディアにも載る有名人ですから~。
そういえば、昨日のニュースでトヨタも小型車を発売したそうですが、50年代は古きよき時代ですね。昔はガソリン代も安かったのでしょうね。アメ車のオープンカーに乗ってみたかったな。
私は40年前のこと,ほとんど覚えていましぇ~ん。20代の頃のことは少しは覚えているけれど本にできるほどではないな~。
Commented by ユッキー at 2008-10-16 21:54 x
うわァ~!いっぱい書いてくれて、本みたいです。
一気に読みきりました・・・興味深い話ばっかし・・・。
ジューンさん、健康的な美人ですねェ~!
そうなんですか、ステージ上から目をつけておいただなんて・・・そういうことも、あるのねェ~!
ええ?実際にジューンさんに、会った・・・これまた、すごいわ!

Juneの ひとりごと、ミシシッピー川の夕焼け、そういう意味だったんですね。

これからも、いろいろ、書いてください。
楽しみに、読ませて、いただきます。
Commented by June at 2008-10-16 22:54 x
★ ユッキーさん

長い文を読んでくださってありがとうございます!
短くまとめようと思うのですが、文才がなくてなかなかうまくいきません。
でも、興味深いでしょ~。当時の風習なんかもわかりますね。きっと当時は20歳で結婚していなかったら「うれのこっている」と周りから見られたのじゃないかと思うのですよね。20歳なんてまだ若いのに!

そうなのですよ。ジューンさんに会ったというか、見かけたというか。で、周りにいた人がサインをもらおうと並んでいたので私も並んだんです。あつかましいアメリカ人女性に順番を抜かされたりして、いろいろ、たいへんだったのですよ。。。でもね、ふと、別にこの人何をしたわけでもないのに、サインだなんてね~とも思ったのです。ははは~。

これからも駄文を載せると思いますが、読みにくい場合はとばしてくださいね!
Commented by ユッキー at 2008-10-17 10:03 x
はい、20歳なんて、まだ若いのにねェ~・・・・そういう私、実は21歳で結婚してしまいました~!うかつ、でした。昭和40年です。
Commented by June at 2008-10-17 19:41 x
★ ユッキーさん

そうなのですか!21歳で! お若いですね~~。
私の友達で一番早く結婚した人は24歳です。それでも、「早すぎた、見る目なかった」と言っています。が、ご夫婦仲良しですよ~。
私は29歳でした。遅いでしょ~(笑)。

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