「もの」へのこだわり   

今まで、いろんな「もの」を購入してきた。
親に買ってもらった物や、自分で稼いだお金で購入したもの、いろいろ。
買った時のことを妙にはっきり覚えているものもあれば、あれ?これいつ買ったっけ?というものもある。
今でも手元に残っているものは、せいぜい社会人以降のもの。大学時代のものは、さすがにないかもしれない。
あ、そういえば、大学3年から4年になる(関西では3回生から4回生、という)の春にアメリカに旅行した時に、バークレイ大学で購入したピンクのフード付きトレーナーは今でも捨てられずにいるか。 でも、それだけだな。

社会人以降のものも、ほんの数点しか残っていない。残っているものは、もちろん思い入れがあったり、大事に思っているものだ。
その、大事に思っているものが乱雑に扱われていたりすると、とても悲しい。当時の私と同い年くらいになり、持ったら似合うかなという善意から、長女に貸したのだが、部屋の隅のほうに乱雑に置き去りにされているのを観て、即座に回収したバッグがある。
これだ。
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ランセルのバッグです。どのデパートだったかは忘れたけれど、母親と一緒だったことを覚えているし、値段が48000円だったことも覚えている。そして、もう少し小ぶりでストラップがこのバッグのように布ではなく革製のものと,とても迷った。そちらのほうは、ハンドバッグという雰囲気のもので、こちらのほうがカジュアルな感じだった。イギリス短期留学旅行に行く直前で、たくさん入るほうがいいなと思って、こちらを購入した。 当時24歳。今の長女と同い年ではないか。旅行が終わったあと、もう一つのおしゃれなハンドバッグ風のほうが良かったかなとも思ったが、今もこうして長生きしているこのハンドバッグを見ると、こちらでよかったなあと感慨深い。

実は、私は「ランセル」というブランドに対する、ちょっと複雑な感情を持っていた。 大学生のころ、ごく短期間付き合った男の子が、高校生のころ憧れていた女性と付き合うために、必死でアルバイトをして、彼女がほしがっていたランセルのバッグを買ったんだという話をよく自慢していたから。ランセルってそんなにいいブランドなんだ,というのが当時の私の感想。私の大学生時代、「レノマ」というブランドの茶色のバッグが大流行だった。あと、「クレージュ」の小さいショルダーバッグも流行していた、私は近所のお金持ちのお姉さんからいただいたオレンジの「クレージュ」を持っていたけれど、あまり出番はなかったな。

出番がない、といえば、写真の「ランセル」も、これまであまり頻繁には使用してこなかった。とても、とても、気に入っていたのだが、気に入りすぎで、大事にしまい込んでいたのと、結婚して以降は、ライフスタイルにあまり合わなかったからだ。でも、この、布と本革のコンビという天板スタイルは今も大好きで、使いたくて仕方がないのだが、やはり、使うシーンがあまりない。
でも、長女に使われて乱雑に扱われるくらいなら、私がどんどん使ってあげようと思っている。「ランセル」さん、今後もよろしくね!

それにしても、高校生の時に、何万円もするランセルのバッグを,バイトで買って彼女にプレゼントするなんて、すごいな。よほど、彼女が好きだったんだろうな。あるいは、彼女を好きな自分に一生懸命だったんだろうな。 もらった彼女はどんな気持ちだったのかな。
今日,18歳の次女に、約8,000円のバッグと20,000円の財布を買ったら、えらく恐縮されて、何度も「いいの?いいの?」というので、レジのお姉さんも「カードの支払い,一回でいいいですか?」と2度確認してくれたけど。
きっと、当時のランセルのバッグは、3万以上はしたと思うな。

その彼がもうこの世にいないなんて。と、いつもこのランセルのバッグを見るとほろ苦い気持ちになるのです。


# by oakpark | 2017-04-29 23:57 | 雑感 | Comments(0)

大三島に行ってきた   

末っ子の次女の大学受験も終わり、一息ついたので、愛媛県大三島に住む83歳の両親に会いに行ってきた。本当は次女も連れて行きたかったが、新生活でお疲れの様子。今回は私ひとりの旅だった。

大三島に行くとやることはいつも同じ。母の手料理をいただき、一緒にテレビを見たりしながら近況報告をし、お墓詣りをして、余裕のあるときは大山祇神社にお参りし、食事をしてお土産物を買う。島にはコンビニは2件しかなくて、スーパーは人員不足で日曜は休みだ。両親が幼い頃は子供達がわんさかいたそうだが、今は子供を見ることはほとんどない島。その代わり、しまなみ海道のおかげで、ツーリングをしにやってくる観光客で街の中心部は割と賑わっている。

