「風と共に去りぬ」の思い出   

さ~て、ゴールデン・ウィークが始まりました。私は今年もどこにも行きません。外出すると人が多くて疲れるしお金もたくさん使うので、家にいるのが一番。ただ、冬ごもりのせいで少し体重が増えてしまったので、スポーツクラブに通って体重を落とすつもりです。2キロが目標。達成なるか?

で、きょうはGWには全く関係ない、どーでもいいことを書きます。
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先日、お気に入りのブロガーさんのブログを読んでいると、見過ごせない日記がありました。アメリカの米国映画協会(AFI)というところが、2005年に選んだ「最も記憶に残る映画のセリフ」の1位がなんと、「風と共に去りぬ」の最後のシーンのレット・バトラー(クラーク・ゲーブル)のせりふ
'Frankly dear, I don't give a damn.'(知らないね、勝手にするがいい)
だったというのです。これにはび~~っくり。そのブロガーさんは、日本人にとってはあまり馴染みがないですね、と書いておられるのですが、このセリフこそ、私が衝撃を受け長年悩まされてきた、めちやくちゃ印象に残っているせりふなんです。「印象に残っている」というところがみそで、別に感動したとか心を打たれたとかではないのです。ただただいろんな意味で印象に残ったせりふです。もしかして、私の感覚ってアメリカ的?いや、ちょっとちがうみたい。今日はそのことに付いて分析してみたいと思います。(どーだ、どうでもいいことでしょう?)

「風と共に去りぬ」はまず本の方を先に読みました(もちろん日本語)。そしてこれこそが今までの人生で一番夢中になって読んだ小説なのです。確か、中2か中3の頃だったと思います。感じ易い年頃だったということもあるでしょうが、今もってその時受けた感動を超える本に(悲しいかな)出会っていません。本当の恋愛はまだ経験していなかったけれど、人を好きになることって複雑だなあと思ったものです。本を学校にも持っていて、後ろの席の友達に「何を読んでいるの?」と聞かれて「『風と共に去りぬ』だよ」と答えたその時の教室の感じ、座席の位置もはっきり覚えています。

あまりにも夢中になって、主役のスカーレットに思い入れて読んでいて、最後はハッピーになると信じていただけに最後のレットのせりふはショックでした。今度こそ二人は結ばれると思っていたのに。同時に、レットは疲れてしまったんだな。あんなにスカーレットのことを愛し、尽くしてきたのに,その思いが届かなかったんだもの。戦争やアシュレイやメアリーといった障害物はなくなったけれど、以前のような燃える愛情もレットから消えてしまった、もうレットは戻ってこない、と思ったものです。当のスカーレットは「明日考えよう」なんて言うのですが、私はもうショックで悲しくてしばらく立ち直れないくらいだったのです。

その後映画を見たときは、本に比べてそのシーンが軽く思えました。スカーレットが頼み込めばレットは帰ってきてくれそうな気がする、とさえ思いました。映画としては長い映画ですが、文庫5冊からなる本と比べればやはり短く、そこまでの感情の積み重ねが足りず、レットの心情が把握できなかったのかもしれません。

この場面の日本語版の本のセリフは「だが、君を恨んでるわけじゃないよ」です。実は手元に日本語版がないので、本屋で立ち読みしてきました。あれ?案外優しいじゃないですか。これにそんなにショックを受けたのかしら。私はこれを最初に見て、その次に映画版のせりふの字幕を見たわけですね(聞き取りは出来てないはずなので)。今手元にDVDがあるので確認しました。スカーレットが「私はこれからどこに行けばいいの?」と(字幕で)聞くと、レットは「俺の知ったことじゃない」と答えます。こっちは冷たいなあ。 つまり、きっと私は、本の方ではレットの態度にショックを受け、映画を見てセリフの冷たさにまたショックを受けたんだな。

