本『映画と本の意外な関係!』 町山智浩   

映画評論家の町山智浩さんは、映画に関することやアメリカの歴史や、現在の政治や文化についてなど、いろいろなことを書いて本にしているが、こういうことも書くのですね、という新鮮な驚きがありました。映画と本都の関係や、映画の中のせりふの元ネタになった詩についてなど、とっても知的レベルの高い内容になっています。こういう本もどんどん書いていただきたいです。
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'いろいろと興味深い内容がありましたが、なかでも、私の大好きな恋愛映画「恋人までの距離 (Before Sunrise '95)」とその続編映画(でも私は最初のが一番好き)にかなりのページを割いてくれていてうれしかったです。この映画は、アメリカ人大学生のジェシー(イーサン ホーク)が、ヨーロッパ旅行中に偶然出会ったかわいい女の子、セリーヌ(ジュリー デルビー)一晩、語り合いながら街を歩く、というただそれだけの映画。ほとんどがとめどなくあふれてくる会話で構成されています。ここまでしゃべり続けるのもすごいなあ、と思うし、それだけ、一偶然の出会いでうまがあったんだろうな、とほほえましくなります。そして、ジェシーの飛行機の時間が来て、電話番号も聞かず別れてしまいます。

町山さんの解説を読みながら、今までの自分の人生を振り返り、たまたまた出会い、自分に好意を持ってくれたのに邪険に扱ってしまったなあと、思う事例が2件あるなあ、と思い出していました。どちらも女の子なんですけどね。

一つ目は、小学校の一年生の時。名前も顔も忘れてしまいました。覚えているのは雰囲気だけ。賢そうな女の子でした。正確には覚えていないし、実は本当にそんなことがあったかどうかも最近では自信がないのですが、ある時その女の子に、「今日、うちに遊びに来て」と誘われたのです。当時私は団地に住んでいて、女の子の家は同じ団地内だけれど、自分の家からは少し遠いと感じる場所にあったと思います。そのときのかんじ、え?なんで私を誘うのかな。特に友達ってわけでもないのにな、と思ったことをかすかに覚えています。少し前の算数の時間にこんなことがありました。先生が算数セットの中にある棒で「11」を作ってください、と言いました。私は、単純に棒を2本出して、それを並べて「11」にしました。すると、先生が、はい、そこと、そこの子、前に出てきてみんなに見せてください、といいました。なぜか私が指名され、もう一人指名されたのが、その女の子でした。私は、何の疑問も持たず、2本の棒を高らかに掲げたのですが、なんとその女の子は10本の束と1本の棒を頭上に掲げいていたのでした先生が言いました。「さあみなさん、どちらが正しいでしょう?」そのあとはもうお分かりですね。私は50年後も忘れない大恥をかいたのでした。そんなことがあったせいか、私は約束を破ってその子の家に行かなかったのです。もしかしたら、その利発な女子は、私のことをかわいそうだと思ってくれたのかな、でも友達になりたいと思ってくれたのかな、といろいろ思ってしまうのですが、答えは永久にわからないまま。なぜなら、その女の子、あくる日に引っ越してしまったのです。なんであの時、意地を張らずに遊びに行かなかったんだろうと、その後時々思い出します。

もう一つは、24歳の時に、イギリスのカレッジのサマースクールに参加した時のこと。いろんな国から、いろんな年齢の外国人が参加していました。スペイン人が多かったかな。日本人も数人いました。韓国人もフランス人もいました。ヨーロッパの人たちは、日本人にはあまり興味がなさそうでした。そんな中、ひとりの東ドイツの女の子が私によく話しかけてくれました。お互いつたない英語で、少し会話を交わしました。でも、当時の私は東西に分断されているドイツのことにも、英語のつたないヨーロッパの人にもあまり興味がなかった。英語を学びたくて、英語ネイティブの人としゃべりたいと思っていた。あまり友好的な態度を示さず、連絡先も交換せずに別れてしまった。その5年後にベルリンの壁が崩壊したとき、あの時の彼女はどうしたかなあ、と思い出した。そういえば、西に住んでいる親戚とは会えない、というようなことも言っていたな、親戚とは会えたかな。ちゃんと連絡先を交換していたら、律儀そうな彼女とその後も交流を続け、興味深い話もたくさん聞けただろうに。

「恋人までの距離」の続編の「ビフォア サンセット」で、ジェシーが「なんで僕たち、あの時電話番号を交換しなかったんだろう」というと、セリーヌが「若いうちは一つ一つの出会いを大事にしないからよ」と言うのだけれど、まさにその通り。もっと大事にしておけばよかった。

「恋人たちの距離」の最後で、ジェシーがセリーヌとの別れを惜しんで詩を暗唱するシーンがある(らしい by町山さん)。それは、W.H.オーデンという詩人のこういう詩らしい。 心にしみる。

年月がウサギのように
逃げ去っても
僕はこの腕に
永遠の花を抱く
世界最初の愛のように

しかし街中の時計が
鐘を鳴らし始めた
時はごまかせないよ
時は征服でいないよと

by oakpark | 2017-02-25 16:41 | Comments(0)

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