両親は現在83歳で、肥海村というところに住んでいる。50人いた同級生も今や2〜3人しか残ってないらしい。お墓詣りをしながら、この人とは子供の頃よく遊んだ、いいやつだった、とかそういう話を聞くのが私は結構好きだ。今は髪も真っ白で頼りない感じになってしまった父だが、昔はこの野山を駆け回っていたんだなと思うと楽しくなる。お墓までの坂道はとても急で母はもう上がることができない。祖父母も最後まで墓まいりを続けていたのは祖父の方だったな。

その祖父(母方の。 父は定年後養子に入った)が、ずっと記録していた日記のようなものを今回母に見せてもらった。何年に何を買ったとか、何年に子どもが学校に入学したとか色々書いていたが、母がここは悲しくて読めないと行っていた箇所が、長女の母より14歳下の末っ子の長男が(4人姉妹の後に生まれた)、小学校に上がる直前に、多分腸捻転で亡くなった箇所。それまで淡々と事実だけを綴っていた祖父が、2ページに渡り詳しく事の顛末を記録している。一晩の出来事で、都会で最新の医療を受けたのなら助かったであろう悲劇。「おかあちゃん シンドイ」という言葉を最後に昇天したとある。ひと晩母は亡き子を抱きしめ続けたとある。あのちょっと強面だったおばあちゃんにそんな悲しみがあったとは。幼くして亡くなった叔父さんが存在したということを知ったのは、私が成人してからだった。何度も大三島に行き、何度も叔母さんや祖父母と話もしていたのに、記憶している限り、一度も話に出たことはなかった。それだけ、話すのも辛い出来事だったのだと思う。

そういったことや、村の野山、全ての土地が区画されて持ち主が決まっているという話が興味深かったな。また両親に会いに大三島に行き、いろいろ話をしたい。
お墓からの景色。
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# by oakpark | 2017-04-16 17:35 | 日常生活 | Comments(0)

映画「ラ・ラ・ランド」収録地に行ってきた!   

急なことだったのですが、長女が映画「ラ・ラ・ランド」を観て感激し、まだ取っていなかった夏休みの分の休みに、ロサンジェルスに行って「ラ・ラ・ランド」の収録現場を回りたい!と言い出した。しかも、レンタカーで回るつもりだという。危ないなあ、大丈夫かしら、と心配になった、母私が急きょ同行することに。ロサンジェルスには以前(と言っても20年以上前)に住んでいたことがあり、長女よりは土地勘があるかもしれないし。。。でも、運転好きの(と言っても、日本での運転歴はほとんどなし)の長女が運転を担当するという。では私はナビゲーションを頑張りましょう。

ということで、急きょ、航空券を手配し、ホテルを予約し、レンタカーを予約し、ついでに、何か舞台を見ようと調べたらハリウッドでミュージカル「パリのアメリカ人」(An American in Paris)の公演があるようなので、一番安いのから2番目の値段の席を予約した。ふ~~~。

ホテルは、夫が出張時に定宿にしているHoliday Inn Express、 ではなくHoliday Inn のほうを予約した。ホテルのランクとしてはHoliday Inn のほうが上なのかもしれないが、Expressのほうが高かったしなにより部屋の空きがなかった。Expressのほうが人気があるのだろう。コンプリメンタリー ブレックファースト付きだし、駐車場代も無料。一方、普通のHoliday Innのほうは、朝食はなく、駐車場代が一日20ドル+2ドル(市税)かかる。お部屋のほうはダブルベッドがふたつ入っていて広々していたが、不満な点は冷蔵庫がなかったこと。あと、コーヒーメーカーはあったが、湯沸かしポットがなかったこと。コーヒーメーカーから白湯を出すこともできたのだが使いにくい。せっかくインスタントお味噌汁の素をたくさん持って行っていたのに。でも、一度スーパーのカリフォルニアロールを買って帰り、インスタント味噌汁で夕食にしたこと日もあったが、それもなかなか良かった。朝食もやはりホテルについているほうが便利は便利。前の日のうちにスーパーでパンを買っておいて、朝食にしたり、隣のマクドナルドに買いに行ったりした。

事前に、ネットで調べて、訪れたい撮影スポットをいくつか選んでこの旅に臨んだのだが、今回私にとっての一番の挑戦は、一足先にロスに行って友人宅に滞在している娘との待ち合わせ場所に、一人でたどり着くことができるかということ。ロサンジェルス空港に到着後、一人でレンタカー屋に行き、レンタカーを借り、左ハンドル右側通行で、待ち合わせ場所まで行かなければならない。しかも、時差でボケてるかも知らないのに。56歳にして初めての挑戦だった。

