映画「エブリバディ ウォンツ サム」   

とっても愉快な青春映画を観た。 リチャード・リンクレイター監督の「エブリバディ ウォンツ サム」
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「エブリバディ ウォンツ サム (Everybody Wants Some,2016) 」 監督:リチャード リンクレイター 出演:ブレイク ジェナー ゾーイ ドゥイッチ 他

リチャード リンクレイター監督は「6歳の僕がおとなになるまで」で有名だけれど、私は、映画ファンになりたての頃にビデオで観た「恋人までの距離(Before Sunrise)]が大好きだった。 自分の若いころを思い出し、こんな経験ができたらよかったなあ、でも、これに近いことはあったかも?なんてほっこりしながら観たものだ。今回の映画も、それに近い感覚で観た。 1980年が舞台で、大学の野球チームの新入生たちが、新学期までの3日をあほなことをして過ごすお話。ほんと、男の子ってばかよねえ、と思わずつぶやかずにはいられない数々のエピソード。 女の子をひっかけたいがために、普通のディスコ、カントリー系のディスコ、パンク系のディスコを節操なく渡り歩き、全く野球とは縁遠そうな、演劇系のパーティに行ったりもする。いったい、野球をやるシーンっていつ出てくるんだ?と画面に対してつっこみたくなりましたよ。リチャード リンクレイター監督が1960年生まれで、実は、私と同い年。だから、1980年の描き方がドンピシャで、自分の記憶の中に残っているイメージと合ってしまったのね。 流れる音楽もゴキゲンなものばかり。マイシャローナから始まり、インベーダーゲームをしているシーンでブロンディの「ハート オブ グラス」が流れた時は、きゃー!という感じになりました。

大学時代、よかったなあ。だら~っと過ごした月日だったけれど、楽しかった。 勉強もあまりしなかったし、テニスに打ち込んだわけでも、バイトに打ち込んだわけでもないけれど、ふわ~~と楽しい時を過ごして、それが今の自分の励みにもなっている。ああいう時代も必要なんだな、と思うことにしたい。


# by oakpark | 2017-07-20 22:47 | 映画 | Comments(0)

いつか行ってみたいウインブルドン   

今年のウインブルドンは、女子がスペインのムグルサ選手、男子がスイスのフェデラー選手の優勝で終わった。35歳のフェデラー、強かった! 私は特にフェデラー選手のファンというわけではなかったが(私の周りのテニスファンには多い)、最近、お母様が南アフリカ出身という関係からアフリカのために基金を設立したり慈善事業をしているということを知り、一気に好感度が上がった。家族思いであるということも昨日のテレビ放送で知った。二組の双子のお父さんで、8歳の女の子たち、3歳の男の子たちが、何度もテレビ画面に映っていたが、きれいなお洋服を着せられているものの、その振る舞いは、どこにでもいる無邪気な子供たちそのもので(お行儀が特に良いというわけではない)、それがまた好印象だった。そもそも、3歳年上の奥さん、ミルカさんが、いつも試合観戦をしているのが素晴らしい。とっても仲が良いし、奥さんもテニスが大好きで、それは、フェデラー氏にとってもとても良いことなのだと思う。我が家なんて、夫がしょっちゅうシニアの水泳の大会にでているが一度も見に行ったことがない。一回くらい見に行こうかしら。

一方、女子のムグルサ選手は、スマートで攻撃的なテニスをしていた。第一セットはビーナスと拮抗していたが、第2セットはあっさりととったようだ。「ようだ」というのは、その時間、長女と次女から時間差で駅に迎えに来てほしいと連絡があり、20分くらい離れていた間に勝負が決まってしまっていたのだ! せっかく集中して観戦していたのに~