そしてさらなるショックが、大学生になって購入した原書で見た英語でした。原書になんて書かれているのかずっと知りたくて、やっと買った本で、まずこのレットのセリフを探しました。そして、意味がわからなくてショック。'My dear, I don't give a damn.' 私には、この I don't give a damn. の語感がわからなかった。一体レットはどんな気持ちで、どういう想いを込めてこの言葉を言ったのだろう。本当に怒っているのか。それともまだスカーレットを思う気持ちは残っているのか。日本語訳と離れすぎているから更に混乱。当時の私の英語力で、Damn it! (いまいましい) に否定後がついているから、いまいましくない、ってことなのかなあ。レットの優しさがあらわれた言葉なのかなあ、ととりあえずは思うことにしたのですが、その後、「俺の知ったことじゃない」位の意味だと分かり、レットの精一杯の突き放しの言葉だったんだとわかりました。  本ではこのセリフの前に、He drew a short breath, and said lightly but softly.(少し息を吸い、軽く、しかし優しくこう言った)という一文が入ります。30年前の本は色あせてぼろぼろ。
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裏表紙はやっぱりこれよん。
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昔の本は洋書も文庫本も文字が小さいですね。今読もうとすると文字が小さくてつらい。長女に言うと、高齢化社会だからじゃない?といいます。そしてこれくらいの文字の大きさはへっちゃら、といいます。なんか悔しい。

映画では'Frankly my dear, I don't give a damn’かあ。

でも、なぜこれが「最も記憶に残るえいがのせりふ」なんでしょうね。このせりふに票を入れた人の意見を聞きたいです。私は、せりふ、というよりレットの態度ですね。これが印象に残りました。「愛」にも賞味期限があるんだなあ、とかね。でもそのことを信じたくない当時の自分もいて。「永遠の愛」「限りのある愛」、「愛」もいろいろあるんだな、とまでは思わなかったけれど、とにかく印象に残った。

今更だけれど、機会があったらアメリカ人にこのセリフのことを聞いてみたいな。知っているかどうか。知っていたらどんな印象を持っているか。

一般的に日本人にとって印象に残る英語のセリフってなんでしょうね。 印象に残り、日常にも使えるというので行くと、I'll be back.(ターミネーター)を今思い出しましたが、他にもあるかな。





by oakpark | 2012-04-30 22:35 | 雑感 | Comments(4)

Commented by ユッキー at 2012-05-01 05:34 x
気持ちのいい季節。いいですねぇ~~。さわやかな風がふいてるのね。新緑だし。2キロ。がんばって ね。わたし、今日は、バンコクの先のほうまで行きます。サラブリーって、とこまで。ホアヒンに遊びに来ていた彼女を送って行きます。彼女って言っても、こんど、5月から専門学校に入学する女の子です。タイは5月が、新学期です。その子の父親は日本人なんだって。だけど、逃げちゃったみたいよ。おなかにいるときに。こういう日本人父親が、いっぱい、いるんでしょうね。きっと。ヤですよねぇ~~。なので、わたし、ちょこっとだけ、応援してるの。とっても、かわいい子なのよね。きっと美人になるでしょう。
途中で、おいしいランチ食べて。楽しいドライブにしたいなぁ~~。
Commented by June at 2012-05-01 22:14 x
♪ユッキーさん

爽やかな季節です~。でも関東地方はあすから雨みたいです。きょうはちょっとムシムシしています。でも、散歩をしていると家々のお花がとってもきれいですよ。つつじとかフジとか。私は紫のお花が好きなので、紫のお花に目がいきます~。

若い子達はみなかわいいですよね。自分の子にはなぜか腹が立つのだけれどね。ユッキーさん、応援してあげてください。きっと彼女の記憶に残ると思いますよ。あの時励ましてくれたおばさんがいたって。そういうのもいいですよね。
Commented by Kaz. at 2012-05-08 00:50 x
どうもどうも。

あぁ、そうですか~、やっぱ感性がアメリカ人なのかもねぇ。(笑)
でもやっぱ原作本を読んでるからこそじゃないんでしょうか。
映画で観たなら、日本人にはもっと分りやすいセリフが受けるんだと思います。
そこが原作を読んで親しんだ方との違いなのかもね~。
興味深い記事です。
Commented by June at 2012-05-08 22:06 x
おお~、kaz.大先生、コメントまでくださってありがとうございます!

そうですねえ~。なが~い原作を読んで、紆余曲折があって、やっとやっとスカーレットの気持ちがこっちに向いたのにこれかい?みたいなのはありましたねえ。映画もよかったけれど、私はこれに関しては本の方が好きでした。でも、レットとスカーレットはイメージ通りでした。アシュレイだけがちょっとね。。。

kaz.さんのサイト、いつも楽しませてもらってます。世の中にはいろんな映画があるのね~と感心しています。これからもいろんな映画を紹介してくださいね。

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