空港からレンタカー屋に行くのは、空港から各レンタカー会社までを巡回しているシャトルバスに乗ればいいということは、今までの家族旅行などで知っていた。今回はAlamoで予約していたので、青色のシャトルバスを待とうと思っていたら、すぐに来た。今は、AlamoとNationalが一緒になり、青と緑のツートンカラーになっている。そのシャトルバスに乗り込むと陽気な運転手さんがスーツケースを運んでくれ、行き先を聞いてくれた。そしていよいよ、Alamoのカウンターへ。並ぶかなと思っていたが意外にすいていた。カウンターでは、事前に夫からガソリンを満タンにして返すか、空にして返すか聞かれると聞いていたので、なんとかそこは切り抜けた。が、何やらinsuranace(保険)がどうちゃら、といっている、え?保険は含まれてるんじゃないの?と確認したが、そうなんだけれど、これもimportantだと言われ、13ドルだからいいかと思って、OKといった。あれは何の保険だったのだろうか。そして、そのカウンターのおじさんに、「空港はどっちの方向ですか?」と尋ねると、「空港に行くの?」と言われたので、「いえ、ホテルが空港の近くなのです」というと、「どこのホテル?」と聞かれたので名前を言うと、簡単な地図をくれそこに行き方を書き込んでくれた。やった、全部右折だ。慣れないうちは左折怖いものね。ちなみにアメリカでは、信号が赤でも右折できます。よほどの都市部で歩行者が多いところは、右折禁止の表示がありますが。

そして無事に長女と友人と合流できた!一人でレンタカー借りて運転して見知らぬ街で目的地まで行けた自分に感動! これで、旅の不安の半分は解消。あとはずっと長女と二人行動なのでまあ、なんとかなるっしょ。

そのあと、友人と3人でマンハッタンビーチの近くの日本食レストラン(友達が行きたかったから)で食事をし、そのあとホテルにチェックインして仮眠し、夕方はサンタモニカに行った。サンタモニカは、24年前に住んでいたころによく行った場所。でもかなり変わったように思った。きれいになったのかな。長女が1歳のころ、ハロウィーンの日に、「アラジン」の衣装を着せて 「3rd プロムナード」を歩いたことを話しながら、二人でぶらぶらし、その「3rd プロムナード」にあるハンバーガ屋で夕食を食べた。〈つづく〉

久しぶりに窓際の席で、思わず写真を撮ってしまった。飛行機初心者のように、、、でも、今でも新幹線から見える富士山の写真を撮りたくなるのは私だけ?
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# by oakpark | 2017-04-01 15:42 | 日常生活 | Comments(0)

次女、高校卒業!   

ついに、我が家の末っ子の次女が高校を卒業しました!
卒業証書授与の時のBGMは、4年前の長男の卒業式の時と同じく、パッヘルベルのカノンでした。幼児教室の時からカウントして、19年続いたお弁当作りもついに終わりました。子育て期間も終わり、これで楽になる、と思ったけれど教育費は過去最大になりそうです。がんばれー、お父さん、とわたし。

3人子どもがいますが、それぞれ個性が全く違います。
次女は、お友達が大好きで、私から見てもお友達作りが上手。個性的なお姉ちゃんとお兄ちゃんを見て育ったせいでしょうか。トラブルを避け、適度に笑いも取りながら、心地よい関係を作る術を会得していったみたい。小学校も中学校も高校も楽しそうだったけれど、特に高校は本当に楽しくて、何度も「卒業したくな~い」と言っていました。地元の公立高校でしたが、男女の仲もよく、学校行事も活発で(高3の10月に遠足があるのには驚いたが)、私立女子高に6年間通った私にはとても羨ましく思えました。大学生になっても、さらに楽しく豊かな人生を送ってほしいものです。苦悩も増えていくだろうけれど、それが大人になるということ。ひとつ、ひとつ、乗りきって、進んでいってほしいです。

塾に送っていく車の中で、次女が繰り返し聞いていた、GReeeNの「卒業の唄」、切なくてよい曲ですね。
私の好きなところは、

「振り返れば いろんな事 乗り越えてもしたし 負けてもきた」

「負けてもきた」のところで大きくうなづいてしまう。 そしてやはり、

「『ありがとう』は何度も言わせて、『さようなら』は今日だけ言わせて」

名言だなあ。


# by oakpark | 2017-03-10 00:04 | 雑感 | Comments(0)

本『映画と本の意外な関係!』 町山智浩   

映画評論家の町山智浩さんは、映画に関することやアメリカの歴史や、現在の政治や文化についてなど、いろいろなことを書いて本にしているが、こういうことも書くのですね、という新鮮な驚きがありました。映画と本都の関係や、映画の中のせりふの元ネタになった詩についてなど、とっても知的レベルの高い内容になっています。こういう本もどんどん書いていただきたいです。
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'いろいろと興味深い内容がありましたが、なかでも、私の大好きな恋愛映画「恋人までの距離 (Before Sunrise '95)」とその続編映画(でも私は最初のが一番好き)にかなりのページを割いてくれていてうれしかったです。この映画は、アメリカ人大学生のジェシー(イーサン ホーク)が、ヨーロッパ旅行中に偶然出会ったかわいい女の子、セリーヌ(ジュリー デルビー)一晩、語り合いながら街を歩く、というただそれだけの映画。ほとんどがとめどなくあふれてくる会話で構成されています。ここまでしゃべり続けるのもすごいなあ、と思うし、それだけ、一偶然の出会いでうまがあったんだろうな、とほほえましくなります。そして、ジェシーの飛行機の時間が来て、電話番号も聞かず別れてしまいます。