テニスと私の関係は今が一番いい感じかも? いろんなスポーツを見るのが好きで、スポーツ全般何でも好きだが、やはり、中学の時に出会ったテニスが一番自分に近いと思える。振り返ってみると、なぜあの時テニスだったのか。 小学生のときはバレーボールが大好きだった。バレーボール漫画が隆盛だったし、よく友達とバレーボールで遊んでいた。中学生になったらバレーボール部に入ろうと思っていた。でもある時、おぼろげな記憶ではあるが、近所に住む、やすこちゃんという大好きな友達が、テニスの話をして、がぜん興味を持った。父が英語が好きで、洋物が好きだったことも影響があるかも。日本人のテニス選手なんて誰ひとり知らなかったし、テニスというスポーツがどういうものかも一切知らなかったが、なんとなくかっこよさげだと思った記憶がある。女子のウェアもいいなあと思ったし。うん、それが原点かも。結局そこだな、きっと。 中学に入って部活でテニスを始めても、練習はブルマーと体操着、ラケットなんて触らせてもらえず、球拾いばかり。初めてラケットを持った時もうれしかったが、それ以上に初めてテニスウエアを買いに行ったときはもっと嬉しかったもの。芦屋のテニスショップでしたね。何人かの友達と一緒に行ったな。

なるほど。記憶を掘り起こしてみれは、そういうミーハーな動機だったから、いつまでたっても上手にならなかったのね。でも、まあ、それでいいじゃん。ここまでまだ続けているのだから。この前も、テニスのレッスンで、同じクラスの知らないおばさまから(自分もおばさんだが)、「あなた足長いね」と言われて、うれしかった。おニューのナイキの紫のスコートが足長効果だったのかも。これからも、ウェアを楽しみながら、体調に気を付けながら、ぼちぼちテニスを続けていこうと思ってます。テニス万歳!

ところで、ふと思ったのですが、ムグルサ選手って、少し錦織選手に似てませんか? この写真とか。
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あー、いつかウインブルドンに行ってみたいなあ。緑の芝、白いウエアがノスタルジーも掻き立てていいなあと思う。ただ、ぼーっと見てるとかどっちがどっちかわからなくなるけどね。

# by oakpark | 2017-07-17 08:55 | テニス! | Comments(0)

本「あの頃早稲田で」   

最近読んだ本です。

昔から中野翠さんのエッセイや映画評が好きでした。平凡な自分には真似できないようなものの見方ができ、ユーモアもあって、頭の良い方だなあと思っていました。

この本で、中野翠さんの学生時代のことを知り、やはり自分とは全然違うと思いました。大学に、しかも共学の大学に入ったことが嬉しくて(中高は女子校)、浮かれていたあの頃。向上心などなかったなあ。その点、中野翠さんは知的探究心にあふれ、男子とも適度に知的に交流しながら今の活躍の素地を作ってらっしゃる。

大学紛争のこともたくさん書かれていて、私としてはとても興味深かった。若い血潮が、その勢いの頂点を極め、自由な時間と立場を得たとき、何が起こりどんな事態になるのか。時代の変化とともに、いろんなバージョンが生まれていく。今年大学生になった、我が家の末っ子の次女は、どんな4年間をすごすのかしら。

今日はカラオケオールらしい。
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# by oakpark | 2017-06-30 23:03 | Comments(0)

映画 「マンチェスター・バイ・ザ・シー」   

ふい、と思い立って、車に乗ってひとりで映画を観てきた。主演のケーシー・アフレックがアカデミー賞主演男優賞をとった映画。ひとりでしみじみと観たいなあと思っていた。

良かった。リアルで繊細で丁寧で。こんな映画が私は実は好き。嘘っぽくない真実の人間の営みが描かれている映画。夫は、映画だからこそ、うその虚構の世界を堪能できるんじゃん!というけれど、まあそれもわかるが、私の場合、本当に感動できて、観終わって良かったあ、と思えるのは、こういう映画だ。真実の映画が好き,と言っても、ドキュメンタリーはそれほど好きでもなかったりする。真実すぎてつらくなることがあるから。

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「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(Manchester By the Sea,2016) 監督:ケネス・ローガン 出演:ケイシー・アフレック、ミッシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジス

今回、ケイシー・アフレックがすい星のごとく現れて、主演男優賞をかっさらったかのように言われるが(じゃないかもしれないけれど)、私はこの人、前からすごいなあと思っていた。すべての映画を見ているわけではないが、たまたま観た「ジェシー・ジェイムズの暗殺(2007)」「キラー・インサイド・ミー(2010)」で、一見善良そうに見えるが実は内面に闇を抱える人物というのを不気味に演じていて、一足先に表舞台に出ていた兄のベン・アフレックよりも深みのある演技ができるなあと思っていた。今回も、良い人なのか悪い人なのかわからない感じの微妙なところをとても繊細に演じていたと思う。

ほかにもケイシー・アフレックを応援したい理由がある。ケイシーは、私が映画好きになるきっかけを与えてくれた,リヴァー・フェニックスの弟のホアキン・フェニックスの親友なのだ。そして、リヴァーの妹のサマーと結婚していたのだ。でも、最新情報によると、別居してしまっているようなので、ホアキンとの関係もどうなのかしら。ちょっと心配だ。ホアキンも、ケイシーも、華のある兄がいるという点で共通していて、相通じるところがあるのかもしれない。

お話の内容としては、つらい過去を背負った便利屋の男(ケイシー アフレック)が、兄の息子の面倒を観ることになり、最初はちぐはぐしていたが、徐々に分かり合えるようになるという話。

と書くとありふれた話のように聞こえるが、細部の描き方が絶妙。とても素晴らしい脚本と演出と演技だと思う。これまた昔から目をつけていたと私が自負する(!)ミッシェル ウィリアムズのさすがの貫禄の演技です。もう後半,泣けてなけて。映画館だったので何とか号泣にならないようにこらえたが、もし家で観ていたらティッシュひと箱使ったかも?

おすすめの映画です。

# by oakpark | 2017-05-27 22:50 | 映画 | Comments(0)

エルヴィス映画祭!   


今日は、私の年中行事でもあるエルヴィス映画祭に行ってきました! エルヴィスのファンになってから10年半、年に3~4回行われてきたこの映画祭にほぼ毎回出席しています。 最初のころは、エルヴィス出演映画2本と「オンステージ」(1970年ラスベガスで行われたコンサートのライブ映像映画) みたいな組み合わせが多く、一本90分くらいの映画を3本立て続けに観るのは結構ハードでした。観客のほとんどが私より年上の高齢者のため、やはりきつかったのか、最近はエルヴィス出演映画1本とコンサート映像,という組み合わせになっています。

そして今日のプログラムは、エルヴィス最後の主演映画(31本目!)の「チェンジ オブ ハビット」(Change of Habit,1969)と、「エルヴィス オンツアー」(1972)でした。出かける前は、今回は地味な組み合わせだなあ。年代も同じくらいの2本だし、映画のほうもいまいちだった気がするなあ、などど思っていたのです。実際会場も、いつもよりお客さんが少なく感じました。皆さん、同じように感じていたのではないかしら。