町山さんの解説を読みながら、今までの自分の人生を振り返り、たまたまた出会い、自分に好意を持ってくれたのに邪険に扱ってしまったなあと、思う事例が2件あるなあ、と思い出していました。どちらも女の子なんですけどね。

一つ目は、小学校の一年生の時。名前も顔も忘れてしまいました。覚えているのは雰囲気だけ。賢そうな女の子でした。正確には覚えていないし、実は本当にそんなことがあったかどうかも最近では自信がないのですが、ある時その女の子に、「今日、うちに遊びに来て」と誘われたのです。当時私は団地に住んでいて、女の子の家は同じ団地内だけれど、自分の家からは少し遠いと感じる場所にあったと思います。そのときのかんじ、え?なんで私を誘うのかな。特に友達ってわけでもないのにな、と思ったことをかすかに覚えています。少し前の算数の時間にこんなことがありました。先生が算数セットの中にある棒で「11」を作ってください、と言いました。私は、単純に棒を2本出して、それを並べて「11」にしました。すると、先生が、はい、そこと、そこの子、前に出てきてみんなに見せてください、といいました。なぜか私が指名され、もう一人指名されたのが、その女の子でした。私は、何の疑問も持たず、2本の棒を高らかに掲げたのですが、なんとその女の子は10本の束と1本の棒を頭上に掲げいていたのでした先生が言いました。「さあみなさん、どちらが正しいでしょう?」そのあとはもうお分かりですね。私は50年後も忘れない大恥をかいたのでした。そんなことがあったせいか、私は約束を破ってその子の家に行かなかったのです。もしかしたら、その利発な女子は、私のことをかわいそうだと思ってくれたのかな、でも友達になりたいと思ってくれたのかな、といろいろ思ってしまうのですが、答えは永久にわからないまま。なぜなら、その女の子、あくる日に引っ越してしまったのです。なんであの時、意地を張らずに遊びに行かなかったんだろうと、その後時々思い出します。

もう一つは、24歳の時に、イギリスのカレッジのサマースクールに参加した時のこと。いろんな国から、いろんな年齢の外国人が参加していました。スペイン人が多かったかな。日本人も数人いました。韓国人もフランス人もいました。ヨーロッパの人たちは、日本人にはあまり興味がなさそうでした。そんな中、ひとりの東ドイツの女の子が私によく話しかけてくれました。お互いつたない英語で、少し会話を交わしました。でも、当時の私は東西に分断されているドイツのことにも、英語のつたないヨーロッパの人にもあまり興味がなかった。英語を学びたくて、英語ネイティブの人としゃべりたいと思っていた。あまり友好的な態度を示さず、連絡先も交換せずに別れてしまった。その5年後にベルリンの壁が崩壊したとき、あの時の彼女はどうしたかなあ、と思い出した。そういえば、西に住んでいる親戚とは会えない、というようなことも言っていたな、親戚とは会えたかな。ちゃんと連絡先を交換していたら、律儀そうな彼女とその後も交流を続け、興味深い話もたくさん聞けただろうに。

「恋人までの距離」の続編の「ビフォア サンセット」で、ジェシーが「なんで僕たち、あの時電話番号を交換しなかったんだろう」というと、セリーヌが「若いうちは一つ一つの出会いを大事にしないからよ」と言うのだけれど、まさにその通り。もっと大事にしておけばよかった。

「恋人たちの距離」の最後で、ジェシーがセリーヌとの別れを惜しんで詩を暗唱するシーンがある(らしい by町山さん)。それは、W.H.オーデンという詩人のこういう詩らしい。 心にしみる。

年月がウサギのように
逃げ去っても
僕はこの腕に
永遠の花を抱く
世界最初の愛のように

しかし街中の時計が
鐘を鳴らし始めた
時はごまかせないよ
時は征服でいないよと

# by oakpark | 2017-02-25 16:41 | | Comments(0)

「沈黙」遠藤周作 を読んだ   

このところ、腰を据えてパソコンに向かえず、じっくり考えて文章を書くこともままならない日々。
でも、メモ程度には、読んだ本、観た映画、 考えてこと、などを残していこうと思う。

遠藤周作の「沈黙」を読んだ。有名な本なのに、読んだことがなかった。 マーティン スコセッシ監督の「サイレンス」が公開され、町山智浩さんの解説が素晴らしいと、ツイッターで多くの人が書いているので、これは映画を観なければ、そして原作の本も読まなくては、そして町山さんの解説を聞かなければ、と思った。

順序として、本来は、本→映画→解説 なのかもしれないが、まず本を買い、読み始め、そして我慢できなくなり、有料だけれど解説を先に聴いてしまった。そして読了。映画は映画館で観る勇気がないので、レンタルで観ることになりそう(しかもとばしながら・・・?)