ところが、これが予想外によかったのです、どちらも。

まず、「チェンジ オブ ハビット」のほうですが、私はファンになりたてのころ、短期間に当時手に入る限りのエルヴィス情報を仕入れたので、あまり吟味せずにとりあえず観た,聴いた,というものもかなりたくさんあります。この映画も急ぎ足で私の情報網にインプットされた映画の一本です。確か、どなたかにビデオ(まだVHSしかなかった)をダビングさせていただいて、画質の悪い映像でさささっと観たのではないかなあ。なので、ストーリーもあまり覚えておらず、看護婦さんが出てきたなあとか、エルヴィスの髪型が前髪を垂らしていてめずらしかったなあとか、そのくらいしか記憶がなかったのです。なので、今回映画を見て、エルヴィスがお医者さんだったんだ!(なんと)とか、いろんな社会問題を提起している(でも解決はできず中途半端だが)、奥の深いまじめな映画だったんだ、とびっくり。しかも、最後ハッピーエンドじゃない。エルヴィスと,ヒロインのメアリー・タイラー・ムーアとのキスシーンもなければ、恋人同士にもならない。だって、メアリーは、尼僧だから。きれいな女の子がたくさん出てきて楽しげに踊ったり唄ったりする典型的な後期エルヴィス映画と全然違うことに驚いてしまった。だから、エルヴィスが歌うシーンをなくして(医者が歌うという設定はかなり無理がある)、もっとテーマの的を絞って完成度をあげたら、「普通の映画」としてもかなりいけたんじゃないかと思える映画だったのです。この映画を最後にエルヴィスは、ハリウッドに別れを告げ、ライブ活動のほうに移行していくので、演技そのものへの情熱は薄れていたかもしれないし、実際そんな感じの演技だったけれど、メアリー以外の二人の尼僧役の女優さん(バーバラ マックネア、ジェーン エリオット)の演技もなかなかよかったので、エルヴィスもそれに触発されてもっと初期のころのように演技にも力を入れたら、もっと良い映画にもできたかもしれないなあと思ったのです。貧困街で奮闘する医者と尼僧の看護師,みたいな感じで。でも、映画祭のおかげで、久々に観ることができてよかったです。
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2本目は「オンツアー」。1972年のツアー映像で、伝説の?ファンの間でダントツに人気の高い1970年のライブ映像である「オンステージ」や、華やかにハワイで行われた「アロハ フロム ハワイ」に比べると、地味めの映像だったなあという印象を私は持っていました。しかも、当時はやりだったのかもしれないけれど、3分割とか2分割の映像が多く、ファンになりたての頃の私はエルヴィスだけを大きく映してよ~と思ったものです。 しかし、今回ファンとしても円熟の域に達した私の目には、この分割で観させられる、エルヴィスを支えた人たち、コーラス隊だったり、メンフィスマフィアと呼ばれたエルヴィスのお世話をした取り巻きの仲間たちがいたからこそ、エルヴィスのエルヴィスたる活動ができたんだなあと、感慨深かったのです。私も成長したなあ。「オンステージ」が前半、ずっとリハーサルで後半になってやっとライブが始まる構成と違い、この「オンツアー」はエルヴィスのコンサートでの歌唱の合間にさまざままな場面の映像が挿入されていて、それがいい感じで当時のエルヴィスのツアーをリアルに体感できる気がしました。でも、インタビュアーの人がひとりのおじさんに「エルヴィスはどのドアから入って来るのですか?」としつこく聞いている映像はなんで入れたのかなあ、なんて思ったり。楽屋でバックコーラス隊とゴスペルセッションをしたり、ステージでバックコーラス隊だけに歌わせて、それを聞き入ったり、なんていうシーンは、人間エルヴィスが出ていてよかったなあと思ったけど。途中昔を振り返り、50年代のエルヴィスの映像が流れるシーンが少しだけあるのですが、この映画が公開された1972年には、日本のファンはこの映像でしか若きエルヴィスを知ることはできなかったそうです。当時はきっと、へ~!なんて驚きがあったのでしょうねえ。 そして、今回特によかったと思った曲が、「アメリカの祈り」。 前から好きな曲だったけど、特に今回はトランプ政権でいろいろな価値観に揺れ動いている今のアメリカを思い、これを聴いて、建国のころのピュアな精神を思い出し、懐の深いグレートなアメリカとしてまとまっていってほしいなあなんて思ったりもしたのですが、そう簡単にはいかないですよね。

3分割はこんな感じ。
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「オンツアー」の「アメリカの祈り」 壮大で素晴らしいメロディーと、エルヴィスと演奏隊,バックコーラスとの一体感が素晴らしい!