いろいろ考えた。
町山さんのいう、スコセッシの抱く劣等感が、遠藤周作の劣等感と共鳴し、「サイレンス」構想へ。スコセッシのメンター的存在であったエリア カザンへの想いも、込められている、とは。

ひるがえって、現実社会。
ただいま、受験の真っ盛り。 教え子も、そしてわが子(末っ子)も。
なかなか思い通りにはいかない。

「沈黙」で、踏み絵を踏んだ人と、踏まなかった人との違いは?と考えた時、とっても卑近な例、ではあるが、同じくらいの努力あるいは、それ以上の努力をしたのに、大学に受かる人と、受からない人の違いは? を思ってしまう。

もしかしたら、受からなかった人のほうが得たものは大きいのかもしれないのだ。

# by oakpark | 2017-02-22 12:33 | | Comments(0)

Hulu 観てます Mentalist, Sex and the City, 「追憶」   

さて、相変わらず、なかなかブログが書けません。 日々、いろんなことを感じていて、書き留めておきたいなあと思うのだけれど、別のことに時間がとられることが多いこの頃です。

なので、ここに書いていなかったけれど、去年からHulu に加入しています。月々1000円ほどでドラマや映画が見放題です。主に、英語のリスニングを鍛えるために、英語のドラマや映画を観ています。字幕なしで観るぞ! あるいは、英語字幕で観るぞ! と思って見始めるのだけれどいつも途中でわからなさに耐えられなくなり、日本語字幕にしてしまう、心の弱い私です。

今のところ、シリーズ全部見たアメリカテレビドラマは「メンタリスト」。なかなかよくできたドラマでした。脚本家さん、すごいわ。アメリカドラマは、日本と違って、人気が高ければ、いつまでも続くので、続編に次ぐ続編を、最初のころと齟齬がないように継ぎ足していかなければいけません。大概、シーズン3、とか、4くらいから、だんだん面白くなくなってくるものです。私の大好きな「ホワイト カラー」もそんな感じでした。 最初の勢いがなくなったなと、シーズン4,5くらいに思いました。ところが、「メンタリスト」は後になるほど面白くなっていったように思います。一つの大きなミステリーが解決すると、今度は人間ドラマとして素晴らしかったし、ラブストーリーとしても感激しました。シーズン7でいい感じで終わりました。

このドラマでも描かれていた、おちゃらけた男性とまじめな女性という組み合わせは、恋愛映画のベストカップルですね。「風と共に去りぬ」もそうだし、「ローマの休日」もそうじゃないですか? そして、私は久しぶりに、バーバラ ストライザンドとロバート レッドフォード共演の名作「追憶」を思い出していました。 そして、家にDVDがあったので、久しぶりに鑑賞しました。
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というのも、最初のHuluの話に戻るのですが、「メンタリスト」に続き、'Sex and The City'を観たからなんです。あの、過激でファッショナブルで話題だったドラマです。いやほんと過激でした〜。HBOとはいえ、テレビで放映していたなんて、大丈夫だったのでしょうか。過激シーンはあまり好きでない場合もあったけど、毎回変わるファッションと、女同士の友情描き方はすばらしかった。こんなふうになんでも話せる友達がいたらいいだろうなあ、と思いました。そして、このドラマの第2シーズンのラストのエピソードに「追憶」に絡めて、主人公が心情を吐露する名場面があるのです。このシーン、何度見てもすばらしい。4人の掛け合いのセリフ、追憶のテーマソングの歌唱、カーリーヘアの女の子は、complicated (複雑)だとする解釈など、など。そういえば「追憶」で、社会運動をしていた頃のケイティ(バーバラ ストライザンド)は、カーリーヘアで、ハンサムなはベル(ロバート レッドフォード)と付き合い始めると、巻き毛を伸ばし、二人が別れた後、またカーリーヘアに戻っています。改めて「追憶」を観ると、'Sex and the City'は、まさにこの映画へのオマージュだったのか、と思わずにはいられません。 それほど美人ではにけどチャーミングな女の子が、誰が見てもハンサムで人気者の男の子に恋するシチュエーションなんてそっくり。女の子は賢くて、男子にも負けないと粋がっているけれど、恋心というのは、いかんともしがたい。その辺の女の子の切なさが、「追憶」では、すごく上手に描かれています。SATCのおかげで、この名作映画をもう一度観ることができて、良かった。 この時のロバート レッドフォードは、役に本人の雰囲気がぴったりで、とっても説得力のある演技です。「華麗なるギャツビー」は、あまり合ってなかったなあ。「追憶」を観ていて、もうひとつ。前日に読み終えた、遠藤周作の「沈黙」とも、あることでつながった。この話はまた別の機会に。