# by oakpark | 2017-05-21 23:36 | ELVIS | Comments(3)

女性がおしゃれ、うれしいな。   

今年の流行はロングスカート&ガウチョ、またバギーパンツ。街が華やかになってうれしい。
自分の好みのファンションだから嬉しいのかな、と思っていたら、今日気がついた!
周りの人たちも自分の好みのファッションで頑張っているのが嬉しいんだ、と思った。

今朝、子どもを駅まで車で送っていると、すごく軽くて可愛いピンクのロングギャザー(か、細かいプリーツ)のスカートをはいて信号待ちをしている女性がいて、思わず首をぐるっと回して見入ってしまった。そして先ほども、蛍光黄色のロングスカートを見て感動。これらのスカート、自分で着ることができるか?というと無理なのだが、そうやっておしゃれを頑張っている女性を見ると嬉しくなるのは私だけ?

ロングスカートって、必ずしも心地がいいわけじゃない。階段登るとき擦りそうになるし、足にまとわりついてうっとおしい時もある。「がんばろう!」という気持ちがないと着こなせないアイテム。 私は日本の女性におしゃれ頑張って欲しい。頑張っている人をたくさん見つけると嬉しくなる。逆に、冬に、周りを見渡すとみんな暗い色のダウンジャケット、なんて日はがっくりくる。そんなに暖かくないかもそれないけどウールとかでおしゃれしようよ、と思うのだ。

自分だけでなく、周りの状況に気分が左右されてるなんて初めて気づいた。

さて、私も頑張るぞ。今年はすでに何度か着た昔のスカートです。黒のは20年前くらい、オレンジのは30年くらい前、まだキュロットスカートと呼ばれていた頃の今で言うガウチョ?。どちらもくるぶしくらいまで丈があります!
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# by oakpark | 2017-05-11 13:14 | ファッション | Comments(0)

「もの」へのこだわり   

今まで、いろんな「もの」を購入してきた。
親に買ってもらった物や、自分で稼いだお金で購入した物、いろいろ。
買った時のことを妙にはっきり覚えているものもあれば、あれ?これいつ買ったっけ?というものもある。
今でも手元に残っているものは、せいぜい社会人以降のもの。大学時代のものは、さすがにないかもしれない。
あ、そういえば、大学3年から4年になる(関西では3回生から4回生、という)の春にアメリカに旅行した時に、バークレイ大学で購入したピンクのフード付きトレーナーは今でも捨てられずにいるか。 でも、それだけだな。

社会人以降のものも、ほんの数点しか残っていない。残っているものは、もちろん思い入れがあったり、大事に思っているものだ。
その、大事に思っているものが乱雑に扱われていたりすると、とても悲しい。例えば、写真のこのバッグ。当時の私と同い年くらいになり、持ったら似合うかなという善意から、長女に思い切って貸したのだが、部屋の隅のほうに乱雑に置き去りにされているのを見て、即座に回収したことがある。その後も何度も、「あのバッグ貸して」と言ってくるので貸すのだが、その都度回収している。これだけは譲りたくないな、という思い入れがある。もうすでに,革製のショルダーバッグを二つも取られているし。
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ランセルのバッグ。どのデパートだったかは忘れたけれど、購入したときに母親と一緒だったことを覚えているし、値段が48000円だったことも覚えている。そして、もう少し小ぶりでストラップが革製のものと,とても迷った。そちらのほうは、よそ行きのハンドバッグという雰囲気のもので、こちらのほうがカジュアルな学生風のバッグだと思った。イギリス短期留学旅行に行く直前で、たくさん入るほうがいいなと思って、こちらを購入したのだ。 当時24歳。今の長女と同い年ではないか。旅行が終わったあとになってみると、もう一つのおしゃれなハンドバッグ風のほうが良かったかなとも思ったが、今もこうして長生きしているこのハンドバッグを見ると、こちらでよかったなあと感慨深い。