# by oakpark | 2017-02-08 21:20 | 海外テレビドラマ | Comments(0)

第45代アメリカ大統領、と副大統領   

去年から私が気になっていたこと。それは、アメリカ合衆国がどのような方向に行ってしまうのか、ということ。もちろん、日本人だから、日本の将来のことも気になる。でも、やはり思春期に恋に落ちた古い初恋の相手のことは誰しも気になりますよね?

アメリカには、いやなこともたくさんあるのは知っているし、周りの友人たちを見ても、アメリカの悪口を言う人はとても多い。以前よりさらに多くなってきている感じもある。でも、私にとってアメリカは中学生の時からの憧れの国であり、そして身近な国でもある。10年前にエルヴィス プレスリーのファンになってから、さらにアメリカのことが気になるようになり、その複雑さにますます惹かれた。大きい国だけれど、とても内向きな国でもある。自由な国というイメージがあるが、とても保守的でもある。世界の警察の役目も果たしていて、大人の成熟があるのかな、と思うととても子供っぽい面もある。あほなのか、と思うと、とても賢くもある。単純なのか、と思うととても深くて複雑だったりする。アメリカはこうだ、と単純に言い切れないところに、私は魅力を感じるのです。

そして、その初恋の相手、アメリカに、ついにトランプ大統領が誕生してしまった。私が知っている大統領の中で一番大統領にふさわしくなさそうな人がなってしまった。さかのぼってみると、私が生まれたときは、第34代ののアイゼンハワー大統領だったようだ。幼年時代はケネディ大統領とジョンソン大統領。もちろん、リアルタイムの記憶は全くない。私の記憶に登場するのは、第37代ニクソン大統領からだ。子供のころは、大統領はニクソン、総理大臣は佐藤栄作という覚え方でよかった気がする。それが、その後どんどんころころ変わるようになり、覚えられなくなった。アメリカは、ずっと遠くて大きな存在だった気がするが、ブッシュ父大統領のころから、もっと近くてその分不確かな存在になってきた。自分が大人になったからでもあるだろう。今の、日本のアメリカのそして世界の子供たちは、今回誕生した第45代大統領のことをどのように記憶するのだろうか。

トランプ大統領は選挙戦からずっと、スローガンとして Make America Great Again と言ってきた。でも、'great' とは何を意味するのだろうか。 私は、今からもう24年前になるけれど、夫の仕事の関係でロサンジェルスに1年だけ住んだことがある。それまで、アメリカには3回(新婚旅行のハワイを含めて)訪れたことがあったが、居住したのは初めてでとてもうれしく興奮したことを覚えている。最初は何もかもが新鮮だった。特に感心したのが、どこにでも障がい者用のスペースが用意されていることだった。駐車場なら、日本もあったかもしれない。でも、当時住んでいた街の近くにあった浜辺に板が敷いてあって、車いすでも海の近くまで近づけるようになっているのを見て、アメリカはなんと懐の深い国なんだろうか、と感心したものだ。まさに、地理的にだけでなく、心もgreatな国だと思った。ところが、今回のトランプ大統領は、選挙戦中に障がいのある記者の物まねをしたり、女性蔑視発言をしたり、移民排斥発言をしたり、何かと、心の広さや深さに問題があると言わざるを得ない人物だ。アメリカ大統領は、やはり立場上、国民の精神的な支柱になり、国の方向性を示す存在でもあるので、本当に大丈夫なのか?と心配になる。でもまあ、今までも完璧な大統領はいなかったのだろうし、なんとか切り抜けていくのでしょうか。

さて、本題の、気になる英語のセリフについて書こうと思う。
といっても就任演説のほうではなくて、就任宣誓のほう。 まず、全文書いてみる。

マイク・リチャード・ペンス副大統領の宣誓
I. Mike Richard Pence , do solemnly swear that I will support and defend the Constitution of
the United States against all enemies, foreign and domestic, that I will bear true faith and allegiance to the same, that I take this obligation freely without any mental reservation or purpose of evasion, and that I will well and faithfully discharge the duties of the office on which I am about to enter. So help me God.

ドナルド・ジョン・トラン大統領の宣誓
I, Donalr John Trump, do solemnly swear that I will faithfully execute the office of President of the United States, and will to the best of my ability, preserve, protect and defend the Constitution of the United State. So help me God.