実は、当時私は「ランセル」というブランドに対する、ちょっと複雑な感情を持っていた。 大学生のころ、ごく短期間付き合った男の子が、高校生の時に憧れていた女性と付き合うために必死でアルバイトをして、彼女がほしがっていたランセルのバッグを買ったんだという話をよく自慢していたから。その時は、そういうブランドがあることも知らず、ランセルってそんなにいいブランドなんだ,と思った。私の大学生時代は「レノマ」というブランドの茶色のバッグが大流行だった。あと、「クレージュ」の小さいショルダーバッグも流行していた、私は近所のお金持ちのお姉さんからいただいたオレンジの「クレージュ」を持っていたけれど、あまり出番はなかったな。

出番がない、といえば、写真の「ランセル」も、これまであまり頻繁には使用してこなかった。とても、とても、気に入っていたのだが、気に入りすぎで、大事にしまい込んでいたのと、結婚して以降は、ライフスタイルにあまり合わなかったからだ。でも、この、布と本革のコンビというスタイルは今も大好きで、使いたくて仕方がないのだが、やはり、使うシーンがあまりない。でも、長女に使われて乱雑に扱われるくらいなら、私がどんどん使ってあげようと思っている。「ランセル」さん、今後もよろしくね!

それにしても、高校生の時に、何万円もするランセルのバッグを,バイトで買って彼女にプレゼントするなんて、すごいな。よほど、彼女が好きだったんだろうな。あるいは、彼女を好きな自分に一生懸命だったんだろうな。 もらった彼女はどんな気持ちだったのかな。
今日,18歳の次女に、約8,000円のバッグと20,000円の財布を買ったら、えらく恐縮されて、何度も「いいの?いいの?」というので、レジのお姉さんも「カードの支払い,一回でいいいですか?」と2度確認してくれたけど。
きっと、当時のランセルのバッグは、3万以上はしたと思うな。

その彼がもうこの世にいないなんて。と、いつもこのランセルのバッグを見るとほろ苦い気持ちになるのです。


# by oakpark | 2017-04-29 23:57 | 雑感 | Comments(0)

大三島に行ってきた   

末っ子の次女の大学受験も終わり、一息ついたので、愛媛県大三島に住む83歳の両親に会いに行ってきた。本当は次女も連れて行きたかったが、新生活でお疲れの様子。今回は私ひとりの旅だった。

大三島に行くとやることはいつも同じ。母の手料理をいただき、一緒にテレビを見たりしながら近況報告をし、お墓詣りをして、余裕のあるときは大山祇神社にお参りし、食事をしてお土産物を買う。島にはコンビニは2件しかなくて、スーパーは人員不足で日曜は休みだ。両親が幼い頃は子供達がわんさかいたそうだが、今は子供を見ることはほとんどない島。その代わり、しまなみ海道のおかげで、ツーリングをしにやってくる観光客で街の中心部は割と賑わっている。

両親は現在83歳で、肥海村というところに住んでいる。50人いた同級生も今や2〜3人しか残ってないらしい。お墓詣りをしながら、この人とは子供の頃よく遊んだ、いいやつだった、とかそういう話を聞くのが私は結構好きだ。今は髪も真っ白で頼りない感じになってしまった父だが、昔はこの野山を駆け回っていたんだなと思うと楽しくなる。お墓までの坂道はとても急で母はもう上がることができない。祖父母も最後まで墓まいりを続けていたのは祖父の方だったな。

その祖父(母方の。 父は定年後養子に入った)が、ずっと記録していた日記のようなものを今回母に見せてもらった。何年に何を買ったとか、何年に子どもが学校に入学したとか色々書いていたが、母がここは悲しくて読めないと行っていた箇所が、長女の母より14歳下の末っ子の長男が(4人姉妹の後に生まれた)、小学校に上がる直前に、多分腸捻転で亡くなった箇所。それまで淡々と事実だけを綴っていた祖父が、2ページに渡り詳しく事の顛末を記録している。一晩の出来事で、都会で最新の医療を受けたのなら助かったであろう悲劇。「おかあちゃん シンドイ」という言葉を最後に昇天したとある。ひと晩母は亡き子を抱きしめ続けたとある。あのちょっと強面だったおばあちゃんにそんな悲しみがあったとは。幼くして亡くなった叔父さんが存在したということを知ったのは、私が成人してからだった。何度も大三島に行き、何度も叔母さんや祖父母と話もしていたのに、記憶している限り、一度も話に出たことはなかった。それだけ、話すのも辛い出来事だったのだと思う。

そういったことや、村の野山、全ての土地が区画されて持ち主が決まっているという話が興味深かったな。また両親に会いに大三島に行き、いろいろ話をしたい。
お墓からの景色。
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# by oakpark | 2017-04-16 17:35 | 日常生活 | Comments(0)

映画「ラ・ラ・ランド」収録地に行ってきた!   

急なことだったのですが、長女が映画「ラ・ラ・ランド」を観て感激し、まだ取っていなかった夏休みの分の休みに、ロサンジェルスに行って「ラ・ラ・ランド」の収録現場を回りたい!と言い出した。しかも、レンタカーで回るつもりだという。危ないなあ、大丈夫かしら、と心配になった、母私が急きょ同行することに。ロサンジェルスには以前(と言っても20年以上前)に住んでいたことがあり、長女よりは土地勘があるかもしれないし。。。でも、運転好きの(と言っても、日本での運転歴はほとんどなし)の長女が運転を担当するという。では私はナビゲーションを頑張りましょう。

ということで、急きょ、航空券を手配し、ホテルを予約し、レンタカーを予約し、ついでに、何か舞台を見ようと調べたらハリウッドでミュージカル「パリのアメリカ人」(An American in Paris)の公演があるようなので、一番安いのから2番目の値段の席を予約した。ふ~~~。

ホテルは、夫が出張時に定宿にしているHoliday Inn Express、 ではなくHoliday Inn のほうを予約した。ホテルのランクとしてはHoliday Inn のほうが上なのかもしれないが、Expressのほうが高かったしなにより部屋の空きがなかった。Expressのほうが人気があるのだろう。コンプリメンタリー ブレックファースト付きだし、駐車場代も無料。一方、普通のHoliday Innのほうは、朝食はなく、駐車場代が一日20ドル+2ドル(市税)かかる。お部屋のほうはダブルベッドがふたつ入っていて広々していたが、不満な点は冷蔵庫がなかったこと。あと、コーヒーメーカーはあったが、湯沸かしポットがなかったこと。コーヒーメーカーから白湯を出すこともできたのだが使いにくい。せっかくインスタントお味噌汁の素をたくさん持って行っていたのに。でも、一度スーパーのカリフォルニアロールを買って帰り、インスタント味噌汁で夕食にしたこと日もあったが、それもなかなか良かった。朝食もやはりホテルについているほうが便利は便利。前の日のうちにスーパーでパンを買っておいて、朝食にしたり、隣のマクドナルドに買いに行ったりした。

事前に、ネットで調べて、訪れたい撮影スポットをいくつか選んでこの旅に臨んだのだが、今回私にとっての一番の挑戦は、一足先にロスに行って友人宅に滞在している娘との待ち合わせ場所に、一人でたどり着くことができるかということ。ロサンジェルス空港に到着後、一人でレンタカー屋に行き、レンタカーを借り、左ハンドル右側通行で、待ち合わせ場所まで行かなければならない。しかも、時差でボケてるかも知らないのに。56歳にして初めての挑戦だった。