まず、二つの宣誓を聞いて(リアルタイムで聞きました)、予備知識なしで思ったのが、副大統領のほうが長いな、ということ。そして最後に神様にお願いするのだなということ。そして、ちらっとマイク・ペンス氏かっこいいな、とも思いました。お子さんが男の子一人と女の子二人の3人というのもその時初めて知りました。同時に、英語学習者として、あんなふうにリピートできないなあとも思いました。

さて、それはさておき、スクリプトを見て思ったことは、とにかく、憲法が大事なんだということ。大統領のスクリプトを見ると、preserve, protect ,defend と「守る」という意味の単語を三つ重ねています。私の感覚だと、後になるほどより積極的な意味合いになるように思います。あと、大統領のほうは、President of the United Statesの職務となっているのに、副大統領の宣誓には vice president という言葉はないですね。あくまで、President という言葉は大統領のもの、という感覚なのかもしれません。ほかにも、この単語、こういうところで使うのね、というのもありました。

新しい閣僚のメンバーもいろいろ気になるところです。こんな風にアメリカの政治が気になるようになったのは、自分が子育てをほぼ終えて余裕ができたこともあるけれど、トランプという、なんとも気になる(気に障る?)人物が出てきたことがより大きいです。トランプ氏のおかげで仕事の増えた人もいるでしょう。私も英語学習の意欲が刺激されましたよ、ほんと。今年もがんばろう。



# by oakpark | 2017-01-21 13:07 | 気になる英語のせりふ | Comments(2)

2017年!   

またまた一か月近く空いてしまった~~。
今年はブログを始めて10年目を迎える年だからもう少しまじめに書かなくちゃ。


さて、去年2016年の成績は
読んだ本が26冊、観た映画(DVD含む)が64本でした。

2016年最後に読んだのが、「聖の青春」、映画のほうは、1984年の「パリ・テキサス」でした。

今年はもう少し本を読みたい(と、毎年言ってます)。



# by oakpark | 2017-01-19 00:00 | 映画&本 | Comments(0)

映画「ブルックリン」   

いや~~、すごくよかったんです。
同時期にアカデミー賞候補になっていた、「キャロル」や「リリーのすべて」を先に観て、こちらが一番最後になってしまったのですが、私は一番感動したし、一番ハラハラしたし、心を揺り動かされました。まだ、余韻に浸っています。
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「ブルックリン BLOOKLYN (2015)」 監督:ジョン・クローリー 出演:シアーシャ・ローナン、 エモリー・コーエン、ドーナル・グリーソン

本当にもう 久々に感動の恋愛映画でした! って、一般的には、「恋愛映画」としては売り出されていないかも。allcinemaのサイトにも〈愛が見えない街で、私は未来を探していた〉とありますもの。 はいはい、そういう映画なんです、もちろん。 いろんなサイトを見ても、そのように書いてありますし、私も、この映画は一人のアイルランド出身の女の子の成長物語がテーマになっていると認めます。主演のシアーシャ・ローナンがよかった、というのも、まあそうかな、ともおもいます。「つぐない」や「ラブリーボーン」では、儚げでいて、意志の強そうな美少女でしたが、すっかり、がっしりと大きくなりましたね。

でも、でも、言わせてください。
私は、なんといっても、トニーを演じた、エモリー・コーエン君が素晴らしかったと思うのです。シアーシャ演じるエイリッシュちゃんが、アイルランドからニューヨークのブルックリンに移住し、そこのダンスパーティで、声をかけてきたイタリア系のあんちゃんです。ほんと、「あんちゃん」というのが似合いそうな、なんというか、けだるい感じのしまりのない感じの,優柔不断な感じの優男で、うまく自分の気持ちを伝えられなくて、ときどきエイリッシュちゃんに「言いたいことを早く言ってよ」なんて言われるんだけれど、そこがいいんです! エイリッシュちゃんのことが大好きで大好きなんだけれど、なかなかズバッとストレートにアタックできないの。毎日、エイリッシュちゃんの仕事帰りを待って、家まで歩いて送って行ったり、なんかね、純粋でかわいいんです。 携帯や電話や車さえもなく。彼女に近づいて眼を見て話すのが愛の表現。背が高くなくて華奢で、田舎娘だけれど、たくましい感じのエイリッシュちゃんと並ぶと、大丈夫なのかなあ、、、、と思えるようなそんな存在感。それもまたリアルでよかった。職業は、配管工。町山智浩さん解説によると、移民の人たちの職業として配管工はとても多かったそう。そうそう、トニーくんはイタリア系の移民なんです。

ネタバレをあまりせずにこの映画の魅力を語るのは難しいけれど、ある日トニー君は、やっとの思いでエイリッシュちゃんを、自分の家の食事に招待するのです。一番下の弟が、変なこと言うかもしれないけれど、気にしないでね、と言って。追い出そうとしたんだけれどうまくいかなくて。なんてセリフもかわいくてリアル。 このシーンは、この映画が好きな人のほとんどが好きなシーンだと思うけれど、とってもいいシーン。弟君がいい味出してます。

でも嬉しさに舞い上がってしまったトニー君は、つい、調子に乗って口が滑って変なことを口走ってしまいます。そのことでエイリッシュちゃんは気を悪くしたのか、家まで送っていく道すがら、なんとなく乗りが悪く冷たい感じ。トニー君は、なんでかなあ、嫌われちゃったのかなあと、気にしているの(たぶんね)。 で、あくる日のエイリッシュちゃんの勤め帰り、いつもいるはずのトニーがいない。あれ、どうしちゃったのかな、私が違和感を感じたことを察してトニーは身を引いたのかしら、なんて、思い始めた時、息を切らしてトニーが走ってくる。このあたりのシーンが大,大,大好きです。 恋愛って、こんな感じですよね。すれ違いそうで、すんでのところでつながる、みたいな。。。

恋愛映画ってたくさんあるけれど、本当にリアルに,「好き」という感情を出せる役者さんは少ないと思う。今回、トニーを演じたエモリー・コーエンくんは、ほんとよかった。調べると生粋のニューヨーク育ちのユダヤ系みたいです。普段のしゃべり方も、あんな感じで、単語がつながる感じのしまりのないしゃべり方。知的には見えないけれど、「良い人」が前面に出てる。笑った時のくしゃっと眉毛が下がる感じがとってもかわいらしいです。今後の活躍に期待したいです。

この映画,ところどころに、ユーモアもちりばめられていて、クスッと笑えるセリフも多くありました。イタリア系のボーイフレンドができたことを知って、エイリッシュの女友達が「その人、ママのことや野球の話をする? え、しないの? じゃあ、キープよ」とか。水着の着替え方がニューヨークとアイルランドでは違うとか。

1952年が舞台で、トニーとエイリッシュが一緒に見に行った映画が「雨に唄えば」。このころの若者はとにかく、結婚することが一大イベントだったようです。独身の年頃の女性は毎週のようにダンスパーティに行って、「良い人」を探すのですね。この当時の世相がよく表現されています。そしてお洋服の色がきれい。アイルランド出身の女性の物語ということで緑がたくさん使われています。黄色も印象的でした。私が初めて、緑がアイルランドの色だと知ったのは大学生の時、ホームステイ先の家族がセント・パトリックDay(3月17日)に、全員緑のお洋服を着ていて、何だろうなあ、と思ったものです。今思えば,アイルランド系の家族だったのかもしれません。

後半、故郷のアイルランドを訪れたエイリッシュに思ってもいなかった人生の展開が待っています。このあたりから、観客はドキドキものですよね。いったいどうなるんだ、と。街の人たちもみんなそっち方向に期待しているみたいだしね。友人の結婚式に出席したときに、近寄ってきてエイリッシュを冷やかすおばあさんがおかしかった。ニューヨークの女子寮の寮長にしても、わきを固めるべたランの演技は映画に奥行きを与えますね。

最後のシーンでは、2回観て2回とも泣いてしまった。
私の大好きな映画、「恋のドッグファイト」に似てるんです。どちらも、待ってるほうが、近づいて抱擁するのですね。この時のエイリッシュのお洋服もかわいいです。


あー、ネタバレせずに説明するのが難しいです。

本来は、田舎から都会に出てきた女性の、成長と自立を描いた映画,ということになるのでしょうが、私にとっては、学はないけれど新天地のニューヨークに住む素朴で優しいトニー君と、大好きな故郷アイルランドに住んでいる,育ちの良い落ち着きのあるジム君の間で揺れ動く、賢いエイリッシュちゃんの話と観ました。

最後のほうで、I'd forgotten.といって、故郷の海の美しさと、故郷の人々の意地悪さを再認識するあたりは、田舎から都会に出てきた女性ならみんな一度は感じたことがある,エピソードなのではないでしょうか。

ただ、もちろんそれだけではなく、最初に私が涙ぐんでしまったのは、エイリッシュがアイルランド出身の年配の人たちを教会主催のクリスマス食事会のお手伝いをしたときに、お礼にと言って年配の男性が歌うシーンです。古いアイルランド語なのか、意味は全然わからないのだけれど、心に染み入る郷愁を誘う歌で、音楽って万国共通だなあと思いました。私の大好きな「ダニーボーイ」もアイルランドの曲だし。アイルランドの音楽、なんか好きかも。

それと、脚本がニック・ホーンビーで、これまた私の大好きな「17歳の肖像」の脚本家でもあるのですよね。ニック・ホーンビー,好みかも。

「ブルックリン」,お勧めします。

# by oakpark | 2016-12-21 21:44 | 映画 | Comments(0)