空港からレンタカー屋に行くのは、空港から各レンタカー会社までを巡回しているシャトルバスに乗ればいいということは、今までの家族旅行などで知っていた。今回はAlamoで予約していたので、青色のシャトルバスを待とうと思っていたら、すぐに来た。今は、AlamoとNationalが一緒になり、青と緑のツートンカラーになっている。そのシャトルバスに乗り込むと陽気な運転手さんがスーツケースを運んでくれ、行き先を聞いてくれた。そしていよいよ、Alamoのカウンターへ。並ぶかなと思っていたが意外にすいていた。カウンターでは、事前に夫からガソリンを満タンにして返すか、空にして返すか聞かれると聞いていたので、なんとかそこは切り抜けた。が、何やらinsuranace(保険)がどうちゃら、といっている、え?保険は含まれてるんじゃないの?と確認したが、そうなんだけれど、これもimportantだと言われ、13ドルだからいいかと思って、OKといった。あれは何の保険だったのだろうか。そして、そのカウンターのおじさんに、「空港はどっちの方向ですか?」と尋ねると、「空港に行くの?」と言われたので、「いえ、ホテルが空港の近くなのです」というと、「どこのホテル?」と聞かれたので名前を言うと、簡単な地図をくれそこに行き方を書き込んでくれた。やった、全部右折だ。慣れないうちは左折怖いものね。ちなみにアメリカでは、信号が赤でも右折できます。よほどの都市部で歩行者が多いところは、右折禁止の表示がありますが。

そして無事に長女と友人と合流できた!一人でレンタカー借りて運転して見知らぬ街で目的地まで行けた自分に感動! これで、旅の不安の半分は解消。あとはずっと長女と二人行動なのでまあ、なんとかなるっしょ。

そのあと、友人と3人でマンハッタンビーチの近くの日本食レストラン(友達が行きたかったから)で食事をし、そのあとホテルにチェックインして仮眠し、夕方はサンタモニカに行った。サンタモニカは、24年前に住んでいたころによく行った場所。でもかなり変わったように思った。きれいになったのかな。長女が1歳のころ、ハロウィーンの日に、「アラジン」の衣装を着せて 「3rd プロムナード」を歩いたことを話しながら、二人でぶらぶらし、その「3rd プロムナード」にあるハンバーガ屋で夕食を食べた。〈つづく〉

久しぶりに窓際の席で、思わず写真を撮ってしまった。飛行機初心者のように、、、でも、今でも新幹線から見える富士山の写真を撮りたくなるのは私だけ?
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# by oakpark | 2017-04-01 15:42 | 日常生活 | Comments(0)

次女、高校卒業!   

ついに、我が家の末っ子の次女が高校を卒業しました!
卒業証書授与の時のBGMは、4年前の長男の卒業式の時と同じく、パッヘルベルのカノンでした。幼児教室の時からカウントして、19年続いたお弁当作りもついに終わりました。子育て期間も終わり、これで楽になる、と思ったけれど教育費は過去最大になりそうです。がんばれー、お父さん、とわたし。

3人子どもがいますが、それぞれ個性が全く違います。
次女は、お友達が大好きで、私から見てもお友達作りが上手。個性的なお姉ちゃんとお兄ちゃんを見て育ったせいでしょうか。トラブルを避け、適度に笑いも取りながら、心地よい関係を作る術を会得していったみたい。小学校も中学校も高校も楽しそうだったけれど、特に高校は本当に楽しくて、何度も「卒業したくな~い」と言っていました。地元の公立高校でしたが、男女の仲もよく、学校行事も活発で(高3の10月に遠足があるのには驚いたが)、私立女子高に6年間通った私にはとても羨ましく思えました。大学生になっても、さらに楽しく豊かな人生を送ってほしいものです。苦悩も増えていくだろうけれど、それが大人になるということ。ひとつ、ひとつ、乗りきって、進んでいってほしいです。

塾に送っていく車の中で、次女が繰り返し聞いていた、GReeeNの「卒業の唄」、切なくてよい曲ですね。
私の好きなところは、

「振り返れば いろんな事 乗り越えてもしたし 負けてもきた」

「負けてもきた」のところで大きくうなづいてしまう。 そしてやはり、

「『ありがとう』は何度も言わせて、『さようなら』は今日だけ言わせて」

名言だなあ。


# by oakpark | 2017-03-10 00:04 | 雑感 | Comments(0)